正座の意味
シミュレーションを終えた811小隊。ミハルもドックへと戻っている。
しかし、戻って来るや否に怒声を聞く羽目に。
「この愚図共が! オート照準でも撃墜率20%以下などあり得ん! もう一度、出撃してこい!」
隊長以下、六名がアイリスの標的になっている。
アイリスが苛立つ原因は一つ。彼女の周辺にいたパイロットの誰も撃墜率が二割に満たなかったのだ。
「ま、しょうがないな……」
ミハルはアイリスに任せることにした。811小隊もライン上配備となったのだし、徹底的に鍛え上げるべきなのだと。
「ミハル!」
アイリスの叱責を眺めていると、キャロルが戻って来た。ずっとミハルの支援機をしていたキャロルはアイリスのしごきを逃れた一人である。
「あんたは助かったね? 上官たちはもう一度、シミュレーションするみたいよ?」
「ええ? あたしも参加してみようかな?」
「本気? アイリス少尉はたぶんできるまで延々とさせるつもりよ? あれで航宙機に関してはガチなんだからさ」
アイリスは適当に見えて、その実はストイック。天才だとか才能だとか言われることを嫌うのは人知れず努力しているからである。
「どうして隊長たちは怒られてるの?」
「ああ、撃墜率みたいね。被弾率はこの際、無視する感じだけど。どうも二割を切っていたから、お怒りみたいよ?」
撃墜率は放弾に対するヒット率のこと。罵声を浴びる彼らは十発撃って二機以下しか命中させられなかったようだ。
「じゃあ、ミハルの撃墜率はどれくらいだった?」
キャロルは気になっていた。撃墜率二割以下で駄目だしされるのなら、エースパイロットはどの程度なのかと。
「私は100%だったわ」
「嘘でしょ!?」
確かにミハルは全てを命中させていたような気もする。だけど、一発も外していないなんて考えもしなかった。
「いや、前衛機は100に近付いていないと駄目よ。機動の選択権があるのだし」
「デービス隊長も前衛機なんだけどな……」
やはり301小隊は格が違う。
今までライン外であったことは適切な判断じゃないかとキャロルは思った。
「ちなみにアイリス少尉は私の支援機をしていたけど、撃墜率は八割を超えてたわ」
「ええええっ!?」
隊長たちが正座させられているのも頷ける話だ。
後衛機で八割を超えるパイロットがいるというのに、前衛機で二割以下だなんて。
「ミハル、撃墜率を上げるにはどうしたらいい!?」
聞かずにいられない。アイリス少尉までとは言わなくとも、できたら三回に一回は撃墜したいところだ。
「やること一杯だなぁ……。まあ、慣れないうちはセミオートがお勧めかな。敵機が射程距離の半分に入っていて、正面ないし五度以内にいたら即射していい。それ以上の角度があれば補正を加えていくの。敵機が真横になっているなら見送った方が無難ね。そもそも敵機が真横になる時点で機動失敗だし」
思い返すとキャロルの前衛機は概ね敵機が真横を向いていた。当然のこと命中させられず、後手に回っていたことを思い出す。
「あたしの前衛機って下手くそなんだ……」
「あのオジさんよね? 正座させられてる……」
「うん、やっぱ下手くそなんだ……」
一瞬のあと、二人して噴き出してしまう。
分かっていたことであったが、過去の実績は予想を肯定していた。
「ミハル、笑い事じゃないよ! あたし、どうすればいいの?」
「じゃあさ、シミュレーションなんだし、前衛機を試してみたら? 視野が広がると思うよ?」
「前衛機か……。どうせ被弾しても死なないし、試してもいいかも」
「眠れるキャロルの戦闘本能が目覚めるかも!」
再び笑い合う。
思えば今まで意味のない訓練をしていたように感じる。キャロルは矢面に立つベータ線上の部隊について何も知らなかったのだ。
「きっと変われるはずよ! このシミュレーションを続けていけば、あたしたちの持ち場なら充分に凌いでいけるわ!」
「そこまで上手くいけばいいけどね。ジュリアもしていたけど、結局は木星に戻ることになったし」
そういえば、301小隊からジュリアの姿が消えていた。全てはセントラル基地で聞いたまま。彼はエース部隊から外されてしまったらしい。
「ジュリアさん、頑張っていたのに……」
「こればかりは私もフォローできないかなぁ」
「どうして? 何かミスでもした?」
何度か一緒に訓練をした仲だ。キャロルはジュリアの失態がどのようなものであったのかを知りたかった。
一方でミハルは思案している。恐らくジュリアは811小隊に入れば一番の実力者。扱き下ろすのも違う気がしていた。
「私たちは特殊な部隊だから。コンマ何秒とかいう世界の先にいるの。0.1秒でも過去なのよ。私たちはその先を見ていないといけない。宙域に起きる未来が見えなければ、生き残れない世界。ジュリアにはそれが見えなかったってだけよ……」
求められるものが大きすぎた。
未来視でもないと務まらないように感じる。
「それって可能なこと?」
「できるよ。私だってできなかったんだから……」
断言されたなら、やるしかない。
キャロルは絶望するよりも前を向く。ミハルに追いつくにはやるしかないのだと。
「ミハル、あたしもシミュレーションに参加してくる!」
やはり試行数がものを言う。トライアンドエラーの連続は人生と同じ。失敗があるからこそ、正解が分かるのだ。
キャロルもまた正解を求めている。失敗など気にすることなく。
ミハルは話すべきことを全て伝えた。だからこそ、彼女は笑顔で見送るだけだ。
「キャロル、頑張って!」




