ミハルの印象
駆け足で司令部まで到着したミハル。今や顔パスで入室を許可されている。
どうしてか待たされることなく、ミハルはいつもの部屋へと案内されていた。
「ミハル君、待っていたぞ」
既に重鎮の二人がそこにいる。加えてテレンス大佐までも。ただならぬ状況に、入ってはいけない場面なのではと考えてしまう。
「待っていたのですか? 何か重要な話し合いじゃないのです?」
「いやいや、君の意見を聞きたいと思っている。加えて、君がやって来ることも分かっていた」
先ほど感じた予感は正しいみたいだ。
やはり、全ては司令部の思惑通りであったらしい。
「ベゼラのことですね?」
「まあ座れ。我々が聞きたいのは彼の印象に他ならない」
内容が分かれば臆することなどない。自分が感じたままを口にするだけで良いはずだ。
「人柄とかじゃないですよね?」
「好青年だろ? そんなことは我々も知っている」
「事前に話してくれたら助かりますけどね。良いように使われるのは気に触りますから」
「おい、ミハル君!?」
慌ててテレンスが制止しようとするが、ミハルは顔を振った。
司令官の二人とは知らない間柄でもないし、少しくらい文句を並べたとして問題はないだろうと。
「私が本気を出すこと。分かっていたんですよね?」
ジト目をしてミハルが聞いた。
これには流石にクェンティンも苦笑いを返すしかない。
「すまん。最初から全開では彼の力を測れないだろう? 黙っていたのは悪かった。実をいうとベゼラ君も一枚噛んでいる。ミハル君を誘って飛んでくれないかと話していたのだ」
どうもミハルだけが蚊帳の外であったようだ。ベゼラにすら誘導されていたとのこと。
「それでミハルさん、どうでしたか? ベゼラ君のフライトは?」
ここでアーチボルトが尋ねる。それはまさにミハルが司令部に駆け込んだ理由であった。
「ベゼラは初めて飛んだのですか? とても素人とは思えませんでした」
「もちろんです。ですが、彼は貴族でしたからね。充分な教育を受けていたようです」
「いや、あれは教育の結果とかじゃなくて……」
口にしかけて、ミハルは言い淀む。その意見を続けることで、ベゼラを否定しそうになっていたから。
「結果とかじゃなくて……?」
アーチボルトが促す。それこそが知りたいことであった。
少しばかり逡巡したミハルだが、徐に彼女は口を開く。
「あれは才能です」
初めて見たフライトを一言で片付けて良いのか分からない。
背景にある努力を否定する言葉は口にした今も間違っているように思う。
「ミハルさんとしても、気になるほどでしょうか?」
「驚きました。適格に追尾してくるんですもの。偶然かと思いましたが、何度試しても彼は反応しています。目的など何もない空間で先読みなどできないのに」
レーダーに敵機でも映っていたのなら、機動を先読みできただろう。しかし、先ほどのフライトは純粋に前衛機の動きを見た末の結果であった。
「恐らく稀有な後衛機となれるはず。彼には撃墜率を上げるための訓練が必要かと思います」
「それは操縦テクニックという意味でしょうか?」
「それもありますけど、どのような世界が見えているのか。私はそれを知りたい」
判然としない返答にアーチボルトは小首を傾げる。思わずテレンスに視線を向けるも、同じような反応であった。
「見えている世界とは何でしょうか?」
「すみません。私の感覚なのですけど、私とアイリス少尉は同じ世界を見ています。だから、特に指示しなくても、私の機動が分かる。何を撃墜し、どう旋回するのか。フォローして欲しい機体をいち早く察知してくれるのです」
ミハルは説明をした。
同じ次元で見えているのか。それこそが最も重要な要素であるのだと。
「なるほど、ミハルさんとアイリス少尉は同じ世界を見ている。では、グレック少佐はどうでしょう?」
単なる質問返しだったが、ミハルは眉根を寄せた。
「グレック少佐?」
「ああ、申し訳ございません。グレック大尉は異動に際して佐官となるのですよ。本人の希望でパイロットを続けることになりますがね」
「本当ですか!? 凄いじゃないですか!?」
「いやいや、貴方も一等曹士に昇格ですよ? 異例の昇進となりますが、頑張ってください」
グレックに聞いていた通り。気乗りしないけれど、新たな職場で権力を持つグレックがいるのなら、ミハルとしては安心できた。
「それで、グレック少佐に関してですけど、正直に分かりません。たぶん私はグレック少佐に教練してもらっていた頃と違う。否定するわけじゃないのですが、不安はあったりしますね」
「まあ確かに。彼は手術して間もない。加えて、ずっと隻脚でしたからね。しかし、彼自身は以前よりずっと良い数値が出るようになったと話しています」
「本当ですか!?」
自己申告ではあったものの、数値的な話であれば吉報でしかない。そもそもグレックであれば下手な支援はしないと考えていたけれど、ミハルはアイリスと比較していたのだ。
「やはり、貴方にはグレック少佐の支援をつけましょう。とりあえず、ベゼラ君はアイリス少尉に任せるのも手かと考えております」
「アーチボルト、それが貴様の結論か?」
腕組みをして聞いているだけだったクェンティンが割り込む。悩ましい問題が解決したような話に。
「最も適切です。やはり現状で一番の実力者はアイリス少尉でしょう。突飛な行動は目を瞑るとして、後衛機にまで気を配って戦果を残せるのは彼女だと思います。ならば当初の予定通り、ミハルさんとグレック少佐が組む。間違いが少ない組み合わせですかね」
ミハルは目を丸くしていた。
既に最前線配備が決まったかのような話。ベゼラはアイリスと組むことが決まっているかのようだ。
「ベゼラを最前線に? 今の状態では難しいのではないかと……」
「アイリス少尉は教練に興味があるらしくてですね。請け負っても構わないと話されていました。弟子を迎えてみたいとも……」
ミハルには思い当たる節があった。
どうやら811小隊の教練をしたことで、アイリスに指導熱が芽生えてしまったらしい。
「ベゼラの素質は申し分ないと思いますけど……」
「まあ期待して見守りましょう。アイリス少尉の支援機は候補を用意しておきます。最終的な判断は先送りと言うことで……」
大きく頷くミハル。やる前に切り捨てるのは違うと思う。残された時間的に厳しいのも事実だが、ベゼラが望んでいるのならやってみるべきだと。
再編が進む各小隊は、いずれも侵攻軍として配備される。もしも、ベゼラが役割を全うできるというのなら、確実に戦力の底上げであることだろう。
永遠にも続くと思われた銀河間戦争。何だか終わりが見え始めたような気がする。
ミハルはいち早くゴールへと駆け込みたくなっていた。




