反応速度
飛行レッスンのつもりが本気を出してしまったミハル。結果として、ベゼラをぶっちぎってしまったものの、今もまだ戸惑いを覚えている。
昇降機から飛び降りるや、ミハルはダンカンに駆け寄っていく。
「ダンカンさん、今のデータを見せて!」
確認したかったのは間違っても自分のデータではない。見たいデータは後ろを飛んでいたベゼラの飛行詳細に他ならなかった。
「ああ、かなり良いデータが取れた。イケメンは腕前も男前だったらしい」
「つまらないこと言ってないで早く表示してよ!」
渾身の冗談も聞き流されてしまう。
頭を掻きながらダンカンは端末を操作し、モニターに得られたデータを表示する。
一応はミハルのデータも表示したけれど、生憎とミハルは自分のデータに興味がないようだ。彼女は一心にベゼラのデータだけを見ていた。
「これは……?」
てっきりど素人だと考えていたのに。
ところが、どう見ても一定の基準を超えている。操縦入力の正確さもさることながら、彼の反応速度は稀に見るものであった。
「遅延0.08Sって……」
遅延の評価だけが突出していた。それは後衛機のみに判断される項目であり、前衛機の機動に対する反応速度のことである。
「うむ、アイリス少尉でもこの数値は滅多に出ないぞ?」
一流とされる時差平均は0.5秒以内。0.4秒を切るパイロットは殆ど存在しなかった。加えて、超一流の壁である0.1秒を切っているなんて、どうにも信じられない。
「他のデータはどうでしたか?」
「概ね良好だったな。まあしかし、入力操作でもB判定だから、今のところ特筆すべきは反応速度だけだな」
異様な追尾機動は全て反応速度であったらしい。AIの判定でトリプルA。これ以上の評価は存在しないものであった。
「これって設定を詰めていけば伸びます?」
「煮詰まっていけば、恐らく改善するだろうな。入力操作に関しては努力しかないだろうが……」
溜め息が漏れてしまう。
なぜなら彼は亡命者。幾ら高い数値を出そうとも戦線に投入されるとは思えない。
「ミハル?」
ここで降機したベゼラがやって来た。
彼にもデータの精査をしていることくらいは分かったはずだ。
「ベゼラ、凄いよ。私、びっくりしちゃった。貴方ってとても良いパイロットなのね?」
「本当か? 私は戦える?」
「充分! まあ、立場的な問題があるけれど……」
そういえば皇子様だと聞いている。
益々、彼が戦線に配備される可能性はないとミハルは思い直していた。
「ダンカンさん、このデータって司令部に?」
「そういう命令だからな。ミハルも時間があれば来て欲しいと連絡があったぞ?」
やはりミハルは司令部に踊らされただけらしい。
少しばかり腹立たしく思うも、ミハル自身にだって言いたいことがあった。
「ベゼラ、悪いけど部屋まで一人で帰ってくれる? 私は用事ができた」
「分かった。また会いたい」
どこまで本心か分かりかねるのだが、思わぬ返答にミハルは顔を紅潮させた。
単語で話されると、どうにも勘違いしてしまいそうである。
「ごめんね!」
誤魔化すようにドックを去る。
今は意見するだけ。自分をダシに使った司令部に文句を言うだけであった。




