異星系の人
荷物の整理をしてから、ミハルは指定された部屋へと向かっている。
亡命者とのことで独房かと考えていたのだが、意外にもベゼラは一般棟に部屋を与えられているらしい。
「ここか……」
ギアで確認すると確かにこの部屋である。兵士たちの居住棟から、かなり離れていたけれど、最短ルートが記されていたので問題はなかった。
「ミハルです!」
ドアホンの応答に、ミハルは元気一杯に答えている。すると、直ぐさま扉が開かれていた。
「待っていた、ミハル!」
初めて聞く肉声。今までは翻訳機を介していたけれど、間違いなくベゼラは太陽系の言語を口にしている。
「もう理解できるの? 凄いね!」
「少し。毎日勉強だ。間違ってないか?」
「全然問題ない! 私のが間違っていそうだし」
苦笑いのミハル。彼女も翻訳機をギアに入れてもらったけれど、簡単な会話であれば必要ないかもと思い直していた。
「あ……、それ……?」
ミハルは気付く。
ベゼラの首元。首輪のようなものが取り付けられていることに。
「仕方がない。私は異星系の人間。自由のためだ」
独房ではない理由を知った。
犯罪者の保釈時によく見る首輪。何か間違いを起こしたとき、即死する薬剤が注入されるというものだ。
気の毒にも感じるけれど、それによって彼は自由を得ているという。
「早く取れるといいね?」
「優しい、ミハル。私は君に会いたかった」
片言というには饒舌だが、真っ直ぐな言葉はミハルを紅潮させている。
男性に会いたかったと言われるなんて、初めてであった。
「あはは、何ていったらいいのかな?」
「んん? 分からない? 私は好きだと言った」
「いやいや、男性が女性にそんなこと簡単にいうものじゃないよ?」
絶対に言葉足らずなのだろうとミハルは思う。大した話もしていないのだ。深い感情の意味合いはないと考えている。
「駄目か? 難しい……」
「ああでも、嬉しいから! 私は初めて言われたからさ。ビックリした!」
「太陽系の男、駄目だな? 好みが違う?」
あれ? っとミハルは思う。
端的に伝えられる言葉は勘違いではないような気もしてしまう。
「私、チビだし、モテたことはないよ……」
言って直ぐに思い出す。そういえばニコルが自分の事を好きだったという話を。直接言われたわけではなかったが、間接的に伝えられていた。
「え? モテ期なの?」
「モテ期とはなに?」
呟きにまで問いが向けられる。
これには苦い顔をするしかない。確かに会話レッスンであるのだが、そんな言葉を教えて良いものかどうか分かりかねるところだ。
「告白じゃないのだけど、学友の一人が私のこと好きだったって聞いたの。だから、モテまくる時期が来たのかと思ってね。略してモテ期!」
「もう一回! 翻訳機使う」
「えぇ……」
恥ずかしい台詞を二度も口にしなければならなくなっていた。
何の仕打ちだろうかと考えるけれど、長々と喋った罰だろうと思い直す。
「モテまくる時期のこと。ベゼラさんもモテまくってたでしょ? 一緒よ」
「ああ、異性に告白されるがモテるか。モテ期な……」
何の拷問だろうかと考えてしまう。いらぬことは口にできないとミハルは戒めている。
「ミハル、モテ期。誰にモテた?」
「えええ? まだこの話題続けるの?」
頷くベゼラにミハルは嘆息している。異星系の話が聞きたかったというのに、なぜに自分の恋バナを話さなくてはならないのかと。
「同窓生だよ。でも、直接聞いてないから知らない。知りようもないの」
「どうして?」
悪気はないと分かっているのだが、憚られてしまう。それによりベゼラが気に病むかもしれないから。
「えっと、もう彼はこの世にいないのよ……」
少しばかり沈黙があった。ベゼラも意味合いを理解したらしい。
「大戦で死んだ?」
返答には頷く。ストレートすぎる話に困惑しながら。
「すまない。光皇連のせいだな……」
続けられたのは謝罪であった。やはりベゼラに悪気はなく、単に語彙力の問題である。
「いや、それはしょうがない。戦争なんだもの。早く終わらせるだけだわ」
犠牲になった者たちに報いる術は戦いに勝利することだ。加えて、それ以上の被害を抑えることだろう。
「私だって相当恨まれているわ。二戦続けてトップシューターだなんて」
「トップシューター知ってる。ミハル、すごい」
「凄くなんかないよ。墜とした数を競ってるなんて、異常だと思うね。その数だけ誰かが失われているんだもの」
考えるとヘコむ話であった。気にしないようにしなければ戦えないのだが、冷静になると事実が重すぎる。
「ミハル、私も戦う。司令にも願った。私は戦える」
ベゼラは覚悟を語った。いつまでも保護されているだけではないのだと。
「戦闘機、乗せてくれ」
どう答えて良いのか分からない。独断で彼を連れ出して良いものかどうか。
「本気なの? 貴方の同胞を撃つのよ?」
「もちろん撃つ。私は亡命した。今は太陽系の男だ」
強い眼差しを見ている。これまで見たことないほど真剣なもの。心から願っているのはミハルにも分かった。
「ちょっと待って。聞いてみる……」
言ってミハルはギアを操作して司令部へと繋ぐ。会話レッスンに際して、アーチボルトへの直通番号を教えてもらったばかりだ。
「あ、ミハルです! 実は……」
経緯を述べる。却下されると考えていたけれど、意外にもアーチボルトは構わないと話す。直ぐに機体を用意させるとまで話していた。
通話を切るや、ミハルは呆然としている。
どのように断ろうかと考えていたのだ。許可を得られたなんて簡単な返答が思いつかないでいた。
「ミハル?」
「ああ、ごめん! じゃあ、軽く飛びましょうか? 第八ドックに行けば良いみたい」
「本当か!? 流石だ、ミハル!」
ミハルはどうしてか抱きしめられてしまう。
妙な告白をされたあとだから、少しばかり恥ずかしい。しかし、異星系人も同じような感情表現をするのだと分かったような気もする。
ミハルはベゼラに告げた。
これより苦手な会話レッスンは終了し、得意としている飛行レッスンが始まるのだと。
「さあ、ガンガン飛びましょうか!」




