セントラル基地にて
何とか着艦要請を取り付けたミハルとキャロル。二人は憂鬱な顔をしながら、ドックを通ってオペレーションルームへと入っていた。
「ミハルちゃん!」
真っ先にマイが声をかけてくれるけれど、ミハルの表情は浮かないままだ。
何しろ、マイの奥側には鬼の形相で睨み付ける人がいたからだ。
「ミハル、お前は少しくらい立場を考えろ? アポイントもなく優先宙域に入るんじゃない」
やはり小言である。
概ね各基地の周辺は軍部の優先エリアとなっており、一般の船は立ち入ることができない。ミハルのシップは当然のこと民間であって、彼女は決まりごとに反していた。
「すみません。話し込んでいたら、うっかり進入していまして……」
弁明できることはなかった。軍用機ならまだしもレンタルシップなのだ。
稀に一般機が入り込むこともあったけれど、その都度アラートが鳴って責任者は処理をしなければならない。
「まったく、お前はGUNSを背負って立つパイロットなんだ。その辺りをよく考えておけ。余計な仕事まで持ってくるんじゃない……」
「まあまあ! ミハルちゃんがせっかく顔見せに来てくれたんだから、アラートの後処理くらいしてください!」
いつものようにシエラが間に入ってくれる。この辺りも懐かしく感じる。小言だけは避けたいところであったけれど。
「バゴスさんたちは出撃中なのですか?」
「そうなの。実はフィオナちゃんの出撃が認められてるのよ!」
「本当ですか!?」
マンセル上級曹長とバゴスに加え、ようやくフィオナは実戦に参加できるようになったらしい。
「フィオナちゃんは頑張ってるのよ。ミハルちゃんの背中を追いかけているわ」
「ふん、まだまだ下手くそだ。宇宙海賊であったなら許可していない」
どうやら所属不明機の対処に当たっているようだ。相手の数を考えて経験を積ませようとしたのかもしれない。
「当たり前ですけど、私がゲートにいる時間にも木星は時を重ねているんですね」
感慨深い話だ。遠く離れた宙域の時間も確実に過ぎているのだと分かった。
「それで、付き添いの彼女は一般人じゃないだろうな?」
ここでキャロルの話題となる。呆然と突っ立っていた彼女は直ぐさま敬礼している。
「グレック大尉、キャロル・ウォーレン一等航宙士です! ミハル三等曹士とは同窓生でして……」
既にキャロルは付き添いをしたことを後悔していた。
やはりミハルの問題ないは信用ならないのだと。
「軍人なら不可侵宙域くらい分かるだろう?」
「まあまあ、休暇中なんだから、大尉は文句を呑み込んで!」
一般人でないのなら、グレックとしても問題は少ない。アラートの記録を誤魔化すだけでよかった。
「じゃあ、ミハルは何の用で来た? 大戦の報告とか必要ないぞ?」
せっかく会いに来たのに、この態度である。
これにはミハルもカチンときてしまう。
「私は手術の経過が気になったから来ただけです! もう帰ります!」
「ちょっとミハルちゃん! ほら、大尉も謝って!」
「ミハル、短気を起こすなって、いつも言ってるでしょ!?」
遣り取りを眺めるマイは笑っている。
短気な二人を宥める役割が、二人共に存在しているなんてと。
一応は説得される二人。確かにつまらぬ言い争いに違いない。喧嘩して帰ったとして、疑問が解決するはずもなかった。
ここでミハルは気になっていたことを口にする。
「それで大尉は異動の話を受けたのですか?」
それとなく聞いていたけれど、まだ何も分からない。グレックであれば、何か知っているのではないかと思う。
「ああ、それな。俺は二週間後から401小隊に異動することになった。ミハルの方が知っているんじゃないか?」
「私は何も。クェンティン司令から大尉を呼ぶという方針しか……」
両足で立つグレックを見ると、もう大丈夫だと思える。隻脚であった頃でも圧倒的なフライトを見せていたのだ。直に会うことで、ミハルの懸念は払拭されていた。
「アイリスは後衛機をどうするつもりなんだ? ジュリアがセントラルに戻ってくると連絡を受けているんだが……」
ここでジュリアの話題になった。だが、それはミハルも知らない話であり、返答を持っていない。
少しばかり逡巡する。全てを口にして良いのか分からなかったけれど、ミハルは知り得る話を述べていた。
「ジュリアはもう駄目かもしれません」
その返答にはグレックだけでなく、シエラも眉根を寄せる。
突然の通知に戸惑ったセントラル基地の面々はグレックの異動に対する補充だと考えていたからだ。
「どういうことだ?」
「まあ、話せば長くなるのですけれど、ジュリアはどうにも勘が悪い……」
勘と聞いてグレックには思い当たる節があった。
それは実力者にしか分からない話。有象無象のパイロットには無縁の感覚であるはず。
「視野が狭いのか?」
「そうですね。私もアイリス少尉の支援を受けるまでは充分だと考えていたのですけど、もうジュリアの支援では戦えない。アルファ線に侵入する事態を考えると、彼では駄目なんです」
ミハルは理由を口にする。ジュリアを引き留めなかったわけを。
「ジュリアには何も見えていない――――」
それは決別とも取れる厳しい言葉だった。二戦に亘ってミハルの後衛機を務めたジュリアであったけれど、完全に見切られているようだ。
「ミハル、ジュリアさんは工夫して支援できるようになったって言ってたけど?」
「駄目よ。同じ時間を見ていないの。ジュリアは私が見ている世界よりもずっと遅い時間軸を見ているんだもの……」
キャロルは唖然としながらも頷いている。
ミハルが語る時間軸。きっと、それはモニターに映る状況ではない。ミハルはそこからシミュレーションした先の未来を見ているのだと。
「それで俺に白羽の矢が立ったってわけか?」
「アイリス少尉が話していたんです。私は攻めの機動だと。守りを強いるパイロットでは能力を発揮できないって……」
今もあの休憩時間を思い出す。アイリスが認めてくれた日。優秀なパイロットだと知らされたのは、奇しくも彼女の弟が不甲斐ない支援をしていたからだ。
「同じ世界が見えていないとできません。宙域に起こる事象を理解していないと無理なんです。ジュリアでは見ている世界が違いすぎる」
もうストレスを感じる支援では飛べない。この先は再び反物質ミサイルが飛び交うだろう。確実に撃墜しなければいけないターゲットがあるというのに、守りを強いられるなんて考えたくもなかった。
「なるほどな。そういう理由なら支援機を請け負ってやる。ミハルは次戦もトップシューターになれ……」
グレックの鼓舞には頷く。やるしかない。戦うしかなかった。
「ありがとうございます。大尉なら問題ないと思います。たぶん……」
「たぶんとは失礼なやつだな? リハビリも終わったんだ。俺はアイリス以上の支援を約束しよう」
正直に今のグレックがどれくらい飛べるのか分からなかった。彼の腕前に疑念を覚えるほど、アイリスの支援は圧倒的だったのだ。
先を読む力に加え、その撃墜率。ミハルが任せたと考えた敵機は漏れなく撃ち抜かれていたのだから。
「本当ですか? ぶっちゃけアイリス少尉は人類最強のパイロットですよ? 本当に痛感しました。私の機動はかなり無謀だというのに、先んじて機体を密集宙域に向けられるパイロットが他にいるとは思えません」
「言うじゃないか? まあでも、お手柔らかに頼むよ。俺は銀河間戦争をまだ経験していないからな」
「意外に素直なのですね?」
「二人とも俺の教え子だぞ? その実力は誰よりも分かっているさ。しかし、まだ隠居するつもりはない。俺はお前たちの師匠として、華々しく銀河間戦争デビューを飾ってやるさ」
言ってグレックは微笑む。新たな人生の門出に目標を掲げている。
「この銀河で一番のパイロットに登り詰めてやる……」
鋭い視線にミハルは息を呑んでいた。
加えてその台詞。腐っていた彼はもう過去の人なのだと知った。
だからこそ、ミハルは文句を並べない。彼女もまた素直に返答を終えている。
「分かりました。よろしくお願いします」




