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Solomon's Gate  作者: さかもり
第五章 動き始める世界
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大戦を終えて

 銀河間戦争の第三幕。最終的な規模は前回をやや上回る数であった。約十万という航宙機に六千七百という艦船がゲートを抜け、GUNSは被害を出しながらも、それらを退けている。


 トップシューターはミハル。彼女は前回を軽く超える5581機という驚異的な撃墜数を叩き出している。加えて艦船の撃沈も彼女は記録しており、偉大なるこの戦果は太陽系全域へと瞬く間に伝えられた。


 大戦から一夜明けた本日はパイロット全員に休暇が与えられていたものの、どうしてかミハルは司令室に呼び出されている。


「ああ、休暇であるのにすまない。急を要する話があってな……」


 通された部屋にはクェンティンの他にアーチボルトの姿もある。以前であれば萎縮したかもしれない面々だが、クェンティンは見た目ほど怖くなかったし、アーチボルトとも打ち解けていたミハルには何の問題もなかった。


「ミハルさん、この度もよく頑張ってくれましたね。期待以上の働きには感謝しきれません」


 まずは笑顔のアーチボルト。しかし、ミハルは頷くだけである。この二人が勢揃いしていては、ただの労いであるはずもなかったからだ。


「うむ。思えば前回の大戦でミハル君を呼び寄せたのは大正解だった。いや、それ以外の世界線など想像すらしたくない。本当に良くやってくれた……」


 クェンティンもまた手放しで褒めてくれる。どうにもむず痒くなってしまい、ミハルは少しばかり口を挟む。


「戦果はアイリス少尉のおかげです。支援機が優れていたからこその結果。乱戦になるとああも動きにくくなるなんて、考えもしませんでした。それなりの待遇が彼女にあることを私は願っています……」


 降格処分はアイリスの自業自得であったが、ミハルは罪を補って余りある活躍を間近に見ている。だからこそ彼女に罰とは異なる報酬があるようにと願っていた。


「ふむ、まあそれは折りを見てとなる……。それでミハル君、出向いてもらった理由は君自身の話だ……」


 アイリスの処遇に関しては時期尚早と、クェンティンは本題を語り始める。

 本来ならば、ミハルはオリンポス基地への異動が決まっていた。翌日に呼び出されたわけは軍部内会議にて再考するためであろう。


「異動先であるオリンポス基地は残念ながら失われた。配備予定であった401小隊も全滅し、再編される401小隊は私の指揮下となるだろう。つまりは異動となっても些細な問題でしかない。よって我々は君の意見を聞くことにした」


 続けられたのはミハルに選択権があるかのような話であった。希望とまでは言わなかったが、明らかにミハルの意を汲む用意がある。


 だが、それは返答に困る話だ。ミハルは声を詰まらせている。希望としては新しい環境は好ましくない。けれど、前線全体で考えてみるとアイリスと同じ部隊というのは間違っているように思う。


「私では間違った選択をしてしまいそうです。どちらでも構いません。どちらを選んでもメリットとデメリットがありますし……」


 意外な話であったのか、クェンティンは驚いている様子。大戦で見せたコンビネーションは最高の結果をもたらせていたし、得られた操縦データもかなり改善されていたのだ。戦闘機パイロットであれば、息の合う編成を望むものだろうに。


「301小隊に残るデメリットとは何だろうか?」


 クェンティンは質問を口にした。彼女が語るデメリットについて。現状維持を選択した場合にどのような不具合があるのかと。


 一つ頷いたミハル。どうやら彼女には明確な回答があるらしい。


「アイリス少尉と勝負できない……」


 返答を聞いたクェンティンとアーチボルトは揃って間抜けな表情をしている。しかし、直ぐさま思い出す。そういえば彼女はあの問題児に勝利しようとしていたのだと。


「フハハ、これは愉快だ! なあ、アーチボルト!」


 ミハルはまたも笑われてしまう。イプシロン基地で最初に望みを伝えた時と同じである。異なるのは、からかうような笑い方ではなかったことだ。


「まったくです。ミハルさんなら301小隊に残りたいと仰るだろうと予想していました。しかし、貴方は我々凡人とはまるで異なります。予想しようとした私が馬鹿でしたね」


 アーチボルトも笑っている。冷静沈着を地で行く彼であったけれど、今もまだ勝負に執着するミハルがおかしかった。共闘した結果は最高のものであり、異動するとなれば同じ結果を得られないはず。確実に劣化することが明らかであったのにと。


「そんなに笑わないでください……。私は自分を偽りたくありません。確かに最高の支援を受けましたが、それとこれとは話が別なんです」


「ああいや、分かっていますよ。少しも揺らぐことなく真っ直ぐなところ。それが貴方の魅力であり、強さなのだと思います。私どもとしましても無下にはしたくありません」


 ミハルの本心は否定されることなく受け入れられていた。元よりそれはクェンティンたちが望んだ通りだ。WラインとEラインの両方にエースを据えること。中央ブロックを安定させる最も確実な選択であった。


「ならばミハル君、君は401小隊への配備で構わないのだな? 君の代わりにあのひねくれ者を401小隊へ異動させてもいいのだぞ?」


「私が怒られますよ……。ただでさえ試作機を横取りしてしまったし……」


「ああ、あの機体は量産に入っていますから、気にしなくても大丈夫ですよ。アイリス少尉には以前と同じ特注品が届くことになっています」


 結局はミハルのものとなるらしい。セッティングも済ませた状況で乗り換えるよりも、新品をアイリスに届けることで同意しているようだ。


「それでオリンポス基地はどうなるのでしょうか?」


 ミハルが質問する。401小隊へ異動するのは了承済み。しかし、消失した基地をどうするのかが分からない。


「それについては気にしなくて良い。ソロモンズゲート支部は当面イプシロン基地だけの運用となるだろう。二つの基地を守ろうと戦力を分散させるのは愚策だ。強く訴えるつもりであるから、ミハル君は今後もイプシロン基地配備のままとなる」


 とても有り難い話である。ルームメイトが同じであれば職場が変わるだけ。何もかもが変化するよりも生活の基盤が同じであれば、精神的な負担は軽減されるだろう。


 笑顔のミハルにクェンティンも笑みを浮かべた。彼女が根本的に異動を望んでいないと知り満足げである。


「それでミハル君は休暇をどう過ごすつもりか?」


 本日の休息とは別にパイロットたちには三日間の休暇が与えられた。交代での休みであるけれど、ずっとイプシロン基地で働き詰めである彼らにとっては、ささやかな報酬となる。


 まるで娘に聞くようなクェンティン。期待に応える腕前や残した圧倒的な戦果はもちろん評価しているが、彼は自身に対しても本心を偽ることなく口にできるミハルを好ましく感じている。


「休暇ですか? キャロル一等航宙士と木星に戻る予定です」

「ああ、キャロル・ウォーレンとは友達だったな」


 意外なことにクェンティンは末端のパイロットでしかないキャロルを知っているようだ。


 ミハルは眉根を寄せる。一等航宙士のキャロルを知っているなんて、全パイロットを把握していてもおかしくはなかった。


「どうしてキャロルを?」


「いや、ミハル君がイプシロン基地に戻る前のことだな。偶然すれ違った時に話しかけられたのだ……」


 益々分からなくなる。キャロルが面識のないクェンティンに話しかけるだなんて。彼女であれば敬礼をして固まっているだけだろうと。


「何の話を……?」


「私も驚いたよ。まさか一等航宙士から呼び止められるなんてな。しかし、話を聞けば勇気を振り絞ったのだと分かる。何しろ彼女は401小隊に異動できないかと求めてきたのだから……」


「えええ!?」


 そんな話は一言も聞いていない。キャロルは大戦を恐れていたはずで、前線に出たがるような性格でもなかった。生き延びることを第一目標にしているとばかり考えていたというのに。


「彼女はミハル君の手助けがしたかったらしい」


 思わず涙腺が緩んでしまう。意図せずミハルは涙を浮かべていた。ずっと親友だと思っている。だが、他人の心は分からない。無謀とも言えるキャロルの行動はそれを肯定するものであって、二人共が親友だと考えている事実を明確にしていた。


「もちろん断ったがね。401小隊は私の管轄ではなくなっていたし、報告にも上がってこないパイロットには無理だ。しかし、私は名を聞くことにした。彼女が実力をつけたとき、その願いを叶えてやろうと。一途な想いを無下にしたくなかったのだ……」


 先の大戦時もキャロルの配属先は変わらなかった。途中で前線に配置されていたけれど、彼女の要求が却下されたのは明らかである。


「気長に待ってやってくれたまえ。昨日の結果を確認したのだが、彼女の撃墜率は二割もあった。後衛機としては十分な戦果だと思う。着実に力をつけている。そのうちエースパイロットに相応しい後衛機となるかもしれないな……」


 思わずありがとうございますとミハルは返していた。彼女自身の話ではなかったというのに。一介のパイロットでしかないキャロルの戦果を確認してくれたこと。加えて聞き流すことなく考慮してくれたこと。感謝の言葉しか出てこなかった。


「ミハルさん、長くなって申し訳ないのですが、あと一つだけお願いします」


 ここでアーチボルトが会話に割り込んだ。あと一つということは何らかの依頼かもしれない。ミハルは小さく頷きを返している。


「実はベゼラ・リグルナムという光皇連の皇子が亡命しましてね。ドックで貴方と会ったという話をしていました」


 急な話題転換である。確かにミハルはベゼラという人と話をした。手錠をかけられた彼は光皇連の人間であると語っていたし、亡命したとの話も聞いている。


「ベゼラさんがどうしましたか?」


 疑問は尽きない。会話しただけであるし、何の用があるのかと。今ここで伝えられるような問題は何もなかったはずなのに。


「実は我々の言語を学びたいようなのです。一応はAIにて学習するのですが、生きた言語を学ぶには実際に会話する方が間違いありません。そこで年齢も近いミハルさんにお願いしたいのですよ……」


 空いた時間で結構ですからとアーチボルト。どうしてか二人はニヤニヤとしてミハルの反応を見ている。


「私の学科成績を知ってますか? 卒業に必要な最低点ですよ? 教師ならキャロルが最適じゃないかと思いますけれど?」


「ミハル君、別に難しいことを教えてもらおうとしていないぞ? それに君はやればできる子だと私は信じている。それともミハル君は自身の操る言語を話せないとでもいうのか?」


 どうしてかクェンティンが話に割って入った。二人して押し付けようとしているのは明白。ニヤけ顔の彼らを見ていると、何かしらの悪巧みである気がしないでもない。


「まあ話をするだけなら……」


 ところが、ミハルは依頼を受けてしまう。明らかに二人の企みであると思うも、ベゼラの人柄は悪くなかったし、会話するだけなら難しい話でもない。自分の言葉で良いのなら断る理由がなかった。


「それでは空いている時間に連絡させてもらいますよ。彼は異星人ですが、本当に真面目で良い男ですから。しかも皇子様ですので、女性なら全員が羨むと思います」


 最後まで何らかの企みであるようにしか思えない。けれど、ミハルは頷いている。皇子様はともかくとして、異星人であるという事実は割と興味があったのだ。色々な話が聞けることをミハルは期待していた。


 これにてミハルに対する要件は全て完了となった。クェンティンに退出を命じられ、ミハルはようやく解放されている。


 キャロルと昼食の約束をしていたから、ミハルは可動床を走っている。大戦を終え緊張感の欠片もない現状に、彼女の足取りは軽かった。


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