就職は勢い任せ
セントグラード航宙士学校では安穏とした日々が続いていた。世間一般との温度差もなく、新たな宙域発見という一報に沸き返っているだけだ。
「ねぇ、ミハル! 新星系に行ってみたいと思わない?」
授業が終わったあと、ミハルたちは自室で雑談をしていた。旅行好きのキャロルは早速と新星系についての話を始めている。
「キャロルも好きね? そんなに違いがあるものかしら?」
「夢がないなぁ……。ゲートが開かなければ決して見ることのなかった世界だよ? あたしがツアーガイドとなって周遊できたらなぁ!」
新たな観光地として考えているようなキャロル。まだ映像すら公開されていないというのに、想像を膨らませているようだ。
「そいや、キャロルが受けたスターツアーズってどうなったの?」
合格したという話はなかった。ミハルはその理由を推し量っていない。それはつまりそういうことであったというのに、残酷にも聞いてしまった。
「ああ、スターツアーズ……? うんまあ、落ちたよ…………」
急に声のトーンが変わりキャロルは肩を落とす。どうしても旅行会社が良かった彼女だが、二次募集にもかからなかったらしい。
「あらあら、成績優秀キャロルさんが、こんな時期にまで無職だなんて……」
「それはミハルもでしょ!? ミハルこそアナウンサーはどうなのよ!?」
ミハルのからかいにキャロルは頬を膨らませている。再三再四、試験に落ち続けた彼女は流石にへこんでいたのだ。
「アナウンサーはやめたの! なんてーか身長制限があったからね。そうじゃなきゃ採用されてたんだけどな!」
「あたしだってそうだもん! 超級大型船舶免許さえあれば受かってたんだから!」
妙な言い争いになったが、一拍おいて二人は爆笑していた。馬鹿らしいいつもの遣り取りに、込み上げる笑いを抑えきれなかったようだ。
「あーあ、どうしようかなぁ。割と本気で悩んでたんだから……。ミハルはもう実家に帰るつもりなの?」
ゴロンとベッドに寝転がったキャロルが尋ねた。彼女のこの先は未定だ。次なる就職試験もなかったし、希望する就職先さえなくなっている。
「ふふん! 私はちゃんと決めてるから!」
「えっ!? 本当に!?」
思わぬ返答にキャロルは飛び起きた。最近まで就職活動をしていなかったミハルでさえ将来を決めているなんて……。何だか凄く取り残された気分になってしまう。
「どういうこと? 教えてよ!?」
「いや別にキャロルが好きそうなとこじゃないよ? まだ本決まりじゃないんだけど、軍部に進む方向でグレン先生と話がついたわ」
本当に意外だった。ミハルが進路を決めただけでなく、就職先が軍部だなんて。
「そういやニコル君も軍部に進むっていってた。でも軍部って戦争に行かなきゃならないんでしょ?」
「それは大したことないよ。出撃は宇宙海賊が現れたときだけみたい。あとは警備飛行だけじゃないかな?」
軽くいうミハルにキャロルは頷いた。自身の知る限り大きな戦争があったのは数百年も過去の話。運搬船などを狙う宇宙海賊はあとを絶たないが、戦争と比べれば戦闘の規模はしれていたのだ。
「軍部も良いかもしれない……。だって軍部の教練を受けていたら、超級大型船舶が取れるんでしょ?」
「もらった資料にそんなことが書いてあったね。航宙機パイロットは規定の教練を受けていたら数年で超弩級まで所得できるみたいなこと……」
あくまでキャロルは旅行会社を希望するようである。だが、その夢には免許が必須。ステップアップのステージには軍部が最適じゃないかと思い始めていた。
「あたしも軍部に入る! ちょっとグレン先生のとこ行ってくるから!」
もうすぐ夕食時だというのにキャロルは部屋を飛び出していた。ミハルが先に進路を決めたことがよほど堪えたのかもしれない。取り残されてはなるものかと、キャロルもまた軍部を卒業後の進路に決めてしまう。
理由は異なったが、思いつきで進路を決めたような二人。しかし、先々の後悔なんて関係なかった。少しの不安すら覚えることなく、勢いに任せられるのは若さ故だろう。
六年間に亘り研鑽を積んだ学び舎を彼女たちは巣立っていく。内に秘めた想いは銀河の安寧とはほど遠い。だが、身を置く場所がそういった立場にあることくらいは二人も分かっている。目的を達成するためだけでなく、愛すべきこの星系を守る責務は二人なりに理解しているつもりだ。
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