思わぬ休憩
ようやくドックへと到着し、降機したミハルは大きく背伸びをしている。
「ミハル、大活躍だったじゃないか? 儂も鼻が高いぞ!」
ダンカンが笑顔で話す。接続したモニターに映し出された戦績。圧倒的すぎる内容は笑うしかないほど現実感がなかった。
「流石エース級整備士です。助かりました……」
「短い時間だが、ゆっくり休んでくれ。完璧な状態にしておく」
お願いしますとミハル。真っ先に到着した彼女は二人を待つことなく詰め所へと歩いて行く。今はただ眠りたい。早朝から仮眠しか取っていないのだ。アイリスとは違って空腹を満たすつもりもなかった。
簡易椅子に身体を預けると直ぐに眠ってしまう。ギアが鳴る瞬間まで彼女は爆睡する予定らしい。
しばらくしてアイリスとジュリアが詰め所に来たけれど、ミハルは気付くことすらなく眠りこけたままだ。
「それでジュリアが納得するなら私は反対しない。もうその話は終わりだ……」
「いや、構わないのか? 俺がセントラル基地に戻りたいといって、了承されるものなのかよ?」
ジュリアは戦闘中に考えていた話をアイリスに伝えている。最前線で戦うどころか生き抜く力すらない。実力不足を痛感した彼はセントラル基地から、やり直そうと考えていたのだ。
「それはテレンス大佐の判断になるだろう。小隊長如きが決定できる内容じゃない」
「でも姉貴なら話が通るだろ? 俺はセントラル基地で一からやり直したいんだ!」
アイリスの返答が不服だったのかジュリアは声を大きくした。アイリスが本気であればクェンティン司令に掛け合ってくれるはずと。
「大きな声は出すな。ミハルが寝ている。少しは気を遣えよ、ジュリア……」
携帯食料を囓りながらアイリス。彼女は弟の愚痴よりもミハルを気にしていた。
アイリスはミハルの頑張りを評価していたし、逆にジュリアに関しては不満しか覚えていないのだ。
「セントラルに戻ったとして、グレックは直ぐにいなくなる。腕に覚えがある者は爺さんだけだぞ? お前はそんな環境でどう足掻くつもりだ?」
アイリスが問う。ミハルがセントラル基地で成長したからといって、そんな話を始めてるのではないかと。グレックのような厳しい上官がいなければ、意味はないといった風に。
「分かってるよ。俺がここに残っても成長の見込みがないってこと。出撃数が確保されるだけでいい。今のような乱戦じゃ俺はいつまで経っても後方を把握しきれないと痛感した。宇宙海賊の掃討からやり直したい……」
アイリスは興味なさげにジュリアの説明を聞いていた。もう制止するつもりもなさそうだ。想像よりも動けなかったジュリアにかける言葉はないようである。
「私は厳しい環境こそがパイロットを育てると信じていた。ぬるま湯では腐っていくだけなのだと。だが、それは間違っていたようだ。伸びる奴はどこにいても伸びるし、腐る奴は始めから腐っていただけ。努力した気になるのなら好きにするがいいさ……」
厳しい言葉が続けられた。伸びる側にジュリアが含まれていないのは明白であり、更には腐っている側であると告げているようなものだ。
「ジュリアは次の出撃にでなくてもいい。お前には愛想が尽きたよ。勝手にどこにでも行け。ゲート外であればどこだって構わん。もう私のいる宙域は飛ぶな……」
絶縁とも取れる話。声色こそ穏やかだったものの、アイリスの怒りはジュリアも感じ取れていた。ひょっとすると反対されるかもしれないと考えていたけれど、どうやら少しの期待感も残っていないようだ。引き留めたり声を荒らげたりすらしないのは見限られた証拠。弟ではあっても、パイロットとして彼は失格したらしい。
「駄目な弟で悪かったな。俺は姉貴とは何もかもが違うんだよ……」
言ってジュリアは詰め所をあとにしていく。
自身の言葉を受けて何処かへ消えたジュリア。アイルスは溜め息をつきながら眺めている。どうにも我慢ならない。言い足りなかった文句を思わず並べてしまうほどに。
「死ぬ覚悟があるだと? 笑わせる……」
確かにそう聞いたはずだ。しかし、現状のジュリアは小言を避けるように去って行った。反論すらせず、ふて腐れていただけだ。
「逃げてばかりの情けない弟だ……」
何度目かの溜め息と共に漏れ出す愚痴は期待の裏返しである。けれど、期待しようにもジュリアは期待させない。簡単に彼は折れてしまうのだ。
しばらくアイリスが呆けていると、
「あれで良かったんですか?」
背後から声がした。それは真っ先に眠ったはずのミハルである。
「なんだ起きていたのか?」
「まあ、あれだけ騒がしければ……」
どうやら起こしてしまったらしい。姉弟の言い合いによって、いつからかミハルは目を覚ましていたようだ。
「良かったもクソもない。あいつは逃げ出したのだ。貴様の機動や私の支援に恐れをなしただけ。自分と違いすぎることが受け入れられなかっただけだ。まるで私たちが一朝一夕に手に入れたとばかり考えている。根性も覚悟もない奴にはそう見えていただろう……」
アイリスはジュリアの行動をそう解釈していた。真似できそうにないと知るや逃げ出したのだと。
「あの様子だと本当に次の出撃にはでてきませんよ? 罰則を受けるかもしれません……」
「その辺りはフォローするつもりだ。幸いにも一度被弾しているからな。急に気分が悪くなったと報告しておく……」
突き放したようなアイリスだが、やはりジュリアは弟であった。彼が罰を受けることなど望んではいないようだ。
「それでミハルはセントラルに行ったとしてジュリアが成長すると思うか?」
アイリスがミハルに聞く。呆れるようなジュリアの望み。逃げているとしか思えない決断について。
「まあ後方視野の訓練には……」
ミハルは言葉を濁す。ミハルも宇宙海賊で慣れたのは事実だが、ミハルの場合は見ようとしていなかっただけだ。バゴスに言われて初めて気付いただけである。
「逆にミハルは私の支援を受けてどう感じた? ジュリアと比べてどうだ?」
自身の話を正当化するためか、アイリスはジュリアとの比較を問う。決して同意したわけでもないミハルであるけれど、その質問に対する返答は限定的である。
「私はずっとジュリアに合わせていたのかもしれません。そう考えてしまうほど、先ほどは思うように飛べました。恐らく私は彼の機動を知らず知らず先読みしている。今回それが分かったように感じます……」
「まあそうだろうな……。貴様は見えすぎなのだ。自然とジュリアの機動を読んで、飛行していたはず。ではグレックと比べてどうだろうか?」
どうしてかアイリスはグレックについても聞いた。脱線である気もしたのだが、ミハルは小さく頷いてから答え始める。
「グレック大尉はミスのない支援。一か八かではなく、読み切れなかったとしても痛手をこうむることのない支援でした。アイリス少尉はどちらかというと攻めの支援です。私が延々と攻撃し続けることが可能になるものでした……」
「ほう、やはり貴様は分析しているな。私はセンスや才能といった言葉が大嫌いなのだが、今回に限りそういった要素を感じずにはいられない。後方からミハルのフライトを見てそう思った。極めて稀に全てを持ち合わせる者がいるのだと……」
ついでとばかりにアイリスは持論を語る。才能だと持て囃されるのを嫌っていた彼女も、そういった先天的な何かがあると感じたという。
「どうですかね? 私も努力を否定されるのは好きじゃありません。初めからできたことなんて何もない。目標に向かって頑張った結果ですし。ただそういうものがあるって話は分かります。どうやっても同じ景色が見えないってことは……」
暗にミハルはジュリアの才能を否定していた。アイリスと自身は間違いなく同じ景色を見ていたのだ。ジュリアには見えない次元の異なる世界を。
「なるほどな……。休憩時間にすまない。休んでもらうつもりが、時間を取らせてしまった。あと幾分も休めそうにない……」
「いや別に構いません。増援さえなければ、あと少し。次の休憩までには片付きます。それから熟睡させてもらいますから……」
ミハルからは少しも恐怖心を感じなかった。アイリスは益々ミハルに興味を持ってしまう。グレックに押し付けられただけであったというのに、彼女の性格は自分ととてもよく似ていた。
「どうやら私には見る目がなかったらしい……」
どうしてかアイリスはそんな風にいった。
視線を動かし思い返すようにアイリスは言葉を探す。キョトンとするミハルを余所に過去の言動を訂正していく。
「ミハルは平凡でも下手くそでもない……」
唐突すぎる話にミハルは呆けている。だが、そのフレーズには聞き覚えがあった。それは最初に出会った更衣室での話だ。ミハルを褒めたあと、アイリスは平凡で下手くそだとミハルを評していた。
「貴様は優秀なパイロットだ――――」
何てことだろう。ミハルの願望は意図せず叶っていた。アイリス・マックイーンに自身を認めさせる。フライトを彼女が認めてくれるまで挑み続けるのだとミハルは考えていた。
明らかにそれは認められた瞬間である。しかし、どさくさ紛れであるのは否めない。
「何を今さら。少尉は私を腐すのが趣味ではなかったのですか?」
こんな認められ方は受け入れられない。ジュリアとの対比で優秀となるだなんて、ミハルが納得できるものではなかった。だからこそ冗談として返す。ミハルは彼女の評価を突っぱねるようにしていた。
「可愛げのない奴め。こんなことは未来永劫ないことだぞ? 貴様の支援機をして少しばかり感心したから褒めてやっただけ。私より優れているとは言っていない」
やはり二人はすれ違う。どちらかが歩み寄ったならば、話は纏まったはず。しかし、共に一番を狙う二人はそれを良しとしない。
「実力でもぎ取ります。貴方が自然と認められるほどに……」
相も変わらず強気なミハルにアイリスは満面の笑みだ。弟とは異なり、ミハルは自身と瓜二つ。性格については本当に妹ではないかと考えてしまうほどそっくりだ。
「次戦があるとして、貴様には適切な支援機を必ず与えよう。何しろミハルは支援機の程度に左右されるような腕前なのだからな!」
「わ、私は別に誰が支援機でも戦えます! それこそジュリアだって……」
「ふん、たった今認めたことを覆すのか? 貴様は生粋のシューターだ。確かに誰が後衛機でも戦えるだろうが、ミハルの本領は守るよりも攻めた機動にある。従って守りを強いる支援では能力を発揮できない。私の支援を受けたミハルなら、もうジュリアの支援などでは満足できないはず。過度なストレスを感じてしまうだろう」
アイリスの分析は的を射たものであった。その評価に不服そうな表情をするミハルだが、確かに言われた通りであると思う。
攻め続けること。思えばグレックの支援も攻め続けられるようにしていたと感じる。何しろ彼自身の撃墜率が低かったのだ。グレックの技術であれば、支援であろうと撃ち抜けたはずで、それをしなかったのはミハルの成長を促す目的があり、彼女を自由に飛びまわらせるためであった。
「此度は甘んじて支援機をしてやるが、次戦は私も前衛機で戦うつもりだ。まあ適切な支援機は手に入るだろう。ジュリアの異動よりも強く進言してやるつもりだ」
ミハルは思った。果たしてグレックが支援機を受けてくれるだろうかと。彼ならば十分な支援をしてくれるのは分かっている。けれど、彼は同時にシューターとしても一流なのだ。自身の可能性を擲ってまで、後衛機に甘んじてくれるだろうかと。
【ピリピリピリピリ……】
束の間の沈黙を破るかのようにギアが鳴った。いよいよ再出撃である。目的であった休息は不十分であったけれど、割といい時間でもあった。
よしっと頬を軽く叩きミハルは気合いを入れる。ギアで戦況を確認してからミハルは立ち上がった。
「さあ、仕事を片付けましょう!」
「ふん、張り切りすぎて空回りするなよ?」
主力が中央ブロックに戻っており、戦局は優勢となったままだ。懸念された増援もなく、淡々と航宙機を撃墜していた。
詰め所の扉を開いたところで、二人は軽く拳をぶつけ合う。その瞬間から戦闘機パイロットの顔となり、二人は無言のままドックへと歩いて行く……。
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