尋問
ベゼラは第八ドックに程近い尋問室へと連行されていた。亡命した三人は別々の部屋に分けられ、各々が質問に答えることになっている。
ベゼラの部屋にはクェンティンや審問官の他、マルコ主任の姿もあった。光皇連の実状に詳しいマルコにより、話の真偽を確かめようとしているのかもしれない。
「既にお伝えしたように、私は光皇連を悪の手から救いたい。太陽人をどうこうしようという考えなどなく、寧ろ手を取り合っていけると感じている」
ベゼラは聞かれたことを素直に答えている。真摯に受け答えする彼に悪意は見られず、AIによる判定も虚言である確率は低かった。
「それでリグルナムという姓は光皇連に多いのでしょうか? というのも作成したデータベースの中にその名がありました。星院家と呼ばれる特別階級に属する一族がそう名乗っているそうですけれど……」
マルコの質問に初めてベゼラは眉を顰めた。彼は特別階級にあることを黙っておこうと考えていたのだ。政治的影響力を持つと知られることは余計な疑いを生む可能性があったし、彼らが利用しようと考えるかもしれなかったからだ。
しかしながら、問われてしまえば答えぬわけにはならない。ベゼラは協力を願う側だ。誤魔化したり、嘘を口にしたりするのは間違っていると思う。
「その通りです。私はリグルナム星院家の第一皇子。偽名を使い連軍に潜り込み、ここまで来た。なぜなら私は先の戦争で出撃を命じられており、亡くなったことになっているからです」
「では、最初の質問で偽名を語らなかったのはどうしてです? 私たちには真偽など分かりませんよ?」
マルコは星系情報の精査に呼び出されていたのだが、どうにも興味が沸いてしまったらしい。また時間的制約もなかったものだから、審問官やクェンティンも口を挟まなかった。
「それは気持ちの問題。協力を仰ぐというのに偽名を使う気にはなれなかった。それと上手く協力を得られた場合、結局のところ私は本名を語ることになる。我が手によって光皇連を導くのなら、偽名ではいけない。民の支持を得るには星院家の名が必須。後々に分かるような嘘は付きたくない。信頼を得るには私が誠実でなければならないはず」
年齢は太陽系の年換算で十九歳。貴族という肩書きに相応しい立派な志を持つ好青年であった。受け答えから話を聞く姿勢まで。十分な教育と躾を受けていると容易に想像できた。
「それで我々は光皇連の情報を求めている。連軍は戦う余力を残しているのか? 君にとっては裏切りになるかもしれないが、我々を信用させる意味でも聞かせて欲しいと考えている」
今度は審問官が問う。これからも戦争が続くのなら、内情を知っておれば役に立つ。できる限りの情報を引き出したかった。
「連軍は余力があるといえばある。ただし、それは見せかけだけで、実状は崩壊しているといっても良い。難民を戦場に送っているだけなのだ。本来なら食糧の生産プラントを建造すべきところを戦闘機の生産ラインにしてしまっている。カザイン光皇は弱者を切り捨てた。現状の光皇連は食い扶持を減らすためだけに戦っている……」
怒りさえ感じるベゼラの返答はそれが真実であると思わせるに十分だ。彼が本気で光皇連を救おうとしているのだと理解できるものであった。
このあともベゼラは真摯に回答を続ける。彼の意志が揺るぎないものであること。本当に助けを求めていることを伝えていた。
もう聞くべき内容もなくなり、別室における聴取内容との照らし合わせも完了。若干の沈黙を経て、クェンティンがこの取り調べを締めるかのように話し始めた。
「君の思いは伝わった。我らは戦争など望んでいない。だが、光皇連が引かぬのなら戦うだけだ。君が話す皇都レブナを最終目標とさせてもらう。一般民には可能な限り攻撃しないと約束しよう」
ベゼラは笑みを浮かべた。自身の要求が通ったこと。危険を冒してまで亡命した目的が果たされたのだと。
「しかし、君が前線で戦うのは認められない。少なくとも次戦が終わるまでは……。君は我々の信頼を得る必要がある。またそれは生半可なことではない」
全てが要求通りではなかった。やはり戦争への参加は難しい。ベゼラは歓喜したあと、一転して表情を曇らせた。
「まあそう落ち込まなくてもいい。起こり得る次戦の参加は不可能だが、一定の制限を加えたなら承認されるかもしれない。たとえば我々がその命を握るというような制限があれば……」
クェンティンが告げたのは奴隷に等しいことであった。それは犯罪者に取り付けられる首輪のことだ。問題を起こせば、スイッチ一つで即死薬を注入させられるもの。絶対に逆らえない条件をクェンティンは突きつけている。
対するベゼラにもその意味が理解できた。幾ら言葉で説明しようと間者である可能性は否定しきれない。だからこそ、彼らは命を預かろうとしているのだと。
「元より命を賭す覚悟。私は貴方たちの要求を全て受け入れる。連軍が相手であろうと私は戦う。一刻も早く戦争を終結させなければ、犠牲が増えるだけだ。私は躊躇いなく連軍を撃ち抜くとここに誓おう」
ベゼラの覚悟は本気だった。同族と戦うことになるのだが、彼の意志はそれを障害としていない。カザイン政権の打倒に必須であると理解しており、彼が大局を見失っていない証拠である。
「次戦までは独房に入ってもらうが構わないな? あとパイロットとなるにしても技量を見てからとなる。申し訳ないが、一定以下であった場合は登用できない」
「それは分かっています。公平に見てもらえるのなら問題ありません。独房の件も了解しました。ただし、必ず勝利してください。独房で失われるほど、安い命ではありませんので」
全てを了承したベゼラだが、最後に注文をつけた。まだ死ねないのだと。死ぬ時ではないことを伝えている。
「ベゼラ君、君の覚悟と行動は尊敬に値する。私たちは丁重に扱うつもりだ。独房でも待遇は変わらない。食事も用意するし、何かしたいことでもあれば言ってくれ」
話は終わったはずが、クェンティンはベゼラに希望を聞く。閉じ込める詫びとして可能な限り、要望に応じるつもりらしい。
「それでしたら貴方たちの言葉を学べるものが欲しいです。基本的な言葉は覚えましたが、正しいかどうかも分かりません。できれば現地の言葉で意思疎通を図りたい」
思わぬ望みにクェンティンはチラリとマルコに視線をやる。言語の解析をしたのは旧サターンラボであり、彼は専門外であったけれど、ラボの責任者であったからだ。
「それなら解析班が作成したAIを用意しましょう。先日までの調査で飛躍的に向上しているはず。学習用に手を加えれば良いだけですし……」
意外と簡単な要求のようだ。マルコは直ぐさま提案している。光皇連の言語を累積思考したAIが適切なのではないかと。
「マルコ君、それはギアにも入る容量か?」
「もちろんです。AIで学びながら、誰かを派遣して生きた言語を聞いたり話したりすれば習得も早くできるでしょう」
「ふむ、戦闘中以外なら問題はないな。それで教員は誰にでも可能か?」
クェンティンは全面的に信用しているらしい。ギアを与えることは、かなりの自由を認めることを意味する。機能制限しないのであれば、通信まで可能となるのだから。
「もちろんです。翻訳機がございますので支障ありません。よろしければ人員は研究所から派遣させて頂きますけど……」
マルコの話に頷くクェンティン。すんなりと決まりそうだったのだが、それを制止したのはベゼラである。
「それならミハルを呼んでくれないか?」
意外な要求であったが、先ほどの遣り取りを見ていたクェンティンは笑みを見せていた。若さだろうかと思う。積極的にかかわろうとする彼に人間味を覚えて仕方なかった。
「まあ任務の合間であれば構わん。彼女には私から話をしておく。だが、基本的には研究所の職員となるだろう」
それでいいとベゼラ。ほぼ全てが彼の要求通りとなった。感謝してもしきれない。異星人であり、敵対種族の人間であるというのに、無茶な願いを聞き受けてくれたこと。
ベゼラは必ずや恩義に報いると誓うのだった。
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