未知との遭遇
イプシロン基地は騒然としていた。
亡命者の回収に向かった第一航宙戦団の艦隊が無事に帰還したからだ。第八ドックに隣接する補給港へと着艦し、亡命者と思われる三人が連行されている。
補給港にはクェンティンに加えアーチボルトの姿もあった。どうやら第八ドックにある一室で取り調べを行うらしい。
亡命者は若い男が一人に中年の男性が二人。翻訳機と思われるヘッドセット的な機器を装着している。
「ご苦労。以降は司令部が責任を持って引き受ける。第一航宙戦団は持ち場へと戻ってくれ」
クェンティンの命令に敬礼して応え、兵は艦船へと戻っていく。
亡命者の三人は手枷を取り付けられていた。何の抵抗もしなかったらしいが、やはり敵方の人間であるのだから簡単には信用できない。
「我々の言葉で失礼する。私は当基地の責任者クェンティン・マクダウェルだ。君たちの安全は保証しよう。申し訳ないが手枷は我慢してくれ」
まずは軽く挨拶をする。既に身体チェックを済ませており、危険物を所持していないことは確認されていた。かといって男性三人を自由にさせるわけにはならない。
「私はベゼラ・リグルナム。先の大戦で暗殺されそうになった。太陽人の力を借りたいと思っている……」
ベゼラという男は亡命理由を語り、他の二人が亡命に協力してくれた部下であると説明した。
「ならば詳しい話を聞こう。部屋を用意している……」
補給港からドックへと向かう。アイリスとミハルの事情聴取をした部屋へとベゼラを連行していく。
流石に三人は耳目を集めてしまう。しかし、それは連行される彼らも同じだった。初めて見るものばかりであり、興味津々に視線を動かしている。
「あれは……?」
ふとベゼラが立ち止まった。視界に入った思いもしないものに彼は呆然としてしまう。
「ベゼラ君、どうした?」
ベゼラが足を止めるや、部下の二人も足を止めたので、クェンティンは何が気になるのかと問う。もう二度も大戦をしているのだ。戦闘機など見慣れているだろうと。
「黄金の機体……」
一際目立つ機体に釘付けとなっている。黄金色をした戦闘機が彼の瞳に映っていた。超伝導クレーンによって運ばれてくるそれは間違いなく金色であり、他の戦闘機とは明らかに異なる。今まさに着艦ゲートから戻ってきたところのようだ。
『金色に輝く機体には近付かない方が無難です――――』
キロの話を思い出していた。たった一機で光皇路にあった戦力を一掃したという機体の話。それはかつての光皇のように輝いていたと聞いている。
「あれは光皇路に現れた機体ですか?」
クェンティンの質問にベゼラは問いを返す。見たところ他に黄金をした機体があるとは思えなかったが、どうにも気になってしまったらしい。
「ほう、よく知っているな。やはりカザインでも観測されていたのだな……」
「我らはカザインではなく光皇連。カザインとは皇座に座る逆賊の名前です」
クェンティンの話には即座に訂正が入った。どうやらベゼラにとってカザインを人種の総称とされるのは気に触ることであったようだ。
「ああそうだったか。すまないね……」
クェンティンは苦笑いだ。確か過去に説明を受けた。けれど、人類は彼らをカザインと呼んでいたために、思わず口を衝いている。
クェンティンの謝罪にベゼラは頷く。笑顔を返そうとするも、彼は笑顔を作れなかった。
なぜなら黄金をした機体のハッチが開き、パイロットが昇降エレベーターから姿を現したからだ。
「あんな……子供が……?」
唖然としてしまう。降機したパイロットは非常に小さく、女性というより少女にしか見えない。
「貴方たちは子供にまで戦闘を強いているのですか?」
聞かずにはいられなかった。ともすれば蛮族との噂が真実であるかのように思えてしまう。連軍にも女性は多くいたけれど、子供はまだ登用されていないのだ。
ベゼラの話にクェンティンは再び苦い顔をした。どうも誤解を招いてしまったと頭を掻いている。
「いや、彼女は歴とした成人だぞ? 少しばかり背が低いだけだ……」
返答に驚くのはベゼラである。大昔であれば珍しくもなかったが、母星を飛び出し宇宙時代が始まってから、平均身長はかなり伸びたのだ。幼子のような背丈の成人は本当に見なくなっていた。
「あの……彼女と少し話がしたい……」
「んん? 君たちは罪人ではないから構わんが、少しだけだぞ? あと彼女は見てくれと違って、かなり気が強い。好意は寄せても喧嘩を売るような真似は止めた方がいいな」
クェンティンは笑っている。異星人にも同じような感情があるのかもしれないと。
「私は別にそんなつもりでは!? 少し興味を覚えただけですから!」
「わはは! 急に親近感が湧いた。やはり我らは見た目通りに生まれた星系が異なるだけのようだ。時間を割こう。気が済むまで話してくるが良い」
狼狽えるベゼラにクェンティンは余計な気を利かす。ベゼラは本心を語っていたのだが、照れたように顔を赤らめる彼を見ると、そうとしか思えなかったらしい。
「ベゼラ君、彼女の名はミハル。どこに出しても恥ずかしくないパイロットだ……」
親指を立ててみせるクェンティンにベゼラは頷いた。黄金の機体に乗るパイロットに興味があっただけなのだが、やはり異性に声をかけるのは恥ずかしく感じられている。
手枷をしたままだ。けれど、ベゼラは勇気を持って彼女に近付く。せっかく許可を得られたのだから、ちゃんと話をしようと思った。
「ミハル!」
整備士らしき男と話をしている彼女に声をかけた。聞いたばかりである彼女の名前を呼び声として。
振り向く彼女は本当に小さかった。ただ子供とは違う。遠目では分からなかったけれど、彼女の雰囲気はそこまで幼くない。恐らく年齢は自分と似たようなものだと思う。
「あ、えっと……。どなたでしたでしょうか?」
気が強いと聞いていたけれど、それはクェンティンの冗談なのだと理解した。優しく微笑む彼女の気性が荒いだなんて思えない。
「初めまして、私はベゼラ。黄金の機体に乗る貴方に興味があって来ました」
「ベゼラさん……?」
聞き慣れない名前にミハルは小首を傾げた。また彼女はベゼラの手枷に気付いている。よく見ると奥にはクェンティンの姿もあるし、この状況がどんなものであるのか彼女は飲み込めていない。
「私は光皇連から亡命してきました。だから手錠をかけられています。気にしないで欲しい」
ミハルの疑問に直ぐさま感付いたベゼラは犯罪者ではないことを明確にしている。彼女が素直に話をしてくれるようにと予め伝えていた。
「えっ、亡命!? 光皇連ってカザイン光皇連!?」
ミハルは目を丸くしている。どう見ても人類である彼が敵側の人間だなんて思いもしなかった。人類と瓜二つであると知っていたのに、ミハルは驚きを隠せない。捕虜に会ったことはないし、ここまで同じだとは考えもしなかったのだ。しかし、会話に翻訳機を必要としているし、彼は聞いたことのない言語を操っている。
「先ほど亡命しました。戦闘宙域から離れていた機体が私たちです……」
「ああ、あれ貴方だったの!? てっきり何かを企んでるのかと思った!」
気さくな人だとベゼラは思った。大きな笑顔が眩しい。こんなにも小柄で愛嬌のある彼女が戦っているだなんて信じられなかった。
「ミハル、貴方はエースパイロットなのですか?」
突拍子もない話である。ミハルはまだベゼラが本当に光皇連の人間であると信じきれていなかったというのに、彼は気にすることなく疑問の解消を優先していた。
「え? エースパイロット……?」
ミハルは言い淀む。トップシューターには輝いたけれど、まだ自分がそのような存在になれたかどうかは確信が持てない。特に前の大戦はアイリスが不参加であったのだから。
首を振るミハル。どうしても言葉がでてこなかった。違うと言うのは負けた気がするし、自他とも認めるエースになりたいとも考えている。アイリスの背中を追い続ける彼女にとって、どちらの返答も口にできるものではなかった。
「違うのか? 君は先日、光皇路を越えて来たのだろう? 連軍の艦隊を殲滅した操縦士だと考えている……」
光皇路の意味合いは文脈から推し量れたものの、どう答えて良いのか分からない。ミハルは間違いなくゲートを越え、艦隊を撃ち抜いた。けれど、操縦していたのは自分ではない。
「貴方、本当にカザインの人なの……?」
返答に困ったミハルは質問を返した。クェンティン司令やアーチボルト准将に加え、見慣れぬパイロットスーツを着た人間が三人もいるというのに。
「どうか光皇連と呼んで欲しい。我らはカザインの手から光皇連を守るためにやって来たのだ。私は戦争など望んでいない。これまでの戦いで大勢が失われたことを知っているが、君たちの力を貸してもらいたい。打倒カザイン政権には互角に渡り合う強大な力が必要なんだ……」
チラリとクェンティンに視線を向けると彼は頷きを返している。やはりベゼラはゲート裏からやって来た異星人に違いない。
ミハルは小さく息を吐きながらも頷いていた。問われた内容について真摯に答えるべきだと。何しろ彼女は大戦にてベゼラの同胞たちを多く殺めていたから。
「貴方のいうパイロットは私じゃない。あの機体は複座なの。私も搭乗していたけれど、私は砲身を操っていただけ。今し方の交戦についてなら私が操縦していた……」
戦争なのだから懺悔は必要ない。けれど、ミハルは初めて敵方の人間と出会ってしまった。トップシューターであった事実は一番多く彼の仲間を撃ち落としたことを明確にしている。罪悪感がないとすれば嘘だ。まして彼は人類と見間違えるほどの容姿をしていたのだから。
「殲滅したのは他の操縦士?」
「ええ、そうよ……。彼女こそがエース。でも私だって負けてないから!」
凛とした表情を見せるミハルにベゼラは納得していた。クェンティンが語った気が強いという話。先ほどまでの柔らかな表情はなくなり、ミハルは勇ましい戦士のような顔をしていたのだ。
「君は面白いね。気に入ったよ。どうか我ら光皇連を助けて欲しい……」
「助けて欲しいって、私は戦闘機パイロットなのよ? それに今までどれだけの同胞を撃ち落としたと思ってるの?」
「戦争なんだ。ここまでの被害はお互い様。しかし、これからの犠牲は最小限としたい。私は皇都レブナに攻め込む戦力を欲している……」
ミハルはベゼラの表情に覚悟と本気を感じ取っていた。
終わりのない戦争を終結させるにはどちらかが勝利するしかない。彼は自軍が敗戦することで決着を図ろうとしている。
「何も君だけに頼るつもりはないよ。私はこれでも様々な教育を受けている。戦闘機だって操れるし、許可してもらえるのなら共に戦おうと考えているんだ」
ベゼラの話にミハルは頷きを返している。革命と呼ぶべき行動。陣頭に立つのは並大抵の覚悟ではない。それを成そうと敵軍にまで来てしまった彼を否定できるはずもなかった。
「そもそも私は戦闘機パイロットだもの……。戦えと言われたら戦場に行くし、命令に従うだけよ。ベゼラさんの覚悟が本物であるのなら、私にそれを見せて。そのとき私はきっと貴方の力になれる……」
ベゼラにとってこの会話は新鮮だった。星院家の皇子であるベゼラには誰もが畏まってしまう。こんなにもフランクに話ができる女性などゼクスにはいないのだ。
「じゃあミハル、私は行くよ。あまり待たせても悪いからね。ありがとう……」
「ええ、頑張って。早くその手錠を外してもらえたら良いね!」
再び笑顔を見せるミハルにベゼラは顔を赤らめた。コロコロと変わる表情。確かに気の強い一面を見たというのに、今はそれが幻であったかのような優しい笑みだ。
ベゼラは自然体のミハルに魅せられていた。体験したことのない対応のせいもあるだろうが、光皇のように輝く笑顔が眩しく見えている。
彼女が話す通りだと思う。早く信頼を得て手枷を外してもらわねばならない。再びミハルと会話できるようにと。
軽く手を挙げると、対するミハルは手を振って応えた。恐らくは別れの挨拶。ならばとベゼラも大きく手を振り彼女に返している。
黄金の機体が取り持った出会い。ベゼラは全ての行動が正しかったと改めて思った。
太陽人は蛮族ではない。必ずや手を取り合える民族であると。少しばかり感じていた不安はもうベゼラにはなかった。
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