コンタクト
同じゲート圏にてオリンポス基地が運用開始となっていたけれど、イプシロン基地司令部は慌ただしかった。ゲートに基地が増えたことにより、一本化していたシステムや役割の分担、加えて不測の事態に対する基地の優先行動を改めて確認している。
「アーチボルト、大戦はいつになりそうだ? このまま偵察機を全滅させておれば、いつまで経っても始まらんのではないか?」
クェンティンが聞いた。待つだけの状況は落ち着かない。彼はゲート裏へ打って出る作戦を提案したものの、この度も本部の回答は待機という決定である。軍規が改正されたというのに、もどかしい現実だった。
「偵察機は殲滅すべきです。それだけ戦力を削げますし、彼らには補給する術がありません。いずれにせよ仕掛けてくるはずですから……」
アーチボルトの話に頷く。確かに母星から遠く離れた彼らの資源は限られている。エネルギーだけでなく、人員の食糧も必要なのだ。大軍をそのまま駐留させるはずはなかった。
「オリンポス基地の面々も割とやるではないか? 先ほど現れた三十機も全て撃墜したと聞いている……」
「アイザック司令は経験豊富ですからね。新造基地であることも余計に力が入る要因でしょう。先にミスを犯すなんて体裁が悪いですし……」
オリンポス基地の存在についてはカザインも既に気付いているはず。しかしながら、それが何であるのかを彼らは知らない。だからこそ執拗に偵察機を送って来るのだ。
「ゲートに反応です! その数二百! 全て有人機です!」
基地にサイレンが響き渡った。予想されたように偵察機が飛来したらしい。また複数回に分けるよりもカザインは数を増やしてきた。どうしても彼らは新造基地の情報を持ち帰りたいのだろう。
「全機交戦を始めろ! 浮遊トーチカ機動! 一機残らず撃ち落とすんだ!」
クェンティンの号令が飛ぶ。オリンポス基地が全滅させたのであれば、彼もまた割り当て時間を全力で戦うのみ。ゲート支部の先輩として無様な結果は見せられなかった。
「続いて百機! またも有人機群です! トーチカによる撃墜は間に合いません!」
大戦というには小規模であるが、偵察の括りであるならば、カザインはかつてない数を送り込んできた。
「怯むな! 撃ち落とせ! 301小隊をゲートに張り付かせろ!」
追加的な偵察機を逃さぬため、クェンティンはエース部隊をゲート付近へと配置する。タイミング良く彼らの警備飛行中であったのは幸運であった。
「増援準備! 警備飛行予定は全て前倒しとする!」
更なる侵攻が予想された。従って、クェンティンは迷わず先手を打つ。
絶対に逃すつもりはないのだと。一機たりとも帰還させないのだと増援準備を指示している。
「流石は301小隊ですね……。頼もしい限りです」
次々と撃墜されていく様子にアーチボルトは安堵の息を吐いた。合計三百という有人機の侵攻もカザインにはツキがない。よりによってエース部隊の警備飛行中であったのだから。
「き、救難信号を受信! 敵機が救難信号を発信しています!」
落ち着きを取り戻していた司令室だが、叫ぶようなオペレーターの声に騒然とする。
どうしてかカザイン機が救難信号を出しているらしい。GUNSが使用する交信帯域で電波を発信しているとのこと。
「何だと!? どういうことだ!?」
「戦線を離脱した機体が三機あり、そのうちの一機が通信許可を求めています!」
追加的な説明にどよめく司令室。救難信号だけならば、何かの間違いかもしれなかったが、通信許可まで求めているだなんて偶然であるはずがない。
しばし黙り込むクェンティンだが、決断は早かった。アーチボルトの意見を聞くこともなく、オペレーターに指示を出す。
「通信を許可しろ。私が相手をする。とりあえず、問題の機体はマーク解除。話をする間はそのように処理しろ……」
アーチボルトが頷きを返している。どうやら彼も同じ意見であるらしい。どれだけ呼び掛けようともカザインは返答すらしないのだ。末端の兵士である可能性は高かったが、話を聞く価値は十分にあると思われる。
程なく回線が接続。流石に映像はなかったけれど、カザインのパイロットから声が発せられている。
『亡命……望む……助けて……』
翻訳機ではない生の声であった。それは男性と思われる声だ。意外にも彼は人類の言葉を学んでいるらしい。
眉根を寄せたのはアーチボルトである。敵側の情報を知っているのなら、間違いなく一般兵ではない。もっと力のある者。権力者に近い人間だと容易に推し量れている。
「司令、気を付けてください。何らかの企みである可能性があります。基地へ近付けてはなりません。マッシュルームのように起爆するやもしれませんし……」
「ああ、分かっている。迂闊な真似はせんよ……」
小声で話をしてから、クェンティンは声を張る。この回線は恐らくオリンポス基地も受信しているはず。ならば下手な真似はできないのだと。
「私はイプシロン基地司令クェンティン・マクダウェルだ。私の話すことを理解できるか?」
まずは意思の疎通が可能かどうか。既に人類はカザインの言語をほぼ解析し終えているが、敢えて人類の言葉をクェンティンは選んでいる。
『分かる……でも翻訳……いいか?』
どうやらここからは翻訳機に頼るらしい。恐らくはヒヤリングもデバイスを頼っているはず。彼はまだ人類の言葉を理解しきれていないのだろう。
構わないとの返答を受け、男は話し始める。翻訳機を介して意志を伝えていく。
『私は皇家筋の人間。名をベゼラ・リグルナムという。わけあって今はゼルスと偽名を使っている。私はカザイン政権を打倒するため、太陽人への亡命を望む……』
まだ完全ではない翻訳であるけれど、問題はなかった。彼の名と目的は話を聞く全員が理解している。
「我らは受け入れる用意がある。だが、君は本当に信頼できるのか? 自爆をし何人もの人命を奪ったカザインを容易に信用できない。もしも本気であるのなら、この戦闘が終わるまでそこから千キロ離れた位置にいろ。戦闘後に迎えをやる。また航宙機を放棄し船外に出ておけば回収すると約束しよう」
クェンティンが出した条件は相手方にとって不安を覚えるものに違いない。しかし、信頼せずに歩み寄れなければ、決して叶わない願いだ。折れるべきは求める側に他ならない。
『了解した。私の部下を含め三人だ。どうか話を聞いて欲しい』
予想外に受け入れられている。クェンティンは直ぐさまアーチボルトと目を合わせた。素直に応じた理由が分からないといった風に。
「条件の通りであれば問題はないかと……」
アーチボルトの小さな声を聞き取ったクェンティンは男に返答する。仮に皇家筋という話が本当であれば、和平に向けた前進だろう。話を聞く価値は十分にあった。
「分かった。しばらく待機していてくれ。必ず迎えをやる……」
『ありがとう。貴殿らはやはり聞かされていた野蛮人などではないようだ。どうか光皇連を救って欲しい……』
最後まで男の話は理解不能であった。彼が救いを求めているのは戦争をする相手方である。皇家筋と名乗った彼がどうして戦おうとせずに頼ってくるのか。
クェンティンを始めとした基地にいる全員が疑問に思うのだった。
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