例の機体
翌朝になってミハルは出向の通知を受けていた。延期になった異動は期限が定められず、セントラル基地からの出向扱いとなっている。ただし、それはギアに届いただけであり、別に司令部へ顔を出せとも書かれていない。
「直接、部隊に行けってことかしら?」
具体的な指示がなかったから、ミハルは301小隊の詰め所へと向かった。少しばかり懐かしさを覚えながら、詰め所の扉を開く。
「ミハル・エアハルト三等曹士です……」
扉を開くや敬礼し、ミハルは名前と階級を口にする。しかし、詰め所にいたのはベイルだけであった。
「ああミハル君、待っていたよ。隊長が色々と迷惑をかけたね?」
「ホントですよ……。誰があの人を案内役に選んだのですか?」
ミハルは薄い目をして聞いた。ベイルのせいではなかったものの、副隊長として責任があるのではないかと。
「あれはアイリス隊長が自ら買って出たんだ。当然のことクェンティン司令も私も反対したのだがね……」
どうやらアイリスが無理矢理に立候補した感じである。男性陣には彼女を止められなかったらしい。
「一時はどうなることかと思った。ミハル君が代理を請け負ってくれて本当に助かっている。ありがとう」
半年前とは雲泥の差である。ミハルの実力を知るベイルは不快な気分にさせることなく、頭を下げて感謝を口にした。
「成り行きではあるのですけど、大戦が近いのであれば私としても有り難いです。支援機の技量も分からなかったですし……」
なるほどとベイル。確かに慣れない部隊で最前線に赴くのは不安に感じるところだ。
「それで編成についてなんだが、以前と同じで構わないか? 希望するなら編成を考え直すけれど……」
「私は身の程をわきまえていますし、別に二十五番機でも構いませんけど?」
ニヤリとミハル。六ヶ月前とは正反対の言葉をベイルに返している。
「おいおい、随分と皮肉が効いてるな……。まあ以前のことは申し訳なかった。あの時点の私はミハル君について何も聞かされていなかったんだよ……」
ちょっとした冗談を二人は笑い合った。やはり新しい部隊へ行くよりも、ずっと楽だと思う。気を遣うことから始めなければならない新天地ならば、こうもすんなりと受け入れられないはずである。
「隊の方たちは訓練中ですか? 私も少し乗っておきたいのですけど……」
「それならドックへ行って欲しい。設定からになるが、ダンカンなら直ぐに済ませてくれるだろう」
了解しましたとミハルは詰め所をあとにした。ドックは直ぐ近くだ。詰め所を出た先の通路を進むだけでいい。突き当たりの扉にギアをかざし、ミハルはドックへと駆け込んでいた。
「あっ……」
真っ先に視界へ飛び込んできた機体は苦い記憶があるものだった。忘れたくても忘れられない強烈なカラーリング。またその造形も汎用機とは明確に異なる。威圧感を与える巨大な砲身を備えたあの機体であった。
「アイリス少尉の試作機だ……」
ダンカンにセッティングを頼むつもりがミハルは見入ってしまう。アイリスがリハビリ用に手配したという試作機に見とれていた。
「おうミハル! またここに出向らしいな?」
ボウッと見上げているとダンカンがミハルに声をかけた。彼は既に話を聞いているようで驚くこともなく笑顔で近付いてくる。
「ダンカンさん、この機体ってどうしてここに……?」
「ああ、それはアイリス隊長の機体だからな。リハビリ用か知らんが邪魔になってしょうがない……」
汎用機より一回り大きい。復座であることよりも、重イオン砲の砲身が機体を大きくした原因であろう。
ダンカンの話を聞いたミハルはどうしてか笑顔になる。何を思いついたのか満面の笑みを浮かべていた。
「私、これに乗りたいです!」
「何だと!? アイリス隊長の機体だといっただろうが!?」
ミハルの要求にダンカンは首を振る。アイリスの機体であるのだから、勝手にセッティングを変えられないのだと。
「大丈夫ですって! アイリス少尉は謹慎中ですから。それに私は彼女に貸しがありますし、私から話をつけておきます。全責任を負いますのでセッティングしてください!」
元はといえば全てアイリスのせいである。ミハルは仕返しとばかりにセッティングを変えてやろうと思った。
「まったく師弟共にとんでもないな……。本当に話をつけてくれよ? あとで怒られるのは嫌だからな……」
「任せてください! 色々と面倒を請け負ったんですから、絶対に文句はいわせません!」
何だか楽しみになってきた。新しい機体に乗ることもそうだが、不快感を露わにしながらも言い返せないアイリスの顔を是非とも見てみたい。
「まあ簡易的だが、問題ないだろう。戦争に行くわけではないのだし」
程なくセッティングが完了し、ダンカンは試運転が可能な状態になったと話す。
早速と乗り込みミハルはコックピットを確認する。フルレンジモニターに違いはなかったけれど、重イオン砲の操作桿が左手で操れるようになっており、何だか気持ちが昂ぶっていた。
直ぐさま発進デッキへと機体を移動させ、急かすかのように発進許可を願う。
「管制、ミハル・エアハルトです! 発進許可願います! PT001で登録済みです」
『管制了解。登録を確認しました。発進を許可します』
即座に応答がありハッチが開いていく。プロトタイプであり、宙間シミュレーションには対応していない。だから飛びまわるだけであったものの、ミハルは期待してしまう。
ミハルは昂ぶる気持ちのままに、フルスロットルで飛び出していく。警備の邪魔をしないようにとS方向へと進路を取った。
「レスポンスが凄く良い……」
まず感じたのは反応の良さだ。AIの向上なのか機械的なものかは分からなかったけれど、機体の大きさを感じさせない機敏な動きは好印象である。
「ちょっと無茶してみよう!」
アイリスの機体だというのにミハルは機体性能を確認すべく全開機動を始めている。
やはり操縦感覚が違った。格段に良いと思う。機体の大型化によって取り回しが悪いかと考えていたのに、各スラスターの容量増加は機体のバランスを保つ以上の働きを見せていた。
「アイリス少尉も鋭い機動を見せてたし……」
今思えばアイリスが見せた機動も機体性能のおかげかもしれない。機体の大きさを感じさせない回避機動を可能にしたのは、偏に機体が優れていたからではないかと思う。
「これは本当に凄い……」
乗るまでの印象は既に上書きされていた。重々しさはまるでなく、機敏な機動が可能。大型化のデメリットをまるで感じない。寧ろ戦闘機があるべき姿であるように感じる。
「もしもこの機体が使えたなら……」
ミハルはプロトタイプ機の性能に魅せられていた。もはやこれ以外の機体は考えられないほどに。重イオン砲に関しては過剰であると言わざるを得ないが、中性粒子砲に換装するなどすれば、効果があるように思う。
三十分ほど乗ったあと、ミハルはドックへと戻っている。降機するや、小隊の仲間が集まっていることに気付く。
「あれ? どうしたのですか?」
どうしてかダンカンだけでなく、スコットやベイルの姿まである。更には新規に異動してきたと思われる隊員たちもいた。
「いや、ミハルがプロトタイプに乗ってると聞いたからな。見学させてもらってたんだよ」
ミハルの問いにスコットが返した。確かにパイロットなら新型機が気になるはずだ。またプロトタイプはアイリスの機体であったし、まだ一度しか飛んでいない。見学する理由は誰もが初めて見るからだろう。
「ダンカンから連絡を受けて私も見学していたんだ。しかし、凄いなミハル君。これだけ大きな機体をあんなにも動かせるなんて……」
今度はベイルが話す。どうやらダンカンは黙っていられなかったようだ。副隊長に使用する旨を報告したとのこと。
一方でミハルは目をパチクリとする。ベイルの話に小首を傾げていた。
「これ……凄く乗りやすいですよ?」
今度はミハル以外が首を傾げている。大型化したボディに加えて巨大な砲身が搭載されていること。それらは機体に鈍重なイメージを与えているらしい。
「私、実戦でもこれで出撃したいです!」
ミハルはここで意志を伝える。今のフライトを見てもらえたのなら何も問題ないはずと。
しかし、ベイルは難しい顔をしている。その機体はプロトタイプなのだ。実戦投入を考慮されていない。
「ミハル君、流石に私の一存では決められないよ。しかし、大丈夫なのか? 先ほどのフライトを見る限り動けてはいるが……」
「大きさは問題ありません。とにかく反応が凄く良いのです。砲身も動かしてみたのですけど、間違いなく使いどころがあると感じました」
ミハルはどうしても新型機で戦いたいと願う。今更、汎用機に戻りたいとは思えない。既にミハルは戦うイメージをしてしまったから。
「何だったら、私からクェンティン司令にお願いします。許可がでたら構いませんか?」
「まあそれなら……。ミハル君の要望なら許可されると思う……」
軽い気持ちで乗っただけであるというのに大事になっている。またもクェンティンに迷惑をかける展開であったけれど、ミハルは言葉のままに許可を得てしまう。しばらくデータ取りをして問題がないと確認できたらという条件付きで。
宙間シミュレーションに適合させ、実戦形式の訓練を繰り返す。ミハルは必ずやゴーサインをもらおうと張り切るのだった。
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