本心
翌日、ミハルが目覚めたのは扉がノックされる音であった。夕飯を配膳した者がキャロルであったことを思い出し、ミハルは飛び起きて返事をしている。
徐に解錠され、スーッと扉が開くや、
「キャロル、今朝もありがとう!」
満面の笑みでキャロルを出迎えた。ところが、ミハルは唖然と固まってしまう。
言葉が上手く出てこない。なぜなら、扉の向こうに現れたのは親友ではなく、予想すらしていない人であったからだ。
「アイザック……大将……?」
てっきりキャロルだと考えていたのに。現れたのはアースリング派閥のトップ。アイザック・トンプソン大将に他ならない。
「ああ、友達じゃなくてすまないね……。実はもうミハル君の謹慎は解けたのだ。私もイプシロン基地を訪れていたので、同じ船で戻ろうかと考えている」
意外な話である。ミハルは一週間の独房入りを命じられていた。けれど、アイザックはたった一晩過ごしただけで放免であると口にする。
「私だけですか? アイリス中……少尉も?」
気になるのはアイリスのことだ。全ては彼女の自業自得であったけれど、ミハルが今も生きているのは偏に彼女の技量によってである。彼女が上手く機体を操ったからに違いない。
「アイリス少尉は軽減されない。彼女はこのあとも罰を受ける。ただ世間の反応によって軽減される可能性はあるな。今のところは彼女を減免できる状況にない」
操縦していたアイリスは搭乗していただけのミハルとは異なり、少しも減免処置が取られない模様だ。
アイザックに連れられ、ミハルは独房を出る。だが、通路を歩き始めて直ぐ、
「アイザック大将、アイリス少尉に会わせてください……」
立ち止まったミハルが言う。どうしてか彼女はアイリスとの面会を望んでいる。
アイザックは思案するように視線を外すも、直ぐに頷きを返した。
「少しだけだぞ? 我々には時間があまりないのだ……」
「分かっています。お礼を言いたいだけですから……」
再び頷いたアイザックは扉をノックした。中からの応答があると、直ぐさまギアをかざして解錠してくれる。
重々しい鉄扉が開いていく。同じ独房ではあるけれど、部屋の様子が露わになるや、ミハルは胸に痛みを覚えている。
「ミハル、解放されたんだな? 安心した……」
先に口を開いたのはアイリスであった。彼女はベッドに腰掛けたままであり、アイザック大将もいたというのに敬礼すらしない。
「アイザック大将、できれば二人きりで話がしたい。別に私は凶悪犯というわけではないのだろう? 女同士の話がしたい……」
意外な話が続く。どうしてかアイリスはアイザックに退出を要求。ミハルと二人きりになりたいという。
「まあ分かった。三分だ。時間がくれば、再び扉を開くからな……」
却下されることなく即座に了承を得ていた。問答する時間を惜しむかのようにアイザックが折れて部屋を出て行く。
扉が閉じられると、アイリスはミハルと視線を合わせた。
「ミハル、次の大戦時に私はいないかもしれない。だからこそ手短に言う……」
どうやらアイリスは一ヶ月という謹慎期間を憂えているようだ。前回から四ヶ月が過ぎ、昨日は大規模な交戦があったばかり。次戦がそう遠くないことを予感させるに十分だ。
「異動を延期しろ……」
ミハルは固まっている。今さら何てことをいうのだと。そもそも決定事項を覆すなんて、できるはずもなかったというのに。
「お前がジュリアの前を飛んでくれ――――」
それはとても個人的な話であった。受諾できそうにもない願いだ。戦闘機パイロットであるミハルは人類のために戦うべきであり、決して一人のためだけに飛ぶ者ではない。たとえそれをミハル自身が望んでいたとしても。
「できないです……。もう決まったことですよ? それに異動を延期したところで、所属部隊が301小隊とは限らないですし……」
「できるさ。ミハルなら可能だ」
断るも即座に否定されてしまう。アイリスは自信満々に言葉を返していた。
「何しろカードはずっとミハルの手にある。トップシューターとして貴様が名を馳せてからは……」
そういえばバゴスも同じようなことを言っていた。トップシューターとなったことで意見できる立場になったのだと。
だが、それはそれだ。ミハルには言い出せない。今更ながらに全てを覆すなんてことは。
「そんなの無理です! 私だって異動なんかしたくないし、301小隊で戦いたいと思ってます。だけど、理由を聞かれたとして、私は何も言えないじゃないですか!?」
「私に命令されたと言えばいい。私のせいにして構わん」
「いやでも!?」
不意に扉が開いた。もう三分が過ぎてしまったのかもしれない。或いは声を張っていたから、内容が筒抜けである可能性もあった。
「アイザック大将!?」
ミハルは戸惑っている。心の準備も済んでいないというのに、頼もうとする相手が現れてしまった。目を泳がせては必死に言葉を探している。
「ああ、悪いが話は聞かせてもらった。私のギアには全ての会話が届いている。皆まで言う必要はない」
驚いたミハルは直ぐさまアイリスを振り返っている。会話の全てが筒抜けであったこと。この後どう言い訳を並べるべきなのかと。
「ミハル、当たり前だろう? ここは独房だぞ? 盗聴されるに決まっている……」
即座に密談が了承された理由。アイリスは盗聴されることを知っていたらしい。
「だったら、どうして二人きりになりたいだなんて要求したのです!?」
「分からんか? 操縦と知能は比例しないな? まったく馬鹿な妹弟子だよ……」
ミハルは薄い目をしてアイリスを見ていた。さっさと理由を教えてくれたら良いのにと、ふて腐れている。
一方で不敵に笑うアイリス。白い歯を見せながら彼女は理由を語った。
「お前の真意を引き出すためだ……」
意味が分からない。理由を聞いた今も理解できないままだ。アイリスが話すように馬鹿なのだと考えてしまうほどに。
「アイザック大将が側にいては本心を語れないだろう? だから退出を願った……」
チラリと視線を向けるやアイザックは顔を背けた。どうやら現状を理解していないのはミハルだけのようだ。
「本心……?」
「ああ、それだよ。ミハルは確かに言っただろう?」
笑みを浮かべたアイリスが続ける。彼女は今も勝算があるように考えているらしい。
「異動なんかしたくないと――――」
ミハルは気付かされていた。確かにそんなことを口走った。アイザックが隣にいては絶対に切り出せない話であったことを。
恐る恐るアイザックを振り返る。ミハルの視線に溜め息を漏らしたのはアイザックだ。立場的に優位であるはずが、彼は言葉をなくしている。
「アイザック大将、どうやらミハルは異動したくないらしい。また彼女は301小隊で戦うことを望んでいる。一つ希望を叶えてやってはもらえないだろうか?」
どこまでも強気に話すアイリスに、ミハルもまた黙り込む。
かつてミハルはアイリス自身から上下関係が苦手だと聞いていた。しかし、寧ろ得意なのではないかと考えてしまうほどに、堂々と希望を口にしている。
小さく顔を振るもアイザックは頷く。盗聴によって知らされた話は少なからず彼を悩ませているらしい。
「アイリス少尉、君は本当にクェンティン大将が語ったままだな? 性格に難がある。今まさに私はそれを実感しているよ……」
「それはどうも。私はクェンティン司令に好きにしろと言われている。だから私は自由に意見するだけ。軍部の顔を立てる意味でも、ここから出せとは言わない。だが、少しばかり要望を受け入れてくれても構わんのではないだろうか?」
アイリスが強気でいられる理由をアイザックは推し量っていた。義足でありながら圧倒的な操縦を見せたパイロット。昨日の会議で彼もまた魅せられ、気付かされていたのだ。アイリス・マックイーンというエースパイロットの重要性に。
「確か……カードは君たちが持っているのだったな?」
変局であることが原因だった。本来ならパイロットの意見など考慮されなかったはずで、発言力が増しているのはそれだけパイロットの重要性が高まっていたからだ。
アイリスは具体的な対抗策を述べなかったけれど、彼女が強気で話す理由は明らかである。
「大将もご存じのように武官には責任があると明記されているが、それでも退役には自由が与えられている。貴方たちの大嫌いな団体が我らパイロットの権利を守ってくれるだろう。別にそれを行使するつもりもないけれど、少しくらいは便宜を図ってもらいたいものだ。私もミハルも人類のために戦ったのだから……」
甘んじて罰を受け入れている。それすらもアイリスは武器としているようだ。
対するアイザックは意味もなく顎先をさすりながら考えている。最善の結論がどういった対応なのかと。
「ならばミハル君、聞かせてくれ。君は昇進など望んでいないと話していたが、私の求めに応じて異動を受け入れた。それにはどういう意図があったのだ? 君の希望と違っていたのだろう?」
アイザックはミハルに問う。なぜ希望しない異動を受け入れたのか。ミハルには選択権があったというのに、どうして了承したのかと。
ミハルは頭を上下させてから彼の質問に答え始める。
「セントラル基地のバゴス航宙士に言われたからです。試してみたらいいと。私が成長する上で異動は必要かもしれないって。そのとき全ての選択権は私にあると聞きました……」
バゴスに背中を押されて異動を決めた。しかし、環境の変化は好きではない。ミハルは成長したいという思いで受けただけである。
「本心は先ほど語ったままです。もしも次戦が近いのであれば、今はまだそのときではないのかもしれません。何しろ私は疎まれる存在でしょうし……」
正直な気持ちを伝えていく。ミハルは先の大戦から四ヶ月経過していることが気になっていた。またも快く思われていないのであれば、時間が足りないのではないかと。
これにはアイザックも頷くしかできない。派閥の垣根を取り除く軍規改正であったけれど、現場の意思統一が図られるのはまだ先になるだろう。嫉妬からの嫌がらせが少しもないとは考えられない。
「なるほど……。確かに三次大戦は近いと思われる。ミハル君はそれを憂えているというのだな? 支援機とのコンビネーション不足を……」
「残念ながら思うような支援がなければ、満足に戦えません。最低でも二ヶ月は訓練したい。打ち解けることから始めるのなら尚更です……」
心配されるのは以前の異動にあったような問題である。満足に連携訓練が行えないのであれば、同じようには戦えない。それどころか生き残ることすらできないような気がする。
ミハルの考えを聞いたアイザック。トントン拍子で運んだ異動の問題点を今更になって気付かされている。ミハルが語った全ては真っ当な話であり、考慮すべき内容であった。
「了解した。ならばクェンティン大将には私からその旨を伝えておこう。異動は次戦の直ぐあと。ミハル君はそれで構わないな?」
意外な返答にミハルは驚くも、直ぐさま表情を引き締めている。アイリスの要望と併せアイザックが折れてくれたのだと理解していた。
「ありがとうございます。次こそは必ず異動しますので」
敬礼をしてから、ミハルは返答を終えている。アイリスに無理難題を押し付けられるよりも前に感じていた不安がこれにて一掃されていた。
十分に戦える。慣れたジュリアの支援であれば戦い抜けるはず。ミハルはアイザックの対応に感謝し、言葉よりも結果で報いるのだと誓うのだった。
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