桜の館
初作品です。
四苦八苦しながらなんとか仕上げてみせます。
光あるところ影がある。
皆さんはそんな言葉を聞いたことがあるだろうか?
なんてことはない、よくある使い古されたセリフだ。
物事には裏と表があり、自分の見えてるものだけがその本質全てではないという意味だ。
皆さんは今の世の中、いや、裏側というとどんな物を思い付きますか?
実は日本は核を保有している?
実はあの選手はヤクザと繋がっている?
なるほど、確かにそういうものも裏と言えるでしょう。
しかし私の考える裏側とは少し違います。
裏側とは決して表と相容れないもの、裏側とは表が解明できないもの。
こちらから近づいても離れて行き、向こうがやってきたらこちらが離れていく。
世の中には、決して常識では計り知れない現象がごく稀に発生します。
写真に写る影、監視カメラのとらえた不可解な映像、到底理解出来ない力。
人は、そのような科学や理屈では説明の出来ない現象をまとめてこう呼びます。
超常現象
これはそんな不可思議不思議な現象に対して、好奇心のままにぶち当たる二人組と、その取り巻きたちの物語・・・。
第1話
心霊スポット
「せ、せんぱーい。待ってくださいよーッ」
蝉の鳴き声があたりに響く空の下、疲れたような女の子の声がその場に響く。
季節は7月、炎天下によって蜃気楼の揺れる午後12時、 これはある商店街での出来事。 そこは屋根のついた商店街で普段は多くの人で賑う場所だった。野菜や果物、魚や肉を売る店。ラーメン屋や喫茶店もあり、使い勝手が良い為地域住民に愛されている。
そんな商店街の中を奇妙な格好の二人組が歩いていた。
一人は気だるそうな雰囲気を醸し出す男。
茶色の混ざった黒髪に眼鏡をかけ、夏の終わりとはいえ蒸し暑さの残る道を長袖のシャツで歩いている。ボーダー柄のシャツの下は黒いジーンズを履き、頭にはソフト帽をかぶっている。
もう一人は活発そうな雰囲気の女の子。
ボブカットの髪型で半袖、半ズボンとぱっと見どちらかわからなくなりそうな見た目をしている。
背中にはその小柄な身に釣り合わないほどの大荷物を抱え、大汗をかきながら先ほど先輩と呼んだ男に視線を向けた。
「あー・・・だから言ったでしょ花凛。色々な荷物を積んでいるから重いって。無理すると後できつくなるって」
「だ、だって先生いつもこのカバン軽々と背負ってるじゃないですか。それなら私にも行けるかなって・・・・」
そういうと女の子(木坂花凛)は近くにあったベンチに腰を下ろすと額の汗を拭った。
ちょうど太陽が真上に来ており屋根があるとはいえ蒸し暑さが中まで伝わっていた。
「私は仮にも鍛えてますし慣れています。だいたいなぜ貴方はいつも重そうな荷物を持ちたがるんですか・・・・」
「それはほら!その方が助手っぽいじゃないですか!漫画で出てくる物静かなエクソシストの横にいるちょっと三枚目なキャラ・・・的な!」
「私はエクソシストではありません」
疲れているにもかかわらず元気そうに答える花凛を見て、先生と呼ばれた男はため息をつきポケットの中の懐中時計を見た。時刻は1時半を刺しており本来いるであろう昼飯を食べに来たサラリーマンも見当たらない。思えば電車で長くなってしまったし自分もすこし足がジンジンする。
「仕方ない、落とされでもしたら大変です。ちょっと休憩しましょう。近くに喫茶店もありますしお昼もまだ食べてませんし。ついでに今回の調査についても話し合っておきましょう。」
「え!先輩のおごりですか!やったー!私ちょうど甘いものが食べたかったんですよ!」
「あ!待ちなさい!奢るとは言ってませんよ!?」
普段なら人が多く通るであろう商店街。そんなところで見知らぬ二人が大声を出したら注目されるのだろうが、時間は平日のちょうど昼過ぎ。
殆ど人のいなくなっているそこでやり取りを見ていたのは、お客が来ずに暇を持て余していた喫茶店の定員くらいである。
店員はようやくきた客に嬉しそうに笑うと、二人組を席に案内した。
「でも先輩?先輩もある意味エクソシストみたいなものでしょ?」
「はい?」
昼食のナポリタンを食べながら花凛は先生に聞いた。先生は口の中のうどんをゆっくり飲み込むと花凛に対して言う。
「だから違いますって」
「でも先輩亡くなった人の遺品についてとかも調べてたじゃないですか。机のプリントに乗ってましたよ。あれ、今回の件と関係ありますよね?」
それを聞いて先生は資料関係の管理をしっかりしようと心に誓うと話し出した。
「私は探求者、どちらかというと科学者のようなものです。ただしーーー超常専門の、ね」
男、藤本修治は超常現象専門家の学生(自称)である。
彼は普通ではあり得ないこと、これまでの科学では解き明かされていないことを専門に研究や調査を行なっている。心霊現象の他にも鉱物、歴史なども対象に研究しており、後輩の花凛からは先輩と呼ばれて親しまれている。
「でもお祓いとかもするじゃないですか。この間もあの子お礼言ってましたよ?」
「あれはただネットにあった除霊方法を試しただけです。上手くいかなければそれまででしたし・・・」
「え?!そんな軽いノリでやってたんですか?!本当に大丈夫なんですか?!」
そう言って花凛はこの間連れて来た友達を思い浮かべる。
写真にいるはずのない男の顔が写るとの悩みを聞き彼女は修治を紹介した。修治はそれに対して幾らかの儀式のようなことを行ったらしい。
その後彼女は写真に男が写ら無くなったと言い喜んでいたが。
「ネットというのもバカに出来ませんね。今や除霊の方法すら調べれば出てきますし。」
「いや、先輩?そんなにわか知識のままあそこ行くんですか?私今更ながら怖くなってきたんですけど・・・。あ、オレンジジュースとパフェこっちです。」
「いやよく食べられますね・・・」
追加でやってきたオレンジジュースのストローを噛みながら彼女は言う。それに対し一瞬呆れ顔を浮かべ修治は重々しく言った。
「ええ。にわかだからこそ、行く意味があるんです。」
あの心霊スポット・・・・桜の館にね。
桜の館。
それがいつからそう呼ばれるようになったのかは誰も知らない。
ただ屋敷に桜の木がたくさん植えられていたことからそう呼ばれている。住宅地の真ん中に立っている元結婚式場で、なぜ住宅地の真ん中に立っているのか、なぜ潰れてしまったのかはわからない。
昼間で有るにもかかわらず植えられた木や手入れされなくなった芝生によって薄暗い印象を与えている。
そしてここでは常に不可思議な噂が流れていた。
曰く、見知らぬ白い服の女性が夜中に歩いていた。
曰く、たまに笑い声のようなものが聞こえてくる。
曰く、そこに新婚が近づくと不幸になる。
など、常識では考えられない。いや、心霊スポットとしては在り来たりな噂で有る。
「そう、在り来たりな心霊スポット。まるでお手本のような調査現場だ。今回私がここに来たのは噂の調査と共に、自分の知識の実践の為に来たのです」
時刻は午後5時50分。太陽は沈み始めすこし遠くの周辺地域の住宅から照明の灯りが漏れている。
二人組の前には余りにも場違いな雰囲気の屋敷が建っていた。
「なんというか・・・想像していた心霊スポットとだいぶ違いますね。何というか、綺麗に残ってる」
「ええ、所有者の情報によるとガラス張りのところが一階のエントランスホールだけな上、木や塀に囲まれている為周辺環境の影響が無いんだそうです」
「あ、所有者の許可とかおりたんですね・・・」
「当たり前です。勝手に所有敷地内に入るのは不法侵入という立派な犯罪です。きちんと許可を貰うこと、常識です」
「いや、許可って先輩。敷地内の環境と自然物についての調査とか嘘言ったんでしょ・・・。しかもわざわざスーツに着替えて行って」
「嘘はついてませんよ嘘は。ただ相手との認識の違いが発生した可能性はありますが」
「ほぼ詐欺やん・・・・」
改めて屋敷を見る。鉄格子の扉の先には二枚扉の玄関があり、真ん中の通路を挟むように膝下ほどの高さの雑草が生い茂っている。
「あー、怖いなー。てか先輩よくそんな堂々と入れますね」
「好きでやっていることですし・・・・。そう言う貴方は何故怖いにもかかわらずついてくるんです?言ってはなんですが悪趣味ですよ?私のこれは」
「そ、それはその・・・」
急に吃る花凛に訝しげな視線を向ける。
「一応言っておきますが・・・付いてくるのは別に構いませんが私のこの活動はあくまで趣味。出来うる限り怪我のないように私も気にかけはしますがあくまで自己責任です。君の身に何か起こる事はちゃんと心に留めておいてください」
「わ、わかってますよう・・・。私だって好きでついていってるんです。これから先の人生、いろんなことがありますがこんな風な不思議な冒険が出来るのは今この時だけ!私冒険大好きなんです!」
「ならいいのですが・・・」
そう言って修治は改めて変わった子だなぁ・・・と思い浮かべる。
彼女が大学に貼っておいた同好会のチラシを片手に門を叩いた時は何の冷やかしかと訝しげに思ったものだが・・・。
そんなことを考えつつも草生い茂る庭を抜け、やっとの思いで崩れかけた玄関の前まで二人は歯を進める。
あらかじめ鍵は受け取ってはいたが、この調子だとそれも必要なさそうだ。
腐ったドアを無理やりこじ開けると埃が舞い上がる。
「ゴフッ!げほっ!・・・とことん手入れされてねぇなこの場所。仕方なくはあるが」
「けほっけほ!まぁ、心霊スポットですしね・・・」
思わず咳き込む二人。やがて埃が収まると二人の眼前に屋敷のロビーが映り込む。
一般的な洋館、と表現すればいいものか。目線の先には2回に通じる階段がロビーの真ん中に陣取っている。
その階段を2階の窓から入り込む夕焼けの光が照らすが、窓が埃だらけな為かまだら模様のように照らし出している。
昔は泊まる灯りを取り込んで煌びやかに輝いていたであろうシャンデリアが、経年劣化の為か階段の途中に落ちている。
そのほかにもどこから運び込まれたのやら古い椅子や、シャンデリアと同じく天井から落ちたであろう木材があたりに散らばっていた。
「おお・・・・私初めてこんな風な廃墟にきましたけど、かなり雰囲気ありますね・・・」
「この屋敷は放置されて大体10年ほど経っています。本来であれば解体工事が始まっているはずなのですが、周辺地域との関係やら何やらでなかなか進まないらしい」
「へー。あ、お菓子の袋だ。賞味期限は・・・・・6月7日。と言うことはやっぱり入る人とかもいるんですね。」
「えぇ。心霊スポットというくらいです。無許可でどこからか侵入する輩もいるのでしょう。あ、足元気を付けてくださいね。底抜けするかもしれないので」
そう言いながら修治は持ってきたカメラで周辺を写してはその画像を確認する。屋敷内は二人の足音とカメラのシャッター音が鳴り響いている。障害物が少ない影響だろうか、一つ一つの音は高い反響が耳に残る。
花梨はごくりと生唾を飲み思わず修治の腕を掴む。
そうしてしばらく歩くこと数分、二人は壁が大きく崩れ外が丸見えの廊下まで来たところで急に足を止めた。
(うわー、絶対ひとりできたくない・・・・)
「ここらがゴミが少ないですね・・・。木坂さんはここら辺でいいと思いますか?」
「・・・えっ。なんですか?」
「・・・聞いてなかったんですね。だから夜中まではこのフロアで過ごしますが大丈夫ですか?」
・・・・・?
「え?!そ、それって何時までここで過ごすんですか?」
「いやあらかじめ言っておいたでしょう?この場所ではおおよそ午前3時まで過ごすって」
「そうでしたっけ?!いやいや、マジですか?こんなじめっとしてる上に薄暗い空間で夜中までって・・・ならわざわざこんな時間に来なくても」
「それじゃ調査にならないでしょう・・・」
修治はバックから取り出した折り畳み式の椅子に座ると呆れたように花梨を見る。
「いいですか、心霊現象の出現時間の調査も今回の目的に入ってるんです。そのためにも薄暗い時間からそれぞれの変化を計測しないと意味ないでしょう」
「あー、先輩マジなんですね・・・」
鞄から取り出した携帯式のコンロに火をつけてその上に小さい鍋を置く。側に置いてあるインスタントコーヒーやカップ麺なんかをみてその本気度を悟る花梨。
普通に考えて成人間近の男女二人が来るような場所ではないこの桜の館。自分が他の女の子たちと比べてなんとなく変わっていると自覚している花梨であるが、修治のデリカシーの全くないその態度に思わず頬を引き攣らせた。
確かに、ここについてきたいと思ったのは確かだ。
この状況にワクワクしている自分がいないわけではない。しかし彼はもう少し自分が女だということを配慮してもいいのではないだろうか・・・。
(うう、こんな所で何時間も過ごすなんて・・・)
「先輩!見てください!天の川ですよ天の川!」
さっきまでの態度はどこえやら。
花梨は瞳をキラキラ輝かせて崩れた天井から見える星空、そこを流れる天の川に視線を向け側にいた修治に声をかけた。
「ちょ!近隣はないとはいえもう少し静かにしなさい!」
「でもでも先輩!見てくださいよあの天の川!私図鑑とか絵本でしか天の川って見たことなかったので感激です!」
あれから一息ついて修治達は屋敷内の探索を始めた。
最初にも述べた通り季節は夏。
修治達のいる桜の館は長年の経年劣化によって崩れかけており、現在二人のいる場所からは星空が見えていた。
もともと高台に建てられたこの館は、周囲の電灯や家の電気の影響を受けず普段は真っ暗だ。
しかしその影響によって街の明かりに邪魔されることのない本物の星空を眺められていた。
それだけでなく崩れかけたアンティークな屋敷の屋根と合わさってまるで物語の世界にいるかのような美しい光景だった。
「先輩の持ってるそのランタンもいい雰囲気出してますよね!」
そんな空間で修治は何故か懐中電灯ではなくランタンの光によって先々の道を照らしていた。
揺らめく炎により照らされた二人の影も同じように変化を見せる。懐中電灯の強い灯りではなく古いランタンの灯りのため少し先の道が分かりにくい。
しかしランタンの炎によって生まれる温かな光は、屋敷の雰囲気と相まって不思議な魅力を生み出していた。
「・・・懐中電灯はこのランタンが消えてから使います。」
「えー、このままでいいじゃないですか。もしかして燃料があまりないとか?」
「・・・・・」
せっかくのこんな幻想的な景色なのだ。もう少しこの灯のみで味わいたい。そんな思いを抱く花梨から修治にヤジが飛ぶ。
しかしそんなヤジに反応するわけでなく修治は沈黙を持って答える。その様子を不思議に思ったのだろう。花梨は修治の顔を覗き込むように視線を向ける。
修治は答える。
「おかしいんです・・・」
「え?何がです?」
「ランタンの炎ですよ」
道の先に視線を向けたまま修治は答える。
ランプの炎。それは先程と同じように揺めきながらあたりに光を発している。別にそれ以外変わった様子はない。
「炎というものは昔から闇を照らし人と共に歩んできた歴史があり、そこには魔除けやお守りといったいわゆる『破魔』が宿るとされてきました」
修治が言葉を発し始めてからだろうか、それを見計らったかの如く先ほどまで強かったランタンの光がだんだんと弱くなってきた。
「え?え?せ、先輩?・・・」
「私がランタンを使うのはそのためです。薄暗くて多少恐ろしさこそ増しますが、そこらの懐中電灯を使うよりもよっぽどお守りとして作用する。そう思ったからこそのものなのです」
淡々としたその言葉に思わず花梨は半袖から出た腕を摩る。
腕を摩る?
その瞬間花梨は思わず修治の腕を掴んだ。
おかしい、おかしいのだ。今何故自分は腕を摩った?その理由はかんだんだ。肌寒さを感じたからだ。
真夏の、まだ昼の蒸し暑さの残るはずのこの季節にだ。
「私のランタンは特別性で、出てくる炎はよっぽどのことがなければ一定の形を保ったまま出続けるようにできています。それに見ての通り、炎の周りはガラスで覆われ、外気からの影響は一切受けないはずなんです」
「せ、せせ先輩・・・これって・・・!」
ランタンの炎は揺らめいている。
そう、まるで風によって揺れてるかの如く。
「気づいたのは先程です。迂闊でした。どうやら私も少々浮かれてしまっていたようです・・・」
2度、3度。
炎が揺らめく。
光は段々と弱まり、それと同時に周りの闇を強くしていく。そして最後はまるで吐き消したかのような形をとりながら消えていった。
花梨は修治の腕を力強く握りしめた。危機感からくるものだろう。そこにはもはや恐怖しか感じていなかった。
「どうやら・・・ここからが心霊スポットらしいですね」
ー後半へ続く・・・