選ばれるために
ばかだった! やっぱりあんな変な奴ら、信じるんじゃなかった!
無我夢中で走りながら、フィリアは自分で自分が情けなくて、豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまいたいような衝動に駆られていた。
どうして一瞬でもあんな奴らの言うことを信じてしまったのだろう。
時を喰らう魔物? 心の中に敵がいる? まったくばかげている! 非現実的もいいところだ!
現にあたしは三日間を繰り返しちゃっているわけだが、まぁそれはあれだ。えと……なんか偶然だ!
奇跡とかそんなのだ! 時が喰われているとかでは断じてない!
フィリアは自分に言い聞かせるように何度も頷いた。
そしてようやく立ち止まり、乱れきった呼吸を正そうと膝に手を当てて背を丸めた。
「フィリア?」
自分を呼ぶ声が聞こえ、フィリアは顔を上げる。と、そこにいたのはセーヌだった。
「なにしてるの? そんなに疲れきって」
「え? えと……」
言葉に詰まり、フィリアは周囲に目をやった。
するとそこにあったのは見慣れた校舎。どうやら無意識の内に学校に戻ってきてしまったらしい。
「じゅ、準備運動です」
とっさにそう答えると、セーヌは口元に手をやってクスッと上品に笑った。
「ずいぶん熱心ね。もうすぐ始まるし、それじゃあ行きましょうか」
「はい!」
憧れの先輩の後を追い、フィリアは直前までの疲れが嘘のような軽い足取りで体育館に向かった。
「そりゃ逃げるって」
呟くようなリュウの一言が、胸にグサッと刺さった。
「いきなり剣を向けられたりしたら、誰だって逃げるに決まってます。あなたは順を追って説明するという能力がなさすぎです」
「わ、わるかったって言ってるだろ!」
いつもなら言い返してやるところだが、さすがに今回は自分が悪い。
ナナミはバツが悪くなってリュウから目を逸らした。
「また振り出しですね」
しかしリュウもここぞとばかりに責めたててくる。
そんなことは言われなくてもわかってるっつうの!
「わたしたちは、時喰いの存在は感知できるけど、宿主を感知することはできない。襲われてからでは遅いかもしれないのに……」
「あーもう! そんなこと言われなくてもわかってるよ! 探せばいいんだろ探せば!」
ムキになって声を荒らげ、ナナミは憤慨した鬼のような勢いで前に進み出ていった。
「探せばいいんです。探せば」
これ以上相手にするのが嫌で、ナナミはそれ以降は聞こえないふりをすることにした。
バスケットコートでは、白熱した試合が繰り広げられていた。
後半も残り時間あとわずか。校内の練習試合とはいえ、その熱気は相当なものだった。
「フィリア!」
声と同時に飛んできたボールを両手で受け取ると、フィリアは自分のゴールに体を向けた。専用のシューズが床をこする、甲高い音が体育館に響き渡る。
すぐさまディフェンスが立ちふさがった。
一人、二人。だがあまり統制がとれていないのか、二人の動きはうまくかみ合っていなかった。
これなら抜ける!
瞬時に判断したフィリアは、まず一人目を低めのドリブルで置き去りにする。そして二人目。左右に振り回すようなフェイントで相手を動揺させ、空いた右側から瞬く間に抜いていった。
もはや遮るものはなにもない。フィリアはゴールまで一直線に加速し、右足を踏み込んで高く跳躍した。そしてすくい上げるようにボールを放る。彼女の手から解き放たれた茶色いボールは、小さな弧を描くようにしてゴールネットに納まった。
それを待っていたかのようにホイッスルが鳴り、監督が手を上げた。練習終了。集合の合図だ。
フィリアはここ数ヶ月の練習に、たしかな手応えを感じていた。チームの練習が終わった後も一人で自主練に励み、家に帰ってからも基礎トレーニングを欠かさなかった。
監督に促され、チーム全員が横一列に並んだ。と、フィリアはお尻をバンと叩かれるのを感じた。セーヌだ。彼女はニッコリと微笑みかけてくれている。どうやら先程のプレイを褒めてくれているようだ。それは、フィリアにとってはなによりも嬉しいことだった。
全員が並び終わったことを確認すると、監督は大きく咳払いをした。
「明日から大会が始まる。全員気合は入ってるか!」
横一列に並んだ生徒が一斉に「はい!」と返事をする。
そう、明日からは大会。そのためにフィリアはすべてを賭けてきた。
去年はレギュラーに選ばれず、ベンチにすら入れなかった。観客席からの応援。それは自分がチームの一員だということを忘れるような寂しい行為だった。
どんなに声を張り上げても、その声は大衆の応援に紛れてしまって選手には届きはしない。
コートで戦っているセーヌたちには届かないのだ。
寂しかった。自分のふがいなさが悔しかった。だからもう二度とこんな思いは味わわないと決めた。
その思いを踏み台に、フィリアは今日まで必死で頑張ってきた。
今年こそは必ずレギュラーになる!
そんな強い決意を胸に秘め、やれるだけのことはやってきた。自分にはセーヌのような輝かしい才能はない。
だから努力するしかない。そう言い聞かせ、やるべきことはすべてやってきた。
監督は横一列に並んだ生徒の顔を順々に見ていき、威厳のある声を張り上げた。
「明日からの試合のレギュラーは、今日の夜に電話で発表する。今日までの練習を考慮して、勝つためのメンバーを選ぶ!」
事前に聞かされていたことだった。だからわかっていたことだった。
だが、監督のその言葉を聞いた途端、フィリアは胸をギュッと絞めつけられるような感覚に襲われた。
不安? 初めはそう思った。
だがちがう。そんな予想のようなものじゃなく、もっと確固たる、背筋がゾッとするような感覚だった。
予想じゃない。だったら……現実?
そこまで考えがいたると、答えにたどり着くまでそんなに長い時間はかからなかった。あぁ……そうだったんだ……。
今日の夜、自分が明日を拒んだ理由。それがなんとなくわかったような気がした。