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抜け出す方法

 冷たい風が自分を撫でていくのを感じた。

 高みから照らす太陽も、壮大に脈打つ大地でさえも今は自分を責めているように思えた。

 なんであたしばっかりが? そう思っていた。

 だけどそんなの的外れの苦情もいいところだったんだ。全部自分のせいだったんだ。


「でも……どうして?」


 立っていることすら辛くなり、フィリアはベンチに座りなおして頭を抱えた。


「だってあたしは一月二十二日を二度も過ごしてる。だけど……明日が来なければいいなんて思う理由はないよ」


 なにかを言おうとしたナナミを遮り、リュウが口を開く。


「本当の二十二日の夜十一時、おそらくあなたの身になにかが起こった。明日を拒否したくなるような恐ろしいなにかが。それがあまりにもショックで、あなたはそのときの記憶を封印してしまった。だからあなたは憶えていないし、二度目の今日にもそのときの出来事は起こらなかった。おそらくこ

のままいけば今日も起こらない」


「ま、これは珍しいケースでもなんでもない。宿主は大抵そうなる」


 明日が来なければいいと思うほどの出来事。

そんなことが起こったというの? そう思うと、なんだか怖くなってきた。


「そのせいで、三日間が永遠に繰り返すっていうの?」


「永遠ではない」


 リュウは首を横に振った。心なしか、その口調は今までよりもわずかに強いような気がした。


「実際の時間で二十三日の零時になったとき、すべてが終わる」


「終わるって……元通りになるってこと?」


 言っていて、自分でもそんなはずはないとわかっていた。そんな都合のいいことが起こるはずはない。

そしてそれを証明するかのように、ナナミがイラッと舌打ちをする音が聞こえた。


「元通りになんてならねぇよ。そのときが来たらゲームオーバーだ。この街の人からは永遠に時間という感覚が奪われる。自分がなにをしているのかわからず、ただ同じ動作を永遠に繰り返す機械みたいになっちまうのさ。この街の人全員がな。もちろんあんたも!」


付け足すように言うと、ナナミはフィリアを指差した。

リュウがさらに補足するように言い加える。


「それが、時を奪われるということ。あなたや街の人の未来は永遠に閉ざされ、まるで牢獄のような繰り返しの時を過ごすことになる」


 彼らの言っていることを完全に理解できたわけではないが、それが恐ろしいことだというのはフィリアにも伝わった。永遠に未来がやってこない日々。

それはたしかに牢獄以外のなにものでもない。


「そんな……あと十五分しかないのに」


「だいじょうぶ。この街の時間ではあと二日ほどある」


 幼い少女の目には、決意のようなものが宿っていた。


「いったい、どうすればいいの?」


「時喰いをぶったおす! そうすれば全部元通りだ。この街にも明日がやってくる」


 威勢よく言うと、ナナミは拳をパンと鳴らした。

]

「時喰いって……あの黒い影を……」


そのときだった。

フィリアの正面の木が歪んだ。

そしてその歪みはだんだんと一点に収束し、色を濃くしていく。

見たことのある光景だった。

見たことのある恐ろしい光景。だからフィリアは声を出すことができなかった。ただ恐怖に心を蝕まれ、まるで金縛りにでもあったかのように体が動かなかった。

 そうしている間にも歪みの色は濃くなり、そこから黒いなにかが今にも這い出そうとしていた。

 しかし、黒い影が完全に這い出るよりも早くリュウが動いた。

彼女は腰から二丁の青い拳銃を取り出すと、西部劇のガンマンでもできないだろうほどのスピードで素早く相手を打ち抜いた。

 先程と同じ薄い色の筒……近くで見るとビームのようだった。

それに頭部と腹部を貫かれた黒い影は、一瞬の内に消滅していく。

 フィリアは、黒い影がいた場所に再び水たまりができていることに気付いた。


「それ、水を発射してるのね?」


どうしてそんなことを訊ねたのか、自分でもよくわからなかった。

気になるといえば気になることだが、他に聞かなければいけないことはいっぱいあるだろうに。


「そう」


 少女はそれだけ言ってこくっと頷いた。

 間近で見てみると、ずいぶん小さな銃だった。少女の手にすっぽり収まっているそれは、武器というよりはオモチャのようだ。


「水鉄砲だよ。しょぼい武器だろ? 見た目だってオモチャみたいだし、まぁ使う奴がガキだからちょうどいいか」


 などとせせら笑いを浮かべていたナナミの顔に、突如水がかかった。


「ぶわっ! 冷た!」


「水鉄砲をばかにするからです」


 気持ちいつもより低い、怒っているようなトーンで言いながら、リュウは手にした銃でナナミの顔に水流を浴びせていた。

その水の勢いは先程までとはけた違いに弱く、本当にオモチャの水鉄砲のようだ。

どうやら威力の調節ができるらしい。


「とにかく、この街の時間を元に戻すには、時喰いを倒す必要があるんです」


 少女は銃のトリガーを引いたままフィリアに向き直った。

傍らでは、いまだ顔に水流を浴びせられ続けているナナミがもがき苦しんでいる。そろそろやめてあげないと、呼吸困難で命を落とすだろう。


「倒すって……いまあなたたちが倒したじゃない。あんなのがまだいるっていうの?」


「あの黒い影は、時喰いの思念の一部が形となったものでしかない。あれをいくら倒しても無駄。時喰いの本体を倒さなくてはならない」


「だったら、早く倒してよ! あなた強いじゃない! そんなに強いんだったら、その時喰いってやつも簡単に倒せるでしょ?」


必死だった。とにかくなんとかしなきゃいけないと思ったから。

これが自分のせいで、そのせいでこの街の人すべてが恐ろしいことになる。それだけはいけないことだと思った。

 しかし、そんなフィリアの焦りを受け流すかのように、リュウはゆっくりと穏やかな動作で首を横に振った。


「それは無理。ここからでは時喰いは倒せない」


「え? どういうこと?」


「ここには時喰いはいないから」


 じゃあどこに? 言おうとすると、ようやく水流から脱出したナナミが、息も絶え絶えになりながらも口を挟んだ。


「ここだよ」


言いながら彼が指を差した先。それはフィリア自身だった。

たしかにフィリアの胸の辺りを指している。


「時喰いは実体を持たない魔物だ。やつらは宿主の心の中に棲みつき、周囲の空間の時を奪う。そして時間をかけて徐々に実体を持ち始めるんだ。だから今日になって突然、黒い影があんたの前に現われた。あんたが六日間の繰り返しの日々を送っている間、時喰いはゆっくりと力を蓄えていたんだ。そして今日になってようやく現実の世界に干渉できるまでの力を手に入れた。それがさっきの黒い影だ」


「時喰いはその名のとおり時を喰らって自分の力を増していく。あなたが過ごしたこの六日間は言ってしまえば目くらましの幻。あなたやこの街の人々がその幻の六日間を過ごしている間、本当の時間では四十五分が過ぎていた。その四十五分が奪われた時間」


立て続けに言われ、フィリアの頭はオーバーワークで擦り切れそうになっていた。

四十五分が奪われた? 

そうして聞くとたいしたことないように聞こえる。

でもこのままだと未来が永遠に奪われる。それはどう考えても一大事だ。


「えーと……ようするに時喰いを倒さなくちゃいけないのよね? そうしないと、この街の人たちの未来が永遠に奪われる。それであってる?」


一語一語を探るように言葉を綴って訊ねると、ナナミとリュウは同時に頷いた。


「そう」


「よくできました」


 ナナミにいたってはパチパチと手まで叩いてくれている。明らかにばかにしているが。


「それでその時喰いは宿主の……あたしの心の中にいる。それであってるのよね?」


「そう」


「頭いいねぇ、フィリア。もしかして天才?」


さすがに腹が立ち、フィリアはナナミを睨みつけた。

だが彼に反省した様子はなく、むしろおもしろがって笑い出した。ホントに嫌な奴!


「でも、心の中って……そんなとこにいる奴をどうやって倒すのよ?」


「あぁ、それはな……」


言葉を途中でくぎると、ナナミはまたも意地の悪い笑みを浮かべた。

そして、彼はゆっくりと背負っていた物を前方に抜き放つ。

それはやはり剣のようだった。

だが、おそらく材質は木だろうか。

しかも相当年季が入っているように見える。そこかしこにひび割れがあるし、色もくすんでいる。あまり武器として信頼できる代物ではないような一品だった。


「さてと……」


ナナミは剣の柄らしき部分を両手で握ると、彼の半身よりも大きな刀身を前方に向けて構えをとった。

構え? 敵なんていないのになんで?


「え? え? なに?」


わけもわからずに後ずさるフィリアに、ナナミはニヤッと笑いかけた。


「痛くはしないから。ジッとしてろよ」


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