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理由

 言いたいこと、考えなければならないことはたくさんあるが、とにもかくにもフィリアはなんとか日々を過ごした。

 二度目の二十一日、そして二十二日は彼女にとって違和感だらけだったが、誰に相談していいものかもわからずに、結局は時間の経過を待つしかなかった。


 そしてやってきた二十二日の夜。


 フィリアは、生まれて初めて緊張感を持ってベッドに入った。

 この三日間がなんだったのかは、とうとうわからなかった。

 だが、今となってはどうでもいいことかもしれない。

「おもしろい体験が出来てラッキー」くらいに思っていいのかもしれない。

 一つ文句があるとすれば、なぜかレスターの補習だけは毎日繰り返されたということだけだ。

 そこはまぁ……なんでだ?


 でもとにかく!


 明日は一月二十三日。新しい日だ。

 もう繰り返しの日々は終わった。明日の朝起きれば、まだ見ぬ新しい日が待っている。

 次の日がやってくるのがこんなにうれしいのも生まれて初めてだった。


「よーし……おやすみ!」


 希望と喜びを噛みしめ、フィリアはベッドに横になった。



 で……これはなに?


 あまりの絶望感に、フィリアは机に突っ伏してしまった。

 教壇では今日もまたあの先生が熱弁をふるっている。

 そして、合間に挟んだ聞き覚えのある寒いジョーク。

 どんなに寒くても、三度目ともなるとさすがに笑えてくる。


「ちょっと、どうしたのよフィリア」


 隣の席のリリスが小声で話しかけてきた。


「べつに……なんでもない」


「頭でも痛いの?」


「いや、強いて言うなら……心が痛い」


「はぁ?」


 そのとき、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

リリスはまだなにか言おうとしていたが、思いついたように急いでノートをバッグにしまい始め、勢いよく立ち上がった。


「頭が痛いのなんて、ご飯食べれば治るって。一緒に行こ。今日は月曜日だから……Aランチか」


 元気づけようとしてくれている彼女の心遣いは嬉しかったが、フィリアはしばらく立ち上がれそうになかった。


 なんで? なんでまた一月二十日なの? なんでまた戻ってるのよ?

 こうして、彼女の三度目の日々が始まった。



「なるほど。それで今日が三度目の一月二十二日か」


 ナナミと名乗った銀色の髪の少年は、顎に手を当ててなにか考えるような素振りをみせた。

 彼に「話が聞きたい」と言われ、フィリアはとりあえず通学路に面した公園まで戻ってきた。

 命の恩人の頼みをむげに断るわけにはいかないが、家に招待するのはやはり気が引ける。

 そういう意味では妥当な場所だ。


「そう、これで二十二日は三度目。いったいこれはなんなの? なんでこんなことになっているの? なんで毎日が繰り返すのよ? なんでみんなは気がつかないの? なんであたししか気付いてないのよ? あとなんで補習だけは毎日あるの? ある意味それが一番知りたいんだけど」


 座っていたベンチから立ち上がり、フィリアは今まで溜まっていた物をすべて吐き出すかのように責め立てた。


「お、落ち着けって。そんなにいっぺんに言われてもわからねぇよ」


「そ、そうね。ごめんなさい」


 はやる気持ちを抑えるように、フィリアはゆっくりとベンチに座り直した。それを見たナナミはフッと息を吐く。


「ごめんなさい。今まで誰にも話せなかったから。あ、友達には一回話したんだけどね、体温計を口に突っ込まれかけたわ。熱計ってみろって」


「ずいぶんアクティブな友達だな」


「悪い子じゃないんだけどね。なにしろ考えるよりも先に手が動くのよりもさらに先に凶器を出すような子だから」


「悪玉レスラーよりたち悪いな……」


 やや口元をひきつらせ、皮肉っぽく言うと、ナナミはケタケタと笑った。

 こういう仕草は年相応で、幼さすら感じるのだが、やはりこの少年はどこか不思議な雰囲気を漂わせていた。

 黒い服に数箇所入っている赤いラインはたんなる模様だと思っていたが、近くで見ると違った。これは布だ。

 その赤い布を結ったりすることで、黒い服の体裁を整えているように見える。実際に目にするのは初めてだが、これはおそらくアジアの方の民族衣装だったはずだ。ちょっと違う気はするが……。


「おれがそんなに珍しいか?」


 どうやら自分でも気付かないうちにかなりジロジロ見ていたらしい。フィリアはちょっと気まずくなって目を伏せた。


「いや、そういうわけじゃないんだけど。この辺りでは見ない格好だから」


「ん~そうだな。でもおれたち、どこ行ってもだいたい浮いてるから。な? リュウ」


 と、ナナミはうしろでちょこんと立っていた少女に話を振った。それに対し、リュウと呼ばれた少女は、なにも言わずにただこくっと頷いた。

 元々無表情なのだろうか、フィリアはこの少女が顔の筋肉を動かしているのを一度も見ていない。冷静でいて正確に、すべてを見透かしたような真っ直ぐな瞳に、最小限の動きしかしない口元。

 汚れなき新雪のような白い肌が、それらのパーツを零度の世界で凍らせてしまっているかのようだった。

 服装はナナミと同じような感じだが、色は青い。それに、裾の部分が少年の物より少し短くて、膝下の脚が半分ほど覗き見えていた。


「さて、そろそろ落ち着いたか?」


「え……あ、うん」


 唐突に言われ、フィリアは口ごもってしまう。


「リュウ、時計」


「はい」


 ナナミが手を出したのとほぼ同時に、リュウは胸元から懐中時計を取り出してその手に乗せた。早い。十年付き添ったベテラン秘書でもここまで早くはないかもしれない。


「ちょっとこれを見てみな」


 懐中時計を開くと、ナナミは見やすいようにこちらに向けてくれた。見た目は古ぼけた感じだが、日付まで入っているしっかりした物だった。


「一月二十二日……二十三時四十五分?」


 読み上げてみて、自分で自分の耳を疑った。二十三時って……夜の十一時!? 

 そんなはずない。まだ日は出ているし、夕方でもない。

 どう遅く見積もっても、まだ午後の三時を回っていないはずだ。


「この時計……時間ずれてるよ」


 しかし、ナナミは首を横に振る。


「ちがう。これが本当の今の時間なんだ」


「本当のって……どういうこと?」


「この街にはいま、通常とは違う時間が流れている。あんたが六日間を繰り返している間、本当の時間は四十五分しか経っていないんだ」


 なんだかわからなくなってきた。あたしの六日間が本当は四十五分?

 なにそれ? さっぱり意味がわからない。


「この街の時間は、二十二日の夜十一時に通常の時間から切り離された。それからあんたは六日間を過ごしたが、実際には四十五分しか経っていない。ま、ようするに流れている時間だけ見れば、この街は通常の数百倍の早さで時間が過ぎていっているってわけ。ここまではわかるか?」


「いや、さっぱりわかりません」


 正直に答えた。

 だってさっぱりわからない。すると、ナナミは少し困ったような顔をして頬をポリポリかいた。


「えーと、あんた浦島太郎って昔話知ってるか? それと一緒。ようするに、この街とこの街の外じゃ流れてる時間が違うんだ」


「ごめんなさい。そんな話知らない……」


 沈黙。

 打つ手がなくなったのか、あれだけ多弁だったナナミも黙ってしまう。

 これではなんだか自分が悪いような気がして、フィリアはしゅんとしてうつむいた。


「あんた……あんまり頭よくないだろ」


 ぶしつけに言われ、さすがにムッとした。


「わるかったわね! どうせあたしはセーヌ先輩と違ってバカですよ」


「誰だよそれ」


「だいたい、理解できないのはあなたの説明のしかたにも問題があるんじゃないの?」


 すると、今まで一切口を挟まなかったリュウが半歩ほど踏み出し、小さく口を開いた。


「それは言えているかもしれない」


 見た目のままに、細く落ち着いた声だった。だがその発言が気に入らなかったのか、ナナミはキッ

と彼女を睨みつける。


「おい、リュウ。おれの完璧な説明が問題あるって言うのかよ」


「あなたは論点を間違えている。いま彼女に理解してもらわなきゃいけないのは、そのことじゃない」


 まるで子どもを諭す親のような口調でナナミを制すると、リュウは足下だけの最小限の動きでフィリアに向き直った。


「フィリアさん」


「は、はい」


 どう見ても相手の方が年下のはずなのに、フィリアは思わず背筋を伸ばして姿勢を正してしまった。それほどまでにリュウの口調は冷静で、大人びていた。


「この街からは明日が奪われたんです。このままでは永遠に一月二十三日は来ない。明日という日はやって来ないんです」


「え? それじゃあ今日が終わったら……」


「また、一月の二十日に戻ることになります。しかもそのことに気付くのはあなただけ。他の人々は決して気付かずに日々を繰り返していく」


 死刑宣告を聞いたような気分だった。正直に言えば薄々はわかっていたのかもしれない。だが、認めたくなかった。

 今日が終われば明日がやってくる。

 ごく自然のこと。それを信じたかった。しかし、その可能性はいま完全に否定された。目の前の少女によって。


「どうしてそんなことに……」


 そう思わずにはいられなかった。


「あなたを追っていた黒い影」


 呟くように言ったリュウの言葉を、聞き逃せるはずがなかった。

 フィリアは再び立ち上がり、今にも掴みかからんばかりの勢いで彼女に迫る。


「あの黒い影、いったいなんなの!? 今日になって突然現われて……そう、今日が初めてだった。一度目の今日にも二度目の今日にもあんなの出てこなかったもん! それがいきなり現われて……あたし、わけもわかんないで逃げるしかなくて……」


 それは学校を出てすぐのことだった。

 まだ部活までは時間があるので、家に帰って課題でもやろうかと思っていたところにあいつらは現われた。初めは一体。

 それがいつの間にか二体になって追いかけてきた。あいつらはいったいなに?

 フィリアの頭の中で、雪崩のように次々と言葉が転がり落ちてくる。それとは対照的に、彼女を正面に据えたリュウは、必要な答えだけを小さな口から導き出した。


「あれは時喰い。時を食らう魔物。あなたはそれに寄生された」


「時……喰い?」


 聞いたこともない単語だった。だが、目の前の少女はさも当然のように言葉を紡いでいく。


「時喰いは宿主の精神に寄生し、その周囲の空間の時を喰らう。しかし、宿主以外の人間は時が喰われていることを認知することすらできない」


「えと……ようするにその時喰いのせいで毎日が繰り返したり、明日が来なかったりするってこと?」


 自信なく訊ねると、少女は頷いてくれた。


「そう。時喰いがこの街の人々の明日を喰らおうとしている。だから同じ時が繰り返し、明日がやってこない」


「どうしてそんなことが……」


 フィリアが肩を落として悲しげに呟くと、今まで黙っていたナナミが突然割り込んできた。


「あんたのせいでもあるんだぜ。フィリアさんよ」


 その言い方には、非難めいたものが含まれているように感じた。


「あたしの……せい?」


「そうだよ。時喰いは明日を望まない声に反応して呼び寄せられる。そしてその者を宿主に選ぶんだ」


 言っている意味がわからなかった。宿主……とは自分のことらしいが。

 いまいち理解できないでまごまごしていると、その態度が癇に障ったのかナナミが苛立った声を上げる。


「わかんねぇかな? 実際の時間で今から四十五分前、一月二十二日の夜の十一時ちょうどに、あんたは明日を拒んだんだ。明日なんて来なきゃいいって思ったんだよ。時喰いはその声に呼び寄せられたんだ」


 彼の言っていることの意味がわからなかった。いや、頭が理解するのを拒否しているような感覚だ。


「うそ! そんなはずない! 明日が来なきゃいいなんて思ったことない!」


「この状況がなによりの証拠だろ。この街の明日は奪われ、あんたは宿主になった。これ以上なにか必要か?」


「そんな……」


 責めたてるようなナナミの鋭い視線から逃げ出したかった。

 助けて欲しかった。ちがうと言って欲しかった。その一心で、フィリアはリュウの顔をうかがった。

 懇願するような眼差しで。

 だが、その無機質な表情はなにも語らず、すべてを見透かすような瞳だけが真実を物語っていた。無言という名の真実を。

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