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繰り返す今日

 それは、ごく普通の一日のはずだった。


「ねぇ、リリス」


 教師に聞こえないよう、フィリアは極力小さな声で隣の席の友人に声をかけた。


「なに?」


「この授業……何日か前にやらなかったっけ?」


「なに言ってるの? やってないよ」


 ノートをとる手を休めることなく答え、リリスはちょっと笑った。

 そんなはずない。

 いま黒板に書かれていることはノートにとった覚えがある。先生の話だって聞いた覚えがある。


「夢でも見てたんじゃないの?」


 リリスはクスクスと笑った。だがそんなことで納得できるはずもなく、フィリアは食い下がる。


「でも、さっき先生が挟んだくっだらないジョーク」


「あぁ寒かったね」


「あれも聞いた覚えあるんだけど」


「まじで!?」


 口では驚いているようなことを言っているが、目を見ればわかる。リリスは面白半分で聞いている。さっきの先生のジョークに対する作り笑いと同じようなものだ。

 

 文句を言ってやろうとすると、それを遮るかのように午前の授業終了を告げるチャイムが鳴った。


「おっわり~。ランチ一緒に食べよ、フィリア」


「あ……うん」


 よほどお腹が空いていたのか、リリスはノートをさっさとバッグにしまい、もうすでに出発できる体勢に入っていた。

 こうなってしまった彼女にはなにを言っても無駄だろう。文句は食後に言うしかない。

 フィリアは諦めのため息を吐き、バッグを持って席を立った。


「あ~お腹空いた。今日はAランチの日だよね」


 そのリリスの言葉に、フィリアは首を傾げた。


「なんでよ。今日は木曜日でしょ?」


「はぁ?」


 顎が外れるのではないかと思うほどの大口を開け、リリスは目をまん丸に見開いた。


「さっきからなに言ってるのよフィリア。今日は月曜日よ」


「一月二十日……月曜日?」



 廊下に張り出された今日の授業スケジュール表を確認して、フィリアは固まってしまった。

氷点下の氷の中に投げ込まれても、こんなには固まらないだろうというほどに固まった。

 一月二十日? そんなはずはない。だって昨日は一月二十二日だったはずだ。

 だったら今日は一月二十三日のはず。それが自然だ。自然というか……絶対そうだ。そうじゃなきゃおかしい。


「時間が戻ってる?」


 自分で言っておいて頭がくらっとしそうな発言だが、そうとしか考えられない。

 だって今日はもう終わったはず。


「フィリア……フィリア・エンバス!」


 突如名前を呼ばれ、思考フル回転中だったフィリアは心臓が跳ね上がりそうなほどに驚いた。


「なにをそんなに驚いているんだ?」


「あ、先生……」


 振り返ると、そこにいたのは数学のレスター先生だった。

 小太りで、薄くなり始めた頭も愛嬌として受け入れられるような教師だが、フィリアはあまり彼のことが好きではなかった。

 理由は簡単。彼の担当する科学が大の苦手だからである。


「今日のこと、よもや忘れてはいないだろうと思ってな」


「今日? なんかありましたっけ?」


 一瞬考えを巡らせてみたが、思い当たる節はない。

 だが彼女が上目使いに首をひねると、レスターは呆れ果てたようにため息を吐いた。


「やっぱり忘れていたか。先週言っただろ。今日の放課後は補習だ」


「はい!?」


「なんでそんなに驚く。言っただろ何度も何度も」


「いや、だって……三日前にやったじゃないですか補習……」


 言いながら、恐ろしい考えが頭をよぎる。今日が一月二十日だとしたら……だとしたら……。


「斬新ないいわけだと思うが、それで逃げられると思ってるのか?」


「うっ!」


「逃げたりしたら、単位は絶望だと思え。それじゃあ、放課後にな」


 最悪の通告を残して、レスターは去っていった。

 心なしか、その後姿がフィリアには悪魔のように感じられた。


「なんでこうなるのよ……」


 ただでさえ頭を使わなくてはならない混乱した状況の中、フィリアは補習までも受けることとなった。

 しかも二度目の。



 不信感全開で過ごしつつも一日が終わると、フィリアはベッドに横になった。

 そして目を閉じて考える。

 今日はなんだったのだろう? なんで終わったはずの日をまた体験したんだろう?

 しかし考えてもわかるはずはなく、それゆえに諦めも早かった。

 彼女はほんの数分で睡魔に負けると、そのままぐっすりと眠ってしまった。

 そして、朝起きた彼女は見覚えのあるニュースを見て知ることとなる。

 今朝は一月二十一日。二度目の二十一日だ。



 学校に向かう通学路は今日も静かだった。

 フィリアの家の方角からの生徒はあまり多くないため、通学路と言っても人はまばら。

 彼女もいつも一人で学校に通っていた。


「うーん……」


 彼女はうんうん唸りながら歩を進めていた。

 頭の隅になにかがつっかえているかのようなもやもやした感覚。

 おかげでいつもよりちょっと頭が重く感じる。

 まだ体験したことはないが、二日酔いというのはきっとこんな感じなのかもしれないとフィリアは思った。

 そんなもやもやした頭を火花が散るほどフルに働かせて考える。

 昨日は一月二十日だった。だったら今日は二十一日で正解だ。なにも問題はない。

 とっても自然だ。ただ唯一問題があるとすれば、二十一日の朝は二度目だということだけだろう。今朝のニュースで報道されていた幼児誘拐事件。

 あれもとっくに見たことがある。

 そして、あの事件が明日、二十二日の朝には解決していることも知っている。

 誘拐された幼児は無事助け出されたという報道に胸を撫で下ろした記憶があるから間違いない。

 考えれば考えるほどに頭が痛くなってきた。

 ようするに昨日のあれは単発的な出来事ではなかったのだ。

 まだ継続している。もし夢ならば、まだ覚めていないということになる。

 最悪だ。

 そのとき、だんだんと気が滅入ってきた彼女の耳に、さらに気分を害するような声が飛び込んできた。


「ねぇねぇ、お嬢ちゃん。なにやってんの?」


 知らぬ間にうつむいていた顔を上げると、そこにいたのは二人の若い男だった。

 二人とも皮のジャンパーにトゲトゲしたアクセサリーを付け、ガムをくちゃくちゃと噛んでいる。


「学校? そんなの休んじゃえよ。ちょっとおれらと遊ばない?」


「いいじゃん。その方が楽しいって」


 男たちは口々に言ってから、ケタケタと下卑た笑みを浮かべた。

 フィリアはそんな彼らの胸元に、翼の生えた化け物の刺繍がしてあるのを見つけた。

 ここ、サントヘルスは国内では比較的治安の良い街で知られているが、それでも例外というものはいるものだ。はみ出し者の少年たちが作ったグループ『ガーゴイル』がその最たるものである。

 たんなる悪ガキが集まった集団ならばまだいいのだが、彼らは意外にも統制の執れた組織になりつつあった。最近では大人のギャング顔負けに、薬や武器の売買にまで手を出しているらしい。

 翼の生えた化け物……これがガーゴイルというらしい……の刺繍はその一員である証だ。彼らは道をふさぐようにして立ちはだかった。


「あの……通してください」


「だ~め。遊ぼうよ」


 フィリアが嫌がるのがそんなに楽しいのか、二人の男はお腹に手を当てて笑い始めた。

 しかし、彼らが思っているほどフィリアは恐怖や焦りを感じていなかった。

 なぜならこれが二度目の一月二十一日だから。彼らにからまれるのも、嫌がって逃げようとするのも、阻止されるのも二度目だからである。

 だから知っている。この後どうなるかも。


「ほらっ、あっちに車停めてあるからさ」


「行こうぜ」


 男の一人がフィリアの腕を掴み、強引に引っ張っていこうとした。

 だが、彼らの行動は背後からの怒声に遮られることとなる。


「やめなさい!」


 二人の男は同時に振り返り、フィリアも声のした方に顔を向けた。そこにいたのは、きらびやかなブロンドの髪を肩の辺りで内側にカールさせた、細くスラッとした女性だった。


「男二人で……恥ずかしくないの!?」


 女性は、自分より体格の勝る男二人相手にまったく怯むことなく、威厳たっぷりに言い放った。


「消えなさい! 今すぐ!」


 まるでかなり高位な指揮官が部下にするみたいに、女性は男たちに向けていた手を横になぎ払った。

 すると、そのあまりの威圧感に圧されたのか、二人の男はなにやら小声で文句を言いながらすごすごと退散していった。

 女性は男たちが行ってしまってからも、しばらくはジッと彼らを睨みつけていたが、ややあってからフィリアに向き直り、優しく微笑んだ。


「だいじょうぶ? フィリア」


「はい! ありがとうございます。セーヌ先輩!」


 彼女の名はセーヌ。ハイスクールの先輩で……永遠に届かない目標。


「ああいう連中はね、おとなしくしてるとつけ上がるの。あなたも厳しく言ってやればいいのよ」


「そんな……あたしには先輩みたいにはできません」


 フィリアは恐れ多いとばかりに手をブンブンと振った。

 そう、自分には無理だ。セーヌみたいにはできない。なにをやっても勝てない。

 勉強はもちろん、唯一の特技であるスポーツでも足下にも及ばない。

 そんな自分が、あんなふうに威厳に満ちた言い方で男を追い払ったりなんてできるはずがない。

 永遠に手の届かない目標。憧れ、焦がれ、ずっと下から見上げている高みに咲いた一輪の花。

 フィリアにとってセーヌはそんな存在だった。

 近付くことなんてできない。人間がいくら手を伸ばしても、夜空に輝く星を掴めないのと同じようなものだ。


「先輩はすごいなぁ。あたし、一生勝てないよ」


 照れくさくて目を背けながら言うと、セーヌはクスッと笑った。


「そんなことないわよ。あなただってがんばってるじゃない」


「がんばってるん……ですけどね……」


「だったらそんなに卑屈になるのはやめなさい。かわいい顔が台無しよ」


 そう言ってセーヌはフィリアの頬をぎゅっと掴んだ。


「うー……」


「ふふっ、それじゃ、わたしは一限はあっちの教室だから。また放課後にね」


 いつのまにやらもう学校に到着していたらしい。

 セーヌは手を振ると、小走りで行ってしまった。と、一人になったフィリアの肩を背後からポンポンと叩く者がいる。


「フィリア・エンバス。おはよう」


「あ、先生。おはようございます」


 それはまたしてもレスター先生だった。フィリアにとって、あまり連日は出会いたくない人物である。


「忘れていないだろうな。今日の放課後」


「今日?」


「やはり忘れていたか。先週言っておいただろう。今日は補習だ」


「えぇ!?」


 あまりに驚いたので、フィリアはうしろに倒れてしまいそうになった。

 だが、一方のレスターはそんな彼女の反応を見て不思議そうに首を傾げている。


「なぜそんなに驚く?」


「だ、だって! 補習は昨日やったじゃないですか!」


 一瞬の間。しかし、レスターはすぐに立ち直ると、心から呆れたような目で彼女を直視した。


「ふむ。斬新ないいわけだが、通じると思ったのか? 補習は今日! 一度きりだ!」


「だ、だって……」


「いいか? さぼったりしたら単位は絶望だと思え。それじゃあな」


 レスターは出席簿でフィリアの頭をポンと叩くと、これ以上はなにも受け付けないとばかりに背を向けて歩き去っていく。


「どうなってるのよ!」


 校舎の前で一人きり、フィリアは叫ばずにはいられなかった。

 今日は一月二十一日のはず。なのになんで?


 しかし、単位が絶望とまで言われれば逃げられるはずもなく、結局フィリアは補習を受けることとなった。三度目の補習を。

読んでいただきありがとうございます。

書きためた分があるので、随時更新していく予定です。


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