表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/42

第八話:入学を前に

「今日は疲れたろう。ご苦労だったな、アリエッタ」


 試験を終え、アリエッタを伴って館へと戻った私は、今日一日の頑張りを評価し労いの言葉をかけた。

 私にとって、今日はかなり有意義な一日であった。学校という場所の新鮮さに、時折見つける有望な魔術師の原石達、何よりも私の下を離れて励むアリエッタの健気な姿。

 アリエッタの実力は確かめるまでもなく把握していたと感じていたが、実際に目で見てみるとまた違った趣があった、という事も予想外の収穫だ。


「そんな……ご苦労だったなんて、勿体ないお言葉です……」


 だが、それに反してアリエッタの顔は暗い。

 十五歳という年齢を加味すれば、今日の結果は満点どころかそれ以上を付けても惜しくはない出来だったのだが、アリエッタにとっては不満が残るものだったようだ。


「何か気にかかる事でも有ったのか」

「……はい」


 逃げるように目を背けるアリエッタ。

 それ見た事か──あの老爺にそう言ってやりたい。

 魔術の威力を見る試験であれだけの結果を出したのだ。何も不満に思う事は無いだろうに『破壊しろ』という条件のせいで『出来る』者こそ要らぬ不満を抱いてしまう。

 呆れを表すように鼻から息を出せば、アリエッタはびくりと肩を震わせる。

 いかん、これでは私が彼女に不満を抱いているようだな。


「何が有った。言ってみれば楽になるかもしれんぞ」

「そう、ですね。実は──」


 理由を聞いてみれば、その表情に影を落としているのはやはり今日の実技試験だった。


「──それで、わたしは魔力を練った『ロックグレイブ』を選択したのですが、魔石の完全な破壊には至りませんでした。先生の弟子として、不甲斐ない結果です」

「なるほど」


 不甲斐ない──その様な事が、あるはずがない。

 ありとあらゆる有利な条件のもとではあるが、十五歳の少女が五百年を生きた魔術師の、決して手を抜いたわけではない防御魔術を破ったのだ。

 百点どころか、二百点を付けても余りある。

 だが今彼女は自らを不甲斐ないと評したのだ。こんな理不尽が許されるはずもない。


「ふむ──それならば、その試験は敢えて達成する事の出来ない目標を設定したのだろうな。おそらくは全力を尽くさせるための方便と言ったところだろう」

「そう、なのでしょうか?」

「間違いない。でなければ、私の自慢の弟子が学生対象の試験ごときを突破できぬはずがない。自信を持て、お前は史上最高の魔術師の弟子なのだ」

「……先生……っ!」


 出来うる限りで柔らかく微笑んで、意を示す。人付き合いは、苦手だ。だが伝えたい事は伝わったようで、アリエッタの顔に笑顔が戻ってくれた。


「それに、今日試験を受けていた者達は高水準と言っても差し支えのない者達が集まっていたが、その中にあってお前は次点に大きく水を開けていた。魔石に傷を付けられたのも、お前くらいだったろう?」

「え? ……あっ」


 それが嬉しくて、私は自分でも珍しいと思うくらいに饒舌になっていた。

 アリエッタは何かに気が付いたかのような顔をしている。自分の結果ばかりが気になって、周りに目を向ける余裕がなかったと言ったところだろうか。


「その、先生。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 味わい深い顔をしていたアリエッタだが、おずおずと縮こまりながら手を挙げる。


「なんだ? 私とお前の仲だ、気を窺う様な必要もあるまい」


 ためらいがちの問いに、私は上機嫌で答えた。

 今日のアリエッタの活躍を思い出し、気分が良くなっていたからだ。


「えっと……先生は、試験の様子を見ておられたのでしょうか?」

「む」


 が、いざ聞いてみればその質問には思わず声が詰まった。

 ……そうだ、今日のところはアリエッタの側に居ない事になっていたのだったな。

 まさか若い『テオドール』を私だとは思わんだろうが、師が弟子の成長を見たいがあまり学校まで付いてくる、などというのは少し格好がつかない。


「ああ──ガーディフ、学園の校長に用事があったのでな、校長室からから見ていたよ」

「そう、ですか? ……いえ、わかりました! そういう事なのですね」


 なんとかそれらしい理由をつけると、アリエッタは得心した顔で手を打った。

 どうも大げさな反応にも見えるが、誤魔化せた事には誤魔化せたようだ。


「ふふ、ありがとうございます、先生?」

「……何がだ?」


 誤魔化せた、はずだ。何やら満足気に微笑んでいるので、アリエッタを励ますという目的は達成できたようなので、細かい事は置いておこう。


「と、入学試験の事はここまでにしておいて──本格的に、これからの生活について説明しておこう」

「学校での生活の事についてですね」

「ああ」


 それよりも、今後の事だ。今日の結果により、私達は学校に通う事になるだろう。

 そこで心配なのが、彼女の身の安全である。

 アリエッタは私の自慢の弟子だ。その魔術の腕は既に同年代の少年少女どころか、熟練と言われる魔術師と比べても遜色ない。──が、それでも未熟な事に変わりはない。

 この世界には、一般人の想像を絶する魔術師が多く隠れ住んでいるのだ。日の届かぬ世界には、世界最高の魔術師と呼ばれるガーディフを遥かに超える魔術師達も多く存在する。

 アリエッタは既に表の世界では最高クラスの実力の持ち主だが、そういった実力者達と見えれば無事ではすまないだろう。


「これから三年間、お前はここを離れて学生寮で生活する事になるが──まずは、これを渡しておこう」


 そこで、渡す予定だったのが──この鈴だ。

 紐を摘んで鈴を揺らすと、アリエッタが手を皿にする。私はゆっくりと、そこへ鈴を置く。

 アリエッタは鈴が手になると、違和感に眉を下げて私と同じように鈴を吊る紐を摘んだ。


「音が、しない。先生、これはなんでしょう?」

「ああ。これは、私が造った魔道具だ。鈴の形をしているのは、用途からイメージした結果でそれ自体に意味はない」

「魔道具ですか?」


 そう、鈴とは言ってもそれは形だけ。

 私がアリエッタに渡したのは、鈴の形をした魔道具だった。


「魔力を込めれば、どんなに離れた距離に居ても、いつでも私と念話する事ができるというものだ。必要なものがある時、あるいは何か困り事がある時──または、声を聞きたい時にでも使うが良い」

「わあ……! 素敵な道具をありがとうございますっ! ふふ、毎日使ってしまうかもしれませんよ?」

「構わん。師匠とはいえ、暇をしている者ならば積極的に使え」


 握った鈴を抱きしめるように、胸に抱くアリエッタに、心臓が柔らかに締め付けられる様な気がした。私にとっては取るに足らないものだが、アリエッタはそれを愛おしくさえ思っている。なんとも健気で可愛らしく、守ってやりたくなる。

 如何に一流とは言え、未熟な存在である事には変わりない。迫る驚異から守るのも、師匠である私の努めだろう。

 実のところ、この鈴に込められた機能はそれだけではない。この鈴は強者からの悪意を感知する事でアリエッタを危険から守る事が出来るのだ。それだけではない、危険察知の範囲には外因により精神に異常が見られた時や、災害の予知さえ行い、私に告げられるようになっている。その効力は通話機能と併せて別の世界──アリエッタ、あるいは私自身が魔界や天界に居ても容易く届くものだ。

 これには私も少しばかり過保護かとも思ったが、打てる手は打っておいて損はない。


「というわけで、授業に使う道具や交遊費など必要なものがあったら知らせるように。それがお前の学園生活に置ける第一だ。向こうでの生活については私も全ては把握していないので、何かあったら遠慮せずに伝える事を約束しろ」

「はい」


 まあ実際には、私自身が付いていく事でほぼ必要のない道具になってしまったのだが。

 わざわざそれを言う必要もないし、作ってしまったのだから敢えて渡さない意味もない。


「よろしい。では向こうでの身の振り方だが──」


 この話はこれまでにして、私はアリエッタに学園生活の事を話しながら、自分でもガーディフから釘を刺された事を含めて再確認していく。

 とはいえ世間一般、特に最近の常識についてはアリエッタの方が私よりも詳しいだろう。

 特別ガーディフから言われているのは魔術師『テオ=イルヴラム』の存在を出来る限り隠してくれという事だけだ。

 大体私に向けての願いだろうが、アリエッタにもそれを伝えると彼女は不満を示しながらも素直に受け入れる。


「先生は、時たま恐ろしい人って伝えられているお話もあるので、そういう誤解を解けないのはちょっと寂しいです」


 不満の理由を聞いてみれば、なんとも心を擽る答えが返ってきた。


「古い物が多いし、彼方此方で好き勝手伝えられているから今更気にもしないさ。だがその気持ちは受け取っておく」


 今更有象無象にどう思われていた所で気にはしないが、アリエッタがそう感じている、というのは──予想外に、嬉しい。

 頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑む。笑みの柔らかさに信頼が伝わってくる。

 こうなると、少しばかり心が傷んだ。私はこの子の側に居られるが、この子は私が側に居ないと感じるままに三年間を過ごすのだな、と。

 入学まではもう一ヶ月もない。ならばせめて、その期間くらいはいつもよりも優しく接する事にしよう。

 こうして、私達の時間は過ぎていく。

 私の長い生涯の中でも、きっとこの一ヶ月は特に短いものとなるだろう。

 

 ◆

「……ふふっ」


 先生とおやすみなさいの挨拶を交わした後、わたしは自室に戻って枕を抱えていた。

 込み上がってくる微笑みと、幸せな気持ちが溢れてしまいそうで、口元を抑えていたかったからだ。

 ひょっとしたら、万が一、もしかすると違うかも、というくらいの疑念があった。

 でも間違いではなかった。ああ、やっぱり、試験の時に出会ったのは──先生だった!

 テオドール=フラム。最初に『彼』の姿を見た時は驚いた。先生の若い頃はどんなお姿だったのだろうと想像している時のお姿そのものだったのだから。

 それに加えて、名前は『テオドール=フラム』。『テオ=イルヴラム』という名前を捩ったものだとすぐに分かった。

 最初は、どんな意図があって試験会場に来られたのだろうと思った。わたしに何か伝えたいことがあるのかな、と考えたりもした。

 けれど、今日のお話を聞くとどうやら、わたしにその『変装』が知られているとは思っていなかったようだ。


 姿を変え、名前を変え、わたしと一緒に入学試験を受けていた先生。その理由は多分──先生も、わたしと離れることを辛く感じてくれたのだろうと思う。

 ただ心配で、勇気づけたり助言をするために学園内に潜り込むのなら、わたしにその正体を隠す必要は無いはずだ。わたしにさえその正体を隠すというのは、これから三年間『テオドール=フラム』として過ごすつもりなのだろう。

 それを考えると、わたしは──


「ああ、なんて、幸せなんでしょう……!」


 幸せで幸せで、叫んでしまいそうだった。

 大好きな人と離れずに済む。大好きな人も、わたしを大切に思ってくれている。

 名前を隠してまで、知られずに見守ってくれようとしている、その気持ちが愛おしかった。

 だから、わたしは先生がわたしの問いかけに知らんぷりした時、それ以上追求はしないようにすると決めた。

 万が一それで先生が学園に通うのをやめてしまったりしたらわたしは立ち直れないだろうし、何より先生のお気持ちを無下にすることなんて出来なかったからだ。

 ……あれだけ重かった気持ちが、すっかり無くなっていた。今ではもう、学園に通うのが楽しみで仕方がない。

 仮初の関係とはいえ、先生と『同級生』でいられるなんて、この後一生ないだろう。


「ふふっ……大好きです、先生っ」


 学園に通うまではまだ一ヶ月もあるけれど、それまでにも修行はちゃんとある。早く寝なければいけないんだけど──楽しみすぎる。

 わたしの眠れない夜は、しばらく続きそうだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全部気付いてるやん!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ