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第七話:入学試験・後編


「テオさん、試験の方はどうでしたか?」

「そこそこと言ったところだ。その分ではお前の方も良かったようだな」

「ふふ、はい。先生が良かったので」


 一次試験を終え、僅かな休憩時間を挟み、私達は受験者の列を成して歩いていた。

 ここからは試験会場を外に移し、実技の検査に入るようだ。

 こちらはカンニングなどする必要も無い。教師の魔力を視るに、私は勿論アリエッタが達成できぬ内容は出ないだろう。

 周りの空気はぴりぴりしているが、私とアリエッタは気楽なものだ。特に私は一次試験をほぼ満点で正解しただろうという確信があるので、満点が確定しているであろう実技を前にすればもう消化試合もいいところである。


「皆さん揃っているようですねではこれより二次試験を開始します」


 やがてたどり着いたのは、広い校庭であった。

 私達の前には魔石の珠と、結界が用意されている。

 これを見て、私はすぐに二次試験の内容に気がついた。まあこれを見れば、多くのものは察しが付くだろうが──


「二次試験は、この結界の中にある魔石を一回の魔術で破壊するというものです。結界は非常に強力です。絶対に、外へ影響は及ぼしません。持てるだけの力を全て解き放つように」


 案の定、試験は魔法の威力を検査するものだった。なるほどシンプルで良い。あえて小難しい注文を付けない事で応用力も同時に見るというのは、私が最初にアリエッタに課した試練と通じるものがあるな。


「しかしその前に一つだけ、お伝えしておく事があります」


 ただしこれは──それよりも大分意地が悪いが。

 試験の内容を考えているのはあの老いぼれか。虫も殺さぬような面をしていてよくやる。

 教師の声に困惑する受験者達。彼らをよそに、案内役の教師は右腕を掲げた。


「『コロナボム』──」


 呪文の発句と同時に、掲げられた右手の上に巨大な火球が膨れ上がる。

 流石に世界一の名門校と呼ばれる場所の教師だけあり、中々の規模の魔術だ。


「こ、こんな所で何を……!」

「ちょっ……これ危ないんじゃ!?」


 その強大さに、受験者達にざわめきが広がる。

 だが教師は気にした風もなく、腕を振るい、火球を結界へと投げつける。

 結界への着弾、その直後──気の抜けるような、小規模な破裂音と、見掛け倒しもいいところの小さな爆炎。


「この様に、結界は非常に強力にできています。周囲への影響は気にせず、遠慮なく全力を振るいなさい」


 どうやら結界の強度を実演したかったらしい。

 しれっと言ってのける教師。辺り一帯を包み込むような爆発を予想していた受験者達は胸をなでおろした。

 が、その反面、眉をしかめる受験者達も居た。見れば、アリエッタも苦い顔をしている。

 ……よろしい。この試験の違和感に気が付いているようだ。


「では一番! アダム=エイサル、結界の中へ!」


 生徒達の顔に緊張が浮かぶ中、一番の少年が呼ばれる。

 アダムと呼ばれた少年の顔は緊張で錆びついているかのようになっている。

 まったく気の毒な事だ。


「制限時間は三分間、始め!」


 教師が制限時間を口にすると、私は口角を釣り上げる。

 やはり。そう口の中で転がす。一番槍の結果は、既に見えた。


「おおおおおッ! ライトニングボルト!」


 少年が放った魔術は、雷の魔術。雷で敵を打つ殺傷能力の高い魔術だ。

 一本の雷は正確に魔石を撃つ──が、びくともしない。傷一つ無い。

 結果は、今ひとつと言ったところだろう。ライトニングボルトは戦闘においては優秀な魔術だが、それは発動の速さと命中率、殺傷能力のバランスの良さが大きい比重を持つ。より威力を重視したものを選択するべきだったな。


「く、くそっ……!」

「それまで。では次の者、アリエッタ=ペルティア!」


 涙を浮かべて結界を去る少年に代わって呼ばれたのは、アリエッタだった。

 なんと、早速出番か。これはいい、と私は笑みを浮かべた。

 名前を呼ばれたアリエッタは一つ息を吸ってから、私を見る。


「頑張ってこい」

「……はいっ!」


 その視線に激励で答えると、アリエッタは力いっぱいに頷いた。

 やはりアリエッタは薄々この試験の意地の悪さに気がついているようだ。

 結界へ足を踏み入れたアリエッタは、静かに集中している。

 教師の視線の色が変わった。『気が付いている事』に気が付いたのだろう。


「始めなさい!」


 そうして試験は開始された。

 今のところは十点満点。さて、ではアリエッタの魔術の選択は──


「ククッ、それでいい」


 やはり、彼女は素晴らしい。迷わずにアリエッタが選択したのは、彼女が最も得意とする火属性の魔術ではなく──土属性の魔術であった。

 黄土色の魔力が漲り、掲げられたアリエッタの右腕に収束していく。

 時間を使い、練り上げられる魔力。魔力というのは『練る』事でその質を上げる。が、それは一般的にはそれなりに高等技術だ。練って強力になった魔力を更に練り上げる事は特に難しい。紙を折り曲げる事を考えるとイメージしやすいだろうか? 折り重ねるほどに紙は力に対して硬く強くなり、曲げるための力は増える。

 この場にはそれなりに優秀な者もいるが、それらでもせいぜい一分間練り上げ続ければ上出来と言ったところだろう。が、アリエッタはそれを三分間時間いっぱいにやってみせた。


「『ロックグレイブ』!」


 収束し、密度を高めた魔力を、土の岩槍に変換して放つ魔術、ロックグレイブ。

 それはやはり彼女が出来うる中で最良の選択だった。

 理由は三つ。単純に威力が高い魔術を選んだ事、収束した密度の高い魔力は一点に破壊力を集中できるという事、そして──物理に近い攻撃特性を持つ事だ。

 何人かは気が付いているようだが、この魔石は対魔力に特化しており、わずかにだが物理への耐性が低い。土属性の魔術は唯一の最適解なのだ。

 私の試験と同じく、これもまた応用力を高く評価する試験という事だ。

 だが、それだけでは意地が悪いとは言えない。

 アリエッタの放った魔術は、魔石へと突き立った。が、完全な破壊には至らない。


「ま……まさか……校長の造った魔石に傷をつけるとは……!」


 アリエッタに注目が集まる中、教師が小声で呟いた事を、私は聞き逃さなかった。

 そう、この試験の意地が悪い理由。それは学生程度では破壊するどころか傷一つ付けられないくらいにこの魔石の防御力が高いという事である。それはおそらくは全力を出させるための方便。だが『破壊しろ』という注文は──なんとも意地が悪い。

 その点で言えばアリエッタは満点を超えた超満点と言ったところだろう。この結果は、ガーディフでさえ驚くもののはずだ。キャリア五百年のベテランである魔術師の珠玉の防御魔法を、たった十五歳の少女が貫いたというのはな。


「くっ……!」


 アリエッタはそれでも、悔しそうに歯噛みしてみせる。あの魔石の強度には気が付いていたはずだが、その上で完全に破壊してみせるつもりだったのだろう。

 教師に促されて結界をあとにするアリエッタを、私は笑みで迎え入れる。


「やるじゃあないか」

「……そんな。破壊できませんでしたから。これでは先生に合わせる顔がありません……」


 そう言って、アリエッタは顔を俯かせてしまった。

 ……ふん。気に食わん。全力を出す名目とはいえ、達成不可能な課題を押し付けるというのは、教育者として如何なものだ。ええ? ガーディフ。


「気にするな。最良の選択と、見事な魔術だった。少なくとも私は高く評価する。お前の先生とやらも、満足行く魔術だったろう」

「……! もったいないお言葉です」


 称賛を固辞するような言葉ではあるが、その表情には喜びが差していた。

 うむ、うむ。ここまでした愛弟子を叱る師などおるまいて。

 やはりここに来て正解だった。弟子の成長を目の当たりにするのは良いものだ。

 その後も、試験は継続する。

 時折目を見張る受験者もいる。が──


「なんて防御力ですの……!」


 破壊には、やはり至らない。

 歯噛みするように呟いたのは、気の強そうな金髪の少女だった。

 この娘は先程私が答えを拝借した解答用紙の持ち主だったはず。

 中々面白い。文武ともに優れるというわけだ。

 実力によるクラス分けは、おそらく最高のものに振り分けられるだろう。即ち、私やアリエッタのクラスメイトとなるであろう少女の顔を、そっと覚えておく。

 しかし──魔石の予備を用意していたのは流石ガーディフといったところか。

 今校庭に設置されている魔石は、私が魔石を破壊したあとも試験を続行するためのものだったはずだ。

 こんな事をせずとも意を汲んで加減してやっても良かったのだが──少し、意地悪をしてやりたい気分になった。


「次! テオドール=フラム!」


 私の名前が呼ばれる。

 思わず聞き流すところだったが、私は余裕たっぷりに結界へ足を踏み入れた。


「校長の言っていた『厄介な子供』は貴方ですね。どんな事情があるかは知りませんが、私は試験の結果は優遇いたしませんよ。それだけ伝えておきます」


 どうやら、それとなく私の存在は伝えられているらしい。

 小声で伝えられたのはそれと無い敵意だ。多分、裏口入学する生徒がいるとでも伝えておいているのだろう。

 奴なりの意趣返しのつもりなのだろうか。私は愚かなので、存分に乗ってやろう。


「始め!」


 合図とともに結界内から教師が退避するのを確認し、私は右手に魔力を込めた。

 ふむ。この硬さならば、これくらいか。

 私が試験にあたって選ぶ魔法は──アリエッタの真逆を行くものであった。

 即ち一点突破ではない広範囲への魔術であり、タメは少ない無加工の魔力であり。そして物理的な威力のない純魔術。要するに、この試験に対する最悪の選択だ。

 教師が鼻を鳴らすのが見えた。私は口角を歪めて、魔力を解き放つ。


「『インフェルノ』」


 その名を告げ、拳を握り込む。

 すると私を中心に炎の嵐がドーム一杯に広がっていく。

 荒れ狂う火炎はその勢いのままに膨張し──硝子が砕けるような激しい破砕音。

 ガーディフが魔石以上に力を込めて作った結界を、打ち壊した。


「あ……な……バカな、結界ごと……!」


 硝子の膜が剥がれ落ちるように崩壊していく結界を見つめ、教師が驚愕する。

 当然だろう。全力の魔術を扱わせる危険性から、結界の外部を守るための魔術だ。流れ弾などを考えて、魔石よりも結界をより強固なものにするのは当然の事。

 私はそれを打ち破って見せたのだから。

 当然、そんなものをぶつけたのだから中の魔石も完全に破壊されている。

 静けさの中、ガーディフが放った『魔術師の目』をみやり、私は嗤ってみせた。

 何も言わずに待機列に戻ると、憧れの目で私を見るアリエッタを見つける。笑みの種類を変えて、私は彼女に微笑んだのだった。



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