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第六話:入学試験・前編

入学試験当日がやって来た。

 いざ若い者に紛れて試験を受けるというのを考えると、遊び過ぎだと自分をたしなめる心が有りつつも、みっともない遊びに興じる不思議な背徳感というものが身を包んでいる。


「私にしてやれるのはここまでだ。空気に飲まれず持てる力を引き出せ。よいな」


 が、それは飽くまで副次的なものだ。

 本題はアリエッタの入学試験、何よりも優先すべきはそれである。

 現在の魔術も昔に比べれば進んだとはいえ、まだまだ私からすれば発展途上もいいところだ。最適にして最効率の私の教えを受けているアリエッタが躓くなど、まずはありえないだろう。

 しかし何かの本で試験には魔物が住むという話も見た。要は精神的な問題で実力が出し切れないという話だが──


「大丈夫です。わたしは先生の弟子ですから」


 見事な目つき、凛とした態度。素晴らしい。アリエッタには、その心配はないようだった。

 気高くも脆いガラス細工の心──そうとばかり思っていたのだが、この三年間で彼女の精神は想像以上に鍛えられたようである。


「ならば行って来い。試験が終わる頃にまた来るので、終わったらこの場で待っていろ」

「はい! 行ってきます」


 こうして、私はアリエッタを送り出した。時折振り返っては手を振る仕草が愛らしい。それもやがて見えなくなるが──私の仕事はまだ終わりではない。

 私はふと、辺りを見回す。凄まじい人の多さだ。

 当然その殆どは受験しに来た少年少女であるが、中には私のように弟子や我が子の見送りに来た大人達もいる。ちらほらと、私を一瞥するものもいるか。黒いローブは今の社会では随分と古い印象らしい。

 ……ふむ、このままだと少し目立つな。

 私は指を鳴らし、魔術を発動する。

 ただでさえ目立つ風貌で指を鳴らせば注目される事請け合いではあるが──途端、注目が薄くなり一歩、二歩と人混みとすれ違う度、視線の数が減っていく。

 認識阻害。ここにいる私を意識しづらくする魔術である。三歩も歩けば、私を見る者は誰もいなくなっていた。

 四歩も歩く頃には、ここにいる誰もが私のやる事なす事を意識できないだろう。仮に武器を持って暴れまわっても、倒れる死体には気付くが私自身の存在は絶対に感知できない。


 人の目を外れた私は衆目の中で若返りの魔術を使う。

 少年の姿となった私は学園の中へと足を踏み入れてから、認識阻害の魔術を解除した。

 ふと門番が視線を向けてくるが、すれ違う物体を流し見たという、ただそれだけだ。

 こうして私は、学生として学園に潜入するというその第一歩を踏みしめたのであった。


「さて……試験会場の教室はどこだったか」


 それにしても。歩いてみると、この学園というものは無駄に広い。

 これで生徒の数は然程多くはないというのだから、この広さを何に使っている事やら。

 案内板と悪戦苦闘しながらなんとか試験会場へたどり着く。

 受験番号を見るに、どうやら私はアリエッタの隣で試験を受ける事になるようだ。ガーディフにしては気が利いている。


「……あれ? ええと……」


 何食わぬ顔で隣に座ると、アリエッタが首を傾げている。

 最近では滅多に見せる事がなかった困惑の表情付きだ。

 む、もしや訝しんでいるのだろうか。素晴らしい洞察力と褒めてやりたいところだが……


「失礼、何か用か」

「え? いえ……知り合いにとてもよく似て? おられましたので、つい……?」

「ふむまあそういう事もあるだろうな世の中には三人程度は似た人間がいると聞く事だし」

「は、はあ……」


 危ない。なんとかやり過ごせたようだ。

 まだ釈然としないような顔をしているが、『若返り』の魔術はまだ教えていない。この少年が私自身だというのは考えの外だろう。


「えと、隣になったのもなにかのご縁かもしれませんし、お互い自己紹介をしませんか? わたしはアリエッタ=ペルティアと申します」


 心中で胸をなでおろしているとアリエッタは一つ咳払いをしてから、柔和な笑顔で名を名乗った。

 中々良い社交性だ。人間社会で生きていく上では社交性は重要な能力の一つだという。少なくともここ三年は私と二人きりで暮らしていたというのに、やるではないか。

 どれ、ここは一つアリエッタを見習ってみるとしよう。


「テオドール=フラムだ。よろしく頼む」

「あっ………………いえ、よろしくおねがいしますね」


 どうだこの名乗りは。敵対的な意識は感じさせず、気安い挨拶までも交えてみる高等技術。

 私の挨拶を聞いたアリエッタは何故だか妙に納得したような面持ちで、挨拶を返した。

 おそらく挨拶を付け加え忘れていた事に気がついたのだろう。自力でそこに至るとはやはり素晴らしい。


「ところで、一次試験の内容はどのようなものか聞いているか。生憎失念してしまってな、よければ教えてほしい」

「はいせん……はい。どうやら、魔術や世間一般の常識などに対する知識を測る、筆記試験だそうですよ」

「ふむ……一般常識。それは少し苦手な分野だな」

「あはは、それは……やっぱり……」


 アリエッタは私の独り言を聞いて戸惑いがちに笑みを浮かべ、何故だか消え入るように語尾を弱くしていった。それは、という後の方は聞こえなかったが、なんと言ったのだろう。人里離れていた場所で暮らしていた故に一般常識に疎い……という心配が、彼女自身にもあるのかもしれないな。

 重圧に負ける事なく、実力を発揮できるよう願うばかりである。

 その後、私達は試験開始まではまだ時間があるという事で、雑談や情報を交換し合うなどして、親睦を深めた。

 ……なるほど。学生生活。まだその一端ではあるがこいつはいいものだ。普段弟子として私を慕うアリエッタと、対等な立場で会話する。これは中々新鮮な感覚だった。


「なるほど、魔力凝縮の技術か。ならば今度機会があれば教えるように──」

「お静かに。これより、セントコート中央魔術学園の入学試験を行います。参考書の類は視えぬ場所にしまい、筆記用具を取り出すように」


 しばらく雑談を続けていると、この学園の教師だろう、試験の進行役がやって来る。

 せっかく会話に花が咲いていたというに、無粋な──と思ったが、元々の目的はこちらだ。

 アリエッタと軽く視線を交わして、前を向く。意識を切り替える事としよう。


「よろしい。では試験について説明いたしましょう。試験は一次試験と二次試験の二つ行います。合否は二つの試験の合計点によって決定され、それによって合格後振り分けられるクラスも決定します。手は抜かず、今まで学んだ全てをぶつけるように」


 現れた教師は、激励などを交えて説明をすすめる。

 その後なされた説明をかいつまむと、やはり先程アリエッタが言っていたように一次試験は筆記試験で知識を試し、二次試験は実技を試すものだという。


「魔術の力を測るという性質上、不正対策には特に力を入れているので妙な事は考えないように」


 また、不正対策には力を入れているとの事だ。なるほど、それは困る。

 魔術の知識ならば──進みすぎた理論でバツを食らう事はあっても、合格点程度は取れるだろう。が、社会の一般常識までも混ぜられるとそれも自信がなくなる。


「説明は終わりましたので、試験問題を配ります。まだ伏せておくように。試験時間はいまから五十分です。延期はいかなる場合においても認められません、それでは、始め!」


 教師の合図を皮切りに、一斉に受験者達が用紙を表へと返す。

 私も彼らに習い用紙に書かれた内容を見ると──想像通りのものが書き込まれていた。

 即ち簡単極まりない魔術の質問と、私にはわからない社会の一般常識だ。

 さて、どうするか。ちらりとアリエッタに視線を向ければ、淀みなくペンを動かしている。

 私はどうするか。……まあ、不正をするのだが。

 方法はいくらでもある。例えばあらゆる情報が収蔵されている世界の真理に接続しての自動筆記とか、未来視による解答の確認やら。

 が、今回私が選んだのは、極々普通のカンニングだった。指定の箇所に視界を作成し、操る『魔術師の眼』という魔術──所謂千里眼というやつだ。

 当然この手のシンプルな魔術は対策されている。どうやら試験会場全体に十重二十重の感知結界が貼ってあるようだったが──この程度の結界から魔術を隠匿する事など容易い。


「(あの生徒にするか)」


 私は金髪をペンの動きに伴って揺らす一人の少女に目をつけた。

 軽やかにペンを動かしている、おそらくは迷う事もなく書き進めているのだろう。その解答用紙を覗き見れば、魔術の方はほぼ全問正解だった。一部の理論は私にとっては、古く非効率なものがあったが、それは現在のこの社会では正解なのだろう。

 この分ならば一般常識の方も期待できそうである。遠慮なく、解答を拝借するとしよう。

 こうして私は五十分の試験に対し、その半分以下の時間でペンを置く。

 余った時間でアリエッタの解答を覗き見て答え合わせをしてみたが、なんとこれが表記の揺れ以外は完全に一致。これは結果の方にも期待ができる。流石は我が弟子だと満足気に頷いて、私は一次試験を終えるのだった。


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[良い点] 速攻でバレてて草
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