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第五話:魔術学園


「さて──いよいよ明日だな。アリエッタ、準備は済んでいるか?」

「はい、ばっちりです」


 夜。食事を終えた私達は、そのままテーブルに残って今後の事を話していた。

 アリエッタの用意するレモネードなどを飲みつつ、話題に登るのは、目の前に控えた学園の事だ。

 とは言っても、明日からもう入学──というわけでもない。


「重畳。が、今日は少し踏み入った説明をしておこうか。明日、おまえは学園の入学試験を受ける事になっている。それはいいな?」


 明日に控えているのは、学園の方の入学式だ。

 アリエッタを学校にやるという事で私は古い知り合いを訪ねたのだが、そこの知り合いに入学試験だけは受けてくれと頼まれたのだ。

 今のアリエッタならば魔術関係で通過できぬ試練などないのだが、私自身の付き合いという事もある。ならばどうせなら後ろめたい事はなくしたほうがよいと、正式な手段で入学させるという事になったのが今回の運びだ。

 まあ戸籍やらなんやらの面倒なところはその知り合いに押し付けてきたがともかく。

 そもそも学校に通わせるのも己の力を確認させる事が目的だ。合同で受ける試験というのは良い機会である。

 頷いたアリエッタを確認して、私は続ける。


「で、今まで話し忘れていたのだが──これから通う学校の事にも触れておこう」


 とまあ彼女を学校にやるため、私も私で色々と動いていたのだが、彼女自身があまり興味を示さないという事もあってアリエッタに通う学校の事を話し忘れていた事を思い出した。


「これからお前が通うのはセントコートにある『セントコート中央魔術学園』だ。知っているか?」

「はい。わたしもセントコートに住んでいましたから。名門として有名ですよね」

「私はよく知らんがそうらしい。有名なのか」


 私が学校の名を告げると、アリエッタは表情を変えて幾ばくかの興味を示した。


「ええ。確か……三百年以上も昔に設立された由緒正しい学園と聞いています」


 よく知らない、と告げた私に、アリエッタは己が知る限りの情報を話し始めた。

 ──この世界、ユニオールはかつて大きな戦の中にあった。

 それも人の世だけではなく、別の次元にある世界、魔界と事を構え天界を巻き込んだ非常に大きな戦乱だ。

 百年以上も続いた戦争は『魔王』と呼ばれる存在が封印された事で終結したのだが、しかし魔王はやがて復活すると予言された。それだけではなく人間界には魔界が放った強力な魔物が独自の生態系を築く事で残っており、平和になった世界にも時折大きな被害を出すようになった。

 そこで魔物と戦うため、やがて蘇る魔王の驚異に対抗するための技術を持った魔術師を育成する目的で建てられたのが、最初の学園である。


 ……言われて、思い出した。知り合いが魔界に対抗するための魔術の専門校を作る、と息巻いていた。その最初の学園というのがセントコート中央魔術学園だった気がする。

 それまでも教育機関はいくつかあったのだが、住み込みで通う寮生の巨大な学校というのは当時色々と斬新だったはずだ。


「……思い出した。そういえば、設立当初は私も興味を持っていたな」

「おや、知っておられたのですね。当時の学園というのは、どのようなものだったのですか?」

「結局興味を失ったので詳しくは知らん。が、然程は今のものと変わっていなかったはずだ」


 言いながら、私はふと昔に思いを馳せていた。当時の『斬新』も三百年も経過すれば『由緒正しき』か。

 今では魔法学園の校長を務める知り合いも、人相が変わっていた。時の流れというのは存外に激しいものだ。


「まあ名門だと言うのならば都合が良い。奴も励んだのだな」

「奴というのは?」

「ああ、古い知り合いだ。そのうち紹介する」


 紹介しなくとも校長という立場上そのうち認識する事になるだろうが、アリエッタが望むのなら面を通しておくのも悪くはない。

 話が一段落すると、しばしの沈黙が流れた。

 微妙な心地の悪さを感じるのは──なんとなしに、アリエッタの心境を感じていたからだろう。

 そしてそれは、私の感じているものと同じだ。


「……ほんとは、寂しいです。先生と離れるのは、初めてですから」

「そうだな」


 寂しいのだ。

 アリエッタが言った事は私にとっても同じ。アリエッタがいたからこそ楽しかった三年間だ。この三年間は密度が高かったがあっという間だった。

 しかしこれから三年間、彼女はいない。その三年間はきっと私の生きてきた千と数百年の間で最も長い三年間になるだろうと感じていた。


「でも、頑張ります。わたしには、目標がありますから」

「それは良い事だ。凝り固まるのも良くないが、目標を定めるのは道なき道に標を持つのと同じ事。私は応援している」

「……はい!」


 だがそれでも、これからの三年間が彼女にとって意義のあるものになるだろうと考えていた。

 ……彼女は、私とは違う普通の人間だ。そのうち、彼女は私とは違う歩調でどこかに行ってしまうのだろう。だからこそ、私は彼女に自分の道の歩き方というのを探ってもらいたいのだ。


「では、今日はもう寝てしまえ。会場までは私が送ってやる。ぬかるなよ」

「わかりました。おやすみなさい、先生」


 アリエッタは素直で良い子だ。私にとっては大切な弟子だが、今では優れた弟子である事よりも幸せな人生を歩んでくれる方が重要だ。

 そして学園生活というのはきっと、彼女が自分の道を歩む助けとなるだろう。


「ふ……なんとも丸くなったものだ」


 自嘲的に笑う。が、悪い気はしなかった。

 かつての知り合いが今の私を見たらどう感じるだろうか。

 これからアリエッタをやる学校の校長は──心中であれこれ感じつつ、冷や汗でも垂らしているのだろうなあ。

 昔を懐かしむのも程々に、私は椅子から腰を浮かせる。

 アリエッタと共にいられる時間もあまりない。ならば自堕落に寝坊する事がないよう、今は早く寝てしまおう。


 と、考えたのだが──いや、待てよ。

 ふと妙案が浮かんだ。

 思い立ったが吉日、というのはアリエッタを迎えた時から痛感している事だ。

 早速浮かんだ考えを実行するべく、私は遠見の魔術を発動した。


「……ふむ、いるな」


 目当ての場所を見れば、目当ての人物がいる。

 これは都合がいい。私は『門』の魔術を発動し、見ている場所とリビングを直接繋げる。

 門を潜れば、そこはセントコート中央魔術学園の校長室だ。

 顔をのぞかせてみると──位置が悪かったのだろう、目当ての人物はまだ私に気づいていていない。

 見れば、酒を飲んでいたようだ。仮にも学校、しかも校長室で酒を飲んでいるとは不届きだが、此度は私が尋ねる側。最低限の礼儀として挨拶はせねばなるまい。


「邪魔をする」

「おひょおおおおぉぉぉっ! こ、ここここれはテオ殿!?」


 と。せっかく人が丁寧に挨拶をしてやっているというのに、酒を飲んでいる老人は槍で尻を突かれたように飛び上がった。

 一体人をなんだと思っているのか。

 グラスを置いて腰掛けていたソファから立ち上がった老人は直立の体勢だ。突然訪ねて立たせていたのでは申し訳ない。

 私は老人の向かいへと座る。


「まったく……来るなら来ると言ってくだされ。老いぼれの心臓を止めるつもりかな」

「思いつきだったのでな。まあ座れガーディフ。話がある」

「思いつきの話とな……わしはもう嫌な予感しかせんのじゃが」


 老人の名を呼ぶ事で、ようやく老人は先程まで座っていたソファに腰を下ろした。

 豊富なヒゲに長い髪。とんがり帽子という組み合わせはまさしく魔術師と言った風貌。この男の名前は、ガーディフ=ゴードリックという。年は確か五百歳と少しだったろうか。

 最初に出会ったのは、先程アリエッタが語った戦争の直前──四百年前の『三界戦争』の時だ。その時から何かと目をかけている、私の数少ない知り合いの一人だ。


「嫌な予感しかしないとはご挨拶だな」

「基本、厄介ごとしか持ち込んできませんからのう……お弟子さんの入学にも結構手を回したんじゃよ、わし」

「それについては感謝している。話というのもそれに関する事だ」


 冷や汗を吹きつつも小言で抵抗してくる、というのは私とガーディフとの基本の関係だ。

 三界戦争のいざこざで奴は私には頭が上がらんので、色々と利用させてもらっている。代わりに私も奴の願い事を聞いてやっているので、これこそお互いに得する関係というものだろう。

 見たまま、私の方が優位の関係ではあるのだが。


「取りやめ、という事ではございませんよな」


 そんなわけ無かろう、と私は鼻を鳴らす。

 事なかれ主義というか、厄介事を受け入れたくない気持ちでいっぱいなのがよく伝わってくる。

 頭は上がらない割に口では反抗してくる、表向き最強の魔術師とされているくせに妙に小物っぽい所が人間臭く、気に入っているのだが。

 ガーディフは、この世界で人々に知られる限りは最高の魔術師とされている人物だ。

 四百年前の人間界・魔界・天界の『三界戦争』で戦い抜いた英雄であり、やがて蘇る脅威に備える魔法学園の校長であり、人格者であり──ガーディフの存在は、人々の世では平和の象徴となっている。

 が、それでも奴は私には頭が上がらない。それは何故か。

 単純に私のほうが永く生きており、強大な魔術師であり──ガーディフが英雄と呼ばれるきっかけになったその『三界戦争』を終わらせたのが、私だからだ。

 三界戦争はだいたい百年ほど続いた歴史上最大の戦争だ。人間やら魔族やら天使や神があちこちで戦い続けるのがやかましかったので、いい加減鬱陶しくなった私が魔王を封印した、というのが三界戦争の結末である。それ以降ガーディフは突然現れて強大な力を見せた私を非常に強く警戒していたのだが、短くはない付き合いの中で利用したりされたりして今に至る──というわけだ。


 とはいえ、私の願いごとなんて可愛らしいものだ。

 かつてこの星に迫る天体をどうにかしてやったりした事に比べれば、弟子を学校に入れろとか、過去に私がやった事の後始末をしろだなんて良心的すぎると言ってもいいだろう。


「当たり前だ。むしろその逆、もう一人余分に試験を受けさせてもらいたい」


 なので、少しばかりわがままを聞いてもらう事にする。

 先程の私の思いつき。それはアリエッタの他に一人、入学生を増やすという事だった。


「ほ? お話を聞く限り随分とお弟子さんをかわいがっていたように見えましたが、お弟子さんは二人おったのですかな?」


 頼み事は奴の想定よりも軽いものだったのだろうか。

 食いつくように身を乗り出したガーディフの顔に安堵が交じる。

 過去に私が造った魔術器具を回収しろ、と言った時などはそれはもう愉快な顔をしていたので、そのときに比べればだいぶマシだという声が伝わってくるようだ。


「いいや、弟子はアリエッタだけだ」

「ならば一体? その子の好敵手になる子でも見つけたのですかな」


 問いを否定すると、ガーディフは自らの長い髭をいじり始める。

 話を焦らしたり引き伸ばしたりする趣味はないので、単刀直入に言おう。

 ……が、それでも必要な物がある。私は少しだけ悩んでから、立ち上がった。


「それも違う。その者は──ふむ、そうだな」


 そして、私は自らに魔術を掛ける。

 視界が縮んでいき、身体は軽くなる。僅かな間でそこに現れたのは、いまの私を十年ほど若返らせた様な──というか実際に若返った『少年の姿』だった。


「名前は『テオドール=フラム』とでもしておくか」


 そうしてから、新たに入学生に加える者の名前を告げる。

 このくらいになると、ガーディフも新たに加える入学生というのが誰であるか察したのであろう。

 長い髭の奥のその顔が、今まで見た事もないような色になった。


「ま、ま、まさか……」

「そうだ。私が入学する。試験くらいは大人しく受けてやるので安心しろ」

「いやじゃあああああッ! ほれとんでもない厄介事ではございませんか!」


 年甲斐もなく、大仰にのけぞり頭を抱えるガーディフ。

 年の割に若い反応だとたしなめたくなるが、私に取っては奴も若者。頼み事は聞いてもらう手前、大目に見てやるとする。


「うう……やっぱりテオ殿は凶兆に他ならん……わしの命日は今年中にも訪れるかもしれん……」

「あいも変わらず失礼なやつだな。……いいや、失礼な方ですね、と言ったほうがいいか?」

「やめてくだされ! 気色悪い! あとが怖い!」


 随分と嫌われたものだ。と思いつつも、私は笑っていた。

 そう、私の妙案とは──私もまたアリエッタと同じ学園に通う、という事だった。

 彼女が求める限り私は師として力を貸すつもりだが、甘やかすつもりは毛頭ない。そのためいつでも側に師匠である『テオ=イルヴラム』がいる状況は好ましくないのだ。

 そこで、私は自らに若返りの魔術をかけて学校に潜入する事にした。目の前のガーディフもそうだが、人間は時の流れで大きく姿を変える。今ここにいる少年『テオドール=フラム』が『テオ=イルヴラム』と同一人物だとは夢にも思うまい。

 ついでに考えてみれば誰かに師事した経験のない私にとって、生徒という立場はアリエッタの師匠をする上でいい経験となるだろう。


「考え直してくだされ~……わしの学園を壊さんでくれ~……」

「人聞きが悪い。目的はアリエッタを見守る事だ。彼女に私の正体を知られるのは本意ではないし、精々大人しくしておいてやる」

「うう……信じますぞ……どうせわしにはもうそれくらいしか出来ませんでな」


 すがるように考えを改めるよう言ってくるガーディフだが、今の私ならなにかを大切に思う気持ちもわかる。

 アリエッタの学園生活を邪魔するつもりもないので、そのあたりは利害の一致といったところだろう。


「そういうわけで、枠を用意しておけ。明日試験を受けに来る」

「腹を据えるしかなさそうじゃのう……なんだかんだお世話にはなっておるし、承りましたぞい」


 ともあれこれで万事解決だ。

 彼女の近くで見守る事が出来るとなれば、私も安心である。結局アリエッタが寂しい思いをするのは変わらないというのは抜け駆けの様で気は進まないが、ここは師として心を鬼にしよう。


「では、邪魔したな。私は帰る」

「なんとも勝手な……帰ってくれるというのなら引き止めはせんが、一つ老いぼれの疑問に答えてはくださらんかな」

「ほう?」


 アリエッタと離れずに済む。その事実は思うよりも私の心を弾ませた。

 機嫌がいい私は、声にはせずとガーディフに肯定を返した。


「本当に、そのお姿で来られるつもりですかな?」

「アリエッタに正体を隠せればそれでいいからな。学園に通うくらいの年齢に合わせれば、違和感がなくちょうどよいだろう」


 何だそんな事かと返答して、私は発生させた『門』をくぐる。


「ざ……雑すぎる……まんま本人じゃが、ほんとに大丈夫じゃろうか……」


 背後でガーディフの声が聞こえた気がしたが、よく聞こえなかった。

 時を巻き戻すなりすれば聞き取れるだろうが──まあ、然程重要な事も言っていないだろう。

 そうと決まれば忙しくなるぞ。私は弾む心を抑えて、寝室へと向かった。


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