第四十一話:エピローグ
「それでは、大会委員長のガーディフ様より、アリエッタ選手にトロフィーが授与されます!」
決勝戦から少しして。日に茜色が交じる頃、全ての試合を終えた若鳳杯は終わりを迎えようとしていた。
締めくくりは表彰式。それも、優勝者であるアリエッタにトロフィーが授与されるという大詰めに差し掛かっている。
「よく頑張ったのう。今年の大会は、特にレベルが高かった。その中で優勝した生徒が我が校の生徒であることを、誇りに思うぞい」
「ありがとうございます」
好々爺然とした朗らかな笑みを浮かべるガーディフから、恭しくトロフィーを受け取るアリエッタ。
我が弟子だからという事もあるだろうが、死力を尽くして勝利の証を得る──というのは、言葉にするのは難しいが心が沸き立つように感じた。
どうやら、これは一般的な感覚らしい。アリエッタにトロフィーが渡ると、観客の歓声が土砂降りの雨のように試合場へと降り注ぐ。
この殆どが、アリエッタを称える声なのだ。それはつまり我が弟子の力がこの場にいる全員に認められたということ。今更他人に認められずとも私自身が誰よりアリエッタを認めているが、それでも多数の支持を得られるというのは悪い気はしなかった。
「それでは、これにて本年度の若鳳杯は終了となります! 皆様お疲れさまでした! もう一度、選手の少年少女たちに盛大な拍手を!」
司会の言葉に煽られて、今日一番の拍手が闘技場に鳴り響いた。
……中々、いや。かなりよい催し物だったな。
何よりアリエッタがヴィオラと出会えたのは、想像以上の収穫といえる。
きっと、この大会はアリエッタにとって非常によい財産となっただろう──
と。
締められれば私にとっても一番だったのだが。
まだ一つ、向き合わなければならない事があるのを思い出した。
好意の取捨選択。いや、はじめから選択の余地など無い。私にとって最も大切なのは、アリエッタだ。
だがだからといってヴィオラやフレアをよく思う気持ちは嘘ではない。そんな中、敗者にどの様な言葉をかけろというのか。
……だが、あれほど真剣に向き合う姿を見せられたのだ。私が背を向けるわけには行くまい。
重い影を引きずりながら、私は闘技場の入り口へと向かった。
◆
直に日が沈む黄昏──というのはどこか物静かな寂しさを感じるものだ。
私にとっては黄昏時とはアリエッタとの時間の終わりを指すものだ。が、人間社会の時間に併せて生きているが故の、一時の別れの時間だ。黄昏の寂しさというのは、私達以外の者にとっても同じ様に感じるものではないのだろうか。
しかし、毎日訪れる黄昏の時間にも、少し違う日というのはあるらしい。
闘技場の入り口に立つ私の前を、興奮に顔を赤らめた人々が通り過ぎていく。
若者たちが全力で己の力を試す『若鳳杯』。何処か余興の様なものを見に来た観客たちはアリエッタとヴィオラを見て何を思ったか──横切る表情は、その答えを物語っていた。
今思い返しても、あの決勝戦は私の生涯でも一二を争うほどに手に汗握った場面だったのでは無いだろうか。
弟子を通して自分が見られないものを見る。アリエッタを弟子に取る前の考えだったが、まさかこれほどまでに入れ込むとは思わなかった。
だが。夢とは覚めるもの。アリエッタを通して見る世界は一旦終わり、ここからは私が誠意を見せる番だ。
「……来たか」
超満員の観客もあらかたはけてきたか、闘技場から帰る観客たちの姿もまばらになった頃、待ち人達はやってきた。
一人は当然アリエッタ──そこに、フレアとヴィオラの姿もある。
「まさか揃って来るとはな」
「目的地は一緒でしたから。それに全員揃っていないと出来ないお話でしたしね?」
柔和な笑顔を浮かべるフレアが代表となって答える。
私は構わないのだが、なんというか……思ったよりもあっさりしているような。
控室ではどの様なやり取りがあったのだろうか。想像もできない。
考えても無駄だし、あまり深く考えるのもなにか恐ろしい。話を進めてしまうとしよう。
「まずは──アリエッタ、よく優勝したな。臨時とはいえ先生と呼ばれる者として、鼻が高い。とても良いものが見れた、感謝する」
「もったいないお言葉です。けれど、そう言ってくれると頑張った甲斐があったなって、嬉しいです」
何よりも、優先すべきはアリエッタへの労いだ。
私の願いを聞いて出てくれた大会で、見事優勝した。彼女への礼と労いは何よりも優先すべきだろう。
「それに、ヴィオラも。正直に言って、初めに出会った時にはアリエッタと互角以上の戦いをするとは思っていなかったが、見事だった」
「……そうかい」
そして、ヴィオラ。
彼女が居なければ、あの興奮はなかっただろう。祀神器の攻撃を一度でも決めれば、恐らくはヴィオラが勝っていた。それほどまでに紙一重の勝負だった。
「最後に、フレア。……最初は不本意だったが、お前たち師弟との出会いは非常にいい刺激になった。感謝している」
「まあ、テオさまからお礼を聞けるなんて」
フレアも忘れてはいけない。彼女がいなければ、彼女が師でなければ、ヴィオラという存在はなかっただろう。
師としても、よい参考になった。
……最初は鬱陶しかったが、今となっては彼女と再会できてよかったと思う。
正直に言えば、これで関係を断つ、という事に抵抗を感じていた。
だが、約束は約束だ。今更四の五の言うのは、アリエッタだけではなくヴィオラへの裏切りにもなるだろう。
「それで、本題に入ろう。例の賭けの話だ」
言いづらいが切り出すべきは私だろう。
私の言葉に、ヴィオラは目を伏せる。
「ここから三年間の間、『テオ』さまに会わないこと……でしたよね? アリエッタさん」
賭けの内容を聞き返したのはフレアだ。
表情は読めない。普段どおり、の様子にも見えるが。
しかし何故アリエッタに聞いたのだ?
「そうです、けど。……随分、いえ。なんでもないです」
アリエッタも、私と同じ疑問を感じたようだ。
そう、フレアが今まで私に向けていた執着からすると、今のフレアは潔すぎるのだ。
「うふふ、ではもう一度。三年間の間『テオ』さまと会わない。ただし、テオさまから会われる場合や、偶然会う場合を例外とする。そうですね?」
「まあ……はい。私が先生の行動を縛るなんて、分不相応ですから」
私が会いに来る事を期待しているのか? ……アリエッタをないがしろにして?
そう考えているのならば随分と見立てが甘いと思うが──
「はいっ、言質は取りましたよ♪ では──ガーディフ先生?」
ここに来て、フレアは予想外の人物の名を読んだ。
フレアの呼びかけに応じて、ガーディフが物陰から所在なさげに現れる。
「ほい。……あのう、そのう。先に謝っておきますぞ、アリエッタ嬢にテオ……ドール」
額には汗。物陰に体を隠すような体勢はとても『三英雄』と呼ばれ、かつて世界を守った男とは思えない。
……が、そんな小物感全開の姿も、強烈な違和感の前に霞んで消えた。
今、こいつは私の事をなんと呼んだ?
なにか、やはり思い違いをしている気がする。フレアの余裕の正体──
「ええと、ああもうなんでわしに言わせるのよ……あー、お二人には一足先に伝えておこう。フレア=バルビエ殿と、その弟子のヴィオラ嬢は、明日付で我がセントコート魔術学園に移籍される事になっておる」
それは、先ずはガーディフの口から告げられた。
「は、はああっ!? ど、どういう事ですか!? 約束の方はどうしたんです!」
アリエッタが声を荒げたのも当然のことだろう。
初めて見る弟子の様子に私までも狼狽しそうになるが、ぐっと堪えて情報を整理する。
ヴィオラを見ると、完全にあっけにとられているのがわかる。口はぽかんと開き、瞳は丸くなっているのを見れば、この事を知らなかったのは一目瞭然だ。
ガーディフは──恐らくこれを告げるためだけに連れてこられたのだろう。ついでにセントコートの校長からの正式な発表とすることで、決定の撤回を妨げるのが目的だろうか。無理やり撤回させるのも私ならば可能だろうが、一応は偽名を使って学園に身を寄せている身としては──?
……いや、そうか。そういう事か。
「あら? 何を仰っているんですか。約束はきちんと守りますとも。ちゃんと貴方の先生──『テオ=イルヴラム』さまには三年の間、此方から会いに行くことはいたしませんよ♪」
ガーディフが敢えて私を『テオドール』と呼んだのは仕込みだ。
『テオ=イルヴラム』には会わないが──『テオドール=フラム』は約束の対象外、という事を言いたいのだろう。
「そっ……そんなのはズルいです! だって……!」
「だって、何でしょう? 紛らわしかったのはごめんなさい、でも私にとっての『テオさま』はテオ=イルヴラムさまの事なんです♪」
流石にそれは姑息だと思うのは私も同じなのだが──
ピンポイントに私の弱みを突いてきたな。
私がテオドールでいる限り、反論ができん。……くそ、やはり此奴は苦手だ。
「う……うううーっ! なんかそういう、プライドとか無いんですか、貴女はぁっ!」
「ありませーん♪ そんなものは十七歳の時に置いてきちゃいました♪」
とにかく、強か。
私はフレアをその様に評していたのだが、それは今でも変わらないらしい。
「ヴィオラさんも! なにか無いんですか!? さっきあんなにやり切ってた感出してたじゃないですか!」
「えぇあ、あたしかよ! ……いや、あるっちゃあるんだけどさあ……これ黙ってた方があたし的には得っていうか……」
「あ……貴女達師弟は……!」
そしてその強かさは、しっかりと弟子にも受け継がれつつあるようだ。
人間社会で暮らしてみて分かったが、私もこういう、腹芸を学ぶべきなのかもしれない。
憤慨するアリエッタという非常に稀有な姿を見られるのは悪くはないが、このままでは師弟共々フレアに振り回されかねん。
「もう……! 本当になんなんですか! 私、やっぱりこのヒト苦手です……っ!」
「あら、私は結構好きですよ? やっぱりお弟子さんなんだなーって♪」
「え? それはどういう……」
「扱いやすい所とかそっくりですよ~」
「このヒトは……!」
……いや、もう手遅れなのかもしれない。
若鳳杯に発端する今回の勝負は、ヴィオラでも、アリエッタでもない、フレアの勝利で幕を閉じるのかもしれない。
これから先を思うと、気が重い。
考えるまでもなく、非常に目まぐるしい日常が待っていそうだ。
「ほほほ……好かれておりますなあ、テオ……ドール殿」
「……貸しが一つ追加だな」
「ひょッ!?」
ならばせめて。
私もフレアを見習って口の強さでも磨くとしてみようか。
そもそもガーディフがフレアの言いなりになっているのがよろしくない。
ここは一つ、誰を敵に回すのが一番厄介か教え込んでやらなければ。
必死に弁明するガーディフの声は何処か遠く、私はこれからの日常に思いを馳せる。
ヴィオラが居て、フレアが居て──何よりもアリエッタがいる日常。
それはきっととても面倒で、難しくて、目まぐるしく──だからこそ、面白いのだろう。
そうと分かれば真面目な学生は規則正しい生活を心がけるとしよう。
「はあ……それ以上は無駄だろう、帰るぞアリエッタ。今日は疲れただろうし、ゆっくりと身を休めろ」
「で、でも……! くうう……! フレアさん! あなたとはいつか決着を付けますからね!」
「それは楽しそうですね♪ ぜひその日をお待ちしてますよ~」
勝者のはずのアリエッタの言葉も、今や負け犬の遠吠えか。
……いや本当に、私の二の轍を踏まぬようせめてこの子だけは強く育ってほしいものだ。
「ちょ、ちょい! テオドール殿! わしの弁明も聞いてくだされ! おーい!」
ガーディフの声をバックに賑やかに沈む夕日は、やはり何処か楽しげに映るのだった──




