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第三十九話:四災

 さて。控室にアリエッタを激励に行った後。私は再びガーディフの特別観戦席へと戻っていた。

 観客で超満員の通常観戦席とは比べるべくもなく、ここは快適だ。

 適度に保たれた室温、座り心地の良い椅子に、頼めば菓子も出てくるサービス。

 当然、人混みの煩わしさもなく、適当な話し相手まで付いていると来ている。

 弟子の晴れ舞台を見るのにこれほどいい場所もないと、自分で気分が良くなっているのを感じていた。


「ほっほっほ、楽しそうですなテオ殿。この歳になって貴方のそんな表情を見るとは思いませんでしたぞ」

「私自身意外に思っているよ。手塩にかけた弟子が、歓声を浴びるのが──自分で受ければ時に辟易さえする称賛の声が、これほど心地いいとはな」

「若者の成長というのはいつの世も素晴らしいものですわい。それに自分が関われるとなれば、面白くも感じるものでしょう?」


 朗らかに笑うガーディフの手には麦酒など握られており、主催者と言うよりは観客側の楽しみ方だ。

 この飲んだくれは全く仕方がない……と思いつつも、気持ちは理解できた。

 なるほど、これは確かにいい酒の肴になりそうだ。

 私もこの姿でなければ用意させていたかもしれない。別に飲めないわけではないが、こういうところから引き締めて行かないと何処で正体がばれるとも限らない。

 先程ガーディフから勧められた酒をそんな理由で断った時、さみしげな顔をしていたのは印象的だ。

 ……とまあ、ガーディフと無駄話をするというのも悪くないのだが。やはりそろそろメインイベントを見たいところだ。


「この後の日程はどうなっている? 後は決勝戦だけのはずだが」

「そのはずですがな。今はヴィオラ、アリエッタ両名の体力を回復する時間だったはずですじゃ。ちと長いように感じられますがの。……少々お待ちを、係の者に問い合わせてみますでな」


 聞くと、ガーディフでさえ疑問を口にして、私は僅かに眉を顰めた。

 ……そういうものなのか? しかしアリエッタの試合内容を鑑みれば回復する体力も何もあるまいに。

 とはいえ裁量で決めたことをせずに、それで何かあっても文句が残るだろう。決めていたことをそのまま行うというのも大切なのかもしれないな。

 ……しかし、暇だ。

 またアリエッタに会いに行ったら落ち着きがない男だと呆れるだろうか? 優しいアリエッタに限ってそれは無いと思うが、威厳を失うような行動は極力避けたいところだな。

 少しだけ、眼を閉じる。

 暇を感じるのならば、寝てしまうのが最も早く主観的な時間を進める行動だ。

 最近はもったいないということですることもなかったが、昔は一ヶ月以上も寝ていたことがあるので、寝るという行為自体は得意だ。

 時間が来ればガーディフが起こすだろうし、久々に意識を落とすくらいに寝てしまうのも悪くはない──と。静かに、意識を暗い場所へと沈めていく。

 ……のだが。静かなはずの観客席が、どうにも騒々しい。

 眼を開けて見ると、念話をしながらうろうろと歩きつつ、時折私に視線を送ってきているガーディフが目に入る。


「なんだというんだ、騒々しい」

「あー……いやー……そのー……」


 歯切れの悪い声。ガーディフのこの様子は、あるいはこの三百年の間では一番見慣れたものかもしれない。


「そのー……テオ殿にお願い、的なものがあるんじゃけど……」


 なにか、私に取引という名の願い事がある時。

 挙動不審なガーディフというのは、だいたいこれだ。


「はあ……話すだけ話してみろ」

「ありがたい!」


 なんだかんだで私も甘い。

 ため息を吐きながら、呆れを隠さずに言えばぱっと表情を明るくするガーディフ。

 今回も結局頼みを聞いてやることになるのだろう。

 ……もしかすると、三英雄で一番弱いのは私なのではなかろうか。


「とはいっても、今回はテオ殿にも利があると言いますか、受けねば損をするといいますか……」

「周りくどいぞ。私の機嫌がいいうちに言ったらどうだ」


 ただでさえ決勝戦が始まらずに焦れていた所に、ガーディフの回りくどさは少々過剰だ。

 続きを促すと、ガーディフはひょ、と小さく声を出してから咳払いを一つ。


「では早速本題に入りますが……このセントコートから離れた場所に、千体を超える大量の魔導兵が確認されたようですじゃ」

「ほう」


 魔導兵。そしてその数を聞いて、私は小さく息を吐いた。

 魔導兵とは文字通り、魔に導かれた兵。簡単な命令に従って行動する、生物にあらざる兵が通常こう呼ばれる。

 ポピュラーなのは鎧などをそのまま魔導兵に改造したものだろう。人よりも丈夫で、本来纏わせるものを使うのだから『中身』があるよりも当然コストが軽い。死を恐れないため行動にも思い切りがいい……というとおかしいが、躊躇いがない。

 そんなものが千体。三界戦争以来、最大の規模であることは間違い無いだろう。


「魔導兵は現在、『怒りの荒野』に展開されとるそうで、指揮官としてか、魔人と見られる存在が一人確認されておるようです」


 と、ついで……というよりも魔人というのならば戦力比的に此方が本命か? ──が、一人。

 魔人といえば、そう言えば闘技場になにやら細工をしている者を一人葬ったような気がする。

 このタイミングならば計画に連なる存在か、あるいは仇討ちかといった所が自然だろうか。


「魔人か。こそこそと動いているのがいたので、この間一人片付けたな」

「ええ!? このタイミングでそれ仰る!? ……ま、まあそれは後で聞きますわい。問題は、魔導兵を率いて魔人がセントコートへ近づいてきておるという事。各地の要人が集まるセントコートへ今日やってきたのは偶然ではありますまい。狙いは『若鳳杯』でしょうな」


 であるならば。当然、その推測は当たっているだろう。

 若鳳杯、というよりも多くの人間が集まる日が当初の狙いだったろうが。

 意図せず、眉が動くのを感じた。

 ……今、私は怒りを自覚している。


「現在、この情報は人々には伏せております。魔人が大量の兵を引き連れて接近中、などと知られれば大混乱でしょうからな。決勝戦が遅れている理由も、これが原因です」


 ガーディフは、それだけの事態にも関わらず情報は握りつぶしているという。本来ならば、避難を促し、対抗する戦力の編成に尽力すべきだろう。

 だが、それをしない。知らせれば、人々が混乱に包まれることは火を見るよりも明らかだからだ。

 何故それをしないかと言えば、それは一重に、若鳳杯のためだろう。で、あるならば私は動かないわけには行かないというわけだ。


「そこでじゃ……どうにか、テオ殿の方で解決してはくれないかなー、なんて……」


 ああ、腹が立つ。

 良いように使われるというのは、非常に腹が立つ。しかしこの場合怒るべきはガーディフではない。これは、逃れようの無い選択肢を突きつけるに至った魔人共への怒りだ。


「良いだろう……ちょうど、少し運動したくなってきたところだ」


 首を揺らすように、幽鬼のように立ち上がりながら、私はガーディフを睨みつけた。

 喉が波打つ。威圧したつもりはなかったが、緊張を感じているようだ。


「ちょっとした野暮用だ、さっさと片付けて帰ってくるつもりだ、が」


 敢えて一度言葉を切り、間を置く。


「私が帰ってくる時に決勝戦が始まっていたら──わかるな?」


 今度は明確な、威圧の意思を込めて魔力を燻らせる。

 単調な動きしかできない玩具のようにガーディフが頷いた。

 これだけ釘を指しておけば、妙なことにはならんだろう。

 意識を集中してみると、なるほど確かに街の外に魔力を感じる。

 どうやら魔力の隠匿を用いているな。平和ボケと昼寝を決め込もうとしていたのでは気づかぬはずだ。

 その小賢しさもまた腹が立つ。

 門を起動し、手を触れる。行き先は、セントコートの外に広がる荒野だ。


 ◆


 セントコート近辺の荒野──価値を見出しづらいこの土地に、人が訪れることは滅多に無い。

 私の眼下には、栄えた街の近くにあって打ち捨てられた様に寂れた土地が広がっていた。

 『怒りの荒野』。そう呼ばれるこの場所に別に懐かしさは感じないが、私はかつてこの地に来たことはある。その時にはこの様な光景ではなかったが、それは兎も角だ。

 それほど寂れた地にあって、私の視界はかなり賑やかになっていた。

 巨大な金属製の魔導兵が千体。報告にあった数を信じるのならば、だが。

 しかし三マートル以上の巨人が千体というのは中々壮観だ。

 まあ──決勝戦前のちょっとした余興とするならば、多少は溜飲も下がるかもしれないな。

 金属の津波を前に、私は悠然と歩を進めていく。先頭には赤い肌の魔人。此奴が全ての元凶か?


「来やがったな……その魔力、エイナを殺ったヤツだろ。ゲートの魔術が現れた時点ですぐ分かったぜ」


 先頭の男が、私を見て舌を打つ。

 舌を打ちたいのは此方だ。週に一度の休日を、弟子の活躍を見て過ごす。最高の一日を送っていたというのに水を差すとは。


「私はお前を知らんが、この蛮行の代金は支払ってもらうぞ」

「ケッ……こっちだって三百年来の仲間を一人殺されてんだ。こっちこそ、謝罪の一つも欲しいもんだがね」


 明らかに見てわかる虚勢を張りつつも、男は真っ向から私を挑発する。

 魔人の仲間を殺されている、というとやはり闘技場に居た魔人の一味だろうな。

 何処か近くでそれを見て……いや、感じていたというところか。


「ほう? その上でこの様な愚行に及んだか。数がいればなんとかなるとでも思ったか?」

「……思わねえさ」


 私の力を感じ、驚異を感じていながらこの程度の戦力で攻めるという行動の不可解さ。

 そこから興味を感じ、話を聞けばこの男も勝てるとは思わずに計画を実行したらしい。

 ならばこれは弔い合戦と言ったところか?


「これは──義理と意地の戦いだ。てめえみたいなのにはわからねェだろうけどな」

「さっぱりだ」


 大げさに肩をすくめて見せると、男は舌を打つ。

 しかし肩を落とし、突如として笑う。気でも触れたか──と思ったが違うようだ。


「俺はここで終わるんだろうさ。だがよォ、せめて一矢報いるくらいはしてやるぜ! 俺の死は無駄にはならねえんだ、だったら何をやっても損じゃねェだろォ!」


 吹っ切った、とでも言うべきか。最期の命は挑戦に使うようだ。

 まったく、もう少し賢く居てくれれば私も今日を最高の一日のまま終えられただろうものを。


「行けッ! 魔導兵ども! てめぇらでも幾らかは削れるだろ!」


 話は終わりだ、と言わんばかりに、男は指揮者のように腕を振るい魔導兵をけしかける。

 千体はいるらしい魔導兵が一斉に行動を始めるのは、大地が揺れ動いているようにさえ感じる。

 が、所詮は有象無象。


「悪いが此方も少々腹を立てている」


 思う存分モノを破壊するというのは、幾らかでも私の溜飲を下げるだろう。

 鬱憤の発散に付き合ってもらうこととする。

 馬よりは早いだろうか──という速度で駆ける魔導兵。

 単純な質量と速度だけでも、そこそこの驚異にはなるだろう。魔術を使わない原始的な戦ならば、この魔導兵が三体もいれば国を取れただろうか?

 だが今相手にしているのは魔術の極地だ。

 力と速さ。原始的な要素だけでは打ち取れない。

 十体程の魔導兵が先発して私へ群がり、一斉に剣を振りかぶる。

 私は自らの手に僅かな魔力を纏わせて、無造作に爪を振るう。そうすることで空間に断裂が生まれ、突出した魔導兵を含めた五十体ほどの魔導兵を上半身と下半身に分ける。

 ついで、冷気の魔力を掌に集め、極低温の吹雪を生み出した。放射状に放たれた絶対の冷気は百体を超える魔導兵を極めて脆くし、自重にて崩壊させる。

 ちょっとした意地悪として、先日の魔人がやっていた魔術を真似てみることとした。世界樹の如き雷が幾百もの枝に別れ、半数程の魔導兵を融解させ、更に残りの半数程を打ち砕いてしまった。ああ、これは行けない。ストレスの解消に使うつもりがついつい潰しすぎてしまった──と。

 ……やめだ。裁縫よりも繊細な加減で行う破壊活動が鬱憤を晴らすのに使えるはずもない。

 もとより加減しているのにストレス解消も無いだろう。さっさと片付けて決勝戦を観たほうがよほど癒やされる。

 そろそろ終わりにしようか。

 ため息を吐いて、掃除用の魔術を作ろうとした、その瞬間だった。

 男が引いていった方で、爆発的に魔力が膨らむのを感じる。

 それこそ大陸ごと焼き尽くそうかという火の魔力だ。


「ほお」


 感心からそう呟いた。魔導兵は最初から時間稼ぎ、大技で私に傷をつけるのを目的としていたようだ。


「どうだァ! 星の落下にも匹敵する超熱量の魔術! テメェだって無事にゃあ済まねえだろ! 避けても良いぜ! すりゃあ俺とこの国の人間ごと魔王復活の礎だ!」


 ……訂正、どうやら道連れを視野にいれて私を倒す事が目的だったようだ。

 防御を捨て、全てを攻撃に回すことでこの威力を実現しているわけか。文字通り、命を賭した自爆技と言ったところだな。

 言う通り、この大陸を沈めかねない、隕石の衝突にも匹敵する魔術だが、私を倒すには少々心もとない威力だ。

 しかし魔王復活とは。魔王というと、三界戦争の時に私が封じたアレだろうか。

 この期に及んでくだらないことを考える奴が居たものだ。


「くたばりやがれ人間ッ! 『ケイオスフレア』ァァァァァっ!」


 小山程の巨大な火球──最早小型の恒星が、地上に向けて放たれる。

 私を殺すには不十分だが、地上に当たれば確かにこの大陸はむちゃくちゃだな。

 迫る恒星を見据え、私は小さく息を吸う。

 そして、地を蹴り飛び上がった。


「はッ! 空中で受けて国を守るつもりか! 傍若無人な態度にしちゃ殊勝な心がけじゃねぇか!」


 息も絶え絶え。汗にまみれながらも男は威勢良く叫ぶ。

 うーむ……ここまで認識に食い違いがあると、怒りも忘れて少々気の毒になってきたな。

 男に向けていた視線を火球へと戻す。私から近づくことで、火球が迫ることでぐんぐんと距離が近づいてくる。

 やがて、少々の暖かさを感じるくらいになった距離で、私は巨大な火球を──


「よっ……と」

「……は?」


 蹴り飛ばした。

 迫っていた時よりもずっと早く、空へ空へと昇っていく火球が見る見るうちに小さくなっていく。

 そして、豆粒のようになった頃、空気を含めて手を叩く様な間抜けな音と共に、消え去った。


「は……? はあぁぁぁぁぁぁっ!? ばっかやろ、けり、蹴り飛ばしただとォ!?」


 魔族の男が大げさに叫ぶ。

 敗けを覚悟してきたのならこのくらいは予想の範疇と考えていると思ったのだが、やはり見立てが甘い。


「やはり鞠遊びという年でもないな。もう少し愉快なものは──なさそうか」


 ここ最近見た魔人の中では、まあやる方だと思ったが。時間を稼いで実践では通らないような大技を使わせてやってもこの程度ではな。


「ばかやろ……馬鹿野郎テメェっ! 巨星の落下にも等しい威力だぞッ! 一体テメェは何なんだよぉォ!?」


 こんなのは理不尽だと言わんばかりに正体を問うてくる。

 これでも少々名が売れているという自覚があったのだが。公的に活動したのは三百年が最後だし、姿も変えているしで無理はないのかもしれない。


「巨星のごとくと言うが、生憎隕石(ほし)なら既に払った事があってな。……あー、説明してやる義理もないが……『テオ=イルヴラム』という名に聞き覚えは?」

「テオ……!? てめぇが『天魔』だってのか……!」

「ああ、名前を出せばわかるのか。そう、それだ」


 少し気になって聞いてみれば、やはり『テオ=イルヴラム』と言えばわかるようだ。

 面倒だし次からは名乗ってみるのも良いかもしれない。……いや、やはりやめておくか。うっかりアリエッタにでも聞かれてしまったらどう説明すればよいやら。

 これでこの男への用も終わりだ。

 と、思ったのだが、最後に一つ。


「ああ……最後に聞いておこう、魔王復活とはなんのことだ?」


 『魔王復活』。少々興味を引いた言葉の真意を問う。


「へ、へへ……てめぇでも気になるかい……そうか、そうだよなあ……」


 どうやら話すつもりはあるようだ。命乞いのための情報提供……ではないな。

 まあ話すのならばどうでもよい。


「そうさ、俺たちの目的は──かつててめぇに封印された魔王の復活よ。……本来ならヒトが集まる今日を利用して、封印解除に使う魂を一気に集めるつもりだったんだがな」

「封印の解除に魂を? ……その様な術式ではなかったと思うが」


 先程漏らした言葉に偽りは無いようだ。

 最近よく魔族の姿を見ると思ったが、そういう目的があって動いていたのか。

 だが封印解除のために魂を集めるとはどういうことだろうか? 確か時間で解ける術式にしていたはずなのだが。


「それを破るための魔術のコストさ。へへ……なあ、なんで俺がわざわざこんな事を言うと思う?」


 無理やり封印を解くための魔術を編み出し、そのコストに魂が要るという事らしい。

 難儀なことを考えるものだ。

 待てば勝手に解放されると言うのに、どうしてもこの時代に魔王を解き放ちたいらしい。

 勝ち誇ったように言うザインは、満足げな顔をしている。これを話したの意図のほうは──


「置き土産に嫌がらせでも……といったところか?」

「御名答。お前は最近俺達を殺してるようだけどよ、殺された俺等の魂もまた、術式のコストとして利用されんのさ。そして、俺やエイナが死んだことで魔王の復活はもう目前となるだろう……ハハ! お前が今更いくら頑張っても無駄だ! 魔王はもう復活されるって言っているのよ! 時を経るごとに無限にその魔力を増していくという魔王の、三百年ぶりの復活! それが俺達の目的ッ!」


 思った通り、置き土産の感覚らしい。

 やはりここでもすれ違っているな。魔王が復活しようと私は別に構わないのだが──それを言ったところで、この男の認識を改めない限りは負け惜しみかなにかと捉えるだろう。わざわざそれを教えるのも面倒だ。

 ついでに言えば魔人を殺しているというのも、成り行き上そうなっているだけなのだが。

 ……これ以上の問答は無用だろう。近く、魔王が復活する。頭の片隅にでもとどめておくこととするか。


「なるほどよく分かった。ご苦労だったな」

「へっ……これで話は終わりだ。さっさとやんなよ」


 こそこそと工作をしていた割には潔い。いや、絶望しているだけなのかもしれないが。

 ともあれ少々の食い違いが見られたものの、これで聞きたいことは聞けた。


「ではこれで終幕だ。残りの魔導兵も片付けるならば──ふむ」


 片付けの時間だ。

 そう言えばまだ魔導兵が残っていた事を思い出した私は『後片付け』に広範囲の魔術を選択した。

 降魔の森の一件を考えると、後片付けはシンプルな方が良い。

 なるべく地形を変えないのならば──ちょっとした嫌味のようにもなってしまうが、選ぶべきは『熱』だ。


「『フィアス・サン』」

「フィアス・サンだと……? 『烈日の禁術』か!? てめえ、俺一人殺すのにこの星ごと焼け野原にするつもりかよ!?」


 その名を呼び、指に魔力を集めると、ザインは驚いた様な顔をし──力ない、苦い笑みを浮かべた。

 『烈日の禁術』。フィアス・サンは確かにそう呼ばれたこともある。

 フィアス・サンは太陽を真似た球体を生み出すことで、凄まじい熱を放出する魔術だ。細かい理屈は省くが、そうすることで少ない魔力で強烈な熱を生み出すことが出来る、便利な術である。

 ならば何故、その便利な術が禁術と呼ばれているか。

 それは、この魔術を利用とした者達が制御に失敗してきたからだ。結果、中途半端な効果を広大な効果に及ぼしてしまい、木々と動物と人々を、そして大地を焼き殺してしまった──


「戯けが。私がこの程度の魔術を制御できないと思ったか?」


 だがそれは使用者達が未熟だっただけのこと。この程度の魔術を制御するなど造作もない。


「あ……? ……!? ガッ!?」


 広域を包む私の魔力が変質し、『熱』そのものとなる──

 見た目は地味だが、加速度的に上昇する熱はまさしく煌々と燃える恒星の如し。

 風景は歪み、魔人の男が発火する。


「く、クハハハハ! か、勝てるわけがねえなあこんなもの! だが精々絶望しろテオ=イルヴラム! 魔王が復活すれば、最早テメェでもどうにもならんだろう! 平和の時代は、もう終わりだ……!」


 最後に捨て台詞を残し、男は膝から崩れ落ち、灰となって砕けていった。

 次いで、指揮者を失い抜け殻となった残った魔導兵は一斉に溶解し、砂の大地は硝子と化し──随分前に発火した魔人の男は、最早影さえ変質した硝子に攫われ、残っていなかった。

 全ての痕跡が溶けたか無くなったのを確認すると、私は烈日の魔術を解除する。

 ……うむ、スマートだ。地形のシルエットは変えず、敵は殲滅。首魁に至っては痕跡さえ残さず。

 少々地形の材質は変わってしまったが、この荒野もかつて私の魔術の影響でこうなったのだし、今更少し変わったくらい問題は無いだろう。

 かつてはこの荒野も草原だったのだが、岩で出来た巨人がこの地へと召喚された。ガーディフに請われて、私がその討伐にあたったのだが──その時に、少々やりすぎてしまったのだ。その時使ったのは氷の魔術だったか。

 『怒りの荒野』という名前は草原が突如として不毛の荒野に変貌した──というこの事件が原因だとか。……あの時は大層ガーディフに文句を言われたな。聞く耳は持たなかったが。

 まあ、それはいい。


「これでようやく決勝戦が始められるのか。……楽しみだ」


 邪魔者は消えた。後は涼しい部屋で我が弟子の活躍を見守るとしよう。

 胸を高鳴らせた私は門の魔術を発動し、硝子の荒野を後にした──



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