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第三十七話:それぞれの戦い

 若鳳杯開催の日がやってきた。

 若い魔術師達が己の力を測る為、死力を尽くす──言ってしまえば未熟である魔術師達の戦い。

 しかし、今セントコートの街は狂おしい程の熱気に包まれていた。

 大陸の各地から人々が集まり、若き鳳凰達の戦いを見んとする。これが良くもこれほど盛り上がるものだ──と思うが。

 浮かれているのは、私も同じだった。

 手塩にかけた自慢の弟子が、その力を披露するのだ。これが楽しみでなくて何を楽しみに生きると言うのか。

 そういうわけで、現在私は街にある闘技場までやってきていた。

 ここへ来るのは二度目だ。何やら企んでいる魔族の妨害をする時が一度目だが、あの時は直接試合場まで行ったので風情も何もなかったのだが。


「チケットを拝見……はい、よろしいですよ。どうぞお楽しみください」


 受付にチケットを見せ、入口から入る。何処へでも好きな場所に行ける私だからこそ、こういう形式張った手続きが面白く感じる。

 そうして建物内を歩くことしばらく。私は選手たちである若者たちの控室へとやってきていた。


「邪魔する」

「あっ、先生! おはようございます」

「ああ、おはようアリエッタ」


 中は闘志に包まれていたが、我が弟子はというと落ち着いたものだった。

 多くの学生が精神の集中や最後の準備に勤しんでいるが、アリエッタは私の姿を見るや、顔を綻ばせて寄ってくる。


「あの、選手の方ですか? 申し訳ございませんが、参加者以外の方は控室には──」

「ガーディフに話は付けているはずだ。確認してもらっても?」


 が、それを遮るものが一人。

 進行を手伝う組員だろう。セントコートだけではない、セレスタスを始めとした各校の学生を預かっているので、警備に気をつけるのは当然だろう。

 とはいえそれを見越してか、ガーディフから許可はもらっている。

 組員は私の言葉を聞いてから、軽く私を観察すると──


「し、失礼いたしました。話は聞いております! どうぞごゆっくり……!」


 何を聞かされているのかはわからないが、引きつった顔で敬礼までしてそう言った。

 ……いや、本当に何を聞かされているやら。まさか『テオ=イルヴラムだ』とガーディフが言うとも思わんが……ううむ、まあいい。


「その分だと落ち着いているようだな。いい調子だ」

「はいっ! 元気も、やる気も十分です!」


 組員から意識を外して、健気に待っていたアリエッタへ言葉をかけると、闘志十分という言葉が帰ってくる。

 緊張もなくみなぎった魔力はそれだけでも参加者たちへの牽制となっていることだろう。


「それはいい。期待しているぞ」

「ええ、見ていてください。絶対に──勝ちますから」


 ……いや、少し張り切りすぎている気さえするが。

 過度に力みがあるわけではないし、良い方向に転ぶとは思うのだが。

 とはいえこのやる気は、私に良いところを見せようというだけではないらしい。

 アリエッタの視線は、私と会話しつつも──フレア師弟の方へと向いているのだから。

 隠そうともしないアリエッタの戦意が、談笑に興じていたフレア達を振り返らせる。

 視線に気がついたフレアが、ヴィオラを伴って私達の元へとやってくる。


「おはようございますテオさま。本日は良いお日柄ですね。──本当に」

「……ああ、そうだな。天気も良く、興行には良い日だ」


 アリエッタの視線を受けてきたにも関わらず、挨拶は私へ。

 やはり何かぴりぴりとした緊張感を覚えるが──


「あら、違いますよ。私の長年の夢が果たされるに、ぴったりの日っていう意味ですよ♪」


 どうやらそれは勘違いでは無いらしい。

 昨日の『約束』とやら、どうやら本気の様だ。

 ……フレアだけが言っていることならば、いつものようにかわしても良いのだが──

 アリエッタの顔を見れば、彼女も大真面目の様子。当人同士が大真面目でいるのを私の一存で有耶無耶にするのもまた、なんだか違う気がすると言うか。


「テオ」

「ヴィオラか。お前も災難だな。こんな事に巻き込まれて──」


 また蚊帳の外へと追いやられ、一人難しい顔をしていると、ヴィオラが私の名を呼ぶ。

 ……何やら、此方も神妙な顔つきだ。完全に巻き込まれた形になるわけだし、無理もないかと力なく笑う。


「いや、あたしだって関係あるよ。……今日は絶対に負けない。それを伝えに来た」

「……む」


 だが、ヴィオラは真剣な面持ちのまま、宣戦布告するように私へと告げる。

 この子はフレアの野望に巻き込まれただけだと思っていたのだが、無関係とはどういう……?


「お前といた一ヶ月間、本当に楽しかった。最初はあれこれ口出ししてきて鬱陶しかったけどさ、今はいつまでもこんなのが続けば……って思う」


 言葉の真意を測りかねていると、ヴィオラは槍を握りしめて、言う。

 流石に鈍感な私でも、そう言われればわかる。


「私も、お前を取りに行く。フレアへの義理立てじゃない、自分自身の為に、今日は勝つ。それを伝えておきたかったんだ」


 ヴィオラもまた──この妙な賭けに乗った。言う通り、フレアのためではなく、自分の為に。

 これは一体どういう事だと頭を抱えたくなったが、踏みとどまる。

 私の事を少なからず好いてくれるからこそ、あえてこんなふうに真っすぐの決意表明をしたのだろう。

 その真摯な気持ちを迷惑がることなど、出来るわけもなかった。


「やっぱり、あなたも『そう』だったのですね。けれど、私も負けませんから」


 いつの間にかフレアとの会話を終えたアリエッタが、此方も真剣な眼で告げる。


「まさかヴィオラちゃんまでこっち側にくるなんて……うう、想定外です。どうしましょう……」


 フレアの方も、ヴィオラの決意には戸惑いがあるようだった。

 これは師匠であるフレアにさえ予想できなかったことなのだろう。

 私はと言うと、ますます困惑が強まっていた。

 ……歴史上、私を巡った争いがなかったわけではない。だがその時は何処までも計算づくの利権争いだったというか──宗教のシンボルとしての取り合い、戦略兵器として扱うような奪いあい。私が体験したものは概ねそんなものだった。

 それが、まさか個人の感情だけで引き起こされるものになるとは。

 師の姿を重ねた私を独占したいアリエッタ。恋愛感情から私を傍に置きたがるフレア。そしてヴィオラは──ヴィオラは、どの様な感情なのだろうか。

 わからない。わからないからこそ──


「私には、最早わからん……ただ、一つだけ。アリエッタ。応援しているぞ。師として、最も大切に思うのは弟子の存在だ。……それが今の私の変わらざる立場と──気持ちだ」


 表明する。飽くまでも『私』は、アリエッタのために在るのだと。


「……はいっ! 見ていてください、先生っ!」


 目を輝かせ、更に気合が入るアリエッタ。


「弟子を大切に思う、か」

「ちょっと妬けますよねえ」


 しかしフレアやヴィオラの眼にもまた、闘志が宿るのを感じた。

 最早この言葉さえ、アリエッタの為となったかわからない。

 だからこそ、後は弟子を信ずるのみだ。


「では、また。大会が終わる頃に会おう」


 アリエッタを激励するだけのつもりが随分とややこしい事になったが──目的は果たした。

 せめて、私自身今日を精一杯楽しむこととしよう。

 フレアが言った通り、弟子を信じるのならば慌てふためく事も無いのだから。


 ◆



「おおテオ殿。お待ちしておりましたぞ。……何やら、お疲れのようですかな?」

「疲れなど私には存在しない……筈だったが、そう見えるのならばそうなのだろうな。少し気合を入れ直そう」


 ガーディフに取らせた席へと行くと、出迎えのガーディフから早速表情のことで探りを入れられ、私はつくづく顔に出やすいのだなと、少々呆れた。

 言う通り、妙な疲れを感じているが、今日は楽しむと決めてからはそれも顔に出さない様にしていたのだが。

 本当に人間関係というものはつくづく下手らしい。


「気にするな。フレアのことで少々考えることがあっただけだ。此方はもう割り切った」

「やはりフレア殿ですか。あの人も変わりませんなあ」

「……今回はフレアだけでもないのだがな」


 苦笑するガーディフ。この男の方も、今日は機嫌が良いようだ。

 昔から教育というものに力を入れていた男だ。教育者としても仕掛け人としても、若者同士が切磋琢磨する大会が大盛りあがりを見せているのが嬉しいのだろう。


「それよりだ。こういった興行はトウモロコシの菓子でも食べながら見るのが作法と聞いたが、ポップコーンとやらは出ないのか」


 であるならば、折角良い席を取ってもらったのだ、いつまでも難しい顔をしていても仕方がない。

 私も出来うる限りでこの祭りを楽しむとしよう。


「まさかテオ殿がポップコーンとは……長生きもしてみるものですのう」

「私も魔術師の端くれであるのならば儀式・作法は重要視するさ。で、無いのか」

「いや驚いただけですわい……用意させますでな、少々お待ちを」


 通信用だろう魔道具を使い、ガーディフが何やら部下の者に事を伝える。

 しばらく待っていると、観覧席のドアが開き、見慣れぬ菓子が運ばれてきた。


「これがポップコーンか」

「ええ。甘いもの、塩っぱいものがありますがとりあえずは塩っぱいものを運ばせましたぞ。甘い方が好みでしたかな?」

「なんとも言えんが、塩辛いものは好みだ」

「それは何より」


 白い綿毛の様な菓子。綿花の様だが、触ってみると見た目よりは堅い手触り。

 軽く眺めてから口に放り込むと、サクサクとした小気味良い食感と、程よい塩気が良く合う。またトウモロコシ自体の甘みが塩味によって豊かに膨らんでいる。


「ほう……中々だな。トウモロコシの菓子だと聞いていたが、知らなければそうとは気づかんかもしれん」

「お気に召したのでしたら良かったですわい。それよりも、さ。そろそろ開会式が始まりますぞ」


 甘いものよりも、塩味の方が恐らく好みだったろう──と考えつつも、ガーディフの指が差す方へと視線を下げる。

 観覧席は闘技場の上、観客席から飛び出すようにして硝子張りの部屋が設けられた形だ。

 特別に設えたソファは座り心地が良く、無理のない視線の動きで試合場のあらゆる箇所へと視線をやることが出来る。


「いい席だな」

「ほほ、こればかりは三英雄の名前を効かせましたのでな」


 朗らかに笑うガーディフだが、それなりに無理を効かせた場所の様だ。

 人の成長を観察するのが趣味の男だ。世に与えた影響を鑑みれば、このくらいは許されて然るべきだろう。


「それでは! これより若鳳杯を開催いたします! 大陸中の学校から集まってきた優秀な生徒達に依る、一年に一回の腕試し大会! 未来を担う若い力の芽吹きを、どうぞその眼で! 肌で御覧くださいッ!」


 拡音の魔石を使っているであろう司会の声が、ちょうどよい大きさで聞こえる。

 どうやらこの観戦席の中に念話に近い性質の魔石が仕込まれており、司会の言葉を伝えているようだ。


「はは、手が込んでいるな」

「お恥ずかしい限りです」


 趣味にしても凝っている手の込みように、思わず笑みが溢れてくる。

 ガーディフは恥ずかしそうにしているが、この仕組は実際に面白いと思っていた。

 趣味はとことん。私はガーディフの人間らしさを気に入っていたが、これは筋金入りだ。だがアリエッタの育成に試行錯誤する最近の私とも通ずるところがあると思うと、私も多少は人間らしくなってきたのだろうかと思う。

 いやに興奮した様子の司会の挨拶を流し聞くと、参加者の各校生徒達が試合場を去っていく。ここから順番に対戦を消化していくのだろう。

 ……ふむ。やはりこう見ると、セントコートの生徒達は出来が違うな。

 流石に大陸一とされるだけあって、良い生徒が集まり、良い教育が行われていると見える。


「ほほほ、どうですかな。大したものでしょう?」

「ああ。素直に称賛するよ。私は弟子を一人育てるだけで精一杯だ」


 わざとらしく手を広げてみるが、思っている事自体は本当だ。

 ガーディフにもそれが伝わったのだろう、満足げにひげをなぞっている。

 しかし、本当に上機嫌だな。いや、私もそうなのだが。

 ガーディフが私を恐れず、朗らかに笑っているのを見るのは初めてではないが新鮮だ。

 シュリオや──ついさっきまでは──ヴィオラが友人という関係に近いと考えていたが、案外友人という言葉に一番近いのはこの男なのかもしれない。


「それでは一回戦! ザンガス魔術学院アイオリオ対セレスタス魔術学園ベリンダ! お互い、構え!」

「始まりましたぞ」

「ふむ」


 ガーディフと談笑していると、司会が一回戦の選手の名を高らかに叫び、手を振り上げる。

 意識を試合場へと向ければ、少年と少女が向き合っている。

 聞けば、この若鳳杯では各校から最大四人ほどが多くの応募から選ばれて参加しているようだ。

 セレスタスというと確かヴィオラが所属している学校だったはずだ。戦闘を中心に教えているということもあり、レベルが高い様に思える。


「テオ殿はどう見ますか」

「どうもこうも、十中八九ベリンダとやらだろうな。戦闘経験に差があれば話は別だが、仮にも戦闘技術を中心に教えている学園ならばそれも期待できんだろうな」

「そうなるでしょうなあ」


 私の分析を聞いてガーディフは頷いている。

 この程度見誤る私でも無いが、意見そのものを聞きたいのではないだろう。

 おそらくは、この空気の共有。共に楽しみたいというのが質問の意図だろうな。


「始めッ!」


 振り上げた手が勢いよく降ろされる──と、同時。跳ねたのはベリンダという少女だった。

 武器を振りかぶり、接近とともに打ち払うと、無属性の力の矢が二本同時に飛び出し、対戦相手へと向かう。

 そして振り払ったままの構えから、力の矢との同時攻撃。

 迷いなく先制攻撃、そして同時攻撃と、迷いがない。

 第一試合という精神状態からのこれは見事だ。自分は思う存分に動き、相手は緊張からか戸惑っている──これは決まりだろうな。

 慌てて魔力の盾を展開するアイオリオだが、左右からの力の矢が一度、二度と体を打ちくねらせる。威力の程は下の下だが、体勢を崩されたという事は無防備で受けたということ。ダメージもバカにはならないだろう。

 転倒した少年に長剣を突きつけて──


「勝負あり! 勝者ベリンダ!」


 まあ、見立て通りだ。思ったよりも鮮やかな勝ち方だったが。


「ホホーウ! 中々良い攻めですな!」

「ああ。相手が戸惑っていることを察していたようにも思う。うまく動揺を付いたな」


 ポップコーンを摘みつつ、評を押す。

 思ったよりも楽しめそうだ──というのが現在の感想である。


「次! 第三試合! セントコート魔術学院シュリオ対カルヴィナ魔術学校シュート!」


 それが知り合いの試合ならば、ひとしおだろう。

 正直な所あまり印象に残らなかった──第二試合を経て、どうやら次はシュリオが出るようだ。

 はは、シュリオはこういう場面で緊張するタイプのようだな。魔力は兎も角、動きがカチカチになっているぞ。


「我が校の生徒ですな」

「私のルームメイトだ。そこそこ買っている」


 明らかに口数の多いガーディフ。苦笑しながらも答える。

 楽しそうだなと言う感想が浮かぶが、それは私も同じだ。

 構え、の合図でシュリオが取り出したのは短剣。

 得意な属性は──風。


「始めッ!」


 ……と。審判が開始の合図をしたその瞬間だった。

 シュリオの視線の種類が変わる。先程までは明らかに緊張しているように見えたのだが、さて。

 芝居が好きと言っていたので案外役者なのかもしれない。

 どうもそれだけというようにも見えないが。

 しかし相手の方もさる者。巨大な体格に見合うどっしりとした構え方で構える。

 明らかな待ちの構えを眼にしてもなお、躊躇せずに駆け出す。

 風を纏ったダガーを一振り、二振り。動きに合わせて風の刃が放たれる。

 が、ここまでは先程の焼き直し。相手の印象にも第一試合が浮かんでいることだろう。

 風の刃との同時攻撃は──全身に魔力を纏って、防御力を高めたシュートの体に弾き返される。

 ダガーを弾かれ体勢を崩したシュリオに、巨人の腕のごとき薙ぎ払いが迫る。

 だがシュートの腕がシュリオに触れたとたん、シュリオの体が溶けるように消えていく。

 ……風による幻像か。試合前の緊張が演技だったのだろうな、なんとも冷静な試合運びだ。


「まだやるか?」


 首元にダガーを突きつけて、シュリオは言う。ほとばしる魔力は土の防御をも切り裂くだろう。


「参った。……してやられたな」

「いや、あんたも大したもんだよ。一回捕まってりゃ俺の負けだったと思う」

「ふ……捕まえられなかったからこそのこの結果さ。ありがとう」


 重々しくも静かに敗北を認めるシュート。良い判断だ。

 敗けを認めたシュートに対し、シュリオは称賛を送る。それを否定しつつも、シュートの表情は晴れやかだった。

 おお……何か、良いものだなこれは。若い者たちがお互いを認め合う。何かこれはいい。私の知らなかった世界だ。


「……そうだよなあ、俺、強えはずなんだよ……よし! 次も頑張るぞッ!」


 相手も強かったが、シュリオの方が強かった。

 それを実感したのだろう、シュリオが拳を握り込み、感動に打ち震えている。

 こういう所が微妙に小物っぽいが、学生としては非常に優れているのは確かだ。


「流石は我が校の生徒ですな。テオ殿が買っているというだけはある」

「ああ。改めてあのレベルは中々居ないだろうな。アリエッタを除けば、あとはシャーロットという娘くらいだろう」

「ソーニッジ家のご子息ですな。試験で目覚ましい結果を残していたのを思い出しますぞ」


 自校の生徒が勝ったガーディフは中々嬉しそうだ。

 本人は気づいていないのだろうが、やはりこの男とシュリオは似ているな。妙に小物だが実力がある、基本的に気はいいやつ、と。だからシュリオをなんとなく気に入ったのかもしれない。

 ……ふむ。それは良いが、私としてはそろそろ教え子達の試合が見たい所だが──


「第四試合! セレスタス魔術学園ヴィオラ対ザンガス魔術学院コーマ!」


 早速、願いがかなったようだ。


「フレア殿の弟子ですな」

「ああ。私も少し『道具』の使い方を教えている──が」


 その道具は、今は持っていない。

 この程度の相手には不要というところだろう。

 ……そうだろうな。

 私が教えたのはほんの一ヶ月の間だが、才能のある少女がフレアの教えを受けたのだ。

 本来であれば、同年代の大会では敵など居なかっただろう。


「始め──ッ!?」


 審判が叫ぶと同時、ヴィオラはおもむろに手を上げ──無造作に、振り払った。

 魔術とも呼べない、力任せの魔力を叩きつけただけ。

 それだけで闇の魔力が津波となり、対戦相手の少年を軽々と吹き飛ばす。


「がっか……!」


 闇の魔力に攫われ、体を結界へと強かに打ち付ける。

 あれは立てんだろう。


「しょ……勝者ヴィオラ!」


 慌てて、審判が試合の終了を告げる。

 これ以上の攻撃を静止するためだ。

 今の一撃で、咄嗟に防御したコーマとやらの全力の防御を完膚なきまでに破壊してしまった。

 魔力を失ったコーマは、次の一撃は生身で受けることになる。下級魔術師のファイアーボールでさえ命に関わるだろう。

 一瞬の出来事にも関わらず速やかに試合終了を叫んだ審判は評価されるべきだな。


「ひょー、流石はフレア殿の教え子ですな。こりゃ並大抵の魔術師では相手が務まらん」

「加えて言うのならばまだ実力の半分も出していない。いい感じになってきたじゃないか」


 口の端が歪んでいくのを隠すように、手で被う。

 魔力の扱いが格段にうまくなっているのがわかる。祀神器を使った繊細な魔力のコントロールは、より少ない魔力でより強い魔術を放つことを可能としたようだ。


「末恐ろしいのォ」

「時代が時代ならば、彼女もお前達の様になっていたかもしれんな」

「はは……それは、いい時代になったものじゃ」


 時代が時代ならば、彼女も戦で名を上げることになっていただろう。

 軽い気持ちのつぶやきに、ガーディフは寂しげな言葉を返す。

 これで、苦労しているようだからな。同じ苦労は味わわせたくない……と言ったところだろうか。

 その後もつつがなく試合は進行していく。時折目をみはる参加者もいるものの、基本的にはやはりセントコート・セレスタス両校の選手が頭一つ抜けているようだ。

 シャーロットの試合では『模擬戦』という形式での彼女の冷静さを垣間見る事ができた。

 そして来る一回戦最後の試合。


「一回戦最終試合! セレスタス魔術学園シスカ対セントコート魔術学園アリエッタ!」


 そこに、待ちわびた我が弟子の姿があった。

 言ってしまえば悪いが、私にとってはやはりここまでは前座に過ぎないという思いがある。

 弟子の成長は毎日見ているが、その成果がここで果たされるのだ。

 師匠である私にとってはまさに晴れ舞台。

 審判に名前を呼ばれ、場内の視線を集める緊張がゆえか、アリエッタは小さく縮こまりながらも礼儀正しく挨拶を繰り返している。

 小動物的な愛くるしさと持ち前の可憐な容姿が観客の支持を呼んでいるようで、それが一層アリエッタを小さくさせている。

 一方で対戦相手の少女は憮然としていた。此方は堂々と口を一文字に結んでいる。セレスタス所属という事を考えれば、神聖な戦いの場にアリエッタの様な少女が何故……と言ったところだろうか。

 ……わからんでもないな。照れ、緊張しているアリエッタは──可愛いらしい。とても戦う様な少女にも見えんだろう。

 だが、分かっていない。魔術に対する打ち込み方は恐らく、今日集まった中でも一二を争うほどに真剣だという事を。


「それでは互いに構えて──」


 審判が腕を振り上げると、シスカの──なによりアリエッタの瞳の色が変わる。

 アリエッタが、意識を切り替えたのだ。

 これで、死線の一つも潜っている。強者だけが放つ強い光が宿っていることを、肌で感じ取ったのだろう。

 シスカの武器は盾と剣。オーソドックスな騎士のスタイルだ。

 盾というのは防具として優秀だ。優れた形状故に魔力で強化すればそれだけでも、強固な防護となるし、魔力のシールドを展開する雛形にもなりやすい。

 その盾を、シスカは注意深く構えた。

 アリエッタを最大限警戒するが故だろう。良い判断力だ、と言いたいが。


「始め!」


 この時点で棄権していてこそ、優れた判断力だと言うべきだろう。

 このご時世──命をかけた闘技場での戦いなどそうはないだろうが、優秀な程度でアリエッタに挑むこそが無謀だ。

 最初から全力で防御を固めるシスカに対し、アリエッタの構えはシンプルなものだった。

 杖を突き出し、告げる。


「『ファイアボール』」


 それは、初歩の初歩とされる原初の魔術の一つだった。

 球に火の魔力を成形し放つ、最も単純な魔術──

 可愛らしい少女の口からその名が紡がれたことで、落胆を覚えた者もいるだろう。

 だが、それも一瞬だったに違いない。


「な……っ!」


 誰よりも、シスカかの顔に絶望にも似た驚愕が宿る。

 ファイアボールの名で生み出された火球はあまりにも巨大で、密度が高く──煮え、燃える灼熱の星。

 火球の名で呼び出されたそれは、まるで太陽の様だった。


「っ……ああああああ!」


 強固な守りを堅めていたシスカは、盾を、剣を放り投げて逃げ出した。

 巨大な星が落ちるように──敢えてゆっくりと放たれた火球が地に落ち、大地が煮え立つ様な禍々しい音と共に、結界さえ破る程の火柱を立てる。

 火柱は一瞬で焼いたが、着弾点の光景は凄惨に尽きる。溶解した石畳、破れた結界。直撃がどういう結果を生むかは、想像に難くない。


「まだやりますか」


 そんな灼熱の地獄とは裏腹に、アリエッタの声は冷徹であった。

 向けられた杖は、喉元の刃よりも雄弁に『死』を語る──


「冗談じゃない……私は、抜けるよ……」


 両手を上げ、降参の意を示すシスカ。

 距離はある。魔力だって、わずかたりと減っていない。それでも、この場の誰もが『まだやれる』とは思わなかった。

 たった一言向けられて、シスカは抵抗することさえも諦めたのだ。


「……っ勝者、アリエッタ……!」


 審判さえも戦々恐々とする中、アリエッタはぺこりと小さく頭を下げて、試合場を後にした。

 あとに残るのは静寂だけ──しかし、観客席の中から一つ声が上がると、波が徐々に高くなるように波及していく。

 アリエッタが試合場から姿を消す頃には、ざわめきは大歓声となっていた。


「全く、とんでもない子を育てたものですな」

「まだまだ強くなるぞ。あの子の飲み込みの速さは凄まじい。本人の努力を考慮して敢えて天才とは呼ばんがな」


 その魔術を目の当たりにしたガーディフの声にも余裕はない。

 無理もないだろう。未だガーディフには遠く及ばないアリエッタだが、ガーディフがあの境地に達したのは、五十歳か六十歳の頃。あの若さでこれほどの力を持っていたのは──表の世界では『勇者フレア』くらいのものだろう。


「今年は『三英雄』の弟子の大会になりそうじゃの~……いいのう、わしも弟子を持とうかしら」

「楽しいぞ。自らの教えをどんどん吸収していく弟子を見守るのはな」


 らしくなく、特定の弟子という存在に興味を示すガーディフ。

 案外、数年後には此奴の弟子が同じ様に世界を沸かすのかもしれない。

 そうなる頃には──アリエッタはどうなっているか。ふふ、未来というものに思いを馳せるのがこれほど楽しいとは、久しく忘れていたな。

 試合場の修復をするべく、せわしなく動き回る組員の動きを見ながら、私はそっと口の端をつり上げた。


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