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第三十六話:三百年計画

「オイオイオイオイオイオイ、冗談じゃねえ、冗談じゃねえぞ!」


 青い炎が揺らめく、砦の様な廊下を、一人の魔族の男が走っていた。

 男の名はザイン。『炎鬼』の異名を持つ、魔界でも有数の実力者である。

 魔王の復活を企む『四災』の一人である彼は、死ぬ覚悟などいつでも出来ていると豪語する、自他共に認める『命知らず』だ。

 だが今の彼にその命知らずの姿は無い。悪態を吐きながら、無様に曲がり角にぶつかりながら、なりふり構わずに走っている。

 そしてその顔に浮かぶのは──焦りと、恐怖。

 足をもつれさせながらも、ザインはなんとか目的地へとたどり着く。


「フリード! いるんだろう!? 話がある!」


 作法も遠慮もなしに、ザインは両開きのドアを雑に押し開いた。

 部屋の中には、目当ての人物が不愉快さを隠しもせず、座っている。


「なんだ……騒々しい。ドアもまともに開けられないのか?」

「それどころじゃねえって察しろや! 計画は中止だ! やべぇ事が起きたッ!」


 神経質そうな男──フリードが、ザインに苦言を呈するも、ザインは聞く耳を持たない。

 だがそれが逆にフリードの意識を傾けさせた。


「どういう事だ。今更貴様の一存で中止できるとでも?」


 フリードはザインの物言いが気に入らないようだったが、理由を問われたザインは喧嘩腰の言葉にも動じずに続ける。


「エイナが、死んだ。おそらくは魔術の仕掛けもできてねェ」

「……順を追って説明しろ」


 そこでようやく、フリードはザインの言葉に興味を持った。

 ザインは息を落ち着けるために二、三の呼吸を挟み、口を開いた。


「さっきの事だ。エイナが会場に仕掛けをするために出てったのに、俺もついていったんだ。念の為っつーことでよ、内外から人払いを張るっつーんでサポートに回ってた」

「それで?」

「俺とエイナの二人で張った結界だ、何か起こるとは思わねーだろ? 俺もそう思って外で暇してたんだが──ある時、急にエイナが『雷霆』を使ったのを感じた」


 話を進めるに連れ、ザインの顔には恐怖が浮かんでくる。

 ただ事ではない事を察し、フリードも口を噤む。


「俺はまだその時点じゃ、人間界にもこのレベルの人払いを抜ける奴がいるのかって思ったよ。だが──それから少しして、エイナがデカい雷霆を作った。それほど苦戦する相手がいるのかって、俺も救援に向かおうとしたんだ。したら──」


 ごくりと、大きなツバを飲み下す。フリードはその時点でさえまだザインを訝しむ目で見ていたが、それでもザインがそれほどまでに恐れるのは異常を感じていた。

 まるで大きなものが引っかかったかのように、ザインは言葉を口にできない。だがようやく、それを形として吐き出す。


「一瞬だ。走り出そうとしたその瞬間、嘘みてェに巨大な魔力が膨らんで──エイナの魔力を、消失させた……!」


 恐ろしい事実をやっと吐き出した、というザインに対して──


「……その程度で中止だなんだとほざいていたのか? 貴様の事は買っていたのだがな、失望したぞザイン」


 フリードの反応は、冷ややかなものだった。

 何を臆病風に吹かれたのだ、とその眼が語っている。


「ッてめェは! アレを見て感じてないからわからねェんだ! 俺は俺の為でもねえ、計画全体の事を見て言ってる! あんな、あんなバケモノがいるのは完全に俺達の想定が不足してたんだ!」

「もういい。怖いのならば此方で震えているがいいさ。当日は私が魔導兵を率いてやろう」


 そう──見ていない、感じていないから、フリードとザインには致命的なまでのすれ違いがあった。

 最早自分達は強くなれるだけ強くなった。ならばザインは少々強い敵に会っただけで大げさに言っているのだろう。

 その想定外を埋めるための魔導兵ではないか。フリードの考えを簡単に言語化すればこの様なものだ。


「それは──ダメだ。お前に出させるくらいなら、俺が出る。お前だけは、最後まで残らなくちゃならねェ……糞、なんでわからねェんだよ……!」


 だがザインは違う。彼は既に絶望しきっている。

 炎で暖を取った者と、炎に焼かれた者。それくらいの認識の差が、彼らにはあるのだ。


「ならば四の五の言わずに行くがいい。エイナが本当に死んだのならば、お前も死ぬことで魔王の復活は目前だ。最悪私が死ねば、魔王は世に解き放たれるだろう」

「……それは、そうだ。俺たちの目的は魔王の復活。それは変わらねえよ。チマチマ人間の魂を集めるよか、俺たちの魂でも捧げりゃいよいよって所までは来てる。けど、俺は落ち行く人間の世界って奴を見たかったぜ」


 最早、何を話しても無駄だ。

 確かに、フリードの言う通りここで何が起きても魔王の復活は確定していると言ってもいい。

 だが最後の最後ですれ違っていたのは、危機意識だとかではなかった。

 魔王の復活のみを、人間界の落日のみを望んでいたフリードに対して、仲間と目的を成し遂げる事を──その眼で人間界の終わりを見る事を望んでいたザインとの決定的なすれ違い。

 ザインは、ここに来てようやくそれに気がついた。


「忠告はしたぜ」

「頭の片隅にでもとどめておこう」


 結果は同じでも、目的は違かった。それに気がついた時、ザインは──折れた。

 ここが、自分達のいる場所が世界で最も進んでいる場所だと思っていた。だが、突如として上空に『次元の違う』世界が広がっていたと。あの力の一端を感じ取った時に、ザインは自分の目的を諦めた。

 ドアを──静かに押し開き、ザインは傾けた横顔でフリードを捉える。


「じゃあな」

「ああ」


 そっけないやり取り。

 フリードはその意味を理解できぬままに、ザインとの最期の会話を終えた。

 



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