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第三十二話:黒い影

 暗黒の瘴気が満ちる土地、常に厚い雲が立ち込め光を閉ざす世界に、その館は立っている。

 魔界に限りなく近い場所にある、人間界のとある場所。そこには三百年続いた人間界の平穏を脅かそうとする者達が蠢いている。


「今日は集まりが良いな。特にザイン、貴様が指定した時間にいるとは思わなかった」

「ケッ、どういうイメージだそりゃ。こないだだってエイナよかは早く来てたろうが」

「私はひと仕事終えてきていたから。フリードにも先に話を通していたわよ」


 その一室で、三人の魔族が会話を交わしていた。

 悪態を吐き合いながらも、関係は悪くないように見受けられる。

 それは一重に彼らの付き合いの長さからなるものだった。


「そういう事だ。……別に、それはいい。それよりも今日は計画について話しておこうと思ってな」


 しかし馴れ合ってばかりでも無いのが彼らの関係性だ。

 共通する目的──魔王の復活。即ち人間界の転覆を掲げて集ったからこそ、彼らが最も優先すべきは目的の達成である。


「例の人間界の催しだが、やはりこれに勇者フレアが訪れる可能性が高くなった。参加者の一人の師匠が、この女であるらしい」

「『勇者フレア』……戦争じゃ散々引っ掻き回しやがったからな。今回も邪魔になるとは思ったぜ」

「……では、計画はどの様に? 『勇者』と『大魔術師』二人を一気に相手をするのは、少々骨かと思われますが」


 馴れ合いは影を潜め、冷淡に大量殺人の計画を立てる魔族達。

 簡素な卓に登ったのは、その催しに訪れる二人の『英雄』の話だ。

 人間界に語り継がれる三大戦力の内二人の名を出しても、魔族達に焦りのようなものは感じられない。

 が、魔族達は飽くまでも冷徹である。


「その件だが──開催地となる闘技場に破壊の魔術を仕込もうと考えている。これの起動を持って計画の開始とし、まずは闘技場に混乱を齎す。この時点で多くの人間どもを殺すが、しかし殲滅はしない。そうだな、闘技場から遠い席の者達は負傷する程度がいい。これにより、『英雄』達に荷物を背負ってもらうことにしよう」


 作戦を語るフリードは饒舌だ。

 想像するのは戸惑う人々、屍の山、血の絨毯。口の端は釣り上がり、人々の苦しみこそが喜びと言わんばかりだ。


「同時に、街の外から魔導兵の軍勢を率いて攻める。これでどちらかは事態の収集に動かざるを得まい。街の内外から『英雄』共の荷物を増やすのだ。そうして戦力を分散し、士気を削ぎ──叩き潰す」


 魔族達の口角が吊り上がる。

 計画の実行、人々の死、そして魔王の復活──数百年越しの悲願が近づいてきているのを、ひしひしと感じていた。


「エイナ、繊細な魔術は貴様の方が得意だろう? 闘技場に魔術を仕掛けるのは貴様がやってくれ。求めるのは高い秘匿性と威力の調整だ」

「仰せのままに。……良いですわね、何も知らない人間達が、突然悲嘆の渦に放り込まれる様を想像すると、熱い感覚が背中を登ってくる」

「ザイン、貴様は当日軍勢の指揮だ。大仰に動くぶん、より多くの人間どもが貴様に殺到するだろう。悉くを踏みにじれ」

「ハッ、いいね。お前は相変わらずその気にさせるのが上手えよ」


 それは何よりも、この手で人間の命を手折る事が出来るという喜び。

 本来支配されていて然るべき脆弱な種族が、生を謳歌していることへの怒り。

 目的以上に、彼らは殺戮を楽しもうとしている。


「ギルディオならば兎も角、お前たちならばそれぞれ荷物を抱えた『英雄』を撃破することは容易いだろう。ここで一気に、コマを推し進めるのだ」

「お前たちなら? ……フリード、お前はどうすんだよ」

「俺は不測の事態に備えサポートに回ろう。例えば──『天魔』が現れた際などを想定してな。なに、楽しんでくると良い。たまには派手な祭りもいいだろう」


 だからこそ、貧乏くじを引く感覚でフリードは待機を申し出たし、エイナとザインは仲間の『気遣い』を察して表情に影を落とした。


「良いのかよ? お前がそういうなら、俺らで楽しんじまうけどよ」

「気にはせん。労いには良い機会だろう」

「まあ、流石は私達のリーダーね」


 会話の内容に眼を向けなければ、彼らは気の合う友人達にでも見えるだろう。

 実際、長い付き合いである彼らは普段冷徹を貫きつつも、強い仲間意識で結ばれていた。

 ──もしも策が成れば、彼らの言う通り目的へ大きく駒を進める事になるだろう。

 大量の人間の魂、より強い魔力を持つ英雄の魂。それらを捧げ魔王を復活させれば、英雄の居ない人間の世界など一息に崩れ去る小さな砂山に過ぎない。

 彼らは其のために地の滲むような修練を積んだ。あの頃とは違う。それが彼らの共通の認識である。

 だが彼らは知らない。

 人間界には今──ごく一部の者のみが気づいている、小さな変化があることを。

 たった一人の元奴隷の少女が引き起こした、日常への小さな変化。

 それが、自分達の計画にどんな変化を齎すかを──


 ◆



「……む?」


 何やら今、誰かに噂でもされたような。

 黄昏が近づく空の下、私はふとそんな感覚を受けて、喉を鳴らした。

 第六感を強化している私は、こういった感覚が敏感だ。いちいち感じ取っていては鬱陶しいし、あまり手にとるように未来が分かっても面白くないので、感覚はだいぶ絞っているのだが。

 ある程度の意思を持って、明確に存在が意識された事を感じ取って、私は首を傾げそうになる。

 だが最近ではこうして人間社会に姿を晒している。ガーディフ、ヴァレンス、最近ではフレアにヴィオラ。私の事を話題に上げる人物にはいくつも覚えがある。

 これもそういうものだろうと、感じた気配の様なものを頭の外へと追いやった。


「くっ……! 先生ぇッ!」


 どうせ『予感』程度で感じる事象などたかが知れているし、今は何よりアリエッタの鍛錬の最中だからだ。

 意識を反らしたのを感じ取ったか、怒りを交えてアリエッタが苛烈に魔術を打ち込んでくる。

 集中を欠いた私に対する怒りというよりは意識を釘付けにしておけない自分への不甲斐なさが怒りの理由だろう。

 前方百八十度から飛来する炎の槍。手を突き出し、水の防御壁を発生させることで槍を消滅させる。

 即座に、アリエッタの纏う魔力が切り替わる。炎から雷へ──水の魔力に通電させようと言うのだろう。

 杖に雷の魔力を込め、癇癪でも起こしたかのように地面へと思い切り振り下ろす。

 動きと裏腹に、雷の魔力を最大限に活かす良い選択だ。打ち付けられた魔力は破裂し、雷光が爆裂する。

 全方位への広大かつ迅速な攻撃だ。

 が、私は既に土の防御壁を生み出していた。

 有利にある土の魔力が、雷の魔術を霧散させる──だが一瞬だけ私の視界は塞がり、土の防御壁を崩したその外には──杖にまとわせた炎の剣、そして魔力で形作った雷の剣を振りかぶったアリエッタが眼前まで迫っていた。


「見事だ」


 一言つぶやき、私は手をかざす。すると、アリエッタの手に握られる刃は消える炎の様にゆらめき、消失した。


「『ディスペル』……これで、合格なのですか?」

「ああ。それが今回の目的だったろう、文句なしの合格だ」


 組手の終了を告げると、アリエッタは小さく息を吐いた。

 その表情には汗が浮かんでいて、息も荒い。魔力の消費以上に体力の消耗が激しいようだ。


「頑張ったな。だが中々面白い趣だったろう。魔術の出力が同じでも、術式の構築速度と属性の使い方次第で結果は大きく変わる。戦術の組み立てでもな。私の視界が塞がれたと見るや、属性を二つ使い、魔術よりも早い近接攻撃で速攻を仕掛けたのは非常に良い判断だった」

「でも……防がれてしまいました。それに同じとは言いますけれど、先生は私が攻撃に使うよりも少ない魔力で防御していました」

「そうだ。だからこそ、戦術の組み立てで最終的に優位を掴んだのは素晴らしい。魔術の質も速さも私が勝るのは当然。だからこそあえて全方位への電撃を使うことで、視認性の悪い土の魔術に依る全範囲防御を誘発させた。だろう? 一瞬視界を塞ぐことによって課題である『ディスペルを使用する前にディスペルを使用させること』を果たした。十分満足と言える結果だ」


 アリエッタと使用する魔術のレベルを合わせて模擬戦を行い、私に『ディスペル』を使わせる。それが今回の修行の課題であった。

 実力が拮抗した相手との戦いこそ、力押しではない技術が重要になってくる。

 より少ない魔力でより多い魔力を削る。今回アリエッタに学んでほしかったのはそれである。


「『ディスペル』は非常に強力な魔術だ。詠唱も必要とせずに相手の魔術を打ち消す、最強の防御手段の一つと言っても良い。だが効果が強力であれば当然それに支払うコストも大きい。術者が使用する魔力は打ち消す魔力のおよそ三倍。格下相手にでも使いすぎれば魔力切れを引き起こすだろう。逆に格上相手に何度もディスペルを使用させれば、そこに勝機が生まれることになる。当然互角の戦いならばディスペル一回の重みも段違いだ。一瞬で勝負が決さない互角の戦いに置いては、ディスペルの回数が勝負を左右すると言っても過言ではない。確かに私は属性の相性をうまく使い試合を有利に進めたが、あのディスペル一回で使用した魔力はわずかにお前を上回っているくらいだろう」


 まだ彼女は互角の相手との勝負の経験は薄い。

 現時点では若鳳杯にも敵は居ないが、開催までにヴィオラが肩を並べる可能性は十分にある。

 そうなった際に、互角の相手との戦い方を知っているのと知らないのとでは大違いだ。


「端的に言って、戦闘とはつまるところ魔力の削り合いだ。相手が使用するよりも確実に多い魔力を消耗する『ディスペル』は、最後の手段と言っていい。魔力の削り合いという観点から見ればこれは完全な悪手と言えるな。要するに、こんなものを使わされる様な状況は既に負けている、という『悪い例』だな。こんなものは使わず、回避を優先した方が良い。仮に当たれば問答無用で命を断つ魔術でさえ、当たらなければ意味はないのだから」

「……回避、ですか。そうですね……やはりそれが理想になりますよね」

「まあ理想の話だ。毎回避けれるわけでもなければ、防御も選ぶ必要が出てくるだろう。先程の全方位への電撃に対する、土の防御壁の様にな。その点では先程の選択は非常に優れていたと言える。よくやったぞアリエッタ」

「お褒めに与り光栄です。……えへへ」


 模擬戦の内容に不満を感じていた様子のアリエッタだったが、この修業の意味を知ると表情も晴れたようだ。

 確かに手応えを感じているのが見て取れる。


「ふっ……ここ最近は、いつにも増して熱心だな。やはり『若鳳杯』か?」


 何よりも、ここのところの鬼気迫る様子。

 戦闘中とは言え、アリエッタが声を荒げて私を呼ぶのは非常に珍しい。

 それだけ身が入っている証拠だろう。


「そ、それは……もちろんそれもあるんですけれど……」 

 しかしアリエッタはどちらかと言えばはにかむ様に、もじもじと身を揺らしながら微笑んで見せる。

 少し、思っていたのとは違う反応だ。

 というか、若鳳杯以外に理由が? 何かアリエッタのやる気に繋がる事が有ったかと思いを巡らせると──


「あのフレアさんと、そのお弟子さん。あの二人には絶対に負けたくありませんから」


 その魔術の熱量からは想像もできない、吹雪に磨かれた氷柱の様な、冷たい光を眼光に宿して言った。


「む、い、いや。なるほど? その負けん気は、好ましいな」

「ふふ、そうですか? これでも結構、燃えてるんです」


 ……いや、やはり勘違いだろうか? 意気込みを示すように拳を握り込むアリエッタは、いつもの爛漫な様子に見える。

 が、やはりその魔力は荒々しく猛っていた。

 あの時には気にしている暇もなかったが、フレアが私に限りなく近い距離感で接していたこと、そして無礼を咎めようとした時にヴィオラが邪魔した事を根に持っているのかもしれない。


「……その、なんだ。応援している」

「はいっ! 先生に応援していただけるのが、一番の励みです!」


 いや、本当に応援して良いのだろうか? ……良いに決まっている。

 アリエッタの感情よりも優先することなどあろうはずもないのだから。


「さて、今日は疲れたろう。使った魔力をじっくりと回復させることこそ成長の近道だ。今日は寮に帰ってゆっくりと休め」

「わかりました。じゃあ先生、また明日」

「ああ、また明日」


 こうして『明日』を約束して別れるのは、良い。

 控えめに手を振ってから去っていくアリエッタに表情を緩めながら、姿が見えなくなるまで見送る。

 ……これで一日を終えられたら最高の気分なのだろうがな。

 生憎と、この後にも約束がある。

 アリエッタを見送って、講堂へ向かう。

 臨時の生徒と、厄介な知り合いを待たせている講堂へ──


 ◆



「む、もう揃っているのか。約束の時間には少しだけ余裕があると思ったが」

「それはもう♪ 好きな人に会えるんですもの、足早にもなるというものです」

「あたしはその付添だ。……師匠より後に弟子が来るわけにもいかねーだろ……」


 講堂に着くと、そこには既にフレア師弟が揃っていた。

 約束の時間にはまだ十分程あるのだが、この分だと予定よりも早くに開始することになりそうだ。

 げんなりとしたヴィオラを見ると、深く考えるまでもなく高揚したフレアに引っ張られて連れてこられた──という形だろうが、彼女に振り回されているあたりには強い共感を覚えずには居られないな。


「けど、良いのか? あたしはあんたの弟子の敵になるんだぞ。いくらフレ……師匠に頼まれたって言っても、敵に塩を送るのは不本意なんじゃないのか」


 がさつに振る舞っている様に見えるが、これで意外と様々な事に思慮を巡らせている様だ。

 前までの私だったらなんとも思わなかったろうが、これは中々人間として面白い。

 理想の中の可憐な少女を体現したような見た目と、男勝りな言葉遣い。乱暴な印象を与える口調とは裏腹に、その実律儀で思慮深い。


「ふっ……心配はいらん。今のままでは、少々塩を送ったくらいではアリエッタの敵足らんだろうからな」

「……ああ?」


 喧嘩っ早いのは、口調の通りの様だが。

 フレアから私の正体については聞かされているはず。それで萎縮せず怒りを表現できるのは、度胸が良いと褒めるべきだろう。


「気を悪くしないでね~、テオさまの、言う通りなんだよ。今のヴィオラちゃんじゃ、あのアリエッタって娘には勝てない。十回やって一本取れればいいほうじゃないかしら?」

「フレアまで! ……ちっ、わかったよ」


 それでもフレアの言葉には素直であるようだ。

 納得が行っている様子は見えないが、師匠の言葉には従うと言ったところだろうか。

 その割に、普段の呼び方は名前呼びと、親しさを感じさせるが。


「ひとまずあんたに従うよ。……そんで、後悔させてやる」

「そうか。楽しみにしている」


 くつりと喉を鳴らす。

 ヴィオラはそんな私を見て、表情を丸めた紙の様に歪めると、鼻息を一つ押し出した。


「けど、話はフ……師匠から聞いてるけど、あんた本当に強いのか? なんか……もっとゴツい奴を想像してたんだけどさ」

「一体何を吹き込んだのだ……強いかどうかで言えば、過去、そして未来にも私に比肩する魔術師は居ないと思っている。見た目に関して言えばこれは魔術でアリエッタの年齢に合わせているだけだ」

「……そりゃまた大した自信だな」

「事実を述べているだけだ。未来に関してはともかく、過去私に驚異を与えた魔術師は居なかった」


 ヴィオラからの問いに、淡々と事実のみを述べる。

 私の言葉に、ヴィオラは肩を竦める。その視線は助けを求めるようにフレアを捉えた。


「事実よ。この人がその気になれば、この星だって瞬きの間に跡形もなく塵になるわ」


 が、帰ってくるのは肯定のみ。

 それも、普段のふわふわとした態度を潜めての真顔によるものだ。


「マジかよ……」

「そういうことだから、あまりテオさまを怒らせちゃ駄目よー♪」 

 師匠の言葉はやはり否定するつもりは無いようだが、眼は未だに半信半疑を示している。

 ……仕方がない。臨時とは言え生徒になる少女だ、ある程度尊敬なり恐怖なり感じてもらったほうが、後々やりやすかろう。


「いいさ、少しだけ見せてやる」


 眼を細め、私は魔力を集中させた。

 私の体から滲み出た魔力が、講堂に広がっていく。

 一瞬にして講堂は魔力で満たされ、それでも放出を続ける魔力は徐々に密度を増していく──


「っあ……!?」


 ある一定まで魔力の密度が高まった時、ヴィオラは胸を抑えて崩れ落ちた。

 濃密な魔力には、呼吸を妨げ押しつぶされる様な感覚を与える力がある。よほど実力が離れている時に限るが、威圧とは時にそれだけで戦闘不能に陥らせる力があるのだ。

 ヴィオラは全力で魔力を解放し、己の魔力を鎧のように纏おうと試みる。が、既に私の魔力が満ちた空間に、濃度の薄い魔力が滲出する事はできない。


「テオさま、その辺りで……」


 と、そこでフレアから静止がかかった。

 力を見せるという目的を果たしたら、これ以上は悪趣味だ。

 言われたとおりに魔力を引っ込めると、ヴィオラは悪夢から飛び起きたように眼を見開きつつ、立ち上がる。


「わ、悪かった。これは、疑ったあたしが全面的に悪い……」


 ふらつきながらも息を整えると、元のさばさばとした口調が戻ってきた。


「まあ、そういうわけだ。諂えとは言わんが、引き受けた以上は責任があるのでな、教えには素直に従ってくれると助かる」


 不敵に微笑んで見せると、ぎこちないながらも頷くヴィオラ。

 素直でよろしい。どうやら効果は覿面だったようだ。

 アリエッタにさえバレなければ別に隠すものでもない。使えるものは使っていくのがモットーだ。『テオドール=フラム』が『テオ=イルヴラム』を使うのも面白い。


「さて……では先程の話に戻るが、ヴィオラと言ったか。現状のお前とアリエッタでは『どう食い下がるか』という力関係になるのは事実だ。私はアリエッタを弟子として可愛がっているが、魔術に関する評価だけは色を着けん」

「ただの親バカでもないってわけか。……いや、今のを見せられたばっかで、あんたに評価されてる奴ってどんだけヤバいんだってなるんだけど」

「その心配はない。アリエッタもお前も、飽くまでも十五歳の少年少女という枠の中で評価しているだけだ。あえて悪い言い方をするならば『子供にしては』という評価に過ぎんよ。よく言うのならば、将来性への期待だな」


 しかし、これはこれで効果がありすぎたようだ。

 どうやらヴィオラは私の評価を、基準に私を置いたものとして見たらしい。

 そういうイメージなのかもしれないが、流石にそんな大雑把なことはしない。

 こと魔術に関しては、一般的に寄り添った価値観も持ち合わせているつもりだ。


「だからこそ、今のあの子にはあらゆる良い経験を積んでもらいたいと考えている。お前を鍛えるのも、アリエッタに『若鳳杯』で何かを掴んで欲しいからだ。同年代では最早、あの子の相手になる者は居ない。が、ヴィオラならば少し鍛えることでアリエッタと並び立てると思ったからこそ、この臨時教師を引き受けたのだ」

「そういうもんか」

「そういうものだ」


 少し語ると、もうヴィオラの瞳には気の強そうな光が戻っていた。

 色々と考えているようだが、ひねくれては居ない。気持ちの良い性格だ。


「話も纏まったところで、そろそろ始めていこうか。お前の師匠からは『天底の槍』そのものの使い方を教えてやってほしいとのことだったが──まず、お前たちはその槍の力を何処まで把握している?」


 これならば此方も頼まれたから嫌々取り組むという不誠実な向き合い方をしなくても済む。

 首尾よく本題に入ってしまおう。


「天底の槍の力っていうと……使った魔術の威力が上がるのは感じてるけど」

「ああ、それは確かだ。槍に流れ込んだ力を増幅する効果はある」

「武器としても優れていますよね。軽くて切れ味も良い」

「基本的に祀神器と呼ばれるソレはこの世にない物質で造ってあるからな」


 フレアとヴィオラ、それぞれから意見が出る。

 が、やはりその真の力については知らない様だ。


「まあそんなものだろう。だが、祀神器はただ優れた武器ではない。飽くまでもそれらは魔道具。封じ込められた魔術があるのだ」


 もったいぶる形になってしまったが、それによりヴィオラの眼が輝く。

 なんとなくだが、彼女とは気が合いそうだと感じる。実用性を度外視した自爆機構などにロマンを感じるタイプなのではなかろうかと思う。勘だが。


「封じられたその力とは、魔力に直接ダメージを与える魔術。原理は面倒だから説明せんが、その有用性は理解出来るか?」


 ともあれ、興味を引けたのならば焦らす必要もない。

 あっさりと、私は『天底の槍』の能力を打ち明けた。そう──その力は『魔力への攻撃』という固有の魔術。

 先の訓練でアリエッタに魔力を削り合う戦いの重要さを教えたのは、この槍への対策を想定している。


「魔力へのダメージ……?」

「戦闘の基本は相手の攻撃魔術を、魔力を使って防ぐことになるだろう。この魔術はそのやり取りをより簡略化させる。決定打を与える為に相手の魔力を減らす、魔力を減らすために防御魔術を使わせる、というやり取りを簡略化し、直接魔力を減らすのがこの魔術の目的だ」

「……なるほど、たしかに決定打を通すために魔力を削るのは重要だもんな」

「うむ。そして防御魔法とは十の力に対し十を出し、そのうち五から八の魔力を回収する魔術だ。だからこそ、この魔力への直接ダメージという特性が活きてくる」


 そう、戦闘に置いて魔力の削り合いは全てと言っていい。

 魔力が少なければ相手の防御を打ち破ることができず、相手の攻撃を防ぐことはできない。

 だからこそ、この魔術は強い。


「この魔術は十の魔力を使った防御に十を当てれば十を減らし、八を当てれば八を減らす。言い換えれば──実質、防御が出来ない魔術だと言っていい」

「……!」

「まあ」


 魔力への攻撃といえば地味に聞こえるが、その本質は『防御無視』。

 その驚愕の表情を見れば、ヴィオラにもよく伝わったようだ。


「これを使いこなせば、同格の相手との戦いを非常に有利に進められることだろう。……だからこそ私には無用の長物となったわけだがな」


 鼻を鳴らして自嘲的な言葉で説明を締めくくる。

 ……思えば、何故私はこれを造ったのやら。私と同格の相手など、出会ったことさえ無いというのに。


「あー……ま、まあスゴいって事は十分に伝わったよ。それで、そいつはどうやって使うんだ?」

「む、そうだったな」


 冷や汗混じりに視線は外されていたものの、ヴィオラからの質問に私は意識を現実へ引き戻される。

 気遣ってくれたのだろうか。


「先ずは当然その存在を自覚すること。そして闇の魔術を、槍を巡らせて放つ。この際に槍の魔術をイメージすることで、闇の魔術の性質が『槍』のものに変化する」


 説明を聞きながら、ヴィオラは既に槍へと意識を傾けていた。

 早速試したくて仕方がないと言ったところか。

 ヴィオラの目つきが変わる。槍を回転させながら構えた彼女は、魔力を集中させる。

 闇の魔力が集い、穂先に集まっていく、が。


「『ダークブレット』!」


 槍の穂先から放たれたのは、ごく普通の闇属性の基礎の『ダークブレット』。

 『天底』の力を得られたものではない、影の弾丸が放たれただけだった。


「……できねーぞ」

「槍全体を魔力が巡っていないからだ。魔術を槍に巡らせることで、詠唱の代わりとしているのだ。ただ単に槍を通すだけでは、穂先の増幅機能しか得られん」

「思ったより繊細だな。いいさ、はじめっから出来るとは思ってないよ」


 祀神器はどれもそれなりに高位の魔術の補助器具だ。それ故に、魔力の操作には正確さを要する。

 想定よりも難しいと口にしながらも、ヴィオラは好戦的な笑みを浮かべていた。

 障害が高ければ燃える性格なのだろう。その点については全面的に同意するが。


「気づいた事があれば指摘してやる。まずは色々と試してみろ。少なくとも若鳳杯までに発動までは漕ぎ着けてもらうぞ」

「へっ、随分と控えめだな。絶対使いこなしてやるから見てろよ」


 やはり、なんとはなしに思っていた通り気が合いそうだ。

 ……可憐で清楚な少女であるアリエッタとはまた違った会話の流れが、案外楽しい。

 これはそう、ガーディフやシュリオと話す感覚が近いか。

 つい最近まで数少ない知り合いの殆どに媚び諂われ生きてきた人生だ、真っ向から負けん気で挑んで来られるのは非常に好ましい。


「ふふ、面白い娘でしょう?」

「ん、まあな。正直に言えば好感が持てる。見た目の割に妙に男らしいというか……実は男、とかはないよな? だとするのならば礼を欠いてしまっている気がするのだが」

「あら失礼ですね。ヴィオラちゃんは紛れもなく女の子ですよ~。私としては、もう少しお淑やかになってくれると嬉しいんですけど」


 槍を振るう姿を観察していると、横から身を屈めるようにしてフレアが顔を出してくる。

 念の為聞いてみたが、実は男、とかではないようだ。


「あの身なりはお前の趣味か?」

「よくおわかりですね。可愛いでしょう?」


 本人の性格からは若干乖離しているような、可愛らしいという方向でまとめたような髪型や、着こなし。

 お淑やかになってくれると──とフレアが望む以上もしやと思ったが、これらはフレアの望んだものであるようだ。


「あまり振り回してやるなよ。師とは弟子を導く存在に過ぎんのだからな」


 こうと決めたら、フレアは譲らない。散々振り回されてきた私としては、同情もしようと言うものだ。


「それなら大丈夫です♪ ヴィオラちゃん、ああ見えて結構お洒落を楽しんでいますから」

「……ああ、そうなのか。それであれば私から口を挟むこともないが」


 だが聞けば、あれはあれで彼女の趣味なのだという。

 それは意外だった。いや、意外でもないか。粗雑な口調でも紛れもない少女だ。この年頃ならば服装に気を使うくらい何もおかしくはない。


「おいっ! うるさいぞ、気が散るだろっ!」


 とはいえ、それを目の前で話されるのは小恥ずかしいのだろうか。

 顔を赤らめ、声を荒げる。こういう所も、そんな話を聞いた後では微笑ましいものだ。

 多感な時期にあれこれと話の種にされるのは応えそうだ。修行の邪魔になりそうというのはあるし、黙っていてやろう。


「あれー? ヴィオラちゃん恥ずかしがってるの? もう、カワイイんだから」

「うるさいうるさいっ!」


 そんな私の気遣いもフレアにはどこ吹く風。

 先程まで弟子として師匠を敬う姿勢を見せていたヴィオラだったが、こうして見るとまるで姉妹のようだな。

 ……フレアも、楽しそうなこと。かつての人形のようだった頃が嘘みたいだ。


「ふっ……」

「くそ……! 笑ったな! 後で覚えてろっ!」


 微笑ましくて笑ってしまうと、目ざとくそれを見つけたヴィオラが薄っすらと潤んだ瞳で叫ぶ。

 それがまた微笑ましくて──それでも同じ被害者の好として、黙っている私だった。




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