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第二十九話:準備

 アリエッタと別れ寮に帰る頃、日はすっかりと落ちており、魔力灯の温かみのある色が石畳を染める様になっていた。

 今日も目まぐるしい一日が終わっていく。驚くほど早く過ぎる時間にわずかに口角を上げる。

 一日が早く感じるというのは言わずもがな、不老不死の私にとってはまず一日という小さな区間の終わりを認識するということさえ新鮮だった事を思うと、私も大分人の価値観に近づいてきたと言える。

 ……そういうわけで、本来ならばこれで一日もお終い。あとは食事や風呂を済ませて寝るだけというところなのだが。

 今日は少しばかり、まだやることが残っていた。

 二三、周りを確認する。日が落ちる時間にもなると、学園の中はもう誰も歩いていない。生徒達はもう殆どが寮に戻っていて、今頃は夕食の時間を待っているか、買い食いが過ぎて部屋でゆるりと過ごしているかのどちらかだろう。

 本来ならば私もその一員なのだが、わざわざそんな時間に人目のない場所にいるのにはわけがある。


「『門』よ」


 言葉身近にその魔術の名を呟く。

 任意の場所と場所とを繋ぐ『門』の魔術だ。

 行き先は当然──


「邪魔するぞ」

「ひょおおおおおっ!? て、テオ殿っ!?」


 我らが学園長殿の部屋だ。

 驚愕とともに放り投げられる、琥珀色の液体が注がれたグラス。

 指を振るい、飛散した液体を収めてグラスを机の上に置く。


「こちらに来られる前には一言お声がけくだされと言ったじゃろう!?」


 顔を真っ赤にして──いや、これは既に少し酒が回っているようだ。

 憤慨しているのは酒で気が大きくなっているのか、私との接し方に慣れてきたか。


「面倒だったのでついな。それよりも晩酌には少しばかり早い時間に思えるが」

「このまま永遠の眠りに就く所でしたがな! ……して、此度は何用ですか。ある程度は察しも付いておりますが」


 酒への小言は流しつつ、本題を切り出すガーディフ。

 私の扱いが慣れてきたというのもあるようだ。

 とはいえこれは話が早くてよい。


「恐らくはお前の考えている通りだ。『若鳳杯』とやらについて聞きにきた」

「やはりですか……まあ貴方の事じゃからそうだろうとは考えておりましたが」


 露骨にため息を吐き出しつつも、ガーディフは何処か穏やかな様子だ。

 このため息も、私の目的そのものよりも突然の来訪に対する呆れの様な感情から出たものだろう。


「参加者が知りたい。アリエッタに比肩しうる参加者がいるかどうかだ」

「結論から言えばおりますわい。まあ儂としてはもう少し黙っていたかったのですが──」

「ほう」


 さてではその本題の方と言えば。

 予想──いや、期待はしていなかった言葉が飛び出した。 

 しかし、それだけではない。何やら聞き捨てならぬ言葉も付随している。

 『もう少し黙っていたかった』。これは気にかかった。

 勿体ぶっている様子はない。本当に私に対して黙っていたかった様に見受けられる態度だが──


「ほれ、こちらですじゃ」


 それにしては、往生際が良すぎる。

 ガーディフの性格的に、私にいいづらいことがあれば最後まで隠そうとするはずだ。

 結局私が気になれば開示させるのはわかっているのだろうが、それでも奴はなんだかんだと理由つけて出し渋るはずだ。

 とするならば──

 ガーディフが差し出してきた書類を、ガーディフの眼を見たまま受け取る。

 ……やはり、過度に怯えた様子はない。諦観、あるいはそこに書かれていたのは──


「ヴィオラ。……姓は無いのか」


 ヴィオラという名前の少女の情報。

 『若鳳杯』の参加規約上当然だが、アリエッタと同じ年。

 背丈もアリエッタと左程変わらず、入学までの経歴は無し。アリエッタと同じく学園に入学することで頭角を表してきたと言ったところだろうか。

 これでガーディフが太鼓判を押すくらいだ。期待が出来るのではなかろうか。

 読み進めているうち、機嫌がよくなっていくのを実感した。これならば隠す必要もなかったろうに。

 ……と、思っていたのもある行に眼を止めるまで。


「セレスタス魔術学園所属……?」


 その名を読み上げると、ガーディフの肩がびくりと震えた。

 セレスタス。その名には見覚えがある。アリエッタが通う学校を探す際、候補に入ったからだ。

 セレスタスというこの学園も、かなりの名門である。こちらでは武術なども重視し、セントコートよりも戦闘を重視したカリキュラムが組まれているという。

 正直にいえば私好みの教育内容だったのだが──ただ一つ、懸念することがあって敬遠したという事があったのだ。


「……ガーディフ、貴様知っていたな?」

「隠していたわけではございませんぞ。聞かれたからにはお答えしましたがの」


 語気を強めて言うと、ガーディフは口笛なぞ吹きながら眼を反らす。

 呆れも混ぜて、ため息を吐き出した。

 ため息の半分はヘタなごまかし方をするガーディフへの呆れ。もう半分はガーディフが隠していた”人物”についてだ。


「このヴィオラとやらの──師匠。『フレア=バルビエ』。何故黙っていた?」


 強めていた語調を緩めて見せると、ガーディフは露骨に安堵の息を吐き出した。

 怒りの表現はただの脅しだ。よくも黙っていたなという意趣返しに過ぎない。

 ……フレア=バルビエ。三界戦争の『三英雄』、賢者ガーディフと天魔テオ、そして──『勇者フレア』と呼ばれる、三英雄最後の一人だ。

 個人的に、私はこのフレアという人物が非常に苦手であった。

 嫌いでは無いのだが、なんと言うやら──


「はあ……義理もあるだろうし、板挟みというのなら仕方がないがな……」

「……! なんと、まさかテオ殿から『仕方がない』などというお言葉が聞けるとは……」

「怒りに任せて暴れた方が『らしい』か?」

「めめめ、滅相もございません! 温情には感謝いたしますとも! ええ!」


 三界戦争の英雄フレア。もしも奴が、私がここにいることを知っていたのならば、この平穏はありえない。

 私の存在を奴が知れば、まずここにやってきているだろう。

 そうなればもうめちゃくちゃだ。アリエッタとの平和な日常も、何処かへ吹いて消えていただろう。

 ……つまり、ガーディフは私の存在もまた奴に伝えていない。

 混乱を恐れてのものとはいえ、私の利益にもなっていることを評価しないわけにはいかないだろう。


「ふっ……酒は程々にしろよ。私はもう帰る」

「む、肝に銘じておきますわい」


 それ以上追求することはしない。

 ガーディフのこういう所が、嫌いではない。小心者らしく立ち回っていつつもなんだかんだと義理を立てる律儀さのようなものが、なんとも人間らしいものだ。

 『門』を起動し、学生寮付近の適度な場所へと帰ることにする。

 残した小言は──明日には忘れているのだろうがな。


 ◆



「帰ったぞ」


 あまり大っぴらに『門』の魔術を見せぬよう、学生寮から少し離れた位置に転移した私は僅かな距離を歩き、あてがわれた寮の一室へと戻った。

 声をかけながらドアを開く。


「おー、お帰り。メシの時間も見なかったけど、ちゃんと夕飯食ったん?」


 すると、中から迎える声が一つ。

 快活な少年の声。


「ああ、外で済ませてきた。」

「そっかそっか。ならよかった」


 ルームメイトの、シュリオの声だ。

 寮は二人で一部屋を使う。私と共にこの部屋にあてがわれたのが、クラスメイトであるシュリオだったというわけだ。

 私には、これがなかなかありがたかった。シュリオの話好きで、しかし必要以上に踏み込まない距離感は私にとって心地よく、私の力をある程度知りつつも物怖じしない態度はありがたい。

 何やら本を読みながらベッドに寝転がっているシュリオを横目に見つつ、机に座る。

 眠る時間にはまだ少し早い。私も何か暇つぶしに小説でも読もうか。

 物語は、嫌いではない。私の知らない何かがそこにはあるからだ。

 さて、この本は何処まで読んだか。栞に指をかけた、その時だった。


「なあ……テオドール」


 シュリオの寝転がったベッドの方から、重く暗い声がかけられる。

 椅子に座ったまま、私は体の向きを変えることで続きを促した。


「そのー、あのー、突然なんだけどさ。『若鳳杯』ってどう思う?」

「どう思うとはどういう意味だ? ……まあ、なかなか面白い催しなのではないかと考えているが。アリエッタがどの様な活躍をするかが楽しみだ」

「ブレねぇなあ。……いや、つーことは、テオドールは出ねえのこれ? なんか保護者みたいな目線みたいに聞こえっけど」

「当たり前だろう。ヴァレンスの言っていた通り、自らの力を測り記憶する事こそが肝要の大会だ。私は自分自身の力を把握しているし、私が出ることで他の参加者が本来の目的を果たせなくなるだろう」

「うお、すげー自信……っていや、マジで言う通りなんだよな……でもそっか、出ねえんだな」


 今ひとつ要領と意図の読めぬ質問だが、乾いた笑いを浮かべつつも安堵した様子が見える。


「いや、テオドールが出なくてもアリエッタさんが出るなら優勝はキツいと思うんだけどさ、俺も出てみようかなーって、若鳳杯……」

「ほう」


 だが、聞けば単純。私が出ないのならば若鳳杯に出てみようかと考えている、とそういうことらしい。

 確かに降魔の森での一件を見ていたのならば、文字通りの試し合いを目的とした大会でも私を警戒するのは当然のことだ。


「私は良いと思うが。現状ではアリエッタに勝つことは不可能だろうが、それもお前に取って得るもののある経験になるだろう」

「そ、そうか?」

「ああ。お前は自分をどう評価しているか知らんが、私はお前をそれなりに評価している。腐らず研鑽を続ければやがて大成するだろう。その一助にするというのならば、これ以上の機会もない」

「お……おおお!? ま、マジか!?」

「現状の正当な評価だ。だが驕るなよ、今のお前は原石に過ぎんとも言っている」

「いや! お前にそう言って貰えるならそれが最高の褒め言葉だって!」


 何やら随分と興奮している様子だ。

 あの程度の力を見せただけで買われたものだがまあそれでやる気が出るのならばよい。

 それに今言ったことに偽りはない。シュリオはやがて大成するだけの器がある。それがいつしかアリエッタに良い刺激を与える可能性もある。


「やる気があるのは良いことだ。精々励めよ」

「おうっ! 燃えてきたぜ!」


 意外とこれはこれで若鳳杯に面白い流れを作るかもしれんな。


「そうと決まれば……寝るッ! 明日から特訓するぜーッ! あ、灯りは寝る前に消してな! 俺明るくても寝れっから!」

「あ、ああ」


 しかしまあ単純と言うか。

 いや微笑ましいことだ。若者がこれと決めて道を走る様は、今では眩しいものがある。


「……私も、寝てしまうか」


 話し相手も居ないのに無為に起きている理由もない。

 明るくても寝られると言っていたが、灯りを消したほうがより良質な睡眠を得られるというものだろう。

 ベッドへと移動し、指を振るうと動きに反応して灯りが消える。

 面白い世の流れに想いを馳せつつ──私は、静かに眼を閉じた。



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