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第二十五話:災禍の剣

 美しい光が走る。地を削り、木々をなぎ倒しながら。

 シャーロットの真っ直ぐで気高い心を表すかのように、悪を打ち砕く義憤の力と化して。


「く、おおおおおっ! これは! バカな……!」


 神々しいその光に、魔族の男は叫ぶ。

 何故ならば──それは三百年前に勇者と呼ばれた魔術師が使った力に酷似していたから。

 昔を思い出す。『三界戦争』において、英雄と呼ばれる人間は三人いた。大魔術師ガーディフ=ゴードリック。この私テオ=イルヴラム。そしてあと一人が『光の勇者』と呼ばれる少女だった。

 光の属性は、使用者の少ない稀有な力だ。その光は、勇者の再来を感じさせた。

 使い手は臆病な少女だが、紛れもない勇気によって放たれたものだ。時代が時代ならば、今この時が新たな勇者の誕生と記されていたのかも知れないな。

 だが──飽くまでもこれは目覚めだ。大いなる力の一端が、一握りの勇気によって絞り出されただけ。


「ぐ……く……羽虫が、まだ居たというのか……!」


 光が過ぎ去った後には、魔族の男が立っていた。

 力の奔流に飲み込まれてなお、健在な姿のまま。

 彼方此方傷がついてはいる。ダメージも明確だ。だが──まだ、立っている。

 その凶悪な瞳が、シャーロットを射抜く。

 限界を超えた一撃による消耗と、恐怖からシャーロットは腰を抜かしてへたり込んだ。

 死。かつて彼女を脅かした存在が、より近くで彼女を睨みつけている。

 だがシャーロットは涙を浮かべつつも、口を震わせつつも、蛇のようなその瞳を睨み返して見せた。

 激昂する男。しかし、アリエッタとヴァレンスが、シャーロットを守るように並び立つ。


「形勢逆転だな」


 そう、男はまだ立っている。立っているが、その消耗は尋常ではなかった。

 シャーロットの魔術が、それだけ凄まじかったのだ。

 威力だけならば、アリエッタの全力の魔術にも比肩しうる一撃と言えるだろう。

 実際に戦いとなればあれだけのタメは中々通るものでもないし、打ち合いまではまだ出来ない。だが、俗に『砲台魔術師』と呼ばれる、足を止めて強力な魔術の行使に特化したスタイルもある。破壊力一点突破の攻撃魔術専門の魔術師としては評価せざるを得ない。

 雷に打たれてもぴんぴんしていた男が、今では肩で息をしているのだ。もはや余力は僅かにしか残されておらず、魔力の総量ではアリエッタとヴァレンスを足した数値に及ばないだろう。

 シャーロットの介入は、はっきりいって予想外だった。

 言うまでもなく、予想の上の出来事だ。まったく、この少女たちは楽しませてくれる。

 ……しかし、形勢逆転は早計ではないかヴァレンスよ。


「まさか……人間如きにこの力を使う事になるとはな……」


 この男の魔力は確かに限界だ。

 だが私は、この男の魔力とはまた別に、魔力の反応を感じていた。

 アリエッタが形勢逆転と、それに準じる言葉を発さなかったのはそれが理由だ。

 魔力の感知能力は、アリエッタの方が優れているらしいな。


「この力、だと……!?」

「そうだ。貴様もその歳の魔族ならば『三界戦争』は覚えているだろう……! あの『天魔』を倒すための力よ……! 人間風情、造魔如きでなんとかなるだろうと高をくくっていたが──私がこの力を使う以上、全て終わりだ!」


 天魔。まあ懐かしい名前を聞いたものである。

 三界戦争の英雄。大魔術師、勇者、そして『天魔』。勇者に比べてなんともな名前だと、今では思う。

 それはさておき。なるほど。自慢の魔造生物を十体あまりも倒されてのこのこ顔を出すとは、仕事の割に浅はかな男だと思っていたが──隠し玉があったというわけだ。


「見るが良い……! 俺が『天魔』テオ=イルヴラムに克つために生み出した力を──!」


 ぞわり、と。男の髪が逆立っていく。

 私はその時、男の左胸に魔力が収束していくのを感じた。


「く──! させるか……!」

「遅いわ!」 


 どうやら左胸に埋め込んだ何かにより──男の身体は変質していく。

 土気色だった肌は病的な白さに、爪と牙が伸び、目は避けるように広がり──

 変化を止めようとしたヴァレンスが飛びかかる。だが男が爪を振るうと魔力が吹き荒れ、その力場はヴァレンスを軽々と舞い上げ、大木へと打ち付けた。


「ヴァレンス先生っ!」


 シャーロットが悲痛な声を上げた。

 今の所、男と対峙している中で最も強いのはヴァレンスだ。そのヴァレンスが──変化後の姿ではなく、変化の途中に近づく事さえ出来ない。

 ……頃合いか。これ以上は、見ていても仕方がない。

 ヴァレンスとアリエッタを足しても、変化した男とは勝負にならないだろう。

 私は今度こそ『門』を発動し、身体を埋めた。


「どうやら、何か取り込み中のようだ」


 そして、先程まで魔術師の目で視ていた場所で、そう発した。

 その場の視線の全てが、私に集う。困惑が二つ。呆れが一つ、憎悪が一つに──屈託のない笑みが、一つ。


「テオさま……!」

「先生っ!」


 二人の少女の声が、私を出迎えた。


「ち、そういえば貴様が居たんだったな……遅いぞ」

「文句を言うな。これで色々忙しいのだ」


 ヴァレンスからは悪態が飛んでくる。

 私だって色々とやる事があったのだ。弟子の成長を見届けるとか、な。


「テオさま……私……」

「先程の魔術はお前だな? ……立ち向かえたのだろう、よくやったな」


 シャーロットの頑張りを褒めれば、涙ぐむ声が聞こえる。

 腰が抜けていたのは幸いだ。抱きつかれる雰囲気でもないし──


「そして何より、よく頑張ったな、アリエッタ。強力な魔造生物を倒し、遙か格上の相手を追い込み本気を引き出した。私がこの課外授業の点数を付けるならば、お前は百点満点だよ」

「──! はいっ! 勿体ないお言葉です……!」


 一番の目的は、アリエッタを労う事だ。

 本当によく頑張った。数多の成長に、今私は感動している。

 抱きついてこられたので、つい癖で頭を撫でてしまった。

 お互いあまりにも動きが自然だった気がする。まあ、こうされれば誰だって頑張った少女の頭くらい撫でてやりたくなるだろう。決して不自然な動きではない、と思う。


「は、え? テオドール……? 今どっから……もうワケわかんねぇ……」


 ちなみにというとシュリオは混乱していた。

 無理もない。機会があればこいつの面倒もみてやりたいが、さてどうなるか。

 まあ、今は置いておこう。

 それよりも、今は後片付けだ。


「貴様──何者だ? 羽虫ではないな……?」

「羽虫か。見くびられるという感覚は久々だな」


 私の姿をみとめた男が、静かに問いかけてくる。

 先程まで激昂状態だったが、落ち着いている。余程『例の力』に自信があるのだろう。

 明らかに舐めてかかられるという貴重な体験に、こんなのは何時ぶりだろうかと目を閉じ、逡巡する。……少し考えてみたが、思い出せなかった。入学試験の時のものを含めれば最近にも体験しているが、本格的に見くびられたのは大分前の話かもしれないな。

 ……ふむ。何やら三界戦争の頃の私を知っているらしいが、やはりこの姿では同一人物とは思わないようだ。あの頃はローブを目深に被っている事が多かったし、そもそも三界戦争絡みだと私の姿を見もしないで恨んでいるやつも多い。


 どれ、少しどの程度知っているか見てみるか。

 目をゆっくりと開き、僅かな魔力を右の手のひらに乗せる。

 そして、掲げた。無色の魔力に私の得意とする属性を通す。すると──黒い風の竜巻が、赤い灼雷を伴って吹き荒れた。黒い竜巻は遙か天まで届き、最上部は森を飲み込むほどに広がり──赤い雷は竜巻の回転に従って常に巻き起こっている。


「……貴様、いや……思い出したぞ! 貴様は!」

「覚えている事が確認できればその先は言わんで良い。一度は私の姿を見た事があるようだな」


 灼雷を伴う黒い竜巻は、やがて収束していき、私の手へと集まっていく。

 やがて手を握り込むと──そこには、赤い線の走った黒い剣が握られていた。


祀神器(ししんき)──!」

「『災禍の剣』か……! まさかまたそれを見る事になるとはな……!」


 男が『災禍の剣』と呼んだもの。それが、私の手に握られた剣の名だ。

 かつて私が戯れに造った武器のうち幾つかが『祀られる神の武器』──祀神器と呼ばれ、闇の力を宿した雷と風を打ち上げた剣を、災禍の剣と呼ぶ。

 私にすれば仰々しいのは名前だけ、大昔に戯れで乱造した魔道具のうち一つに過ぎないが──天界を巻き込んだ魔族との戦争を三日で終わらせる程度の力は持っている。ヒトからすれば、それに神の力を重ねたのだろう。

 男は震えていたが──


「く……ははははははは! ツイている! まさか、貴様とこんな場所で出会えるとはな! あの戦で一撃のもとに下されるという屈辱から三百年間! この時を待ったぞ!」


 怯えていたわけではない。どうやら興奮の発露であったようだ。

 こういってはなんだが、稀有な存在だ。再会を願われるというのは私の人生でも数えるほどしか無い経験であるがゆえ。

 特に敵として出会った者には二度と会いたくないと言われる事もざらだったのだが。


「見ろ……! 私はもうあの時とは違う! 見よ、この究極の力を!」


 何がこいつをそうまでさせたのか。つい興味が湧いて、私は男を観察していた。

 拳を腰の横に構え、魔力を溜めていく。

 魔力の風圧が木々の形を歪めていた。


「こ……こんな奴が居たというのか……!」

「あ、わ……」


 シャーロットが、その力に恐怖している。

 確かに、この魔力は表の世界ではガーディフ以外に比肩しうるものはいるまい。これと合成獣達で世界を征服するつもりだったというのも、与太話と笑い飛ばす事は出来ない。

 この男がガーディフを足止めし、世界中へ合成獣達で同時攻撃を行う。それでもガーディフの戦力を考えればやがて暴動は鎮圧されるだろうが、世界へ再建不可能なダメージを与える事は出来るだろう。


「っはあぁーッ! ……どうだ、この力は! もはや俺に敵うものは居ない! 三百年前の贖いをもって、世界の終わりの幕を開けてやるぞ……!」


 それを考えれば世界を終わらせるというのも与太話ではないが──それは裏の魔術師達が全員黙っていてくれた上での話だ。

 ……この世界は、表の世界の代表であるガーディフによって秩序が保たれている。が、裏の世界にはガーディフ以上の魔術師も数多く存在している。ならば何故世界が平穏を保っているか。

 いい加減な話ではあるが、裏の世界も裏の世界で割と秩序だっているのだ。なんだかんだといって、世界がなくなれば困る。だから野心を抱くやつというのは邪魔で、出る杭は打たれている。それだけの話しである。

 所詮はこの男も『出る杭』だ。


「……はっ」


 鼻で笑う。よくもまあこの程度でここまで増長できたものだ。

 男の顔に、青筋が走った。その怒りに呼応して風が吹き荒れる。


「く、くっくっく……その態度が前から気に入らなかった……! 終わりだ天魔! 消え失せろ災厄! 今この瞬間が、我ら新しい魔族の歴史の幕開けだァーッ!」


 男は思い切り振りかぶった手を、前へと突き出す──動作に載せて解き放たれたのは氷の魔力だ。魔力が突き進むごとに地面より突き出ていく、鋭い氷柱の並びは、獣のアギトを思わせる。

 魔力の量は多い。込められた氷の魔力が着弾すれば、大陸一つをまるごと凍てつかせるくらいはするだろう。

 そうなると、私は無事でもアリエッタやヴァレンス達が無事では済まない。

 迫りくる零度の珠を見据え、私は──小さく、ため息を吐いた。

 ──結局は、この程度か。


 魔力球を臨んだままに、私は『災禍の剣』に僅かな力を込めて、無造作に振るう。


 剣から、赤雷と黒風が解き放たれる。厚い鉄を紙の如く引き裂くような音と共に、災厄が解き放たれた。


「は、馬鹿な」


 解き放たれた災禍は木々を、土を、男の放った魔術を飲み込みながら突き進む。

 そして男さえも飲み込もうとしたその瞬間に、男はたったそれだけをつぶやき──

 それで、魔族の男は消滅した。


「……えっ」


 背後からアリエッタの声が聞こえる。

 振り返るとぽかんとした顔をしていて、私の顔を見てから、男の居た場所を見る。

 が、そこにはもうなにもない。

 男の姿も、草も、木も、地面も。

 ただ、なにもないというわけでもない。大地には、山脈ほどもある巨大な穴が出来ていたのだから。下を覗き込んで見れば、底に広がるのは暗闇だけ。


「え……ええええええっ!?」


 シャーロットが素っ頓狂な叫びを上げる。

 ヴァレンスが、魔族のような真っ青な顔色になっている。まあ実際──魔族なのだが。


「も……森が……谷になってしまった……」


 あんぐりと口を開けて、ヴァレンスが呻く。

 ……いかん、少しやりすぎたか。

 油を差し忘れた絡繰のように、ヴァレンスが、シャーロットが、忘れかけていたシュリオが私を見た。

 何が起きたかを理解したのだろう、アリエッタの顔が輝く──が、私は合理的な男。多数決には素直な方だ。

 それによると、やはりまずいらしい。


「後で直しておく」

「直せるわけねーじゃんッ!」


 反省の意も込めて、そう告げると、シュリオから激しいツッコミが寄せられた。

 いや出来るのだが。勝手に動けばそれはそれで問題になるのだろうなあ。

 直せばいいというわけではないのは、人の世の柵と言ったところか。


「……とりあえず、テオ……ドールは後日、ガーディフ校長を尋ねるように。それでは……」


 ヴァレンスはそうそうに諦めたようだ。


「これにて、第一回校外学習を終了とする……」


 なんともしまらない空気の中、キャンプの終わりが宣言された。


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