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第二十四話:魔族

「答えろ。俺のダイノゴーレムを倒したのはどいつだ? 小僧ではないな。小娘か、それとも──そこの同類か」


 突然の闖入者──いや、この森で暗躍していた魔族の男が、アリエッタ達の間に視線を動かしながら尋問する。

 威圧のために開放された魔力は凄まじい。葉が騒ぎ、木が揺れる。自然と放出される力だけで、暴風を生み出すほどだった。

 だがアリエッタ達をそれ以上に驚愕させたのが、魔族の男が『同類』と口にした事だった。その際の視線はヴァレンスに注がれており、二人の視線が集められる。


「……ちっ」


 ヴァレンスの舌打ちが、その真偽を語っていた。

 魔族。平和な人間界ではもはや伝説のみに姿を残す存在が二人も現れた事は、アリエッタさえ驚愕させる。

 ヴァレンスが異質で強い魔力を持っているという事は感じていたようだが、まさか魔族だとは思わなかったようだ。


「わたしです。だとしたら、どうしますか」


 だが今はそんな事を気にしている場合ではない。その場の全員がそれを感じ取っていた。

 魔族の男が急激に熱される事を防ぐため、アリエッタが男の問いかけに答える。


「殺す。おかげで面倒が増えて不快な気分だ。それに試験用の量産型といえど『ダイノゴーレム』を破壊する人間を捨て置く事は出来ない」


 しかしその問答に意味はない。ダイノゴーレムというらしい、タイラント・リザードの魔造生物にあんなろくでもない命令を刻み込むような男だ。

 まともな会話が出来るはずもない。


「量産型だと……!? 貴様、あんなものを作ってどうするつもりだ!」

「貴様も魔族だろう? 知れた事ではないか。復讐だよ。人間の世界を破壊する。それ以外にあるか?」

「……!」


 なにせ、これから世界を破壊しようとしているのだ。

 ここでアリエッタを殺すという意思も、後か先かの違いしか無いはずだ。

 ……わかりきった事だとはいえ、やはりこうなってしまうか。

 こうなると、私にとっても少し困った事になったと言わざるを得ない。

 本当の事をいえば、このまま何もせずに帰ってくれるのがベストだったのだ。今の段階では、アリエッタに私の力をあまり見せたくないからだ。

 最近では何やらテオとテオドールを大分強く重ねているようだし、ある程度以上の力は見せないつもりだったのだが──

 殺意と共に吹き荒れる魔族の男の魔力は、アリエッタとヴァレンスを合わせてもどうにかなるかならないか、というレベルのものだった。

 これを対処するとなると、私が見せる力ははここまで、と考えていたラインを大きく超えてしまう。


「す、凄まじい魔力だ……! ここでやるつもりか……!?」

「無論そのつもりである。どうやら貴様は腑抜けているようだからな、我ら魔族の再興に必要ない存在と判断した」


 話はもう収集がつかないところまで進んでおり、後は何時始まるかという段階まで来ている。

 長く生きているのだからヴァレンスの奴がもっと強ければ、なんて思うのはただの八つ当たりだ。


「くっ……不本意だが、手を貸せアリエッタ=ペルティア! 悔しいが、私一人ではどうにもならん……っ」

「元よりそのつもりです。先生が来るまで、時間を稼ぎましょう」


 男の魔力に対抗すべく、アリエッタ達も魔力を開放する。

 もはや、表の世界で生きる人間ではどうしようもない戦いが始まろうとしていた。

 この男の実力は、紛れもない『裏』のものだ。

 光当たらぬ裏の世界に埋伏する魔術師の力は人智を超えている。

 が──この男は精々裏の入り口といった程度。今のアリエッタがヴァレンスと組めば、あるいは。

 もしかすると、これがアリエッタを大きく躍進させる一因になるかも知れない。

 そんな予感を覚え、私は少しの間静観する事にしてみた。

 反抗の意思を感じ取り、魔族の男の顔が歪む。

 時間の無駄と憤っているのだろう。傲りもあり、と。これはもしかするともしかするかもしれん。


「雑魚どもが……! やはり愚かな人間とそれに毒された腑抜け! 四肢を千切り造魔共の餌としてくれる!」


 男の殺意と共に爆風が吹き荒れ、収まる。

 戦いの始まりに、アリエッタ達が構えた。

 最初に動いたのは、激昂する男だ。

 腕、いや、爪を振り上げ、魔力を込めて振り下ろす。

 たったそれだけの動作だが、放たれた五本の魔力刃は地を裂きながらアリエッタ達へと向かう。

 たとえ一本でも、アリエッタの即席の盾を破るだろう威力のものが、五本。回避を強要され、アリエッタとヴァレンスは分断される。


「小娘にも腹が立つが、より苛立つのは貴様だ、腑抜けめ! 魔族の面汚し、生かしてはおけん!」


 跳んだヴァレンスに追従し、魔族が跳ねる。

 瞬きの間に肉薄するスピードに、ヴァレンスは目を見開いた。

 だが流石は特待クラスの教師、交差させた腕に魔力の盾を纏わせ、魔爪の一撃を耐える。

 それでも小石を弾くように、ヴァレンスの身体はすっ飛んでいく。


「ぐっ!」


 地面に叩きつけられる寸前、ヴァレンスは身を翻し、両足に加えて片方の手を支点に着地してみせた。

 だが既に魔族の男は追撃へと入っている。より魔力を練られた爪が怪しく光る──


「『フレアディストーション』!」


 そこに、アリエッタの妨害が入った。

 放たれた炎槍は十本。たっぷりと魔力が練られ、数も奮発されている。

 ──いい選択だ。抉るような回転は、格上の相手の防御を貫くに適した挙動だろう。


「小賢しい!」


 怒りで反応が遅れつつも、魔族の男は爪を薙ぎ払い、炎槍を打ち払う。

 だがこの炎槍の目的は、ヴァレンスへの救援だ。救援のみが目的ならば捻じれの形状は必要なかったのだが、そこはあわよくばという思いが混じったのだろう。


「『サンダーボルト』──!」


 しかし目的は果たした。

 振り返った男に、ヴァレンスの放つ雷が落ちる。

 ヴァレンスへの攻撃のために充填した魔力は消費され、体勢までも崩した。そこに放たれる神速の『雷属性』の魔術だ。攻城兵器の砲撃を思わせるような音と共に、衝撃と電流が男の身体を走る。

 ダメージは──それほどでもないだろう。が、更に男の体勢が崩れる。

 それを確認し、ヴァレンスは勢いよく飛び退いた。

 アリエッタの魔術に巻き込まれないようにだ。

 手を添えて掲げられた杖の上に火球が膨らみ、凝縮される。その上に更に火球が生まれ、また押し込められる。

 やがて高密度になった西瓜大の火球は──荒れ狂う炎の力を無理やり凝縮した、小さな太陽のようだった。


「『メテオフォール』……っ!」


 強烈な熱量を込めた火球が、唸りを上げて魔族の男へと投げつけられる。

 まともに炸裂すれば、範囲を限定された灼熱が膨らみ上がり、小さな範囲を考えうる限りの暴虐で焼き尽くすだろう。

 それはまるで滝壺。まるで竜巻。あらゆる力の流れの具現を、高密度のエネルギーそのものである炎でいっぺんに行う、混沌の体現。

 恐らくこれは、アリエッタがこの男を倒しうる唯一の攻撃。

 だが──より早く、より強くを意識して作られた魔術であるがゆえに、そこには穴がある。

 未だ雷の衝撃に動けぬ男だが、睨みつけるようにして無色の魔力を放った。


「……!」


 アリエッタが、歯噛みする。

 男が放った魔力は、一般的な学生の初歩魔術ほどの威力だったが──

 接触により火球は起爆。極めて限定的な範囲を破壊し尽くす魔術は、虚空を灼いて消えた。

 ゆらり、と男が立ち上がる。

 とっさに距離を取るアリエッタとヴァレンス。

 静けさ。しかし穏やかさとは正反対の空気が場を支配する。

 男の幽鬼の如き動きは、粘つく油のような怒りを体現していた。


「雑魚共が……っ! 雑魚どもが! もはや許さん! 造魔共の餌でさえ、貴様らには上等が過ぎるわ!」


 汚泥のような怒りは、突如として着火。業火となって燃え盛る。

 男が両腕に魔力を集める。戦いが始まって、初めて宿る属性の魔力だ。

 その属性は氷。とっさにアリエッタが炎の魔力を焚くが──

 無駄だろう。これで決着だ。

 男の両手には、既に森ごと生命を凍てつかせるほどの魔力が集まっていた。

 無色の魔力でさえ地を割く威力を持っているのだ。二人にこれを防ぐ手立てはない。

 ガーディフから、という建前でアリエッタにも護符を持たせていたのが幸いした。

 とはいえ、だ。何が起きても死ぬ事はないのだが──アリエッタが痛い思いをするのは、本意ではない。一足先に、アリエッタ達には学園へと帰っていてもらおう。

 と、そう思っていたのだが。


「う、あああああああッ!」


 少女の声が、森に響く。アリエッタのものではない。だが他の女子生徒は、全員学園に戻っている──?

 いや違う。ただ一人、残っていた者が入るのだ。


「シャーロットさん……!」


 叫びとともに乱入してきたのは、シャーロット=ソーニッジだった。

 隠れて様子を見ていたのだ。それが、飛び出してきた。

 裂帛の気合と共に、シャーロットの手に魔力が集う。

 操れる者の少ない希少な力──『光属性』の力が。


「なっ……」


 その手に集う力の本流に、魔族の男が初めて焦りの色を浮かべた。

 手に集う魔力は、シャーロットの持つ魔法具である剣へと流れ込み──


「『ヘブンズソード』──!」


 光の刃となって、振り下ろされた。


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