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第二十三話:咆哮する力

 アリエッタにつけた魔術師の目。それに意識を向けると、今まさにアリエッタが接敵する、という瞬間だった。

 我ながら完璧なタイミングの良さだ。

 森を駆け、巨大な魔力の元へと向かうアリエッタ。

 最後の被害地点は、広場になっている場所だった。戦いやすいおあつらえ向きの場所だ。

 まるでスポットライトに照らされたかのように木々が退けられたその場所に居る、この劇の悪役──


「ドラゴン……? いや、違う……これは……?」


 山羊頭でも、熊頭でもない。

 そこに着いてアリエッタが見た『敵』の姿。

 それは、一言で言えば、凶悪なものだった。

 魔造生物の攻撃性を余す所無く表現するような切れ長の瞳。発露した凶暴性の象徴、閉じられた口から飛び出たいくつもの牙に──爬虫類を思わせる鱗の皮膚。

 これは、太古に生きた凶暴な生物だ。今ではもう図鑑にすら記されていない、絶滅した種類である。


 と、言ってもこの種類が絶滅したのは、七、八百年ほど前という、割と最近の事だ。

 異常なまでの凶暴性は放っておけば全ての生物を喰らい尽くすほど。一つの土地を不毛のものに変えては、また次の土地へと向かう──

 そんな生態が目障りで、私が滅ぼした『怪物』である。

 その名は暴君。ドラゴンに似て非なる者、巨大で凶悪なその外見から通称は『蛮竜』──正式な名をタイラント・リザードと言われていた古代生物である。

 かつて私が滅ぼした古代生物と魔界の魔物を掛け合わせて造ったのがこの『大当たり』の正体だ。

 その『格』は十二分。既に失われたという神秘性、太古に生まれたという存在としてのキャリアに、近縁種が絶滅していく中最後まで暴君で有り続けた実績。

 生物としての史上で三指に入る怪物に、魔界の生物の魔力を足した魔物──その強烈さは、表の世界を滅ぼしうる驚異を秘めている。


「あ、アリエッタさん!? 来るな、コイツ、他のとは違げぇッ!」

「確か、シュリオさん? いえ、ここはわたしが代わります。貴方は、負傷者の救護を」


 だが、アリエッタ以外の生徒にも、その格に耐えうる存在が居たらしい。

 シュリオだ。呻く二人の生徒を庇うように立ち、タイラントと対峙している。

 その才能には一目置いていたが、まさかこれほどとは思わなんだ。

 意外な活躍に口笛でも吹きたい気分だったが、まずは生徒達のケアが必要だ。

 『取命の護符』の強制発動で、負傷した生徒を還す。しかし、これは少しまずかったようだ。


「トーマス!? ロニー! ……畜生ッ!」


 発動の条件を満たしたと──学友の二人が絶命したと誤解されてしまった。

 シュリオは普段、軽い笑みを貼り付けた顔を激しく歪ませて、魔造生物タイラント・リザードマンへと向かおうとするが──


「落ち着いてください」

「っブゥ!?」


 急接近したアリエッタに頬を叩かれ、二マートルほどの距離を吹き飛ばされた。

 風船を割ったような激しい音だ。いくら魔力で防御していても、痛いものは痛いだろう。


「な、何するッ……」

「激昂して、あれに勝てるのですか? それも消耗した状態で。先に送り返された二人も無事ですよ。消える寸前まで、魔力を感じましたから」

「ほっホントか!」


 アリエッタに食ってかかろうとするシュリオだが、冷静な分析を聞かせられて、頭が冷えたようだ。

 見ればシュリオは既に怪我だらけで、アリエッタが介入しなければ今送り還した二人よりも先に学園に戻る事になっていただろう。


「シュリオさんも護符を使って返ったほうがよろしいかと。お気づきでしょうけど、今はまだ、アレには勝てないと思います」


 突然の闖入者に様子を窺う暴君を視線で牽制しながら、アリエッタは極めて合理的にそう告げる。

 シュリオは何かを言い返そうとしていたが、彼も頭は悪くない。アリエッタの提案が最も合理的だと気づいてしまっている。


「け、けどよ……」

「なるべく早めに──いえ、もう遅いですね。隙を見つけて離脱する事をおすすめします」


 だがそう提案されても、可憐な少女を一人残して去る事はためらわれたのだろう。

 中々男気のある奴だ。が、判断力は今ひとつか。この様な敵を前にすれば無理もない事ではあるが。


「グロアァァァァァ──ッ!」

「いぃっ……!」


 恐れるべき竜が、吠える。

 太く力強い両腕を広げ、太古の兵器が駆動するような、不気味なしわがれ声を轟かせる。

 暴君はアリエッタではなく、尻もちを着いたままのシュリオへと攻撃を試みた。

 太い脚には力が込められ、更に太く怒張する。

 その力で地を蹴ると、砲弾でも炸裂したかのように土が爆ぜる。

 だがそれは発射だ。巨体を高速度で飛ばすための、反作用に過ぎない。


「──っ」


 仲間のためにボロ布の様になるまで戦ったシュリオは、しかし死を覚悟する事さえ出来なかった。その猶予が、無かったのだ。

 だがアリエッタは眉一つ変えずにシュリオの前に立ち、短杖を突き出す。

 すると、円形の魔力の盾が生成された。直後に響くのは、丸鍋を叩いたようなブ厚い重低音──


「残るのならば、お気をつけて。無様な戦いは出来ないので、今のわたしでは最低限しか守れません」

「……!」


 そうして声をかけられて、シュリオは初めて自分が守られたと気が付いた。

 己への不甲斐なさが、噛み締めた唇から赤い雫となって溢れる。

 これ以上は僅かでもアリエッタの邪魔とならぬよう、シュリオは口を結んだまま戦線を離脱した。

 逃げる獲物を追おうと試みる暴君。だが、アリエッタの視線が、そうさせなかった。


「来ないとは。明らかに他の魔物よりも賢いですね……」


 他の魔物であればそうしていただろう行動が無かった事に、意外性を口にするアリエッタ。もしもその通りになれば勝負は早々に大勢が決まっていただろう。

 が、暴君はそれをしない。理由はアリエッタが口にした通りであった。


「ですが、もはや敵はわたしだけ。……来るのでしょう」


 しかし、いくら賢くてもこれは魔造生物だ。与えられた命令を本能として動くしか無い。

 『敵』は一人。それが零でないのならば戦う事は必定だ。

 暴君は前傾に身を屈める。束ねた縄を張り詰めさせるような音が、筋肉から静かに響いた。

 限界まで力と魔力を込められた筋肉が、爆ぜる。

 先程シュリオにとどめを刺そうとした時以上の力が、小柄な少女一人に向けられた。

 その速度は──変わり者が造った──絡繰の、銃とやらの弾丸の速度を悠に超えている。巨体、固さ、速度。三拍子が揃った暴力的が過ぎる単純な『力』の攻撃だ。


「(これは、即席の盾じゃ防げませんね。ですが……)」


 その攻撃に対し、アリエッタは即座に回避を選択。足の裏に集めた魔力を弾けさせて、瞬発的な移動を可能にする。

 紙一重で避けるとともに、アリエッタは杖をかざした。火球が生まれ、捻れていく。『フレアディストーション』である。

 熊に見せたそれとは違い数は一つだが、難易度に十を掛けるような無発声による魔術だ。まさかもうここまで使いこなすようになるとは。

 捻れた槍が暴君を後ろから狙い、穿たんと迫る。

 だが魔力を察知したのだろう。暴君は地面に腕を突き立てて、支柱にするような動きで回転し、炎の槍をいなしつつアリエッタへと向き直る。

 そうして突進の勢いをも殺しつつ、再び身を屈める事で、自らという砲弾を装填したのだ。畜生なりに中々考えられた攻撃である。

 防御は困難で、直線的な軌道故に回避は容易くとも、次弾が早い。かわし続けていれば決定的な隙はやってこない。


 しかし──それを成り立たせるには、一つ前提が必要だ。

 力を込める暴君に対し、アリエッタもまた魔力を集中させていた。

 暴君が爆ぜる。アリエッタは──再び短杖を前に突き出した。

 防御の構え。先程回避を選んだのは、防げる攻撃では無かったからだ。だが──

 鈍い鐘を衝くが如き轟音。それは魔力の盾が破れた際に響く、ガラスを割るような音とは決定的に違う音だ。


「すこし溜められれば、足り(・・)ます」


 そう。先程防御を諦めたのは、魔力を練る時間が足りなかったからだ。

 アリエッタの魔力を練る技術は高い。僅かなタメがあれば、あの程度の攻撃くらいは防いで見せるだろうな。


「……! ……!?」


 暴君の瞳が驚愕に見開かれる。

 と言っても元々小さな瞳だ。大した差はない。

 しかしなまじ知能があるからこそ、目の前の存在がどういうものか気づいてしまったようだ。

 それでも逃げる事を選べないのは悲しいな。もう少し上等な生物であれば。

 元々タイラント・リザードの知能は低かった。恐らくは魔界の亜人『レッサーデーモン』と掛け合わせている故か随分と頭がよくなったみたいだが、折角の知能も融通が効かないのでは意味がない。

 私ならばもう少し亜人に寄せ、命令も融通がきくものにしたがな。軍隊としての運用を考えるのならば、より単純な方が使いやすくはあるが。


「グッカ……」


 突進の勢いは、そのまま暴君へのダメージとなっている。壁に全力で激突したようなものだ。いくら攻防共に高めるために身体に魔力を纏わせているとはいえ、これだけの物理的なダメージはただでは済まんだろう。

 事実、暴君は動けなかった。

 小さな脳は振動に打ち付けられ、筋肉には電流が走る。

 アリエッタは行動不能に陥った暴君へ、杖を振った。

 無属性魔力の力場が、無防備を打ち付ける。

 凄まじい勢いで一度、二度。激しく地面に叩きつけられてから、暴君は倒れ伏した。


「『スカーレットメイデン』──」


 そこへ──無慈悲な追撃が宣言される。

 魔力の反応に、暴君が跳ね起きた。が、既に刑は確定しているのだ。

 即ち、串刺し。暴君を中心とした半球状の全方位を、凝縮された炎の槍が取り囲んでいた。

 アリエッタはゆっくりと短杖を天へ掲げ──指揮棒の様に、振り下ろした。

 術者の合図を機に、数十本の炎の槍は、一斉に中心の暴君へと収束する。

 回避など出来るわけもない、身体に纏わせた程度の魔力で防げるはずもない。


「カッ……」


 為す術もない。硬い鱗を突き破った炎の槍は、内部から焼き焦がし、満遍なくその肉体を熱していく──瞬きの内に、暴君は焦げた肉片へと姿を変えていた。


「ふうっ……」


 完全な決着だ。私にとっては予想以上の結果と言える。

 このレベルの魔物ならば、アリエッタの勝ちは揺るがずとももう少し苦戦すると思ったのだが。

 蓋を開けてみれば、アリエッタの完勝だ。当然気を抜けばただでは済まなかったとはいえ、冷静かつ的確な戦闘の運び方で結果は無傷。見事と言うしか無いだろう。

 私の思惑を外れた。こんなのはどれだけぶりか。

 口角が上がるのを抑えられなかった。

 少なくとも、もう少し時間がかかるとは思っていたのだ。


「ペルティア、レントハイム! 無事……か……!?」


 ヴァレンス=アイヴォン。やがて駆けつけるであろうこの男が介入する事が、私にとっては一番面白くなかった事だと想定していたくらいには。

 生徒が危機に陥れば、教師としてヴァレンスが助けに入る事は間違いがなかった。そうなればアリエッタと暴君の一騎打ちは成立しない。


「はい、今終わったところです」

「はは、は……助けられちまったんで、俺は無事ッス……」


 が、結果はこれだ。もう終わっている。

 ヴァレンスとて同じ事は出来ただろうが、その顔は驚愕に染まっていた。


「こ、この魔物をたった二人で倒したのかね!?」

「いや……俺はなんにもしてないッス。全部アリエッタさんの手柄ですよ……」

「手柄という事もありませんが、わたしがやったのは事実です」


 シュリオの言葉に、ヴァレンスの驚愕は強くなる。

 それはそうであろうな。太古の魔物と、『レッサー』と名がつくとは言え悪魔と呼ばれる高位の魔物をかけ合わせた合成獣を打ち破ったのだ、学園でもこれを一人で達成できるのは、ヴァレンスとガーディフを除いてはそうおるまい。

 それは、アリエッタが既に魔術学園の多くの教師達をも超えている事を意味していた。いつか越えられる日が来る、とは思っていただろうが、それがいつの間にか目の前とあっては、驚愕も無理はない。

 この状況を覗き見て、私はいまだかつて無い喜びに打ち震えていた。

 私の魔術の道というものは、その殆ど全てが想定の範囲内、ただの確認作業だった。

 それがどうだ。アリエッタは私の想定を超えてみせた。それは千年以上の私の人生でも、二度あったかわからない事だ。

 さっさと合流し、たっぷりと褒めてやる事としよう。

 にやつきを抑えられぬまま、近くに転移すべく、門を開──こうとして、私は手を止めた。


「(……ふむ、これは想定外。警戒して退くかと思ったが)」


 想像を超えた──いや、下回ったと言うべきか。

 アリエッタ達に近づきつつある反応を感じ取って、作りかけた『門』の魔術をかき消す。

 ──魔造生物なぞを量産して世界転覆を企む者だ。もう少し頭でっかちなやつかと思ったが。


「まさか俺の『ダイノゴーレム』を倒す者がいるとはな……」


 闖入者。この場の誰でもない大人の男性の声に、アリエッタ達が振り向く。

 視線の先に居たのは、フードを目深に被った男だった。

 魔力はまだ抑えている──が、男はそれを一気に開放した。


「……!」

「こ、こいつはまさか……!」


 アリエッタが驚愕し、ヴァレンスは目を見開き、口を開けて戦慄する。

 男がフードを取り去る──そこから現れたのは、土気色の肌と長い耳。


「魔族……! バカな、何故こんな首都の近郊に……!」


 歯噛みし、ヴァレンスが呻く。

 その額には、玉のような汗が吹き出していた──


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