第十八話:森のざわめき
街での騒動の翌日。私は授業を魔術で作った分身に任せ、一人学園を離れていた。
今日は個人的な用事なのでアリエッタも居ない。思い返せば、アリエッタと居ない一日というのは久方ぶりな気がする。
そうしてまで訪れたのは、キャンプの予定地となっている『降魔の森』だ。
先日の襲撃を受け、どう動くべきかを決めに来たのだ。
街を襲った程度の魔物達しか棲まないのならば、わざわざアリエッタの成長に絡めるほどのものではない。
かといって噂にある『凄腕の魔術師を倒すほどの魔物』がわんさかいるとなれば──アリエッタの遊び相手にはなるだろうが、今度は学友たちの命が危ない。
昔の私ならばアリエッタの成長につながれば何でもいいと感じただろうが、今では学友達の事も命を気にする程度には考えている。凄惨な場面になればアリエッタの心にも傷を残すだろうし、という考えはあるもののだ。
その辺りを踏まえて、森を見た結果は──中途半端、と言ったところだろうか。
「……少しばかり手を加える必要があるな」
熊をスマートにしたような魔物を触りながら、呟く。
『認識阻害』を使っているので、触られながらも熊の魔物は私に気づく事はない。
どうやらこれも改造生物……というより、現在の降魔の森はその生態系の殆どを異常な魔物に支配されているようだ。
恐らくこれらも山羊頭と同じ様な行動を見せるはずだ。
ふと熊から離れ、周囲に視線を巡らせる。
皆、大きさはそれぞれだが骨格は似通っている。ベースの生物が同じなのだろうな。
人型の魔物──恐らくは亜人と分類される種に、降魔の森の生物を掛け合わせているようだ。
その質は、まさしくピンキリ。
山羊頭の様な雑魚が殆どで、熊はアタリの部類。戦力で言えば昨日の騎士二人分ほどか。
アリエッタならば問題は無いが、学生だと一班三人では厳しい相手だろうな。
「どうしたものか」
まとめると──『アタリ』を引けばアリエッタの良い経験になるだろう。だが普通の学生がこの森で一晩過ごすのは運次第といったところ。
中止するよう進言すべきなのだろうが──ふむ。
実戦でちょうどよい相手と戦う経験は積ませておきたいのだが。
ままならんものだと考えた所で、一際強い魔力の波動を感じ、思考を中断する。
魔物が垂れ流すものではない、明確な意思で保たれている魔力だ。
魔力を辿り、森を歩く。
やがて私の眼前に現れたのは広場と、目深にフードを被った男が一人。
──かなりの魔力だ。ここ最近見た中ではガーディフに次いで高い。
「……? 気のせいか」
フードの男は、私を『見て』そう言った。
認識阻害を見破るほどではないにしろ、違和感を覚えられるというのがこの男の実力を物語っている。この強度の認識阻害を見破れるのは、人間界ではガーディフ程度のものだろう。違和感に気付くだけでも、この男の実力が高い位置にあるのは明らかだ。
思わぬ掘り出し物だが──アリエッタに当てるには、まだ早いな。
興味が湧いて、私はこの男の観察をしてみる事にした。
少し歩いて出た広場には小屋が立っており、男はそこへ向かう。
側をついて小屋へと入ると、地下室へと降りていく。
階段を降りた先に待っていたのは──想像通りの代物だった。
続く廊下、左右の壁に埋め込まれた牢屋の中には、改造生物の数々。まだ色々と断定するには早いが、この男が一枚噛んでいるのは間違いないというわけだ。
外で見た熊の魔物、まとめて置かれた山羊頭──大型の猫科や、鳥の要素が入っているのか翼を持ったものもいる。
それらは全て、動く気配がなかった。目は開けているが、何かを見る事もなく、男に対して何の反応も見せる事はない。
生命活動は行っているが中身が入っていないと言うか、そういった空虚さだ。
男はそれらに興味を向ける事もなく、廊下を歩いていく。
やがて、廊下の最奥にたどり着くと、そこには扉がある。
男はたった一人で居ながらも勿体ぶるように、両手を使って押し開ける。
そこに居たのはやはり魔造生物だが──
「……ほう」
つい、声が漏れた。そこに居た魔術生物は、外に居たものとも、牢に居たものとも格が違う存在だったからだ。
最奥の改造生物もまた、男に対して敵意を見せなかった。
山羊頭はあれだけ不利な状況でさえ、たった一人でも道連れにしようとしていた。
あの凶暴性を見れば、今こうして改造生物が佇んでいる事さえもおかしいのだ。
そのあたりを考えると、魔術生物はこの男が作ったものなのだろう。
「これを量産できれば──」
歓喜に満ちた声が、薄暗い地下室に響く。量産、という言葉は決定的だ。
恐らくこの改造生物は男の制作物──『成功作』とでも言うべき存在なのだ。
一体の力はこの男よりも低いだろうが、魔物としてみれば相当のもの。命を厭わぬ怪物を量産できるのならば──
「人の世界を、終わらせられる」
それも、可能だろう。目に映るものが全てであるならばの話だが。
『魔王の復活を企てるものがいる』。その噂は所詮酒場の与太話かと思っていた──いや、実際にそうなのだろうが、そうする事で得られる結果を求める者がいた、というのは紛れもない事実だったようだ。
このレベルの魔物を千体も作る事ができれば、人の世界を終わらせられるというのも与太話ではない。人間界ではこれを倒せる魔術師は一握りだろうし、量産に成功すれば、人間界が再建不可能になるレベルの被害を与える事は容易いだろう。
ただこれ一体ならば、苦戦はするだろうがアリエッタでも十分倒す事が出来るはずだ。ある程度苦戦しつつも、実力を発揮すれば勝てるという、是非一度経験させておきたい絶妙なバランスの力関係だ。
遠足の下見程度のつもりだったが、中々面白いものを見られたな。
始めは校外学習の開催を見送るようガーディフに言うつもりだったが──気が変わった。アリエッタの成長のためにも、生徒達には少し苦い経験をしてもらう事になるかもしれん。
といっても、当然命がどうこうという危険に晒すつもりはない。そのあたりは学友のためだ、一肌脱ぐ事にする。歓喜の笑みを浮かべる男の横で、私もまたほくそ笑んだ。
丁度いいレベルの魔物をつくってくれた事に感謝しつつ、私は改造生物を一瞥する。
「それにしても、随分と古い生物を持ってきたものだ」
その顔には、見覚えが有った。今ではもう居ない、古い魔物だ。絶滅したと思っていたが、この男が復活させたか、因子か何かを持っていたのを使ったか──どちらにせよ、面白い。
改造生物に見惚れる男を置いて、私は地下室を後にする。
忙しくなるな。校外学習まではもう少し、それまでにやっておくべき事が増えた。
来る『遠足の日』を楽しみに、私は口角を吊り上げた。




