第十七話:平和の外に蠢くモノ
門の位置までやって来ると、そこは混乱の渦に包まれていた。
猿の身体に山羊の頭を合わせたような──醜悪な魔物が、群れでやって来ているようだ。
そこに街に待機していた魔術師や、野次馬根性でやって来た生徒が紛れている形だ。
「なるほど、これは確かに見た事がない種だ」
「先生でも見た事がないのですか?」
「ああ。新種である可能性は否定できないが──魔造生物の可能性は高いな」
遠巻きに騒ぎを見つめながら、魔物を観察する。
合成獣に何らかの要素を加えた魔物と見るのが妥当なところだ。
小柄な体躯に詰め込まれた筋肉、そこにある程度の魔力を身につけている。数が集まれば、厄介になるかもしれない。
「どうしますか? わたし達もお手伝いしたほうがいいのでしょうか」
「この程度ならば街の魔術師に任せておけばいいだろう。城壁がよく機能しているようだ」
が、評価としてはその程度だ。魔力を扱うとは言っても火球を投げる程度の簡単なもの、城壁をよじ登る事も出来るようだが、それがかえっていい的になっている。
苦戦こそしているものの、私やアリエッタが出るまでもない。
「負傷者は下がれ! 我々が前へ出る!」
この街の魔術師も、それなりには優秀であるようだ。
同じマントを身に纏った魔術師達が、前線と入れ替わるようにして前へ出る。
おそらくは、騎士団や警備などの組織だろう。マントに国の紋章が刻まれている事を考えれば、前者の可能性が高い。
山羊頭の魔物が、前線へ出てきた男性へと襲いかかる。
嗄れ震える山羊の嘶き。異形と合わせて見ると、醜悪だ。
だが男性は落ち着いて剣を構え、魔力を纏わせる。
蒼い光を湛えた剣が振るわれると、水の魔力が刃となって解き放たれた。
即座に、山羊頭の魔物が防御を固める──が、いかに強靭な肉体と言えど、魔力が粗末ではどうにもならない。
交差した腕ごとその体を二つに分かつと、地面に落ちた魔物は激しくのたうち回る。
「負傷者の数は!」
陣頭で指揮を取っていた男が、剣を納め、声を張り上げる。
見れば、騎士団が事態をあら方収束させていたようだ。ひとまず脅威を退けたので、被害の確認を行っているのだろう。
が、少しばかりツメが甘い。
「メェェェェッ!」
山羊の嘶きが木霊する。そう、魔物はまだ一匹残っているのだ。
魔物の死体の山から飛び出した魔物の嘶きに、騎士団の視線が集まる。
魔物は周囲をざっと見回して、手頃な相手が居ないか探している。
やはり不自然な存在だ。仲間が殺され自分一匹になった今もなお、逃げようともせず『人間』を探しているように見える。本能の存在する生物としてはあまりにも非合理的な動きだ。
となると、造られた魔物という考えが俄然信憑性を増してくるか。単純な命令を与えられてそれに従っている。そういう動きだったからだ。
しかし、一匹ではどうにもなるまい。
見た所『凄腕の魔術師がやられる』ようには見えない。ごく普通の魔術師でも時間稼ぎ程度なら出来るだろうし、騎士団の者達ならば一人でも十分に倒せる相手だろう。
すると『降魔の森』の魔物はこれよりも強い事が推測できる。
駆け寄る騎士団と、道連れを探す山羊頭を無感動に見ながら、私はため息を吐き出した。
このまま何もせずとも結果は見えている。
踵を返して街へ戻ろうとした、その時だった。
「メェェェェッ!」
一際大きく、山羊頭が哭く。
どうやら黄泉路の道連れを見つけたか。
襲撃を受けて放置されていたであろう馬車を見つけ、山羊頭が跳ねた。
馬車の影で隠れていた人間を見つけたらしい。
それを見て、私は笑う。
馬車の影に居たのが、シャーロット=ソーニッジだったからだ。
一般の魔術師でもいい勝負をするくらいだ、特待クラスに在ってなお十分に優秀と言えるシャーロットが相手では、あの世へも一匹で逝く事になるだろう。
やはりつまらん結果だったな。
そう思う私だったが──怪訝に思い、眉を動かす。
シャーロットが魔物を視界に入れてなお、動く気配を見せなかったからだ。
如何に雑魚とはいえ、ろくな防御行動も取らずに筋力・魔力を併せた動物的な攻撃を受けるのは危険である。
その危険性をわからぬ彼女ではないだろう。……いや、分かっているのだ。
「あ……や……!」
彼女は恐怖している。私がそれを怪訝に思ったのは、彼女ほどの実力があってなぜこの程度の雑魚に怯えているのか、という事だった。
山羊頭が助走から飛び上がり、シャーロットにその爪を向けて振りかぶる。
流石に、見過ごすわけにもいかんか。
私は魔力を身体に纏わせつつ『瞬間移動』の魔術を使う。
これは『門』の魔術とは違い、視界に収まる程度の範囲内に一瞬で座標を移す魔術だ。
門と比べると発動が早く、移動距離が短い。戦闘向きの魔術と言えるだろう。
「え……!?」
私が転移したのは、シャーロットの目の前。
そこに魔力を纏わせた腕を上げると、金属の砕けるような音が響き渡った。
山羊頭の爪が砕けたのだ。
微動だにしない私と、全体重を載せた攻撃が防がれた事で態勢を崩す山羊頭。
私は尻もちをついた魔物に手をかざし、火の魔力をそのままに放つ。
「ミッ」
間抜けな一息を残して、山羊頭は灰となって崩れ去った。
実際に対峙してみると、見たまま攻撃力・防御力共に二級品だ。
振り返ると、シャーロットは短く肩を震わせる。
「立てるか」
「あ……ありがとうございます。助かりましたわ……」
手を差し伸べれば、怯えながらに手を取るシャーロット。
取った手は冷たく、震えが伝わってくる。
うつむきがちになり、肩を抱いているシャーロットからは、話は聞き出せないだろう。正気に戻ったとて、今度は気の強さが戻ってくるはずだ。
小さく息を吐く。騎士団が駆け寄ってくるのが見えたので、後は任せる事にしよう。
「また、学校で」
「あ……」
駆け寄る騎士団に私の方も絡まれるが、瞬間移動はそういう魔道具だと誤魔化す。情報の提供は任意だ、傷がない以上は向こうも長く私を拘束する事は出来ない。
「お疲れ様でした」
「ああ。急に側を離れてすまなかったな」
「いえ、わたしも同じ事ができれば、そうしたと思います」
まだ出来ませんけど。そう微笑むアリエッタに、私も頬を緩めた。
そうは言うが、この程度ならばアリエッタは然程遠くない内に身に着けてみせるだろう。
それから私達は馬車の運行が再開するまで街を散策した。アリエッタと過ごす──それ自体は珍しい事でもなかったが、街を散策するというのは刺激的で良い。
また今度誘ってみよう。その時は本来の姿で回れる時が好ましいが、さて。




