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第十六話:課外授業に向けて

 校外学習の日も近づいてきたとある日。

 我らがセントコート中央魔術学園特待クラスは、全員で街へと繰り出していた。

 魔術師協会と呼ばれる機関で、職業魔術師の仮免許を作成するためだ。

 昔々の話だが、私もかつては依頼を受けて魔物を狩るというこの仕事をしていた時がある。と言っても生活のために、などというわけではなく単なる戯れでの話だが。

 新たに学ぶ事もなくなった頃に力試しというか、力示しというか──ちょうど今みたく身体を若くして、凄腕の冒険者として名を馳せた事があったのだ。

 確か当時は『職業魔術師』という名前はなく『冒険者』という名前だった。

 懐かしい話だ。今ではもう数百年以上も昔の事だが、その頃はまだ賞賛を浴びるという事に喜びを感じていた気がする。

 もはや賞賛と怨嗟は聞き飽きてしまったが『冒険者』のシステムは嫌いではなかった。

 冒険者には、その実力や実績によりランクが割り振られるのだ。遊戯感覚で冒険者をする分には、これが中々遊び心を擽るものだったと記憶している。

 職の名前が職業魔術師と変わった今でも、この制度は残っているらしい。

 それを聞いた時、私は大人気なくも今日という日を楽しみにしていた。


 記憶の通りならば、魔力を測定してその魔力に応じられた等級が与えられるはずだ。


「これで職業魔術師の仮登録は終了です。皆さんお疲れ様でした」


 ──だが、私達にランクが振り分けられる事はなかった。

 今日私達に与えられた等級は皆一様に同じもの。職業魔術師仮免許、という味気のないものだった。


「学生用の仮免許なので、出来る事は多くありませんが……皆さんが素晴らしい魔術師となって活躍する日をお待ちしています」


 なんでも、職業魔術師に登録が出来るのは本来十八歳以上に限るらしく、今日与えられたのは飽くまでも職業魔術師としての一部の権利を利用するための仮免許だそうだ。通常、一般の者の立ち入りが禁止されている地域などに足を踏み入れる際などに利用されるらしい。

 要するに、私達はまだ厳密には『職業魔術師』ではないという事だ。そのため測定も無く、当然等級も与えられない。

 一般社会の測定も身分も私には意味のないものだとは言え、それがアリエッタのものとなれば話は別。手塩にかけた弟子が『最上級魔術師』の身分を手に入れる瞬間を是非拝みたかったのだが。それは少なくとも、もう少し未来の話になるようだ。


「先生? どうしたんですか」

「いや、なんでもない」


 寂しさというか、物足りなさを感じつつも、アリエッタの問いかけには問題ないと返す。

 この程度の行事で一喜一憂出来るようになったのは、感受性が豊かになったと喜ぶべきか悲しむべきか、さて。

 用事が終わり、ぞろぞろと魔術師協会から出ていく生徒達の流れに従って、外へ出る。

 今日は肩透かしといった結果に終わったが、ちょっとした事で自分の感情が揺れる事を確認できたのは収穫だったと言えよう。

 魔術以外の全てを低度な文化と切り捨てていた我が人生だが、最近では人の社会が育む文化には、素直に感心している。


「少し早いが今日は解散とする。学園に戻ってもいいし、このまま街の散策をしても構わん。だが明日が休みだからといってハメを外しすぎないように」


 今日の授業はこれで終わり。そう告げるヴァレンスの言葉に湧き上がる生徒達。

 半日で授業が終わりという特別感、街での解放。なんとも人の喜ぶツボを心得たやつだ。


「先生っ、一緒に街を回りませんか?」

「いいだろう。偶には羽根を伸ばさんとな」


 当然、私はアリエッタと時間をともにする事にする。 

 娯楽を目的に行動するなんて、私自身久しぶりだ。


「最初は如何しましょうか? と言っても、これという目的はないんですけど……」

「ふむ。時間もいい具合だ、最初は食事がいいのではないか」

「そうですね。そう言えばお腹が空きました」


 散策の最初に何をするか。その相談に、私は食事を提案した。

 食事は本来私には必要がないものだが、普通の少年として振る舞う以上は必要だし、娯楽としては楽しめる。

 ありえない事だが、最近は『もしかしてアリエッタに正体が勘付かれていないか?』と考える事がある。心配しすぎだというのは言うまでもないが、本来私が必要としていない食事を積極的に取る事で印象をぼやかしておくのは悪くない。


「ならば最初は食事だ。気になるものがあったら言うといい」


 それでもアリエッタが作る食事以外に然程の情熱はない。

 選択をアリエッタに一任し、歩き出した。

 街に来たのは、アリエッタを迎えた時が最後だ。

 その時は流し見にする程度だったが、こうしてじっくりと見ると、変化が興味を惹く。

 昔と比べ露天が増えていて、中には飲食を扱うものもある。昔は飲食店と言えば食堂だったのだが、持ち帰り専門の食事を提供する店というのは新鮮だ。

 街に活気が溢れているのはそのせいだろうか? 食堂の中の活気が、表に出ているのかもしれない。


「先生。サンドイッチなんてどうでしょうか。お行儀が悪いかも知れませんが、食べ歩きっていうのを少しやってみたかったんです」

「食べ歩き? わからんが、興味があるのならそれで行こう」


 その中で、アリエッタが見つけたのはサンドイッチを専門に提供する店だった。

 購入したのはそれぞれ、私がハムとマスタードのサンドイッチ、アリエッタが蒸し鶏とレモンのサンドイッチだった。


「ふむ。これなら歩きながらでも食べやすいな」

「露天の食べ物はそういう傾向のものが多いですね」


 感心してふと呟くと、アリエッタから補足が入る。

 言われてみると、アリエッタの言う通り。露天で売っている飲食物はサンドイッチの様に持ち運びやすいものが多いようだ。

 さて、では味の方はどうだろう。

 一口齧ってみると、パンのぱさつきを感じた。ハムも当然水気は少ない。その食感の硬さを、マヨネーズとマスタードで補っているようだった。

 噛みしめる、という表現がよく合う食感に、ハムの塩気。シンプルながら中々の食べごたえを感じさせる。


「……中々だな」

「わたしの方も美味しいですよ。ひとくち交換しませんか?」


 アリエッタの提案に、頷く。

 差し出されたサンドイッチを受け取ろうとするが、アリエッタの手は離れない。このまま食えという事か。

 気恥ずかしさを感じながらも、私はアリエッタの差し出したサンドイッチを齧り、同じように私の方のサンドイッチをアリエッタへとやる。

 食感は、程よいジューシーさ。鶏とパンはぱさついているが、レモンの果汁に塩を混ぜたソースが程よい汁気を与えている。

 酸味が食欲を惹く。塩気もちょうどよく、レタスも新鮮で弾けるような食感がよい。


「美味いな」

「はいっ、美味しいです!」


 個人的な好みとしてはアリエッタが選んだものの方がうまいが、アリエッタも私の選んだものを気に入ったようだ。

 ……ふむ。モノは持ち帰り用としてはそこそこ程度のものだが──アリエッタと食べながら歩いているという空気のせいか、より美味く感じる気がする。

 もう少し食事というものを重視すべきかもな。食事を必要としない私でもこれだけ楽しめるのだ、アリエッタを喜ばせるためにも、料理の一つも出来るようになるのはあり(・・)かもしれない。


「ふふっ」


 その気になれば、時の流れから切り離された空間を造ればいい。そうすれば練習する時間は無限にある──と。そこまで考えた辺りで、アリエッタが私を覗き込んで、笑っている事に気がつく。


「先生は、何事にも真剣ですね」

「む」


 どうやら考え込んでしまっていたと気づいたのはその時だ。魔術の事ならば考えるまでもなく、何をどうすればいいのかわかるのだが──つくづく、これまでの人生を魔術に振り切って過ごしてきたのだと実感した。


「まあ、な。真剣である事、それさえできれば、後は時間の限り物事を修める事が出来る。私もそうして──」


 っと、危ない。ついテオ=イルヴラムとしての素が出るところだった。

 アリエッタはじっと見つめて言葉を待っている。


「あー……この学校に入った。とにかく、時間と最も相性が良いものは真剣さだという話だ。お前に今更言い聞かせる必要も無いが、頭の片隅にでも留めておけ」

「はい。わたしにも目標がありますから、頑張ります」


 何故だか一つ、残念そうに息を吐いてから、アリエッタは苦笑いを浮かべた。

 反抗的な態度ではないのだが……ううむ、何か引っかかる。何を残念に思ったのやら。

 それから、私達は最初のアリエッタの要望通りに彼方此方を回っていろいろなものを食べて回った。

 私の方はいくらでも食えるしいくらも食わなくてもいい。が、アリエッタは特別な魔術は施していないはずだ。何処にこんなに入るのやらと感心する。

 街はやはり活気に満ちていた。一度大通りを離れれば奴隷商なども存在しているものの──なんとも、平和になった事だと思う。

 そもそも、この世界は長い間戦争をしていたのだ。その最中は勿論こんな活気はなかったし、戦争前は前で文化が未熟で、人を喜ばせるような娯楽は存在していなかったように思う。

 別段、世界が平和であるかどうかなどに興味は無い。しかしそれでも──アリエッタが生きる世界が平穏であればいいとは、切に思う。

 だからだろうか。

 私の耳は屋台の近くで昼間から酒を飲む男たちの話を拾っていた。


「なあ、聞いたか? 『降魔の森』のウワサ」

「聞いた聞いた。なんでも、見た事のねえ魔物が何人も凄腕の魔術師を殺っちまってるとか」

「魔王の復活を企てる魔術師がいる……という噂もあるな。眉唾ものだが」


 いや、それだけではない。

 『降魔の森』というのは今度私達が校外学習に向かう場所だったはずだ。

 今の話はアリエッタの耳には入らなかったようである。

 ……永い平和も三百年以上続けば、揺らぐものか。それを聞いて、私は──


「(これは使えるかもしれんな?)」


 そっとほくそ笑んでいた。

 世界が平和であればいい。そう思うのは事実だ。が、得ようと思えばいくらでも得られるというのが現状だ。

 そもそもこの平和とて私が作ったものである。前は腰を上げるまでに百年かかったが、それがアリエッタの命を脅かすものならば、戦争などその日の内に終わらせてみせよう。

 だから、今の私の感心は別のところにあった。

 降魔の森に手強い魔物がいるというのならば、今のアリエッタにはちょうどよい課題になるかも知れないと。

 そうでなくとも、私が手を加えてちょうどよい具合に調整すればいい事だ。


 しかし、随分と──

 三界戦争の風景を思い出し、私は考える。

 魔王の復活を企てるなどと、随分と無駄な事を考える奴がいたものだ。

 戦争の顛末を知る者ならばわざわざ魔王を復活させるなどという奇特な奴がいるとは思えんのだが──


「お、おい、聞いたかよ! そのウワサの魔物が、城壁前まで来てるらしいぞ!?」

「『協会』の方が迎撃の魔術師を集めてるらしい! 見た事も無い奴らだと!」


 どうやら、噂の真偽はともかく珍しい魔物というのは現実に存在するようだ。

 アリエッタに目配せをすると、頷きが返る。


「一つ見学に行くとしよう」

「はい、お供します」


 さて、今起こっている『何か』は世界を脅かしうるものか。

 上手く利用できればよいのだが。門から遠ざかる、慌ただしい人々の流れに逆らうようにして、私達は騒ぎの元へと向かうのだった。


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