第十四話:班を決めよう
私でさえ、このざまだ。今や教室は喧騒が満たしていた。
「おい、組もうぜ!」
「いいぜ! コリンも誘うぞ!」
彼方此方で上がる声は、仲のいい者を他に取られぬようにとする声もあれば、少しいい雰囲気になっている者もいる。
「テオドール君! 一緒に組もうよー!」
「アリエッタさん、よかったら私達の班にどう?」
そして今では私達も、誘われる側の人間だ。
アリエッタはともかく、最初の頃私の方はかなり警戒されていたものだが──なんとなく、感慨深い。
「すまないなエドナ、そちらはもう二人いるようだし、今回は断る事にするよ」
「そう? 残念だなー。色々教えてもらえると思ってたんだけど。じゃあ、またの機会にでも!」
誘われるのは嬉しいが、とはいっても私も既に誘う者は決めている。
「テオさん、ご一緒してもいいですか?」
「ああ。此方から誘おうと思っていたくらいだ」
「嬉しいです!」
当然、アリエッタだ。遅れを取らぬようにと声をかけるよりも先に、アリエッタの方から声がかかった。
断る必要などあるはずもなく、提案を受け入れる。
しかし班は三人からなる。この特待クラスは二十七人のクラスなので、余りを発生させられない関係からあと一人は班員を加える必要があるのだが──
「シュリオ──は、既に班員を見つけているようだな」
シュリオは既に此方を向き、手を立てて謝罪していた。
どうやら既に三人で班を結成しているらしい。持ち前の明るさで、奴はもうクラスの中心人物と言っていい位置にいる。あの結果も納得だ。
しかし困った。こうなると、此方で適当な者を見つけなければならないのだが──
「アリエッタ、誰か他に誘いたい者はいるか?」
「いいえ。わたしはテオさんと組めれば良かったので──テオさんの方はどうですか?」
お互い、あてはないらしい。
首を振ってみせると、アリエッタは頬に指をあてて首を傾げてみせた。なんとも可愛らしい動作だ──と思うのは私だけではなく、クラスの少年達の視線もいくつか集まっている。
気持ちはわかるが、この中にアリエッタを任せても良いと思うほどの少年はいない。
「では、適当な者に声をかけるか」
とりあえず、こうしていても始まらない。私の提案に、アリエッタは小さく頷いた。
この場合の適当とは、いい加減という意味ではなく──丁度いい、ふさわしいと言った意味合いのものだ。
シュリオもエドナも居ない今、浮かび上がってくる人物は必然と一人。
沸き立つ教室の中、一人机に座ったまま微動だにしない少女に、私は声をかけた。
「シャーロット=ソーニッジ」
「ひゃいっ!?」
シャーロット=ソーニッジ。私とアリエッタを除けば、特待クラスでも一番優秀と言っていい才女だ。
せっかくこうして学園に紛れ込んだのだから、私は私とアリエッタ以外の者にとっても有意義な存在ではありたいと思っている。
最近気づいた事だが、私は将来有望な芽を育てる事が好きなようだ。アリエッタの育成をおろそかにするつもりは無いのでさりげなくといった程度ではあるが、シュリオやシャーロット等の有能かつ上昇志向がある者を見ると、つい手助けしたくなってしまう。
が──実際の所、シュリオはともかく、シャーロットには余り好かれていないようだ。
というより、警戒されていると言うべきだろうか。私個人としては助言を素直に聞いてもらえる程度には近しい位置にいたいのだが。
「……脅かさないでくださいまし。私になにか御用ですの?」
こんな具合に、敵対心を顕にされているというのが現状だ。
というより対抗心というべきだろう。上昇志向が強く、プライドが高い。然程深い付き合いをしていない現状での彼女の人物像は、そのくらいしか分かっていない。が、それは確かで、この対抗心は私だけではなくアリエッタにも向いているものなのだ。
「用と言えば一つしかあるまい。班がまだ決まっていないようなら、どうかと思ってな」
「……? どういうつもりですの……」
しかし私はその対抗心が嫌いではない。どころか好ましくさえ思っている。
より高みへと向かう意思の現れでもあるし、対抗心を持たれる等ここ数百年はなかった事だ。新鮮という事もあるし、私がそういった上昇志向を好むという事もある。
彼女から私へはともかく、私はシャーロットという少女を気に入っていた。
「単純な事、お前が優秀だからだ。初の校外学習を実りあるものにしたいと思うのは当然だろう。お互いに良い刺激になると思うが」
「それは──そう、ですけれど」
回りくどい言い方は嫌いではないが、人との会話そのものが得意ではないという自覚はある。故に何かを伝える時はできるだけ素直にと。
此方の考えをシンプルに伝えるが、シャーロットの返事は歯切れが悪いものだった。
……ふむ? いつもなら答えはどうあれもう少し威勢がよい返事が返ってくるものと思っていたが。
まだ付き合いは浅い故に、私自身彼女を理解しきれていないのかもしれんな。
「ええと、もし嫌ならお断り頂いても大丈夫ですよ。何分急な話でしたし……」
その端切れの悪さに対して一言補足するのは、アリエッタだ。
私の言葉に足りない箇所を補助してくれるのはありがたい。考えてもみれば、対抗心があると分かっている相手を誘うのだ、断りやすくする言葉の一つも添えるべきだったかもしれんな。
「別に嫌とは言っていませんけれど……ただ」
アリエッタが添えた言葉は、純粋に気遣いから出たものだ。
それでもシャーロットは何か迷っている様子。嫌なわけではない、という言葉に私とアリエッタは顔を見合わせる。
「ただ、どうした」
「……別に、なんでもありませんわ」
何か、私達と組むわけにはいかない理由でもあるのか。
理由を問うても答えてくれないのでは察しようもない。
心を読んでしまえば話は早いのだが、本人が語りたがらぬ事を覗き見るのはあまりにも浅慮というものだ。まあヴァレンスやガーディフなど、私の思惑の障害になりうる存在を『使う』ためなら存分に使うが。
だが組んでもらえないのでは仕方がない。
「語りたくないというのなら無理に聞き出そうともせん。他を当たる事としよう。邪魔をしたな」
「あっ……」
元々、断られるのも想定していた事だ。
他に伸びしろのありそうな生徒は残っていないかと、シャーロットの前を後にする。
彼女の──眠っている力は、必ずアリエッタにいい刺激を与えると思ったのだが、残念だ。
まあ元より最優先事項はアリエッタだ。他者からの刺激もあればいいという程度で、なくても別に構う事はない──と。
今度こそ誰でもいいと、次を当たろうと行動を開始したその時だった。
袖口にふと抵抗感を感じ、歩みを止める。
振り返ってみれば、そこにはうつむきながら私の袖をつまむシャーロットと、無表情のアリエッタ。
……何故だか、アリエッタからは妙な圧を感じる。目から光が失われているというか──
「お、お待ちなさい」
アリエッタの表情の意味を考える前に、シャーロットは絞り出すようにそう告げる。
「む」
先程までの姿勢と今こうして足止めをする行動が一致せず、疑問が喉を震わせた。
すると──
「は、入らないとは言っていないでしょう? 私が、三人目になって差し上げますわ。ですからその……よろしく、お願いいたします」
シャーロットの口から、予想外の言葉が飛び出した。
いきなりの事だったので、アリエッタの表情も戻り、驚きの色が浮かんでいる。
私としては彼女を班員に迎え入れられるのならば気にはしないが。
「……ああ、よろしく頼む」
「よろしくお願いしますね、ソーニッジさん」
疑問を覚えつつも、正式に挨拶を返す。
シャーロットはまだ難しい顔をしていたが、これはどういう感情から出たものだろう。
ハイレベルな班に入ることで得られる恩恵で敵対心をねじ伏せた故のものか、それともこのままでは結局余りの班に編入されることを予想した故のものか。
それを問うても答えは返ってこないだろうなと考えると、アリエッタと顔が合う。
「もうよろしくて? 私はもう席に戻りますわよ」
「構わん」
この態度を見るにも、それは明らかだろう。
別に良い。私が彼女に期待しているのは、アリエッタとはまた違う技術系で磨かれた魔術を見せることなのだから。
その上で、アリエッタ自身がどれだけ優れているかを自覚させる。出来ることなら友人を増やせればという思いもあったが、重要なのはアリエッタの成長だ。
「なんだかよくわかりませんが……楽しみですね、テオさん」
「ああ」
これで私としては何の憂いもなく課外授業に挑めるというものだ。
来る日を想像し、私は僅かに口角を上げるのだった。




