第十三話:テオ=イルヴラム
「……と、こうして現れたのが我が校の学園長でもあるガーディフ=ゴードリックだ」
学校生活が始まり、そろそろ一ヶ月が経過しようとしている頃。
私は春の麗らかな日差しの温かさを楽しみつつ、ヴァレンスの授業の進め方からモノの教え方というものを学んでいた。
今日の授業の内容は『三界戦争』にまつわる話だ。私にすれば実体験した出来事なので、退屈極まりない──と思っていたが、これが中々興味深い。
というのも、私が知っているのは大まかな流れだけで、細かい部分については殆ど知らなかったのだ。なにせ私が動き始めたのは後半も後半。直接動き始めたのは終戦三日前だ。
「若き日の学園長の奮闘により人間側の被害は激減した事で、この頃から彼を『英雄』と扱う声が大きくなっていったとされる。だが、この頃になると魔族側も『魔王』と呼ばれる存在を投入し、戦争は激化、終戦の気配は見えなかった」
だが、ヴァレンスの語りは私が知っている部分に突入していた。
それもそのはず、その『魔王』が出てきたからこそ私も興味を惹かれ、直接動き始めたのだから。
「この頃、突如として現れたのが──『テオ=イルヴラム』だ。彼に関しては……あー、正直に言って謎が多い。終戦直後に出てきただけで大した事はしていないという学者もいる……が、それは大きな間違いだ!」
三界戦争の話が終盤に突入し、私の名前が現れる。普段冷静なヴァレンスがわかりやすいまでに機嫌を悪くしたのが生徒達にも伝わっているようで、困惑のざわめきが巻き起こる。
だがヴァレンスは構わずに続けた。
「突如として現れたこの男は、ある日突然前線に立ち始めた。それが終戦三日前の事だ……! 人間と魔族の戦いは拮抗していたがこの男が現れてから戦況は激変、魔族はたった三日で魔王も打ち倒され、継戦不可能なまでの打撃を与えられることになったのだ!」
事実である。魔族が投入した『魔王』という存在は、私にとっては取るに足らない存在だったが、放っておいたら人間界を破壊し尽くす程度の驚異ではあったのだ。
「……失礼、取り乱したな。ともかくこれにより三界戦争は終戦、魔族は魔界へと帰っていき、以降は大きな動きはないとされている。そのあまりにも突飛な功績から、その存在自体が幻とする者もいるが、この男の存在は事実だ。学園長に聞けば解るだろう」
そんなこんなで終戦し、今に至る。魔族は私の存在を恐れているらしく、三界戦争以降魔族が人間界で起こした大きな事件はない……と。
改めて聞いてもなんとも善良な話だと思うがな。ヴァレンスは私が気まぐれで終戦させたということを快く思っていないようだ。
「これは私が独力で調べたことだが──このテオ=イルヴラムという男、三界戦争以前にも活動している形跡が見られる。私としては伝説に残る邪竜エルヴィムを倒したのも、この男なのではないかと考えている。他にも──」
「……エルヴィムって、御伽噺の? 五百年以上前のお話だって言うけど……」
「でもなんとなく……イルヴラムとエルヴィムって響きが似てるかも……」
独力で調べた。その言葉には若干引いたが、その調査は確かなものだった。
邪竜エルヴィムとは御伽噺に存在する邪悪な竜の名前だ。邪悪な魔術師が己の命を捧げ、召喚した邪竜は人間界を滅ぼそうと暴れまわるが、最後は一人の魔術師に討伐される、というものである。よくある御伽噺のようだが、実在の出来事である。これも放っておくと人間の世界が滅ぶと見た私が事態を収束させたのだ。
エルヴィムというのも、当時名乗った私の名前が捻れて伝わった結果だろうな。
「ほお」
よく調べている。ヴァレンスの調査に、思わず感心の息を吐き出した。
此方を睨んでいるので、私の反応は見えたろう。事実ということも伝わったようで、ヴァレンスはぐぬ、と息を呑んだ。
が、やがて力が抜けたようにため息を吐き出す。
「……今日の授業はこれまで。皆ご苦労だった」
いや、中々有意義であった。私がどの様に伝わっているか、改めて聞いてみるとそこそこ面白い。
邪竜を倒したのは私だが、その邪竜の名が私の名前の変化というのは特に良かった。彼方此方で良い事も悪い事もしてきた故か、伝わり方も様々というわけだ。
ともあれ、これで今日の授業は終わりだ。
「終わったー!」
「ねえねえ、この後どうするー?」
授業への満足感を感じる私とは対象的に、生徒達の反応は開放感に満ちた者が多い。
授業が決して退屈なわけではないが、放課後というのは学生にとって特別なものである。
一日の心地よい疲れと達成感に、学友との交友やあるいは趣味の時間。
私自身、この瞬間は好ましく思っている──と、年頃の少年達が沸き立つのも無理はない。
「静かに。ホームルームからの放課後といきたいが──今日は一つ、説明しておく事がある」
が、今日はまだ終わりというわけではないようだ。
静かなヴァレンスの言葉は、生徒達をそれ以上に静かにする。
すぐさま落ち着いた空気の中で、ヴァレンスは小さく咳払いをし──
「そろそろ授業が始まって一ヶ月が経過するな。そこで、近日第一回の校外学習を開催する」
校外学習の開催を、宣言してみせた。
発言、理解、そして波及。──じわりと滲み出した水滴が落ちる様を幻視する。
「おおおおぉぉっ!」
「遠足ですか先生ッ!」
教室内の興奮は最高潮に達する。
学園側が提案する以上、それはれっきとした学業の範囲内だろうが、学校の外で行うという一点こそが重要なのだ。
「静かに。今から説明するので座りたまえ」
だがそんな興奮も、ヴァレンスが言えば一旦収束を見せる。
未だ燻った猛りはざわめきとなって残るが、こうして黙っていたほうが、話は早く進む。それがわからない特待クラスではない。
「知っての通り、我らがセントコート中央魔術学園は戦闘を主な目的とする魔術師──所謂『職業魔術師』を目指す学校だ。普段の授業は、そのために必要な技術を教えているが、当然ここで教えるのは魔術師としての技量だけではない。魔術師を職業としていくための動き方や手腕をも教える事になる」
ヴァレンスの説明を、黙って──あるいは時折頷いたりして聞く生徒達。
そう、この学校で教えるのは魔術だけではない。魔物と戦ったり、危険な地域の調査をする職業としての『魔術師』の働き方を教えるのも、この学校の目的の一つだ。
「そこで、我々は校外で実際に職業としての魔術師を体験する機会を、定期的に設けている。本来ならばこのカリキュラムは二年生からのものとなるが、君達は特待クラスだ。故に、君達が入学してから一ヶ月が経とうという今、その第一回を行う事を予定している」
だが当然、それを生業としていくからには熟達した魔術の扱いが求められる。体験とはいえ魔術師は命に関わる職業だ。それ故に校外学習はある程度の教えを身に着けた二年より行われる。これは私もガーディフから聞いていた。
しかし特待クラスはその魔術の知識・技術を買われたものが編入する選抜クラスだ。それ故に、特待クラスの生徒達は他の者達に先んじて校外学習を行う事になっている。
その第一回の機会がやって来たのだ。
言う慣ればこれは彼ら特待クラスの特権であり、今までしてきた努力の証明といえた。
ここで身につけた力を確かめる絶好の機会という事も有り、ヴァレンスからその開催を告げられた生徒達の興奮はもはや上限を超えて溢れ出していると言っても良い状況だ。
「第一回はキャンプを予定している。三人一組でチェックポイントとへ到達し、そして帰ってくるのが今回の課題だ。これは魔物が住む地域での調査活動を想定している。お前達の実力ならば余程ふざけたりしない限り問題は無いだろうが、ふざけたりすれば他の班員にも迷惑がかかる。真面目な姿勢で励むように」
そしてその内容。『キャンプ』という単語にもはや興奮を抑えきれる者はいなかった。
正直に言えば、私も少しばかり期待している。野宿という経験がまったくなかったからだ。『ゲート』の魔術を使えば何時でも館に戻る事が出来るし、その気になれば異空間に生活スペースを作る事も出来る。私には野宿の必要性そのものが無いと言っていい。
が──敢えてそれをする、というのは悪い気はしなかった。
なるほどキャンプ。中々にそそられるではないか。
「そういうわけで、これより校外学習に向けて様々な準備をしていく事になる。今日はその準備の第一回。キャンプを行う班決めだ。一班三人で班を組め。これは話し合って決めて構わん」
それを──気心の知れた仲と行う。
年甲斐にもなく、とさえ言えないくらいに大人気ない事は自覚しているが、それでも心が踊った。




