異世界チートもの(逆)
僕にも、小さい頃は夢があった。
絵本や吟遊詩人の詠うような、勇者と呼ばれる戦士になって、皆を困らせる魔物を倒したり、大魔法使いになって超常の奇跡をおこしたり。
でも、大きくなるにつれ、現実を思い知らされる。
大半の普通の人間がそうであるように。
僕には、特別な魔力も、魔物と戦う超人的な筋力も備わっていなかった。
それでも、生きるためには働かなければいけない。
町の教会で、最低限の読み書きや勉強を教えてもらいながら、親の農作業を手伝う日々。
好意で勉強を教えてくれる教会の牧師様には、物覚えが良いと誉められたが、王立学院にいけるのは貴族か金持ちの商人の息子だけ。
僕は、自分の将来は親の農業を受け継ぎ、親同士の決めた女性と結婚して子供を産む。そして一生農業をする。その選択肢しかないと思っていた。
ところが僕が16歳になったある日、教会の牧師様から、王都の王立研究所から助手の仕事を紹介された。
牧師様は昔王都で王立学院に通っていて、その伝てでこの話しを紹介してくれたらしい。
僕の一度聞けば大抵覚えられる記憶力と理解力を高く買ってくれたそうだ。
父親にこの話しをすると、父はまだ壮健だったし僕が出稼ぎに出て仕送りしてもらえる方がありがたいと、大賛成だった。
すぐにこの話しはまとまり、僕は王都の王立研究所で、書記として働くことになった。
でも、ここでも僕は、ただの凡人で使い走りでしかなかった。
所長の大賢者ネスマール様が、その強大な魔力で星の核と呼ばれる緑色の水晶珠と世界の理りを語り合うのを、ひたすら暗記し、文章にし、本へと編纂する。あとは掃除や先輩たちのお世話。
ただひたすらにそれだけの毎日。
貰える給金は月に50ベリス。その中から30ベリスを仕送りに回すと、物価の高い王都では、食べていくのが精一杯だった。
そんな毎日。大賢者ネスマール様の言葉を文章にすることで、僕の知識は莫大に増えていったけど、魔力も筋力も財力もない僕には、なんの意味もない。
そんな日々。ひたすら、先輩やみんなに蔑まれながら、毎日毎日同じことの繰り返し。
そして2年後。僕は死んだ。
確かに死んはずなのだ。
僕は王立研究所の仕事の帰り、疲れ過ぎて注意力が散漫になっていた。夜の王都の薄暗い街道。気をつけ過ぎてもそれに越したことはない危険なその場所で、いきなり強盗にナイフで切りつけ
られて死んだ。薄れゆく意識の中で、自分の身体の重さとゆっくりと小さくなっていく心臓の鼓動を確かに聞いたのだ。
だが、目覚めたそこは、死後にゆくというヴァルハラというには、あまりに生々し過ぎた。
煩すぎる音たち。王都の祭りの時のような人の波。
そして、切られたはずの致命傷は、いつの間にか跡形もなく治っていた。
のちに僕は知る。
ここは、地球という星の日本というところ。
僕は、この世界に転生したのだ。
僕は、その後警察に保護され、国籍がないのでいろいろとバタバタしたらしいが、そういう人間の保護団体に助けられ、病気で子供が産むことの出来ない老夫婦に引き取られ、養子になった。その時に日本国籍も与えられた。
僕が聞いたこと見たことを完全に記憶出来る能力はこの世界では特殊らしく、日本語や一般常識をすぐさま覚えて使いこなしていく僕に、義両親は目を見開いて驚いていた。
王立研究所で得た知識で、聞いたことのない言葉や単語でも、ニュアンスはだいたい理解出来た。
日本、ここは素晴らしい。
水はただ同然でいくらでも使える。飢えて死ぬものも極端に少ない。魔物もいない。なにより、安全だ。
僕は、義両親にスマートフォンを与えてもらった。
びっくりした。驚愕した。
僕のもといた世界では、大賢者様が人知を超えた強大な魔力を駆使し、至宝の水晶珠で行っていた世界の理りを知る作業を、スマートフォンは、単語を入力するだけで全て手に入れることが出来るのだ。
僕はインターネットであらゆる知識を吸収し、理解した。
この世界では、僕は天才と呼ばれるらしい。
そして、この世界での成功者とは、学業が出来、金持ちになることだと理解した。
僕はネットバンキングを作り、義両親が毎月くれる5000円の小遣いを振り込み、FX取引をした。
元の世界で水晶珠より得た近未来予測の計算式。
何故、この計算式がこの世界にないのかは知らないが、その計算式を利用してのFX取引で、儲けれないほうがおかしかった。
数ヶ月後、僕の貯金額は、5億円を越えていた。
その日の朝。
一年の数えかたは元の世界と一緒だから、僕が17歳になった日。
「おはよう、ユウ、誕生日おめでとう」
義理の父、高橋浩介が、いつも通り穏やかに笑いかけてくれた。
僕の名前は今は、高橋ユウ。義両親がつけてくれた。元の世界での名前、ユウリトゥームから日本にあうようにと。
食卓にはお味噌汁と、だし巻き玉子、煮物などが、美味しそうな湯気をたてて用意されている。
「おはよう、ユウ、お誕生日おめでとう」
義理の母、高橋美里も、笑顔で出迎えてくれた。
「お父さん、お母さん、おはよう、ありがとう。」
こんな僕を助けてくれた恩人二人に精一杯の感謝をこめて、僕もおはようを言う。
「お父さん、お母さん、僕、だいたいこの世界を理解出来たよ。僕、とりあえず東京大学にいくよ。」
この世界ではチート、完全記憶、絶対理解力、そして大賢者を通して知った水晶珠からの、まだこの世界では発見されていない、数式、定理。
僕は、この世界を支配する。