「さよなら」 初恋の空
斜陽がまるで身体に流れる血のように地上を真っ赤に染めていた。だから、自分の頬は赤いのだ。
そう自分に言い聞かせた。でも、本当は違う。隣で一緒に歩いている彼に、彼女は恋をしていたのだ。
他愛のない会話を続け、
ただがむしゃらに、
無理矢理に笑い、
奪い去って欲しいと、
ただ、
心がめちゃくちゃになる前に、
そっとあなたの箱に閉じ込めて欲しいと、
そう思っていた。
「ねぇ、もし、もしもだよ、私が付き合ってって言ったら、どうする?」
偽ることもしないで、早くなる鼓動に任せて、彼女は口にした。
顎に手を添えて、皺を寄せたその顔を見た時、彼女は歩いている地面を見た。散った花びらが、それが、自分の想いのように思えた。
「何でもない。気にしないで! ただの冗談で深く考えるなよ、バカ」
そう笑いながら、彼女は涙が頬を伝っているのを見られないように、顔を逸らした。
「あぁー、恋人が欲しいなぁ」
ごまかすように、
まだ諦めたくなくて
彼女はそう口にした。
「お前とは無理だよ」
その言葉を言われ、彼女は駆ける馬のようにここから逃げたかった。でも、足が震えてできなかった。
「だって、友達と付き合うなんて考えられないじゃん」
乾いた叫びの笑い声を、押しつぶされた心を隠すために、声に乗せた。
「ははは、そうだよね。てかっ! 今更返事かよっ! 本当にバカだね。本当に私があんたのこと好きだなんて、勘違いするなよ!」
嘘でも良いから、
遊びでも良いから、
ただ、
せめて、
少しでも良いから、
お飾りでも良いから、
傍に置いて欲しかった。
そう思った。
やんちゃな風が長く黒い髪を揺らし、
桜を乗せて宙に舞った姿を
彼女は目で追いかけて空を見た。
茜色の空に、暗闇を引き連れた夜が浸食を始めた空を。
恋が始まりもせずに終わった空を。
心ない言葉に捨てられ
傷つけられた初恋の空を
彼女は見た。
「さよなら」
初恋。
「さよなら」
初恋の空。