大落とし穴
「それは……本当なのか?」
「はい。私達ミカエル商会は、合衆国に仕事を生み出し、そして紙幣によって食料を供給するつもりです。これで、私達が決して“ふざけている”わけではないことをわかって頂けましたか?」
ヘルモンドは、商人の男から聞かされた驚くべき計画に驚愕していた。
いや、彼の驚きは驚愕という言葉では足りない物だった。なにせ彼は、この計画の裏に潜む“無視できない危険”を理解していたから。
「君たち……いや、あなた方はなぜ……こんな」
「……? どうかなさいましたか?」
「……聞かせて欲しい。何故あなた方は……こんな危険な事をしようとしているんだ? それも……我々のような、他国の人間のために」
「……危険? 何のことでしょう? 私にはわかりかねますが……」
「……とぼけなくて良い。俺には……わかっている。この計画を実行するために、あなた方がどれほどのリスクを負っているのかは」
ヘルモンドはそういって、とぼける商人の瞳を真剣な眼差しでのぞき込む。それを見て商人の男は、ヘルモンドが本当に全てを理解していることを認めた。
「……どうやら、嘘は無意味そうですね」
商人の男はそう言うと“はぁ”とため息を漏らした。
「……あなたの言うとおりです。我々は今回の計画を実行するにあたって、相当のリスクを負っています。金と紙幣の交換不可という、一歩間違えば商会を終わらせかねないリスクを」
ミカエル商会が発行している紙幣は、少なくとも帝国においては“金によって”その価値を裏付けられている。つまり『いつでも金と交換しますよ』と標榜することによって、ただの紙切れの価値を維持しているに過ぎないのだ。
しかしこの“兌換”と呼ばれる方法は、諸刃の剣でもある。なぜなら、もし『紙幣を金と交換できるだけの金の備蓄がない』という状況に一度でも陥れば、その時点で紙幣はその価値を失うからだ。
合衆国を立て直すには、大量の資金が必要となる。つまり計算するまでも無く、“金による返済能力を超える紙幣”を大量に発行しなければならないのだ。
この状況でもし誰かが『ミカエル商会の紙幣はいずれ価値を持たなくなる』という噂を流したらどうなるだろう?
恐らく、紙幣を金と交換しようとする者達が押し寄せるだろう。そしてもちろん、彼ら全員に支払えるような金の備蓄は存在しない。
そうなってしまえば、全てが終わりだ。以前にダリア商会がそうなったように、世界中の信用を無くし、一瞬でミカエル商会は消えて無くなるだろう。
もちろん、その対策も考じてはある。合衆国での金と紙幣の交換を禁止するという、気休め程度のものではあるが。
「あなた方は……そんなリスクまで負って、合衆国を救おうとしておられる。なぜです? 何故こんな事を……」
ヘルモンドは、商人の男に尋ねる。
ヘルモンドの感覚からしてみれば、他国の経済を復活させるためにこのようなリスクを負うのは、どう考えても理解しがたいことだった。いや、それは彼だけの感覚ではないだろう。恐らく誰が聞いても『なぜそんなことを?』と疑問を覚えるに違いない。
そんな”当然の疑問”を投げかけられた商人の男は一瞬迷った後、しかし正直に打ち明け始めた。
「……実ははじめ、この計画を聞いたとき。私は反対しました。下っ端ながらに。あなたの言うとおり、余りにもリスクが高すぎると思ったんです」
「ではなぜ……」
「反対した私に、上司の一人がこう言ったんですよ。『本当に何かを必要としている人たちに、その何かを与える。それが商人の本来あるべき姿じゃ無いのか』ってね」
「!」
「……私はそのとき、ようやく思い出しましたよ。自分が商人になった時の、忘れていた気持ちを。商人になったばかりの頃、私は……金などはどうでも良かった。それよりも私は、自分が売っていたものを買い、喜ぶお客の姿を見るのが好きだった。“誰かの役に立っている”。そう感じられるのが、何よりの幸せだった。しかし私は……どうやら長く商人をやっている内に、そんな大切な気持ちすらも忘れてしまっていたようです。彼は私に、それを思い出させてくれたんですよ」
「……」
「まあしかし、それだけが理由というわけでもありませんよ。確かにあなたの言うとおりリスクは高いが、それでもリターンはそれ以上にある。商人として、私はこの計画に賭けた。それだけです」
「……たとえあなた方が、金のためにこんな危険を冒しているのだとしても、それでも良い。言わせて欲しい。”ありがとう”と」
ヘルモンドは、ポツリポツリとつぶやくように話し始めた。
「私は……正直諦めていた。このまま死ぬしかないのだと……そう考えていた」
「……」
「お恥ずかしい話、合衆国は帝国に戦争を仕掛けて、食料を奪うべきだとすら考えたこともあった。合衆国を救うために、あなた達帝国の方々が、これほどの事をしてくれようとしているのにも関わらず」
「……気になさることはありませんよ。もし逆の立場だったとしたら……私もきっとそうだったでしょうから。謝る必要なんてありません」
「いや、そんなことはない。どんな理由があろうとも、他人が懸命に作ったものを奪うなどと言うことは、許されるはずなどないのだから」
「……」
「私は……もう駄目だと思っていた。私はもちろん、まだ幼い息子さえ、もう死ぬしかないのだと。それが、私達の運命なのだと」
ヘルモンドはそう言うと涙を流し、そして何度も頭を下げた。
「ありがとう……! ありがとう……! あなた方のおかげで私達は……息子は……生きられる! 死なずにすむ! この恩は決して忘れない……! 本当に…ありがとう……!」
<<<< >>>>
「今回の搬入分はこれで全部か?」
「ちょっと待て。今確認するから……」
合衆国東部の港。首都からは離れているその場所に、帝国から食料を運んできた巨大な帆船が停泊していた。
男達は船の積み荷を陸揚げし、それらの確認を行っていた。
「……しっかし、助けに船とはまさにこのことだな」
目の前に詰まれた、大量の食料が入った木箱を眺め、男はそんな感嘆を漏らす。
ほんの数ヶ月前まで、合衆国は大量の餓死者が出るほどに飢餓に苦しんでいた。その証拠に今も、合衆国に生えていた野草は全て食い尽くされ、木からは全ての皮が剥ぎ取られている。
しかし、そんな危機はすでに脱していた。帝国から届けられた大量の食料と、ミカエル商会が生み出した多くの仕事によって。
一時は、状況を打破するために帝国との戦争を望んでいた市民達も、食料危機を脱せたことと、彼らを救ったミカエル商会への感謝から、そんなことを言う者はいなくなっていた。
誰もが、もはや戦争の必要は無く、そしてそのようなことにもならないと思っている。少なくとも、何も知らない合衆国の善良なる市民達は。
「……ん? おかしいな……」
「なんだ、どうかしたのか?」
積み荷を調べていた男が首をかしげた。そして、手に持っていた書類を見せる。
「ほら、これだよ。本当ならここに、もう一個積み荷があるハズなんだ。なのに……ないんだ」
渡された書類に目を通すと、もう一人の男も「本当だな。一個足りない」と言った。
「なんだ? 積み忘れか?」
「わからん。俺達じゃ確認のしようもない。むこうの担当者に聞くしかないだろ」
「そうだな。よっしゃ! 俺、今から聞いてくるわ」
「ああ、任せたぞ」
「あ、すみません。ちょっといいすか?」
男は甲板上から景色を眺めていた男に、そう尋ねた。
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「ええ。実は積み荷を調べたんですけど、1つ足りないみたいなんです」
「ほう、それはおかしいな。ちょっとその書類を見せてくれ」
男は言われるがままに、ミカエル商会の担当者に渡した。
「で? その問題の積み荷はどれだ?」
「これです。この……5番のヤツです」
男に言われて、ミカエル商会の担当者は「ふむふむ」と確認する。そして、すぐにわかったように頷いた。
「ああ、すまないな。これはこちらのミスだ」
「ミス……ですか?」
「ああ。書類のミスで、本来ここに運ばれるべきじゃなかった貨物が間違って記載されていたんだ。だからここに来る途中の港で、この貨物だけ下ろしておいたんだ。そういうわけで、今ここには無い。いやー、悪かったね。俺としたことが、うっかり書類を書き換え忘れてしまっていた」
そう言うと商人の男は「悪かったね」と謝りながら、頭を下げた。
「いやいや! そんな頭を下げないでくださいよ! こっちは大丈夫ですから!」
「そうかい? でも、本当に悪かったね。余計な仕事を増やしてしまって」
「大丈夫ですよ。それに、仕事が増えるのはむしろ歓迎ですから。なにせあなた方が来るまでは、その仕事すら無かったんですから。仕事がないのに比べれば、増えるのなんてへっちゃらですよ」
「……そうか。じゃあ、そういうことで。この積み荷は、搬入物の目録から消しておくから。君は普段の仕事に戻ってくれて構わない」
「はい! それじゃあ!」
男はそう言うと、走り去って行った。
「……さてと。俺達に出来ることはこれでもう全部やった。あとは……頼んだぞ、フォート君」
夕日も沈みかかった黄昏のなかで、ゼータはそうポツリとつぶやいた。
MHWにハマって投稿が遅れました。申し訳ありません。
そしてたぶん、もうしばらくはハマったままなので、その間投稿ペースが遅れるかも知れませんがご了承ください。




