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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
96/110

復興計画

「つまり私どもは、あなたから農地を買い上げたいのです」


 家に着くなり、商人の男はそう説明した。

彼の言葉を聞いて、ヘルモンドは驚きを隠せなかった。


「土地を買い上げる……だと? お前そんなことを……本気で?」


「はい、私どもは本気です」


「……だとしたら『馬鹿にしているのか』って話だな。ふざけている」


 ヘルモンドは明らかな怒りを浮かばせてそう言った。


「もし農地を売ってしまったら、俺はこれからどう暮らせば良い? 仕事はどうなる?」


 ヘルモンドの言うとおりだった。農夫にとって、土地とはいわば生命線だ。それを売るということはもはや、自ら死ぬようなものだ。


「もちろん、私達はあなたから“たんに土地を買う”つもりではありません。その先に、他の目的があります」


「……ほう? じゃあどういうつもりだ? まさか俺を養ってくれるって言うのか?」


「……半分当たりです。私達はあなたを“農地の管理者”として雇おうと思っています」


「……なんだと?」


 驚くべき提案に、ヘルモンドは驚愕する。


「俺を……雇うだと?」


「その通りです」


「……わからないな。そんなことをして、一体何のメリットがある? もし俺を雇って農地を管理させるなら……わざわざ土地を買うなんて無駄なことをする意味があるか?」


 ヘルモンドの言うとおり、これは明らかに無駄なことだった。

 ヘルモンドから買った土地を、ヘルモンドに耕させる。そんなのは明らかに二度手間だ。


「なぜそんな無駄なことをする? 何を企んでいる?」


「……ここからのことは、他言無用でお願いします」


 商人の男はそう断ると、ひそひそと話し始めた。


「……実は今、合衆国中で土地を買いあさっているんです」


「合衆国中で……?」


「そうです。私達の最終目標は、合衆国の農地を“区画整理”することなんです」


「区画整理だと……?」


「今ヘルモンドさんが所持している土地は、1カ所にあるわけではありませんよね?」


「……ああ。少し離れたところに、他に農地があるな」


「そこは今、どうなさっていますか?」


「どうもこうも、毎日耕しに行っているが……そうか! お前は……!」


 商人の男の目論みに気がつき、ヘルモンドはなお一層の驚きを見せた。


「そうです。私達は、そういった“散らばった土地”を整理して、生産効率を上げようとしているのです」


 「やはりそうか……!」


「合衆国は君主制時代の名残で、土地の区画整理がかなりお粗末です。そのため、2カ所以上の離れた農地を所有している者も大変多い」


「……俺もそうだな。君主制から民主制に変わったときに、先祖が政府から買った土地は当時の班田制によって与えられていた土地だ。だから、班田制で与えられていた農地の場所の関係で、かなり離れた場所の農地を買うことになった」


「その通りです。班田制では、所有者の定年によって土地が返還され、新しく土地をもらえる年齢に達した者達に土地が割り振られる。その制度の所為で、与えられる場所は、とても最適化がされているとは言いがたい」


「……それを区画整理するってわけか」


「その通りです。そうすることによって、抜本的な農地改革を行います」


「……たしかに、あんたが言うことには一理ある。しかし……そんなことが可能なのか?」


「……可能とは?」


「そんな事をする為には、大量の資金が必要となるはずだ。それほどの量の金を用意できるのか?」


「……それについて、とても重要なお話が」


 商人の男はそう言って、懐から一枚の紙きれを取り出した。


「何だこれは?」


「これは“紙幣”と呼ばれるものです。私どもの国では、すでに金の代わりの貨幣として流通しています」


「……」


「今回土地を購入するにあたって、私達ミカエル商会はヘルモンドさんにこの紙幣でお支払いをしたいと考えています」


「!」


 ヘルモンドは、目の前の商人の男を驚きと共に見る。


「……これで……どうしろと言うんだ?」


 ヘルモンドは思わずつぶやいた。


「あなた方の国では……これが金貨の代わりとして流通しているのかも知れない。だが……この国では違う」


 ヘルモンドの言うとおりだ。こんな紙切れ、帝国ならまだしも合衆国では少しの価値もない

 こんな紙切れを渡されて『土地をよこせ』なんて言うのは、もはや笑い話にすらならなかった。



「……確かにその通りです。でも、これからは違います」


 男の言葉に、ヘルモンドは首をかしげる。


「これからは……?」


「はい。確かにヘルモンドさんの言うとおり、今のこの国ではこの紙切れは何の価値もありません。でも、これからは違います。なぜなら、これからミカエル商会がこの国の経済を変えるからです」





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「合衆国の状況はどうなっている?」


「問題ありません。事前の予想取り、無事に復興計画は進んでいます」


 ナーベの答えに、ドラガはひとまず安堵した。


「そうか。始めはどうなることかと思ったが……どうやらフォート君の計画通りに事は進みそうだな」


「ええ、私も安心しました。でも、まだ安心は出来ません。もし最悪の事態が起きれば……ミカエル商会は終わりなんですから」


「……ああ、そうだな」


 ナーベの念押しに、ドラガは気を引き締め直す。


「……それで? 具体的にどこまで進んでいるんだ?」


「とりあえず、合衆国に存在する土地の内、予定していたものの殆どは購入済みです。区画整理も上手くいっています」


「農地改革は問題なさそうだな……商業の方はどうなっている?」


「すでに、合衆国に残っていた小売店の殆どは傘下に加えました。紙幣の流通も、上手くいっているようです」


「……そうか。それで? 肝心の“問題”への対処は?」


「当初の予定通り、合衆国での金と紙幣の交換はしていません。恐らく、よほどのことがない限りは…最悪の事態は避けられるでしょう」


「……そうか。ならいい。そのまま続けてくれ」


「了解です、会長」








 合衆国で紙幣を流通させる事。それは、とても簡単なことだった。なんなら、帝国で流通させるよりもずっと。


 合衆国には今、食料を販売できる小売店が殆ど存在していない。打ち壊しによりなくなってしまったからだ。


 しかし不思議な話かもしれないが、ミカエル商会にとっては、むしろそれが“良かった”のだ。



 食料を販売できる小売店が無い中で、もしミカエル商会が“紙幣と交換で”食料を販売し始めたらどうなるか?


 言うまでも無く、合衆国の誰しもが紙幣を手に入れようとするだろう。それだけが、彼らが食料を手に入れる事の出来る唯一の方法だから。


 それだけだ。たったこれだけで、合衆国において紙幣は価値を持つことになる。


 しかも素晴らしいことに、たったこれだけのことで“食糧問題”と“復興資金の調達”という二つの問題が解決するのだ。



 食糧問題については言うまでも無いだろう。合衆国に食料を供給するのだから、解決して当然だ。


 では復興資金の調達はどうか? これもまた、複雑な説明はいらない。紙幣が合衆国で価値を持つようになれば、合衆国内で支払う代金は全て紙幣で事足りるようになるという、ただそれだけの事だ。


 土地の購入資金も、そして土地の管理のために雇った農夫達の給料も、その全てを無尽蔵に生産できる紙幣を使うことが出来る。

 

 これによって、資金不足という問題は解決した。



 しかし、まだ問題が残っている。それはすなわち『農夫以外の人々にはどうやって紙幣を供給するか?』という問題だ。


 だがこれについても、解決策は簡単に見つかった。仕事を作ったのだ。どういうことかというと、合衆国に新しく“工場”を作ったのだ。


 合衆国は現在、深刻な職不足に陥っている。つまり俗に言う“雇い手市場”と言うわけだ。


 雇い手市場と言うことはつまり、低賃金で従業員を雇用できることに他ならない。今合衆国に工場を建てれば、安い労働力が簡単に手に入る。


 にもかかわらず、今の今まで世界中のどの商会も工場を建てなかった理由。それは2つある。1つは、資金不足。そしてもう一つは“安全面”だ。


 新しい工場を建てるのには、言うまでも無く資金が必要だ。しかし世界的に蝗害が起きたことによって衰退した世界経済の現状では、工場を、それも他国に建てる余裕のある商会は殆ど存在しなかった。


 しかしこの資金面での問題をミカエル商会が克服したことは先に述べたとおりだ。

 無尽蔵に発行できる紙幣。それによって、ミカエル商会は無限の資金源を手に入れているのだから。


 では、二つ目はどうか?



 世界情勢は今、合衆国と帝国間での戦争に向かっている。そして、もしそうなったときに合衆国が負けることは明らかだった。


 考えてみて欲しい。これから高確率で戦争に負ける国に工場を建てたとして、それが戦争後も無事である保証はあるだろうか?


 そんな保証は存在しない。リスクマネジメントの観点から言って、いま合衆国に工場を建てるのは愚の骨頂と言わざるを得ないのだ。


 しかしそんなことは、“戦争を止めよう”としているミカエル商会にとっては関係の無いことだ。



 そう言った“奇跡的”とも言えるような、都合の良い条件がそろっていたからこそ、ミカエル商会は『合衆国に工場を建設して仕事を生み出す』ことに成功したのだった。




 しかしそうはいっても、この計画がミカエル商会にとって“安全”だったかと言われれば、そんなことは決してない。


 一歩間違えばミカエル商会が崩壊するほどの危険。それ程のリスクを負ってまで、ミカエル商会は合衆国を助けようとしていたのだ。


少し長くなりますが、今回の話の補足説明をさせて頂きます。



合衆国はかつて君主制の国でした。しかし一部の地域で市民革命が起こると、それを機に各地で革命が起こり、いくつもの”自治組織”が生まれました。それらが帝国や協商といった他国に対抗するために合併し、今の合衆国という国になっています。


そして話の中でも説明がありましたが、革命の際にそれまで君主から”班田”として農民に”貸し与えられていた”農地が、払い下げられることになりました。


(班田について:これは古代日本の班田制を参考にしています。一定の年齢に達したら、それに応じた農地を貸し与えられるやつです。ここでは満12歳になった男女に一定の面積の土地を与えられています)


その払い下げの仕方はお粗末で、革命期の混乱と相まって”適当に”売り払われました。

運良く一つの場所に集中した農地を買い取る者もいれば、遠く離れた土地を買わされてしまい、毎日数カ所を行ったり来たりして畑仕事をしなくてはならない者もいました。


ミカエル商会はその”お粗末”な農地を一度全て買い上げ、より効率的な土地分配を行おうとしているわけです。


今回は作中で説明しませんでしたが、実はこれには”農地改革”以外の目的もあります。それが”農業の集団化”です。


農業は元来、農民と呼ばれる人たちが個人レベルでやってきた。しかしそれを集団化し、作業や販売を効率化したら、より大きな利益を生み出せるのではないか?


そう考えたフォート君が、復興計画の一つとして立案しました。


集団化するメリットはいくつかありますが、その中でも特に大きいのは”供給量の操作”が出来ることです。


例えば、その年の農作物のできがそうとうによかったとします。するとどうなるか。供給過多で農作物の値段が下がるわけです。


「安くなればもっと売れるじゃん!」と思うかも知れませんが、しかし話はそう単純じゃありません。

安くなった分、より多く売らなければならないのですが、しかし需要には限りがあるため、結局全て売ることが出来ずに赤字になることがあるんです。


それを避けるには、市場に出回る量を操作して、値段が下落するのを避けないといけないわけです。そして、需要にあった供給をする必要がある。(経済学で言うところの”需要と供給の原理”です。『需要曲線と供給曲線が~』のやつです)


個人で農業をしている内は、そのような『供給操作』は困難でしょう。なにせ個人個人からしてみれば『売った方が特』なんですから。

しかし農業を集団化し、供給量を自分たちで操作できるようになれば、常に最高の利益を出せるようになるわけです。


実際この方法は現在でも行われています。(社会科の資料集とかにも載ってた気がする)



とまあ、わかりにくかったかも知れませんが、そんな理由でミカエル商会は合衆国の土地を買いあさっていたわけです。


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