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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
95/110

ナーベの商会レポート2

 ~ミカエル商会レポート~


 これまで私は、会長の指示を受けてこのレポートを書いてきました。

でも、その会長は亡くなられました。今は、ドラガさんが会長となっています。


 ドラガさんには別に、こんな”日記”のようなレポートを書くように私に指示はしていません。でも、これまでずっと書き続けていたからでしょうか。月の終わりになった頃、私は自然とこのレポートを書いていました。


 どうせならと思い、このレポートを、今は亡き会長に『あなたがいなくなっても、私達はちゃんとやっています』とお伝えするために書こうと思います。



 さて、まずはうれしい報告から。先日ついに、これまでずっと閉じこもっていたフォートさんが仕事に復帰しました。


 食事もろくに取らず閉じこもっていたので、みんな心配していたから、とても良かったと思います。


 でも、そんな病み上がりのフォートさんが私達に言ったことは、そんな安心も吹き飛ばすくらいに衝撃的なものでした。


 彼は何と『合衆国との戦争を止めたい』といったのです!


 彼は言っていました。『会長が死ぬ原因を作った奴らの所為で、このままでは合衆国と間違いなく戦争になる。だからそれを止めたい。それが、僕に出来るせめてもの償いだから』と。


 私は、会長が死んでしまったことに対して、フォートさんが責任を負うべきでは無いと思います。


 だってフォートさんは、ミカエル商会のために自ら“敵地に潜入する”という危険な役目をかってでたんですから。


 私達から裏切り者と思われてでも、ミカエル商会に尽くそうとした彼が、どうしてそんな責任を負わなければならないのでしょうか?

 そんなことはきっと、誰よりも会長が望んでいないでしょうに。



 それでもフォートさんは言っていました。『僕が自分の独断で動いていなければ、こんな事にならなかった』と。

 彼は反省していたのです。自分一人で、何もかもをやり遂げようとしていたことを。その傲慢さを。


 だから彼は、次こそはそんな失敗を繰り返さないためにも、私達に『合衆国との戦争を止めたい』と本音をうちあけ、そして私達に『協力して欲しい』と頼んだのです。


『自分一人では出来ないことも、全員の力を合わせればもしかしたらできるかもしれない』そう彼は言いました。



 もちろん、私達は賛成しました! だって、今まで彼は私達をたくさん助けてくれたんですから! 今度は私達が助ける番です!





 フォートさんの作戦は、意外とシンプルでした。作戦と言うよりも、それは“目標”と言うべきものでした。


『合衆国を経済支援して復興させる』という、ただそれだけの事だったのですから。


 フォートさん曰く『合衆国が戦争を起こそうとしているのは、困窮している経済を立て直すためで、その手段として国民が“戦争を望んでいる”から』だそうです。だから経済さえ復興すれば、戦争の必要は無くなる。戦争を避けられるというのです。



 ハッキリ言って、私には彼が言うことがどれほど正しいのかはわかりません。でも、それでも私達は彼を信じることにしました。

 だって、私達は知っているから。彼が信頼できる仲間であるということを。



 長くなりましたが、今回の報告はこれくらいで終わりたいと思います。来月にはきっと、もっと具体的な実行計画をお伝えすることが出来ると思います。楽しみにしていてください。


 編集:会長秘書 ナーベルグ・シェリーナ


 親愛なるミカエル・ビスマークに捧げる




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「うわああああああああん! お腹減ったよおおおお!」


 痩せこけた農夫の男にすがりつき、その子供はそう叫んでいた。

 子供もまた、およそ健康とは思えない顔つきだ。


「……ごめんな。もう…食べるものがないんだ」


「うわああああああああん!」


「泣いたらもっと腹が減るぞ。我慢してくれ」


 男の言葉も聞かずに、子供は泣き続ける。

 それも当然だ。なにせ数日前に食べた“野草”を最後に、もう何も食べていないのだから。



(俺達は……どうなっちまうんだ……)


 男は、何も生えていない麦畑を見てそんな事を考える。


 数ヶ月前。突如として飛来した大量の蝗によって、その年の小麦は全て食い尽くされてしまった。


 蝗害に備えて備蓄しておく余裕すらなかった彼らはそれからというもの、その辺に生えている野草や木の皮を削って飢えをしのいできた。


 しかしもはや、それも限界だった。


(せめて……都市が健在だったらな……)


 蝗害が起きてすぐ、多くの飢えた者達が仕事を求めて都市部に集中した。しかし、それがまずかった。


 突然の民族大移動により、都市部の物資はすぐに枯渇した。そして、それに目をつけた“食料の売り渋り”が起きたのだ。





 人が生きていくには、食べるものが必要だ。例え、飢饉が起きていようとも。



 飢饉によりただでさえ高騰していた食料は、都市部への人口集中によって一層の拍車がかかった。

 都市部に出てきていた貧乏な労働者達が、とても買うことが出来ない値段になるのに、そう時間はかからなかったのだ。



 その影響は、最悪の形となって現れた。『商人が金持ちばかりに食料を売っている』と思い込んだ労働者達が、合衆国各地で商店を襲い始めたのだ。


 そして結果として、合衆国からほぼ全ての商会が姿を消した。それは同時に、合衆国から“仕事もなくなった”事を意味していた。



 今現在、合衆国を支えているのは他国の商会からの数少ない輸入だ。しかしそれも、いつまで持つことか。

 なにせ仕事のない合衆国には、他国から物資を買い続ける余裕など、もう僅かしか残されていないのだから。


 そしてもし、その“いつか”が訪れたとき、自分たちは死ぬしかないのだ。

 そう、戦わなければ……





 ――――カラカラ……


 野草を探して道ばたを歩いていた農夫の男は、そんな車輪が回る音を耳にする。

 地面から視線を上げると、少し離れたところを馬車が走っていた。



(こんな所に……馬車?)


 男は首をかしげる。

 自慢にもならないが、男の住んでいる場所は本当になにもない農村だ。あるものと言えば、住民が少しだけの村と、広さだけは一丁前の農地だけだ。


 そんなド田舎に、馬車なんて高級なモノに乗った“高貴なお方”が一体何用なのか? 男はそう思ったのだ。



 ――――カラカラ……


(……こっちに…来る?)


 確実に近づいてくる馬車に、男は再び首をかしげる。そんな男にある程度近づくと、馬車が止まり、その中から商人風の男が姿を現した。


(商人……ってことは、他の国のヤツか。一体何の用で……)


 商人風の男は農夫に近づくと、笑顔で一礼をした。


「どうもこんにちは。ちょっと伺いたいのですが、ヘルモンドさんという方を知りませんか?」


「……ヘルモンドは私のことですが」


 ヘルモンドの答えに、商人の男は一瞬驚く。


「あなたが……いや、すみません。余りにもその……想像とかけ離れていたので」


「どういう意味です?」


「いえ……失礼を承知でお答えすると、余りにも痩せておられたので……私はもっとたくましい方を想像していました。なにせ、この辺り一帯の土地をお持ちになられていると聞いていましたから」


「……それは間違いないな。たしかに少し前までは、俺もそれなりの肉付きだったよ。まあ今となっちゃ、見る影もないだろうがな」


「……そんなに酷いのですか。飢饉は」


「目の前の男が生き証人さ。もっとも、あと半月もしない頃には、死んでるだろうがな」


「……」


「で? そんな死にゆく俺に、アンタみたいな商人、しかも他の国のヤツが何のようだってんだ?」


 ヘルモンドの皮肉に、商人の男は“ふぅ”と息を落ち着かせた。


「……実は、ある商談を持って来ました」


「商談?」


 ヘルモンドはその言葉を聞くと、鼻で笑った。


「悪いが、ここにはあんたらに売れるようなもんはねえよ。そんな物があったら、とっくの昔に食料の足しにしてる」


 そう言った男だったが、しかし“ある事”が頭をよぎりその顔を険しくした。


「……まさか、この村から“奴隷”をよこせって話じゃねえだろうな?」


 ヘルモンドがそんな事を考えたのも当然だった。

 と言うのも、飢饉が進行してからと言うもの、全滅を免れるために“子供に身売りをさせる”者達が続出していたのだ。


 子供を奴隷として差し出し、その代わりにいくらかの金を受け取る。そんなことをして食い扶持ぶちを稼ぐ者達が多くいたのだ。

 そして、そのような者達のために“人を買う”奴隷商が多くの村々に出没しているという話を聞いたことがあった。


 まさか目の前の、一見おだやかな見た目をしているこの男は、その“奴隷商”なのではないのか?

 ヘルモンドはそう危惧したのだ。



「……悪いが、奴隷を仕入れに来たのなら他を当たってくれ。俺は息子をそんな目に遭わせるつもりは毛頭ない」


 ヘルモンドの危惧を理解し、商人の男は慌てて否定した。


「ち、違います! 私はそんなことをしに来たわけではありません! 私が来たのは、真っ当な商売をするためです!」


「真っ当な……?」


「そうです! もちろん、それは私達だけではなく、あなたにとっても大変メリットがある話です!」


「……」


 ヘルモンドは訝しげに商人の男を見る。先ほどの狼狽から推測するに、おそらく奴隷商ではなさそうだ。もしそうなら、あんな狼狽えなどせずに、もっと上手く対応していただろう。


「……良いだろう。話だけは聞いてやる。ついてこい」


「あ、ありがとうございます!」


 そう言うとヘルモンドは、“腹が減った”と泣き続ける哀れな息子が待つ自宅へと、商人の男を連れて行った。



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