告白
――――ザバァ!
「このバカ!」
海岸に上がるなり、レイは掴んでいたフォートを乱暴に投げ捨てた。
「ゲホッ! ゴホッ! っ、ハァハァ……!」
フォートは投げ捨てられると、口からいくらかの水を吐き出した。
「お前……何やってるんだよ!? こんな真冬に……死ぬつもりか!?」
「……はは」
「!? 何笑ってやがる!」
「はは……いや、本当に死んでたかもって思ってね」
「死んでたってお前……! 私が助けなかったらどうするつもりだったんだ!?」
「そのときは死ぬしかなかったね。でも、信じてたから。君が助けてくれるって」
「!」
「まったく……初めてだよ。こんなに……自分の命をかけるくらいに、人を信じたのは。信じることが出来たのは」
「……」
――――ドサッ
レイは気が抜けたように地べたに座り込んだ。そして、自分を置いて合衆国へと出発してしまった帆船を眺める。
「……行っちゃったね、船」
フォートはだんだんと小さくなる船を見てそう言った。
「……ねえ、君は何でこんな事……なんて、聞くことないね。理由はおおかた、予測が立つ」
「……」
「君は責任を感じて……僕の前から消えようとしたんだろ? そして、少しでも責任を取るために、合衆国に帰還して居るであろう“彼ら”を倒そうとしていた。それも、たった一人で」
「……ああ。そうだよ」
「……なんで一人で? 君一人じゃ……殺されるだけだろ」
「……いないからな。私には仲間が……」
「いるじゃん、僕が」
「……お前に合わせる顔がなかった。私の所為で彼は……お前の大切な人が……死んだ。それなのに……一緒に来てくれなんて言えるわけ無い」
「……」
「……私は…もうお前に会いたくない。会う資格なんてないんだよ」
「……何でさ?」
「私はあの時……お前の代わりに別のヤツが死んだとき……うれしかったんだよ。酷いだろ? 自分のためなら、知らないヤツが死のうがどうでも良いんだ私は。そんな……クズ野郎なんだよ」
「……」
「それに気がついたとき私は……自分が心底嫌になった。自分のことを軽蔑した。それと同時に……思ったんだ。私みたいなヤツが、お前なんかの側に居て良いのかって」
「……だから……死んで償おうってこと?」
フォートの問いに、レイはゆっくりと頷いた。
そして、自嘲するように笑った。
「……本当に自分が嫌になるよ。こんな事を言ってる今でさえ、心の奥では喜んでるんだからな。お前が私を追いかけてきたことを。お前が私を……信じてくれたことを。こうなってくるともう、私はお前が追いかけてくるだろう事を知っていた上で、“追われる”ためにこんな事をしたんじゃないかって思うよ。自分のことしか考えないクズ野郎だ。お前もそう思うだろ?」
「……そうだね。そう思う」
「……」
フォートの言葉に、レイは“ふっ”と笑った。
「……だよな。そう思って当然だ。だから……もう私のことは放っておいてくれよ。これ以上自分のことを嫌いにさせないでくれ」
「それは絶対に嫌だ」
「……は?」
思いもよらない答えに、レイはそんな素っ頓狂な声を出した。
「君がクズ野郎だって事はよくわかった。そして君が、自分のことを嫌いになりたくないからって理由で、僕の前から消えようとしていたことも、よーくわかった」
「……なら」
「でもそれが僕に関係ある?」
「……は?」
「関係ないよね? 君が自己嫌悪に陥ろうが、僕にはなーんの関係もない」
「いや……なに言って……」
「自分のことしか考えていない? それがどうしたんだよ。僕なんて、君なんかよりもずっと、自分のことしか考えていない」
「……」
「今ここでハッキリ言うよ? 僕には君が必要だ。側に居てくれないと困る。だから、例え君が僕の近くに居たくなかろうが、そんなの我慢しろ」
「……」
「会長が死んだのは君の所為? バカ言うなよ。アレは全部僕の所為だ。ああなることを予測しなかったせいで、そしてナイフなんてバカみたいなものを投げつけられた僕の不注意のせいだ。断じて君のせいじゃない」
「でも……私がいなかったら……」
「そんなことを言い出したら、僕がいなかったらそもそもとして何も起きなかった。会長はもちろん死ぬことはなかったし、それどころか、僕が原因で君がダリア商会から追われることもなかった」
「……」
「そんなものだよ、君が感じている責任なんて。そんな、屁理屈一つに言い負かされてしまうような、しょうもないものだ。それよりも君が感じるべき責任は、僕を一人にしようとした責任だ」
「……一人にしようとした?」
「君さぁ、思わなかったわけ? 会長を失った僕から、さらには君までいなくなったらって。そんなの、それこそ立ち直れないよ。だって君はもう、僕にとっては会長と同じか、それ以上に大切な人なんだからね」
「!」
「たぶん僕だって、もし君をかばって誰かが死んだら安心すると思うよ。“レイが死なずにすんで良かった”って」
「……」
「僕だって君と同じさ。君と同じ、自己中心的で、偏屈なクズ野郎。そんな二人だからこそ、お似合いと思わない?」
「……そうかもな」
「でしょ? ならもう、僕から離れるなんて悲しいこと言わないでさ、いっそ『責任取って結婚します』位のこと言ってよ」
「……はぁ!?」
フォートの衝撃発言に、レイは先ほどとは違った意味で驚く。
「結婚っておま……」
「いや、別に本当にそうしろって事じゃないよ? それくらいの覚悟を持ってくれよってこと」
「……」
「……いや、なんというか……そんなに嫌でしたかね? 冗談だとはしても、そこまで驚かれると……傷つく」
「……ふふ……あははははは!」
レイは耐えきれずに、ついに笑い出した。
「あははははは! お前ってヤツはもう……あははははは!」
「……そんなに笑う? なんかすっごい馬鹿にされてる気分だよ……」
「あははははは! 悪い悪い……そうだよな。私が間違っていたよ。お前から離れて責任取ろうなんて……私は結局、自分が楽な方法を選んでたみたいだ。そうじゃないよな。本当に責任とろうってんなら私は、どんなに自分が嫌いになろうとも、どれだけお前に嫌がられようと、絶対にお前の近くに居て……報いるべきだったよな」
「……やっとわかった?」
「ああ、よーくわかったよ。だから安心しろ。もう私は、絶対にお前を一人になんかしない。息つく暇も無いくらいに、お前にべったり張り付いてやるよ」
「……それはちょっと……嫌だなあ」
「嫌? そんなの知らねえよ。私がお前に報いるためだ。そんなのは我慢しろ」
「……」
「何だよその顔? まさか『とんでもないヤツにとんでもないこと言ってしまった』なんて思ってるんじゃないだろうな?」
「……当たり」
「ははっ! 残念だったな! もう手遅れだよ!」
「……」
フォートは“ハァ”とため息をつくと、海岸に寝っ転がった。
そしてとても楽しそうに「まったく、これじゃ悲しむ暇も無いね」と笑った。




