真実
あの人は……会長は君のことをとても大事に思っていた。だからきっと……いや、やめておこう。それはきっと、本当は君が一番よくわかっているだろうから。
ただ……きっとあの人は、このことを君に知られたくは無かったと思うが……それでも俺は……伝えようと思う。君は知っておくべきだと思うからな。
あの人が以前、君が『戦争で儲けよう』と言ったときに、強く反対したことを……怒ったことを覚えているか?
会長があんな風に言ったのには……理由があるんだよ。この商会に一番長く居た俺だけが知る、理由があるんだ。
意外かも知れないが、会長は元々商人じゃなかった。あの人は昔……農民だったんだ。帝国の辺境で細々と暮らす人間だったのさ。
妻も居た。子供も居た。生活は苦しかったそうだが……それでも幸せだったと言っていた。
そんな幸せの中にあったあの人が、なぜ農夫をやめ、商人になったのか? 君にわかるか?
……あの人が暮らしていた辺境は、帝国と協商の国境の近くだった。しかも軍事戦略上、かなり重要な場所だった。
もうわかっただろう? 戦争だよ。……いや、戦争なんて大それた物ですらなかった。
ただのイザコザ……国家レベルからしてみれば、辺境で起きた小さな小さな戦いだった。だが、そこに住む者達の生活を奪うには……十分だった。
その日、会長は収穫した作物を町に売りに出ていたそうだ。そして、帰ったときには……彼の村は蹂躙され、妻も、子供も……全員殺されていた。
仕事も、居場所も、家族も……全てを失った会長は、失意の中帝国中を放浪したそうだ。
でも、さすがあの人と言うべきかな。彼はそんなどん底の中で、それでもなお戦った。
自分に出来る仕事は何でもしたそうだ。そして食事すらろくに取らずに貯め続けた貯金を元手に、あの人は小さな商店を立ち上げ、成功した。
俺もそのとき、あの人に出会ったのさ。まあ何のことはない。『最近になって一気に力をつけている商店がある』っていう話を聞いて、『そこなら俺の力を有効に使えるかも知れないな』と思って雇ってもらったんだ。
まあそれで、今に至るって訳だ。俺達は仲間を集め、商店を商会へと成長させ、帝国でも随一の組織へと育て上げた。
ただ、どれだけ経営を拡大したとしても、あの人は決して“戦争”を利用しようとはしなかった。
例え武器を売っていようとも、それが誰かを守るためではなく、誰かを傷つけるために使われることを決して許さなかった。
だがこれでも丸くなったほうさ。ずっと前なんて、“武器を売ろう”って俺が言ったら『ふざけるな』ってケンカになったくらいだからな。
商会の長となったことで、あの人にも責任が出来た。だから『少しだけならば背に腹は代えられない』って思うようになったんだろうな。
しかし……絶対に戦争だけは、許さなかった。自分から全てを奪った戦争だけは……許せなかったんだろう。
だからあの人は、戦争を利用しようと言った君に……怒ったんだ。許せなかったんだ。
でも勘違いしないで欲しい。君を怒ったからと言って、あの人は少しも君のことを嫌ってはいなかった。
ただあの人は……悲しかったんだろう。君が……今はいない息子のように思っていた君が……自分から全てを奪った戦争を利用しようとしていることが。
……君がこのまま部屋から出てこないからと言って、誰も君を責めたりするつもりはない。それほどのことだからな。閉じこもってしまうほどに……辛いことなんだからな。
だがこれだけは知っておいてくれ。あの人はきっと、後悔していないだろう。自分の息子を二度と失わないために、自らの命を失ったことを。
そして願っていると思う。君が……全てを託した君という存在が……絶望に暮れることなく、かつての会長のように、絶望から這い上がり、幸せを取り戻すことを。
あの人はきっと……そう願っているだろう。
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――――ギィィィ……
ゼータがどこかに行ってしまったその少し後、フォートはようやく部屋を出た。
顔はやつれ、目は赤く染まっていた。
「……お腹……減ったな」
フォートはそうつぶやくと、のそのそと食堂へと歩いて行った。
「久しぶり……ターラちゃん」
――――ガシャンッ!
ターラは久方ぶりのフォートの姿を見るなり、持っていた食器を落とした。そしてすぐさま、フォートに飛びついた。
「あぁ! フォート様! 心配してたんですよ!」
フォートに抱きつくと、ターラは涙を流してそう言った。
「もう何日も食事も取らずに……死んでしまうんじゃないかと!」
ターラはフォートの胸に耳を当て、心臓が確かに鼓動していることを確かめる。そのせいでフォートは、少し恥ずかしそうにしていた。
「……ターラちゃん、苦しいから放してくれる?」
「嫌です! 絶対に放しません! もう二度と、フォート様が閉じこもることが出来ないように、このままずっと抱きついています!」
「えぇ……それは困るなあ……」
「困る!? なに言ってんですか! 本当に困ってたのは私達の方ですよ! 閉じこもりっぱなしのフォート様を、みんなどれだけ心配していたと思ってるんですか!?」
「……」
どれほど自分が、彼らに迷惑をかけていたのかは、フォート自身が一番よくわかっていた。なにせ毎晩のように、フォートの様子を確かめるために大勢がやって来ていたから。
「……ごめん。悪かったよ。もう閉じこもったりしないから、放してくれないかな?」
「……」
ターラは不安そうにフォートの顔をのぞき込む。しかしフォートの言葉が真実だと感じ取ったのか、潔くフォートを自由の身にした。
「……僕がいない間、迷惑をかけたね。本当にごめん」
フォートは目の前の、涙を流して自分のことを見る少女にそう告げた。
ターラは何も言わず、静かに頷いた。
「……で、迷惑をかけたって言った側からで悪いんだけど、ちょっとお願いしてもいいかな?」
「……? なんですか?」
――――グゥゥゥゥ……
「お腹が減って死にそうだから、なにか食べるものを用意してくれない?」
「フォートさん!」
口いっぱいに頬張っていたフォートに、リンナはそう叫んだ。フォートは口の中の物を慌てて飲み込むと、咳き込みながら「ひ、久しぶり……」と言った。
「大丈夫ですか!? 体はなんともないですか!?」
「大丈夫だよ。ご飯も食べたし、もう元気百倍だよ」
「そうですか……よかった……」
リンナはひとまず胸をなで下ろした。
しかし彼女の安堵は、すぐにかき消された。
「ちょっと! フォート様はまだ食べてるでしょ! 食事の邪魔しないで!」
ターラは二人っきりの空間を邪魔されたことに腹を立てたらしく、リンナを睨み付けた。
「ひっ……す、すみません……」
「いやいや、いいよ。そんな怒んないでよターラちゃん」
フォートは“ケンカされてはたまらない”と言わんばかりに慌てて制止する。しかしターラは、仏頂面だった。
「お邪魔したようなので……私はこれで……」
「邪魔なんて、そんなわけないよ。むしろちょうど良かった。この後リンナちゃんにも会いに行こうと思っていたからね」
「……私に?」
「そうだよ。君にもいろいろ迷惑をかけちゃったからね。それを謝っとこうと思って」
「……」
リンナは“迷惑”という言葉に、言い知れない思いを抱かずにはいられなかった。
会長という大切な人を失っていしまったフォートには、そんな他人を思いやるような心の余裕など無いはずなのに、それでもフォートは、リンナに“迷惑をかけた”などと言っているのだ。
そのことがむしろリンナには、心配でならなかった。
「君たち二人には仕方なかったとは言え、とても辛い役目をさせちゃったからね。いつか謝ろうと思っていたんだ」
「辛いなんて……そんなの……」
『あなたの方が』という言葉を、リンナは飲み込んだ。
「さてと、こうしちゃいられないね。僕がいなかった間に起こったことを把握しないと。ターラちゃん、いきなりで悪いんだけど、これまでに起きたことを書類にまとめて僕に教えてくれない?」
「はい! もちろんです! すぐに用意します!」
「よろしくね。……あ、それとさ。一つ聞きたいんだけど……」
「はい! 何でも聞いてください!」
「レイ……って言ってわかるかわからないけど、僕と一緒にいた女の人……彼女は今どこにいるのかな?」
フォートの口から“レイ”という女の名前が出た瞬間、ターラの顔つきが変わった。
「……あの女がどうかしましたか?」
「……えっと……いや、彼女にも迷惑をかけたから……謝ろうかと」
「……」
ターラは無言でフォートを睨み付ける。その視線には、批判じみたものが混ざっていた。
「あ、あの……その方なら……」
場の雰囲気を察知したリンナが、慌てて口を挟む。
「レイさんならあの後からずっと、ここの宿舎で過ごしていました」
リンナがそう言うと、それまでフォートを睨み付けていたターラは、今度はリンナを睨み付けた。それは言うまでも無く『なに言ってくれてんだよバカ』という思いが込められていた。
しかしそんなターラも気にせず、フォートは驚いて聞き返した。
「えっと……過ごして”いた”っていうのはどういう意味? まるでその言い方だとまるで……」
フォートの問いに、リンナは頷いた。そして、
「昨日でしょうか? あの方は荷物を持って……“旅に出る”って言っていました」




