失する
「ギャアアアアアア!」
突然、それまで静かだった室内に、悲鳴がこだました。フォートが振り向いたそこには……
「なっ……!?」
フォートは思わず、そんな驚きの声を漏らした。
仲間同士であるはずの帝国騎士団の兵士達が、同士討ちを始めていたのだ。
「や、やめろ! 俺は仲間……ぎゃああ!」
兵士の一人が、正気を失っている様に見える仲間の一人に切りつけられた。
(なんで同士討ちなんて……!? いや、これは仲間割れと言うよりも……!)
フォートの考えたとおり、それは同士討ちというよりも、一方的な虐殺だった。事態がつかめず困惑する兵士達を、一部の者達が一方的に攻撃する、そんな光景だった。
「なっ……!? よせ、お前達!」
ウィーゼルは慌てて、仲間を攻撃する兵士達に叫んだ。しかしそんな願いも虚しく、彼らは戦いをやめようとはしなかった。
この瞬間、フォートの脳内で尋常ではない量の情報が処理され始めた。
(突然の裏切り? それとも前から潜入していたスパイか……!? いやそれはない……さっき言っていたこの男の能力……洗脳する事が可能……操られた? いや、それならなぜ始めから……さっきのカウントダウン……発動条件! 時間制限か!)
フォートは瞬く間に答えを導き出した。そしてその瞬間、最悪の展開を予測した。
すなわち、この混乱に乗じてオットーフォンを奪還されるということを予測したのだ。
「ウィーゼルさん! オットーフォンを!」
「……! わかった!」
同じく全てを理解したウィーゼルは、すぐさまオットーフォンの元へと駆け寄った。が、
「ウェル君!」
「了解だ」
――――ガキィィィン!
「!」
オットーフォンに駆け寄ったウィーゼルを、ウェルゴーナスが食い止めた。
「お前が俺の後継の戦士長か? どうやら、人手不足のようだな」
――――ガィィィィン!
「俺よりも遙かに弱い」
ウェルゴーナスは剣捌き一つで、現帝国軍戦士長のウィーゼルを撥ね飛ばした。そしてオットーフォンの服を掴むと、そのまま窓に向かって走り出した。
「逃がすか……!」
一瞬おくれて、レイが反応する。レイは床を強く蹴って、逃げるウェルゴーナスを追いかけた。フォートもまた、目の前の男に銃口を三度向け直す。
状況は緊迫していた。逃げる側は、ミス一つで命を落とす状況。逆に追う側は、失敗すればこの先より多くの犠牲者が出てしまう。そんな状況。
それ故だったのだろう。逃げるでも、ましてや追うでもなく、“他の目的”のために動くゲイナスの行動に、誰も気がつけなかったのは。
――――ヒュンッ!
空中を、弧を描いてナイフが飛んだ。ゲイナスが投げたそのナイフは、美しい放物線を描きつつ、しっかりとフォートの心臓をめがけて飛んでいった。
「先輩、これであなたは幸せにはなれない。愛する人を自分のせいで失ってしまえば、もうあなたは二度と、不幸のどん底から立ち直ることは出来ないでしょうね」
――――バッ!
「……ッ!」
フォートは勢いよく突き飛ばされ、地面に突っ伏した。
頭を打ち、混乱する視界の中で彼が見た光景は、自分をかばったばかりに、胸に深々とナイフを突き刺してしまったミカエル・ビスマークの姿だった。
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「……っ! 会長!」
最初に叫んだのは、ドラガだった。倒れるミカエルに駆け寄り、その体を抱きかかえた。
「会長! ああ! そんな……こんな……!」
ドラガは深々と突き刺さったナイフを見て、それが間違いなく心臓に到達していることを理解した。
「……フォート……は……無事……か?」
「無事です! 無事ですから! もうしゃべらないでください! これ以上はもう……!」
――――バリィイン!
一般人の負傷者が出てしまい、一瞬だけ停止したその間隙をついて、謎の男、ウェルゴーナスと彼に抱えられたオットーフォン、そしてゲイナスは窓から逃亡した。
「……! 外の部隊に連絡! すぐに追いかけろ! それと緊急で、医者を呼べ! 大至急だ!」
ウィーゼルは部下にそう告げると、敵が逃げていった窓から自らも飛び出し、追いかけていった。
しかしフォートは、そんな状況のただ中にあっていまだ、動けないで居た。
「会……長……」
フォートの口から、そんな声が漏れ出た。しかしそれでもなお、彼は立ち上がることが出来ずに居た。
頭を打った所為で立ち上がれないのではない。そんな頭痛など、とうに消えていた。
ただ単に、目の前で起きている事全てが信じられず、現実感がなかっただけだった。
「フォー……ト……は……いるか?」
「!」
会長がそう呼び、ようやくフォートは現実へと引き戻された。
「会長! います! ここにいます!」
フォートはそう言うと、慌てて駆け寄る。
「なんで……なんでこんな! こんなのって……なんで……!」
「気に……するな……お前が無事なら……それで……」
「良いわけないでしょう! あなたが死んだら……そんなことになったら…僕は…僕は…!」
「いい……のさ……おいぼれ……は……こうやって死ぬのが……お似合いだ」
「ふざけないでください! あなたまだ、そんな年じゃないでしょう!? まだまだ生きて…もっとやらないといけないことがあるでしょう!?」
「ない……さ……全部……叶ったよ……お前のおかげでな……」
ミカエルはそう言って笑った。そして、彼の手から徐々に力が失われ始めた。
「あとは……任せ……たぞ……お前……達……」
「……会長? ……そんな……嘘だ……嘘だ! あああああああああああああああああ!」
フォートの悲壮な叫びが、辺りをこだまし続けた。




