問題と解決
――――シュゥゥゥゥ……
「うわああああああああああああ!」
突然の爆発音に、悲鳴が巻き起こった。そして集まっていた者達は我先に逃げ出した。
逃げ出さなかったのはフォートとレイ、ウィーゼルら兵士達、オットーフォンとゲイナス、そして……
「危ないなあ……そんなもん人に向けて撃ったらだめでしょうに」
「……お前も大概だ。殺されるのがわかっているのなら、避けるなり何なりしてほしいものだな」
銃弾を撃たれたにも関わらず微動だにしない謎の男と、そしてその銃弾を剣で弾き飛ばしたウェルゴーナスだった。
「いやいやウェル君、避けると言ったって、あんな速度のものを避けれるわけないでしょ。それに避けなくても、君が助けてくれたじゃないか。信じていたよ俺は。君が助けてくれるってね」
「……それでもせめて、避ける努力くらいはしてほしいものだな」
二人は敵前にも関わらず、そんな談笑を繰り広げる。
その場に居る殆どが、状況が飲み込めず固まっていた。
状況を理解できていた者、それはこの事態を予測していたフォートとレイ、そして彼ら二人に直接会ったことがあったゲイナスだけだった。
「な……なぜあなた方が……」
「ははっ、驚いたゲイナス君? 実はね、こんな事になっていたから様子をうかがいに来たんだよ。でもどうやら、罠だったみたいだね」
謎の男はニヤニヤしてそう言った。
フォートは緊張した面持ちで銃口を、謎の男とウェルゴーナスの方に向けた。
「ウチの情報担当を舐めないでもらいたいな。彼女はすごく優秀なんで、君たちの動向なんてずっと前から掴んでいたんだよ」
フォートは謎の男にそう告げる。無論、情報担当というのはレイのことだ。
「なるほどねえ……そりゃあ参った。この状況、どうしたもんかねぇ……」
謎の男は、周囲を取り囲む無数の兵士と、そして自分に銃口を向けたまま微動だにしないフォートを見て、諦めたようにつぶやく。
しかしその場に居た誰も、表面上は負けを悟り諦めているように見えるこの男が、決して気を抜いて良い相手ではないことを感じ取っていた。
「……フォート君、説明してくれるかな? 彼は……いや、彼らは何者なんだい?」
ウィーゼルは状況に耐えかね、そう尋ねる。
「言ったじゃないですか。帝都爆破事件の黒幕ですよ……いや、それどころか彼らは今現在、合衆国を裏で操り、帝国に戦争を仕掛けようとしている」
「……!?」
「これも相棒が調べてくれたんですけどね、どうやら合衆国の最高評議会は、彼ら……と言うよりも彼に“操作”されているみたいなんですよ。方法は不明ですが」
「なん……だと……」
「あはははー、そこまでバレちゃってるかぁ。まあそれなら仕方ないね、ネタバレしよう。その通りだ。俺が今、合衆国を仕切ってる……いや、語弊があるな。正確に言おう。俺は今合衆国を“洗脳”している」
「……」
謎の男の告白に、フォートは動じない。ただ銃口を向け、じっと一挙一動を見逃すまいとしていた。
「まあこれまでのいきさつから推察するに、どうやら君とそこの怖い顔をしたお嬢さんは、俺と同類みたいだね」
「!」
「全部言っちゃうと、俺も転生者だ。“洗脳”の能力をもらって生き返った、復活者だよ」
「……それはさすがに……おどろいたな」
「そうだな。俺も驚いた。まさか俺以外にも、転生者がいたなんてな。わかるわけない。まあでも通りで、これまでの計画が上手くいかなかったはずだよ。異世界転生なんてチート野郎が敵に居るんじゃ、手こずって当たり前だ」
「……君もだろ、チートは」
「でも2対1じゃん。それってなんかズルくないか?」
「……」
異邦人達はそんな会話を繰り広げる。しかし周りの“一般人”から見れば、それは「一体何を話しているんだ?」と言いたくなるような珍問答だった。
「で? これからどうするつもりなんだ? えーっと……そうそう、フォート君。君はここまでのことをして、一体どう収拾をつけるつもりなんだ?」
謎の男は、思い出したように話を変えた。
「……そんなのは当然、君たちを彼ら帝国騎士団に引き渡す。そして、あとは君たちが裁判にかけられるのを待つ。それだけだよ」
「いやいや、そういうことを聞いてるんじゃないよ。俺達がどうなるかとか、そんなのはクソみたいにどうでもいいことだ。俺が聞いているのは、君が起こした経済の大混乱は、一体どうやって静めるのかって事だよ」
「……」
「すごいねぇ、君は。俺には正直、ここまでのことは出来なかったよ。なんせ一歩間違えば、これからの対応次第で帝国経済は完全に破綻するんだから。ダリア商会という帝国で一番の勢力を持った商会が潰れれば、ソレも当然だ。で? 君はどうやってこの困難を乗り越えるつもりかな?」
「……」
フォートは答えなかった。その様子を見て、謎の男は驚いたように笑った。
「ははっ! マジでか!? 嘘だろオイ! まさか本当に何も考えてないってのか!? いやいやいや! それはないだろ! そんな無責任なことがあるわけ……」
「……考えてなくて悪かったね」
フォートの言葉に、謎の男は腹を抱えて笑い始めた。
しかし誰よりもフォートの言葉に驚いていたのは、他の誰でもなくレイだった。
「どういう……ことだよ……」
レイは驚いた様子で、フォートに尋ねる。
「お前……言ったよな? 私に計画を伝えたときに……私を助けるって約束したときに、『何の問題もない』って……だから私は……」
「……」
「嘘……だったのか? 他に方法がなかったから……だからこんな……とんでもない作戦を」
「……そうだよ」
「!」
「他に君を救う方法がなかった。だから……こうしたんだ」
「……なんで……私なんかのために」
「僕は君のためなら、世界だってぶっ壊すよ」
「!」
「前にターラちゃんとリンナちゃんに言ったんだ。僕はこの世界に、大切な人たちを作りすぎてしまったって。そして君も、その大切な人の一人だ」
「“だからこんな事を?” いやー! いい話だなあ! 泣けるぅ~」
ゲイナスは立ち上がると、ふらつきながらそう言った。それに反応して、すぐさま騎士団がゲイナスを取り囲む。
「羨ましいですねえ、先輩。そんなに愛されて。そんなに大事に思われて! 俺が欲しかったもの全部を! 手に入れられて!」
ゲイナスは、これまでずっと笑みを浮かべていたその顔から、始めて怒りをにじませた。
「クソッ……なんなんだよ! なんでいっつもこうなんだ! なんで先輩ばかり、俺が欲しいものを手に入れて……俺は……!」
ゲイナスは涙をこぼす。
「俺はずっと! アンタが羨ましかった! 商会長に頼りにされて! その上に地位まで持っている! アンタが許せなかった! 憎かった!」
叫び続けるゲイナスに、取り囲んでいた兵士の一人が「黙れ! 両手を頭の上にして伏せろ!」と警告したが、しかしゲイナスは叫ぶのをやめようとはしなかった。
ゲイナスはもうすでに、溜まりに溜まった思いをぶちまけることしか出来なくなっていた。
「アンタがあの日ダリア商会を裏切って、俺はついに念願の地位を手に入れた! 商会長から頼りにされるはずだった! なのに……なんでなんだよ!? なんであの人は俺のことを見てくれない!? なんであの人は……アンタばっかり……!」
「ゲイナス……お前……」
「でも! もうそんなのはどうでもいい! だって、やっとお前が不幸になる姿が見れるんだからな! わかるか!? これから帝国で起こる混乱は、全部お前が原因だ! お前があのフォートとか言うクソに助けを求めたばっかりに、大勢が職を失う! 生き倒れる! 死んでいく! 孤児もいっぱい生まれるだろうなあ! 奴隷もたくさん生まれるだろうなあ! わかってるか!? そいつらの不幸、全部お前の所為だからな! お前がいた所為で、そいつらは不幸になる!」
ゲイナスは、狂ったように”ハハハハハハ!”と笑っていた。
「お前は、そいつらの不幸の上で、それでも幸せになれるか!? いいや、なれない! 先輩はそういう人だからな! お前はもう、絶対に幸せにはなれないんだよ! わかったかこのクソ女!」
「それは違うな。なぜなら、そんな不幸は起こらないからだ」
しかし笑っていたゲイナスを、ようやくやって来たその男はそう言って遮った。
「……! ビス!? お前がなぜここに……」
そこに姿を現したのは、ミカエル商会の会長ミカエル・ビスマークと、その付き添いできたドラガだった。
ミカエルはオットーフォンの方を見ると、僅かに笑った。
「驚くことはないさオットーフォン。騒ぎを聞きつけて、急いでやって来ただけだ。様子を見にな」
「……」
「さて、そこの坊主……ええと、名前はなんと言ったかな……まあいい。それよりお前は、彼女が幸せになれないと言ったな?」
「……そうだよ。それがどうしたんだよクソジジイ」
「悪いが、それは外れだ。彼女は幸せになる。なぜなら我々ミカエル商会が、ダリア商会を借金ごと買収するからな」
「!」
ミカエルの言葉によって、その場に居た全員の間に衝撃が走った。
「買収……だと?」
「そうだ。サブクレジットローンによって発生した損失ごと、ミカエル商会が買い取る。そして、その損失を肩代わりする。そうすれば、君がさっき言ったような混乱も、不幸も起きないだろう?」
「ふざけるなビス!」
オットーフォンは激しい叫びを上げた。
「ダリア商会を買収するだと!? ふざけるな! ここは俺の商会だぞ!? それを誰がお前などに……」
「お前の商会? 笑わせるなオットーフォン。まさか、そこまで落ちぶれたか?」
「なんだと!?」
「商会は俺や、お前の物ではない。そこで働く、従業員達の物だ」
「……っ!」
「そしてきっとダリア商会の従業員達は、このまま混乱の中で崩壊していくことよりも、ミカエル商会の手によって再建することを選ぶだろう。違うか?」
「……」
「まあしかし、お前の言うことにも一理ある。確かに商会に関する最終決定をするのは、俺達会長だからな。しかし、お前もわかっているだろうオットーフォン? 帝国騎士団によって捕らえられようとしているお前にはもう、この商会の会長としての権限などないことは」
「……クソッ! クソッ! クソッ!」
オットーフォンは膝をつき、何度も繰り返し床を殴りつけた。しかしそんなことをする彼を、帝国騎士団は止めようとはしなかった。
なにせ床を叩くオットーフォンの姿は、危険とはほど遠い、ただの負け犬の姿であったから。
「……さてと」
泣き叫ぶオットーフォンを横目に、会長とドラガはスタスタと「止まってください!」という兵士達の制止も無視して突き進んだ。
そして、フォートのすぐ側で立ち止まった。
「また会ったな、フォート」
「……ええ、お久しぶりですね会長。元気でしたか?」
「おかげさまでな。で、早速で悪いがドラガが言いたいことがあるそうだ。そうだろうドラガ?」
会長はそう言うと、ドラガに譲った。
「……すまなかったフォート君」
ドラガはそういうなり、深々と頭を下げた。
「俺は……君を信じてやれなかった…! 信じられず、君が裏切ったと……そう勘違いしてしまった…!」
「いいですよドラガさん。気にしないでください。それに、僕の方こそ謝らせてください。作戦のためとはいえ、皆さんを裏切ってしまったんですから」
「だけど俺は……許せないんだ…! 信じてあげられなかったことが! 俺は知っていたのに…! 君は……裏切るようなヤツじゃないって事を!」
「だから気にしないでくださいよ。ならいっそ、謝罪の品でも要求しましょうか?」
「……なんだって?」
ドラガは驚いて頭を上げる。
「実は小耳に挟んだ程度なんですけど、どうやら協商には、モンスターにコーヒー豆を食べさせて、その糞に残った豆で挽いたコーヒーがあるそうです。実は以前から気になっていたので、それを特注してもらえませんか?」
「そ、そんなものでいいのか?」
「一応言っときますけど、目玉が飛び出るくらい高いですよ? 覚悟しておいてください」
「……ああ、わかった。必ず、君のために用意しよう」
「そうですか。それじゃあ届いたら、一緒に飲みま……」
「それは断固断る」
「……そうですか」
「話は終わったか?」
二人のくだらない話に聞き飽きたのか、会長はため息交じりに聞いた。
「あ、すいません会長……俺はもういいです」
ドラガはそう言うと、申し訳なさそうに一歩下がった。そしてそれに対応するように、今度は会長が一歩近寄った。
「やれやれ、本当にお前は……こんな状況で何の話をしているんだ、まったく」
「はは、すみません会長。まあでも、これが僕ですから」
「……そうだな。それが、お前という男だフォート」
「……ありがとうございました」
フォートは、目の前に立つミカエルにそう言った。
「会長のおかげで……どうやら僕は、帝国を破綻させる悪役にならずにすみました。こればっかりはどうしようもなかったので……助かりました」
「……お前の目論みに気がついたとき、正直驚いたよ。まさかこんな破滅的な方法を、お前が取るなんてな。後先考えていないとも言える。……彼女はお前にとって、それほど大事だと言うことなんだな」
ミカエルはそう言って、離れたところから事の次第を見守るレイの姿をチラリと見た。
「……まあ、彼女のことは後でゆっくり聞かせてもらうことにしよう。それより今は、もっと重要な話がある」
「……重要な話?」
「ミカエル商会は、お前が実行した計画のためにかなりの出費を迫られることとなる。それは、お前が一番よくわかっているな?」
「……ええ」
「言うまでもないことだが我々ミカエル商会は、ただでそんな投資をするような組織ではない。それに値するメリットが必要だ」
「……ええ」
「それで聞きたいんだが、お前は一体どんな利益をミカエル商会に提供できる?」
「……」
ミカエルからの、答えの決まり切った質問に、フォートは笑みを浮かべた。
「……僕を買ってください。そうしたら、それに見合う以上の利益を、生み出して見せますよ」
フォートの答えに、ミカエルもまた笑った。
「喜べ。お前は今日からまた、ミカエル商会の一員だ」
「ごぉー……よーん……」
フォートが再びミカエル商会の一員となったのと同時に突然、フォートに銃口を向けられていた謎の男が、そんなカウントダウンを始めた。
フォートはすぐさま、すでに向けていた銃口を男に再度向け直す。
「何を……」
フォートは言いかけたが、しかしカウントダウンは止らない。
「さーん……にぃー……いーち……」
その瞬間、男は不気味な笑みを浮かべた。
「さぁ、ゲームスタートだ」




