暴動と計画
「……と、報告は以上です。いかがなされますか商会長?」
商会長室でゲイナスからの報告を受けていたオットーフォンは声を唸らせた。そして、椅子の背もたれに体を預けた。
「……まったく、喜んでいいのか、それとも恐れるべきか……」
「さあ、俺にはわかりませんね。まあ少なくとも直接顔を合わせた俺の意見としては“安心は出来ない”って感じですね。信頼できないわけじゃないけど、かといって信頼しきれるわけでもない」
「……」
「で、どうします? 手を組みますか?」
ゲイナスに答えをとわれて、オットーフォンは一層頭を悩ませる。
しかし、しばらくすると答えを決めた。
「……手を組もう。というよりも、そうするしかない。もし反抗して、我々があの事件に関わっていた事を暴露されれば……ダリア商会はおしまいだ」
オットーフォンの言葉を聞くと、ゲイナスは面白そうに笑った。
「ダリア商会がおしまい? おしまいなのは俺と、商会長だけでしょう?」
「俺がいなくなったら、その時点でここはおしまいだよ。だってそうだろう? 俺以外に誰が、この商会を支配できる?」
「そうですね……フォートさんとか?」
その言葉を聞いて、オットーフォンは僅かに反応した。
「……お前はどう思う? あの男、一体何を企んでいると思う?」
オットーフォンはゲイナスに聞いた。
フォートはダリア商会にやって来てからと言うもの、具体的に何をするというわけでもなく、ずっと“何か”の準備をしていた。
その“何か”について、オットーフォン達ダリア商会の面々がいくら尋ねたところで、フォートははぐらかすばかりで、決して教えようとはしなかった。
そんな状況に、オットーフォンは苛立ちと疑念を抱いていたのだ。
「そうですねえ……俺も調べようとしたんですけど、どうやら先輩が頑張っているみたいで、全然情報が手に入りませんでした。まあ“何か”はしているわけで、別にサボっているわけではなさそうですし、いいんじゃないですかね。ほっといても」
「……」
オットーフォンはまた、頭を悩ませる。
放っておくべきか? それとも、いっそのこと脅してでも情報を吐かせるか?
しかしオットーフォンが答えを出すよりも早く、彼らの居た部屋に騒がしい報告が飛び込んできた。
――――バンッ!
勢いよく扉が開け放たれ、商会長室にぶら下げられた鷹の剥製が振動した。
「しょ、商会長!」
飛び込んできたのは、金融部門に所属する、たしか中間管理職の女だった。
「なんだ? 騒がしいぞ。扉は静かに開けろと……」
「ファルマンさんが……消えました!」
女の言葉を聞くなり、オットーフォンは驚きと困惑が入り乱れた表情を見せる。
「なん……だと?」
「そ、それと! もっと大変なことがあって……」
その後に続いた女の言葉は、オットーフォンの思考を一時的に停止させるには十分すぎるものだった。
「私達からサブクレジットローンを買った他の商会が……抗議に押し寄せています!」
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「おい! 話が違うぞ!」
「そうだ! 俺達はこれが儲かるって言うから買ったんだ! なのになんだこれは!?」
ダリア商会の商会会館は、そんな怒号に覆い尽くされていた。それらは全て、少し前にダリア商会からサブクレジットローンを買った者達のものだった。
「お、落ち着いてください! いまは担当者が不在で……」
対応に当たっていた金融部門の従業員はそう言ってなだめようとしていたが、しかし火に油を注いだだけだった。
「そんなの知るか! 何でもいいから説明しろ! ……いや、説明なんていらねえ! 全額返金しろ!」
「そうだ! 俺達は騙されたんだからな!」
「そ、それは出来かねます……」
「ふざけるな! 誰の所為でこんな事になったと思っているんだ!?」
彼らが怒るのも当然だった。なにせファルマンに『安全な金融商品ですから』と言われたから買ったのに、蓋を開けてみれば、このサブクレジットローンは優良証券どころか、その殆どが焦げ付きを起こす不良品だったのだから。
サブクレジットローン。ファルマンは初めてこの計画を聞いたとき、これには一切の問題がないと思い込んでいた。しかしそれは、大きな間違いだった。
農村部が種植えの時期になったことによる、都市部からの労働者の流出。それがきっかけとなり、需要の少なくなった住宅価値が下がり始めたのだ。
無論、住宅価値が下がってしまえばそれを担保としていたサブクレジットローンの安全性はガクッと落ちる。
そして、下がりすぎた住宅価値を主たる原因として、ついにサブクレジットローンは赤字ばかりを捻出する最悪の証券となってしまったのだ。
この事態に直面し、ファルマンがとった手段は“隠蔽”だった。
オットーフォンにこの事実が知られてしまえば、自分は殺される。その事実が、彼に隠蔽をさせたのだ。
しかし、隠蔽をしているだけではいつかはバレる。何か解決する方法はないかと頭を悩ませていたファルマンに手を差し伸べたのは、ご存じの通りフォートだった。
フォートは言ったのだ。『サブクレジットローンを他の商会に売ってしまいましょう』と。
事情を知らない他の商会から見れば、サブクレジットローンはとても魅力的なものに見えるだろう。もし売ろうとすれば、引く手あまただ。
当然、ファルマンは天の助けとばかりにサブクレジットローンを売り始めた。他の商会はもちろん、貴族や王族と言った者達にも売った。
しかし、それでも足りなかった。破滅的な損失から抜け出すには、どうしてもあと一歩、買い手が足りなかったのだ。
最終手段としてファルマンが目をつけたのは、敵であるミカエル商会だった。
もしミカエル商会にサブクレジットローンを売りつけることができれば、不良債権の処理もでき、さらにはミカエル商会に大打撃を与えることが出来る。
彼はこの一手にかけた。しかし、失敗した。
彼のもくろみが、ほぼ完璧に見透かされたのだ。
この瞬間、ファルマンは自分の終わりを悟った。せめて命だけは守るために、彼はダリア商会からひっそりと逃げ出したのだった。
さらには、彼が去って行った後。ファルマンが無意識に考えないようにしていた『他の誰かに押しつける』ことの問題が、最悪の形となって現実になっていた。
「事態はどうなっている?」
「……! しょ、商会長!」
荒れる金融部門に息を切らせながらやって来たオットーフォンの姿を見て、もはや怒れる群衆を抑えきれなくなっていた担当者は安堵の表情を見せた。
「ご覧の通りです。返金を求めて人が……」
「返金……クソッ! ファルマンめ……」
オットーフォンは悪態をつく。彼はここに来るまでの間、自分に事態を知らせに来た中間管理職の女から、ファルマンが売り上げを偽造していたこと、そして彼がそれをなんとかするためにサブクレジットローンを他の商会に売りつけていたことを聞いていた。
「おいオットーフォン! これは一体どういうことだ!? ちゃんと返金してもらえるんだろうな!?」
群衆の中から、そんな怒鳴り声が飛び出してきた。それを聞くとオットーフォンは、騒がしい中でも全員に聞こえるように叫んだ。
「もちろんです! 全員に全額、返金させてもらいます!」
オットーフォンの答えに、その場に居た全員から安堵のため息が出た。
オットーフォンは知っていた。もしここで返金に応じなければ、間違いなく暴動になると言うことを。
そしてそうなったら、恐らくダリア商会は終わりだと言うことも。
だからこそ彼は、返金が可能であるか商会の金庫を確認もせずにそう言ったのだ。
しかし、彼のそんな考えは打ち砕かれる。
「嘘はいけませんよ、商会長」
「……! フォート……」
オットーフォンが振り向くと、そこにはフォートがいた。
「商会長、わかっていないんですか? ダリア商会にはもう、彼らに返金する能力はないんですよ」
フォートの一言で、ようやく静まっていた群衆から再び怒号が飛び始めた。
「どういうことだ!?」
「説明しろそこの若いの!」
「どうもこうも、言葉の通りですよ。いまのダリア商会には、あなたたちに返済を行えるだけの金貨の備蓄がないんです」
フォートの言葉に、オットーフォンは驚きを見せた。しかしすぐさま、脇に居た金融部門の担当者の方を睨み付けた。
「どういうことだ!?」
担当者は一瞬体をビクつかせると、しかし屹然として答えた。
「……彼の言うとおりです。いまダリア商会には……十分な金貨がありません」
「なんだと!? なぜだ! 先月の報告では確かに……」
「はい、確かに先月までは十分な量がありました。でも……一週間前に、急に紙幣を金貨に戻すお客様が多数いらっしゃいまして……そのせいで備蓄が大幅に……」
「……なん……だと」
「いまダリア商会の金保有量は極めて少ないんです。それこそ、彼らに返金など出来ないほどに……」
信じがたい言葉に、オットーフォンは耳を疑った。その顔は、蒼白になっていた。
「で、どうするつもりですか商会長? まさか紙幣で返金するなんて言いませんよね? そんなの絶対、彼らは許してくれませんよ。ねえ皆さん?」
フォートが群衆に尋ねると、すぐに「そうだ!」とか「どうするつもりだ!?」とかいった、激しい怒号と罵りが飛び交い始めた。
しかし騒然とする中で、オットーフォンはフォートのことを睨み付けていた。そして、これまでの状況からオットーフォンは1つの結論に至っていた。
「……全部……キサマがやったことか、フォート?」
オットーフォンの問いに、フォートは笑顔で答えた。
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