交渉の裏側で
「おーおー、久しぶりだなあビス。元気だったか?」
ダリア商会の商会会館で懐かしい顔を見つけると、ダリア・オットーフォンはすぐさま呼び止めた。
呼び止められた男、ミカエル商会会長ミカエル・ビスマークは嫌そうな顔を一瞬見せると、すぐにそれを消しさり、笑顔で答えた。
「久しぶりだなオットーフォン。元気だったか?」
「元気に決まっているだろう? なんたって、最近は商売が繁盛しているからな。右肩上がりの業績を見るだけで、疲れが吹っ飛ぶよ。そういうお前はどうなんだ? 聞いたところでは、どうやら業績は良くないようだが」
「……ああ、そうだな。誰かがウチの従業員を持って行った所為で、業績は悪化する一途だ」
ミカエルの皮肉に、オットーフォンは声を上げて笑った。
「ははっ! そんな皮肉が言えるなら、まだまだ大丈夫そうだな! ……しかし、それはそうと今日はどんな要件でこんな所にいるんだ……と、聞くまでもなさそうだな」
オットーフォンは少し離れた場所から駆け寄ってくるファルマンの姿を見て、すぐに理解した。
「どうもどうも! 本日はよくぞ……って、ああ! 商会長! す、すみません……これは……」
敵であるミカエル商会の会長を、自分たちの本拠地に招待しているところをオットーフォンに知られてしまい、ファルマンは慌てた。
しかしオットーフォンは「気にするな」と言ってファルマンの肩を叩いた。
「わかっているさ。最近お前がやっている、証券の売買に関する事だろう? いくら敵とは言え、我々の利益のためならば、気にすることはない。そんなおびえた顔をするな」
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあビス。取引の内容は知らないが、まあ上手くやってくれ。じゃあな」
オットーフォンはそう言うと、一人どこかへと歩いて行ってしまった。その後ろ姿を見送ると、残された二人もまた、会議室へと向かった。
<<<< >>>>
「悪いがこの話、断らせてもらおう」
交渉も終盤に入った頃、ミカエルは向かいに座るファルマンにそう告げた。
思いもよらない言葉を聞き、ファルマンは間の抜けた顔をする。
しかしすぐに正気を取り戻し、慌て始めた。
「え…あ、その……それは何故ですか?」
ファルマンは尋ねた。
彼が今回、ミカエル商会に持ちかけた交渉は、サブクレジットローンの売買に関するものだった。
知っての通り、サブクレジットローンは低所得者に対して住居を担保として融資を行う、いわゆる“金融商品”だ。
ここであえて金融“商品”と言ったのにはわけがある。つまり、これは商品である以上、“売買”が可能なのだ。
例をあげてみよう。
もし今回、ファルマンの目論み通りサブクレジットローンをミカエル商会に売ったとする。
その場合、融資を受けている者達、つまり月々に借金の返済をしなければならない者達は、それまで行ってきたダリア商会への月額返済を、これからはミカエル商会にするようになるのだ。
つまりサブクレジットローンを売買することによって、”返済を受ける権利”を売買するのだ。こういった、借金や貸し付けなどの権利を証券として第三者と取引するものを、俗に証券取引という。
今回ファルマンは、その証券取引をミカエル商会に提案していた。そして彼は、この取引が恐らく何の問題もなく行われるだろうと予測していた。
なぜなら、これまでにミカエル商会以外ともこの取引を行っていたが、それらは全て成功していたからだ。
それも当然だった。なにせ、何も知らない者達から見ればこのサブクレジットローンは“とても安全な金融商品”に見えていたのだから。
だからこそファルマンは慢心していた。『これでミスを帳消しに出来る』と。
しかし彼のその慢心は今、音を立てて崩れようとしていた。
ファルマンに『なぜ取引を断るのか?』と聞かれたミカエルは、ため息を漏らしながら答えた。
「……私を…いや、我々を馬鹿にしているのか? 我々が、最近の住宅事情も知らないマヌケだと思っているのかね、君は?」
「!」
ミカエルの言葉に、ファルマンは戦慄する。
「最近、帝都の住宅価値は下がり始めている。そしてその兆候は、他の都市にも見られる。これはあくまで私の予想だが、仕事を求めて都市部に出てきた農村の者達が、種植え時期になったことで続々と地方に戻り始めているのではないか?」
「……」
ファルマンは答えない。なぜなら、ミカエルの言ったとおりの調査結果が、先日彼の元に届いていたから。
ミカエルは続ける。
「これも予想だが、おそらくこの“サブクレジットローン”とやらが失敗したんじゃないのか? 事前の予想通り多くの貸し倒れが起きたものの、それを補えるほどには住宅価値が上昇せず、結果として大きな損失が出てしまった。違うか?」
「……おもしろい事を……考えますね」
「面白い?」
「……そんなのは……荒唐無稽な妄想です」
「妄想だと? それならばなぜ、君たちダリア商会はこの“サブクレジットローン”という、君ら曰く“優良証券”を敵である我々に売ってくれるんだ?」
「……事業拡大のためです。そのために、すぐにでも大量の“現金”が必要なのです」
ファルマンは、フォートがオットーフォンを説得するために用意しておいた“言い訳”を使った。
ご存じの通り、サブクレジットローンの返済は月ごとだ。それゆえ、それを払い終えるまでにはかなりの時間がかかる。
要するに、『全ての利益が出終わるまでに時間がかかる』のだ。
しかし、サブクレジットローンを他の誰かに売ってしまえば、最終的に手に入れられる利益は少なくなるが、しかしすぐに利益、つまり現金を手に入れることが出来る。
そして利益が出てしまえば、その利益を元金として新たな融資を行うことが可能になる。
そして、そうやって行った新しい融資も、金融商品として早々に売り払い、また手に入れた利益を元本に……と言うように、この作業を何度も繰り返すことによって、単純な融資によって得られるよりも遙かに大きな利益を出すことが可能となるのだ。
そうやって、証券を売ることによって利益をより大きくしていく手法は現代社会でも数多く使われている。と言うよりも寧ろ、現代の証券取引の殆どはそれだ。
実際の所、この言い訳はとても理にかなっていた。現代でも当然のように行われている事が示すように、素晴らしくスマートな金融システムだからだ。
だからオットーフォンも、ファルマンのこの言い訳に“騙された”。
しかしミカエルは違った。
「事業拡大か……なるほどな。そう言われれば、言い返しようがない」
「なら……!」
「だが、ダメだ」
「!」
「実はここに来る前、我々の金融部門の責任者からきつく言われたのだよ。絶対に受けないでくれと」
「金融部門の……責任者?」
「彼女が言うところによれば、どうやらこのサブクレジットローンはとてもリスクが高いらしい。彼女の調べによれば、よほどの高金利…それこそ一般人では到底、支払いが不可能な暴利をかけなければ、利益が出ないそうだ」
「……そんなのは…嘘です」
「そうかもしれないな。だが金融部門の責任者がそう言っている以上、私もどうすることも出来ない。彼女の指示に従う他は」
「……」
「そういうわけだ。わざわざこんな舞台まで用意してもらったのに、悪かったな。それじゃあ、またの機会に」
ミカエルはそう言い残すと、一人会議室を出て行った。残されたファルマンは頭を抱えると、声にならない叫びを上げて泣きじゃくった。
<<<< >>>>
「あっ……」
フォートは思わず、そんな声を漏らした。それも当然だった。なにせ目の前に、自分が裏切ったミカエル商会の、その最高責任者がいたのだから。
本当に偶然だった。本当にたまたま、フォートがいつもと違う道を選んでしまったために起きた悲劇だった。
「……お前か」
会長はフォートの顔を見ると、そうつぶやいた。
「お、お久しぶりです」
「……そうだな。半年ぶりか」
「……」
「……」
気まずい空気が漂う。ちなみに、彼らが立ち止まっている場所のすぐ近くで、絶望にくれるファルマンが泣きじゃくっている。
余りの静寂に、その泣き声すら聞こえてきそうだった。
「……あ、あの…今日はどのようなご用件で?」
フォートは気まずさに耐えかね、会長に尋ねた。すると会長は、少し悩んだ後に口を開いた。
「……ファルマンという男に呼ばれてな。サブクレジットローンの証券を売ってくれると言うから、試しに話を聞きに来た」
会長の言葉を聞くとフォートは、驚いた様子で慌てた。
「まさかと思いますが……買ってませんよね?」
「……? いや、買っていないが……」
「……そうですか。それは……いえ、何でもありません」
フォートは言いかけて、しかし言うのをやめた。その様子を、会長は訝しげに見る。
「……なんだ? まさか、買ったらまずかったのか?」
「いやいや、別に何でもありませんよ。それじゃ、急いでるんで僕は行きます」
「フォート」
逃げるように走り出したフォートを、会長は呼びとめた。
「……お前が裏切ったことを、俺は気にしていない。他の奴らはどうかは知らないが……だがもし嫌になったら、いつでも戻って来いよ」
「……」
「お前はどう思っているかは知らないが、俺はお前のことを家族だと思っている」
「……!」
「自分の家族が……いや、息子が反抗期になっても、それを許してやるのが父親だ。だから、もしどうしようもなくなったら、そのときは遠慮せず、俺達の家に帰ってこい。わかったな?」
「……覚えときますよ…会長」
フォートはそう言い残すと、足早に去って行った。
ブックマーク登録と評価もよろしくお願いします。




