安堵の苦悩
「やあやあ、ようこそフォート君! 待ちわびたよ! さあ、早く座りたまえ!」
商会長室にレイを伴って入ってきたフォートを見るなり、オットーフォンは満面の笑みを浮かべてそう言った。
フォートはにこやかに「それでは、お言葉に甘えて」と言うと、言われるがままにソファに座った。
レイはと言うと、フォートがわざわざ彼女が座るスペースを自分の隣に作ったにも関わらず、座らずに立ったままだった。
フォートが座ると、オットーフォンは彼の向かいに座った。
「初めまして……ではないですね。確か以前に一度、会議の席で会いましたよね?」
フォートの言葉をオットーフォンは「うむ、その通りだ」と肯定した。
「いや何を隠そう、私はあの時からずっと君を欲しいと思っていたのだよ。だから、今やっとこうして君を手に入れることが出来て本当にうれしい! 重ねて言おう、我らダリア商会へと来てくれて、本当に感謝する!」
「そんな。感謝したいのはこっちですよ。僕をヘッドハンティングしてくれたおかげで、以前よりもずっと自由に働ける職場に来れたんですからね。おまけに、給料も良い」
「はは! それは良かった! まあ何を隠そう、ダリア商会は従業員の待遇では帝国一だからな!」
オットーフォンの言葉に『嘘つけ』とレイは心の中で悪態をついた。
「さて、無駄話もこの辺にしよう。そろそろ、君の待遇について話したい」
ある程度笑った後、オットーフォンは真剣な眼差しでフォートのことを見た。その視線に、フォートはこれまで感じたことがないような、いわゆる悪寒の様なものを感じた。
「君の隣に立っているヤツが先に伝えているとは思うが、君の役職は今のところ未定だ。と言うのも、君には何か1つだけではなく、多くの仕事をこなしてもらいたいからだ」
「……つまり『自分に出来る仕事は何でもしろ』って言うことですね?」
フォートの確認に、オットーフォンは頷いた。
「その通りだ。君はこれまで、ミカエル商会で様々な業務をこなしてきたそうだな? 魔法道具の製造工程の最適化、食料調達、コンサートのプロデュース、そして金融……そういった多種多様な活躍から、君には特定の役職を割り振るよりも、自由に働いてもらった方がいいと判断した」
「……それはありがたいですね。というか、驚きましたね。実はここに来る前は、今提案されたようなことを僕の方から提案しようと思っていたんです。でもおかげで、その手間が省けました」
フォートは表では笑ってそう言ったが、しかし内心、驚きよりも危機感の方が強かった。
彼は感じ取っていたのだ。今目の前にいるダリア・オットーフォンという男は、恐らくフォートがこの世界にやって来てから、いやひょっとすると今までに彼が出会った誰よりも、危険な人物であるのかも知れないと言うことを。
「それじゃあ次は、一番大事な話、僕の報酬面での待遇についてはなしましょうか」
フォートがそう言うと、オットーフォンは僅かに怪訝な表情を見せた。
「……確かここに来る前に報酬については伝えていたと思うが? まさか、あれでは足りないと言うことか?」
「いえいえ、それについては文句はありません。むしろ多すぎてちょっと引くくらいでした。僕が言っているのは『こっちに来てやったんだから、少しくらいわがまま言ってもいいよね?』ってことです」
「わがまま?」
「レイを僕のものにしたいんです」
「……はあ!?」
フォートの衝撃発言に、それまで仏頂面で立っていたレイは思わずそんな声を漏らした。
「おま……なに言って!?」
「言葉の通りだよ。僕は君を、僕のものにしたいんだ」
「いや……はあ!?」
「ははははは! 傑作だ!」
フォートがどんなわがままを言うのかと身構えていたオットーフォンは、思わず笑った。
「ソイツを自分のものにするだって? はっはっは! まさかソイツに惚れたのか? いっとくがソイツは、俺でも扱いきれなかったじゃじゃ馬だぞ?」
オットーフォンはにやつきながらそう尋ねた。しかしフォートは顔色ひとつ変えずに答えた。
「いえ、別に惚れたとかそういうことじゃありませんよ。彼女はただの友達です」
「ほう、では何故、ソイツをほしがる?」
オットーフォンはどんな答えが返ってくるかと楽しみにして尋ねた。しかしフォートの答えを聞くと、彼の顔から笑顔が消えた。
「僕のものにすることで、あなたが彼女を殺したり、酷いことをさせたり出来ないようにするためですよ」
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「あ、セーンパーイ! 聞きましたよ! ついにヤったんですよね!?」
商会会館を歩いていたレイの背後から、ゲイナスがうるさく呼び止めた。レイは面倒くさそうに振り向く。
「何の話?」
「またまたあ~。とっぼけないでくださいよ! 先輩ついに彼氏が出来たんでしょ?」
――――スッ……
レイは目にも止まらぬ剣捌きで、ゲイナスの喉元に短剣を突きつけた。
「あははー、冗談ですよ冗談。こっわいなあ」
「……」
レイは無言で短剣を懐に戻した。
「まあこれは冗談じゃなく、本当にヘッドハンティングしちゃったんですねえ。いやー、てっきり無理だと思ってましたよ。せっかく準備しておいた先輩の暗殺計画が、全部水の泡ですよ」
ゲイナスは憚ることなく、目の前の暗殺対象に言った。そしてレイも、そのことに驚きはしなかった。
フォートを連れてくる。その任務を失敗すれば、自分は殺されていた。そんなことは言われるまでも無く彼女自身が一番理解していたから。
彼女にとって唯一、予想できなかったこと。それはフォートが本当にダリア商会に来てしまったことだった。
彼女はあの日、つまりフォートに別れを告げに行ったとき、死ぬつもりだった。自分が死ぬことで、フォートをダリア商会から遠ざけようとしたのだ。
しかし、そんな彼女にフォートが告げた言葉は、彼女が予想しなかったものだった。
「行くよ、ダリア商会に。決まってるじゃないか」
レイは耳を疑った。そしてすぐに、全てを理解した。
フォートは自分を救うために、自らの居場所を捨てようとしているのだと言うことを。
「あははー、僕の推測とプロファイリングが正しければ、たぶん先輩はフォートさんに“助けられた”んじゃないんですかあ?」
「……」
「殺されようとする仲間。それを前にしたとき、あの人は仲間を見捨てない。今まで得た情報から、フォートさんはそんな性格だと俺は予想してたんですけど。どうです? 合ってますか?」
「……あってるよ。お前の言うとおりだ」
レイの返事を聞くと、ゲイナスは無邪気に笑った。
「ねえねえ、聞かせてくださいよ! 今どういう気持ちですか? 自分の所為でフォートさんがミカエル商会を裏切っちゃって、どんな気分ですか? こんな事をさせてしまって悲しいですか? それとも、自分のためにそこまでしてくれてうれしいですか?」
「……だまれ」
「もしかしてホッとしてます? 思った通り、フォートさんが自分を助けてくれて。フォートさんが予想通り自分を見捨てないで居てくれたことに安心してますか? うれしいですか? もしそうなら最低ですね先輩! フォートさんの善意につけ込んで、こんな事させるなんて……」
「だまれ!」
レイは叫ぶと、ゲイナスの胸ぐらに掴みかかった。
「もし次、何か言ったら、二度と話せないようにしてやる」
自分を睨み付けてそういうレイに、ゲイナスは無言で“お口チャック”のジェスチャーをした。脅されている状況であるにも関わらず、しかしゲイナスはヘラヘラと半笑いしていた。
レイはしばらく睨み付けた後、ゲイナスの服を放し、そのまま去って行った。その後ろ姿を見ていたゲイナスは、レイの背中が見えなくなると
「……ホッとしているみたいですね、先輩」
そうつぶやいた。
投稿が遅れました。と言うのも最近自動車教習所に通い始めたせいで、忙しくて……
それはさておき、先日ついに最終回を書き終えました! あとは投稿するだけです!
と言っても、最終話まではまだまだあります。最後までお付き合い頂けたら幸いです……
(さて、次は何を書こうか……)




