決別
「久しぶりだなシン……いや、レイと言った方がいいのか?」
「……」
オットーフォンは、体中ボロボロのレイを見下ろしてそう言った。レイは身動きがとれないように拘束されていた。
「あははあ、大変でしたよ。やっと見つけたと思ったら、大暴れですからね。一緒に捕まえに行った後輩が三人も、先輩にボコボコにされました。なお、俺もかなりやられました。体中ボロボロですよ」
レイのすぐ側に立っていたゲイナスは、ヘラヘラとそう言った。
しかしオットーフォンはさして興味なさげだ。
「……まったく、まさかお前が裏切るとはな。がっかりしたぞ、俺は」
オットーフォンは身動きの出来ないレイにそう告げる。そしてレイの顔を掴んで乱暴に、視線を合わせた。
「しかもお前、女だって言うじゃないか。さすがの俺も、全く気がつけなかったよ。しかし女だと知っていれば、もっと多くの仕事を頼めたのにな……何で黙ってた?」
「……あなたがそういう人間だからですよ、商会長」
レイはオットーフォンに向かって皮肉たっぷりに言った。それを聞くと、オットーフォンは笑った。
「はは! 確かにその通りだ! 俺がお前の立場でも、まあ言わないだろうな」
オットーフォンの言葉を聞き、ゲイナスもまた「それについては同感です」とぼやいた。
しかし笑っていたオットーフォンは、すぐにその笑いを消した。
「……さて、お前は俺を裏切った。その所為で、俺はかねてより立てていた計画に失敗し、大損害を被ったわけだが、お前はそれに対してどう落とし前をつけてくれるんだ?」
「……」
オットーフォンの計画。それはつまり、エヴォルダ教を利用した、帝都の爆破。それによって合衆国と帝国間での戦争の火蓋を切ること。
その計画はくしくも、レイとフォート達によって阻止されていた。
「……殺すなら、早くしてください」
レイはオットーフォンのことを睨み付けてそう言った。しかしオットーフォンの答えは彼女が予期しなかったもの……いや、ある意味で予想通りのものだった。
「お前に最期のチャンスをやろう」
「……」
「ゲイナスの話では、お前はどうやらフォートという男と冒険者パーティーを組んでいたそうだな」
「!」
「まあ考えるまでもないことだが、そのフォートってヤツは、ミカエル商会にいる“あの”フォートだろう?」
「……」
「ヤツをダリア商会に引き入れろ。そうすれば、お前の命は助けてやる。もしできなかったら……わかっているな?」
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「ん? ああ、お前かフォート。何だ? 何か用か?」
会長は仕事部屋に入ってきたフォートに気がつくと、顔に僅かな笑みを浮かべてそう聞いた。
しかしフォートのいつもとは違った表情を見て、すぐにただならぬ何かを感じると、顔から笑みを無くした。
「……どうした? 何かあったのか?」
「……はい。実は、お話したいことがあります」
「……何だ?」
「僕はミカエル商会をやめます」
「!」
フォートからの思わぬ言葉に、会長は驚愕する。
「なん……だと……」
「ミカエル商会をやめて、ダリア商会に行きます」
「……」
会長はフォートの目をのぞき込む。そして、それがつまらない冗談ではないことを理解した。
「……忘れたのか? お前は、俺が買ったんだぞ? にもかかわらず、自分勝手にダリア商会に行くだと? ふざけているのか?」
「すでに、会長に買ってもらった分くらいは恩を返していると思いますが?」
「……」
フォートの言葉に、会長は返す言葉がなかった。
確かにフォートの言うとおり、フォートはお釣りが来るほどにミカエル商会に貢献してきた。
しかし、だからこそわからなかった。何故にフォートが、ここまで貢献してきたミカエル商会をやめ、敵とも言えるダリア商会に行こうとしているのかが。
「なぜだ? なぜダリア商会に……」
「理念の違いですよ」
「……理念だと?」
「……会長は甘いんですよ。覚えてますか? 前に僕が『戦争に備えて鉄を備蓄しよう』と言ったとき、会長はそれを拒否しましたよね? 僕はそれに、とても落胆したんですよ」
「……」
「商人である以上、追求すべきは利益のみです。例え死神と言われようとも、僕たちは利益の事だけを考えるべきです」
「……だから、やめるというのか?」
フォートは静かに頷いた。
「……僕は泥船に乗るつもりはない。商人として追い求めるべきものをはき違えたあなたの下で働くつもりはありません。それなら、僕を有効に“使ってくれる”ダリア商会の方がまだマシだ。ちょうど勧誘も受けていましたし、この機会にと思いまして」
「……そうか」
「それで? 僕はミカエル商会をやめてよろしいんでしょうか?」
フォートからの問いに、会長は静かに頷いた。それを見て、フォートはうれしそうに笑った。
「さすが僕が見込んだ会長ですね。僕が思ったとおりでした。それじゃあ、これまでありがとうございました。もし機会があれば、またどこかで」
フォートはそう言い残すと、会長に一礼して部屋を出ようとした。
「フォート」
「……? なんです?」
「……体には…気をつけろよ」
「……」
フォートは何も言わずに部屋を出て行った。しかしその瞳から、光る何かがこぼれたことに、会長は気がついていた。
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「フォート君!」
荷物をまとめ、宿舎を出ようとしていたフォートに、ドラガはそう叫んだ。
ドラガの姿を見ると、フォートは頭を下げ、無言で立ち去ろうとした。しかしドラガは、慌てて駆け寄り、フォートの肩を掴んだ。
「待ってくれ! どういうことなんだ!? 本当にミカエル商会をやめるつもりなのか!?」
「……」
ドラガの問いに、フォートは答えなかった。無言のまま、ドラガと目を合わせようとしなかった。
「なあ、答えてくれよ! 君は本当に……」
「……はい、やめさせてもらいます」
「……っ!」
フォートはやはりドラガの方を見ずに、そう答えた。
フォートの答えを聞き、ドラガの手から力が抜けていった。
「そんな……なんで……君は今まであんなに……」
「……考え方の違いですよ。僕の居場所は、ここじゃありませんでした」
「考え方……だって?」
フォートはゆっくりと頷いた。
「会長は僕の『利益のためなら戦争だって利用すべき』という意見を受け入れませんでした。どう考えても僕の言っていることの方が商人として正しいはずなのに、です。死神? 死の商人? そんなのは言いたい奴に言わせておけば良いだけの話だ。例え、僕らが売った商品で人が死ぬことになろうとも、僕たちは買い手のニーズにだけ応えておくべきだけだと思いませんか?」
「……それだけのことで……君はやめるって言うのかい?」
「それだけのこと? いいえ、それほどのことですよ。仕事に関する考え方の違いほど、致命的な物はない。そして、ミカエル商会よりもダリア商会の方が、僕の考え方に合っている。そう判断したから、やめるんです」
「……」
「わかったら放してもらえませんか? 人を待たせているので」
「……俺は、君のことを尊敬していた」
「……? 急になんです?」
「君は……俺が思いもつかないような方法で、商会に利益を生み出してきた。俺はそんな君を仲間として……尊敬していたんだ」
「……そうですか、それはどうも…」
「だが、どうやら間違いだったよ。君は……お前は、俺が思っていたようなヤツじゃなかった。恩人を平気で裏切るような……そんなクズ野郎だった」
「……」
ドラガは乱暴に、フォートの肩を放した。
「もう二度と、ここには戻ってくるな。もうここに、お前の居場所はない」
「……始めから、そのつもりですよ」
フォートは言い残すと、雨が降り始めた空の下、濡れるのも構わずに歩いて行った。
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