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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
紙幣製造編
79/110

信頼の生産

「価値があると……思わせるだって?」


 ゼータは驚いた様子で聞いた。


「その通りですよ。そして、その方法はとても簡単です。なんたって、この紙と金を交換すると公言するだけでいいんですから」


 フォートの言葉を聞くと、フォート以外の全員が悩ましげに頭を抱えた。


「……本気かい?」


「本気ですよドラガさん。僕は至極本気です」


「……悪いけど上手くいくとは思えない」


「何故です?」


「だって……きっと誰も、こんな紙切れと金を交換しないからだよ」


 ドラガの言うとおりだった。いくら“金と交換する”と言っても、そんな事だけで紙幣に価値が生まれるとは思えない。


 例えばその辺の石ころを“金と交換します”と言ったとして、一体誰が交換するだろう? 石ころではないにしても、ただ光るだけの紙切れではやはり、誰も交換しないだろうと言うことは明白だ。


 そして誰も交換しないということはつまり、誰もこの紙切れには価値があるとは思っていないと言うことであり、つまりは信頼を獲得できないこの紙は、文字通りただの紙切れでしかないと言うことだ。



「ええ、確かにその通りです。このまま普通に“交換しますよー”と言ったところで、だれも交換してくれないでしょう。もし、普通にやったとしたら」


 フォートはそう言うと、楽しそうに笑みを浮かべた。


「じゃあ、こう言ったらどうでしょうか? 『これからリンナのコンサートチケットは、この紙でしか買えないようにする』と」


「!」


 さすがというほかないだろう。フォートがそう言った瞬間、その場にいた商売のプロ達全員が全てを理解した。


「なるほど……そういうことか! つまり君は……」


「この紙幣に希少性を持たせるんです。この紙幣でしか出来ないこと、この紙幣がなければならない状況を生み出すことによって」


「金には出来ない……紙幣でなければダメなことがあれば、自ずとみんな金とこの紙を交換するようになる……そしてそうなれば、全員が『この紙には価値がある』と思うようになる訳か!」


「その通りです。そしてコンサートチケットを紙幣のみでの取引にするのと同時に、商会の傘下の小売店での売買も、この紙幣で行えるようにします。さらには、紙幣を使うと安くなると言うような特典をつけることで、より多くの人がこの紙幣を使いたくなるように仕向けます」


「なるほどな……たしかにそうすれば、多くの人が交換するだろうな……いや、ちょっと待ってくれ。この紙幣が価値を持つのはわかった。でも、それが何だってんだ? 価値を持ったからって、それだけで利益が生まれるわけじゃないだろう?」


 ゼータの疑問に、フォートは「その通りです」と答える。



「ゼータさんの言うとおり、紙幣に価値を持たせたところで、僕たちには何の利益も出ない。でも、利益を出す方法があるんですよ。紙幣を使うことによって利益を出す方法が。わかりますか?」


「もったいぶらなくていいから、さっさと教えてくれよフォート君」


 ゼータの催促に、フォートは笑みをこぼした。




「利益を出す方法、それは2つあります。一つ目は、さっき言ったように“紙幣を使うことに特典を持たせる”と言う方法です。商品を割引したりといった方法で」


「……? それが利益に繋がるのか? 安く売ったら、寧ろ損になるんじゃないか?」


「考えてみてください。金貨を紙幣に替えて、そして物を買うだけで、金貨の時よりもたくさんのものを買えるんですよ? そんなの、お客さんがほっとくと思いますか?」


「……ほっとかないだろうな。たぶん少しでも安く買おうと……あ」


「わかりましたね? もし紙幣を使えば安くなるのなら、だれでも紙幣を使おうとするでしょう。そして、紙幣を使えるのはミカエル商会でだけ。きっと、これまでダリア商会や他の商会を使っていたお客さん達も、こぞってミカエル商会に鞍替えするでしょう」


「……なるほどな。つまり客が増えることで実質、俺達は以前よりも一層の利益を出すことが可能になると、そう言いたいんだな?」


 ゼータの確認に、フォートは頷いた。


「……とまあ、そうはいってもこれは副次的な効果です。僕が本当に期待しているのは方法2のほう、もう一つの方法です」


「……聞かせてくれ。それはどんなものなんだ?」



「僕が考えていること。それは“金融システムに技術革新イノベーションをおこす”ことです」







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 この世界に存在する商会の数多くは、利益を出すための手段として“融資”を行っている。つまり、商会が蓄えた金貨を、お金を必要としている者達に貸し与え、その利子によって儲けるのだ。


 ……とは言っても、それは現代の銀行が行っているほどダイナミックな物ではない。その規模はいまだ小さく、それによって得られる利益も微々たる物だ。


 そのような状況を生み出している問題の多くは、蓄えられた金貨の少なさによるものだった。


 現代の銀行が巨大な投資や融資を行えるのは、言うまでも無く“銀行にお金を預ける者達”がいるおかげだ。個人個人のお金が貯金として銀行に預けられることによって、銀行は莫大な額の資金を確保し、融資に使っているのだ。



 しかしこの世界には、いまだそのような“銀行”の様な組織は存在していない。なぜならこの世界の住民達が全員、自分の財産を“自分で管理”してしまっているからだ。


 現代を生きる人間から見れば『銀行に預けないで自分で保管とか正気か?』と思うかも知れないが、しかし世界が変われば常識も変わる。

 銀行システムが存在しないこの世界において、だれもそのことに疑問を覚えないのだ。



 まあ要するに、この世界には“莫大な資金を持った組織”が存在しないのだ。存在したとしても商会のように、“少しばかり多くの財を蓄えている”にすぎない組織だけであり、現代の銀行のように“金集め”に特化した組織ではないのだ。


 そのため、必然的に融資の規模も小さくなる。融資には大量の”貸すことが出来る貨幣”の備蓄が必要だからだ。





 投資や融資の規模が小さい。それは直接的に、金融システムの発展の阻害へと繋がる。そのせいで、この世界の金融システムは極めて原始的だった。


 しかしフォートはそんなこの世界に、紙幣によって革新を起こそうと目論んでいたのだ。







<<<<   >>>>


「はぁ……だめだろうなぁ……」


 ミカエル商会の会館前で、その男はため息をついた。


 その男は工場を経営していて、先日ミカエル商会の融資部門に、設備投資のための融資を申請していた。


 しかし彼のため息が示すように、融資がおりる可能性は極めて低かった。というのも、そもそも融資は極めて狭き門であり、そしてそれを突破できるのは、彼のような個人経営の貧弱な工場の経営者ではなく、多くの利子を払うことが出来る力のある者達ばかりだからだ。



「はぁ……こんなところでため息をついていても仕方ないか……よし! 行くか!」


 男はそう言うと、ダメ元で会館の中へと入っていった。










「おめでとうございます、エドワースさん。融資が決定しました」


「そうですよね、やっぱりダメですよね……って、えええええ!?」


 思わぬ朗報に、その男エドワースは椅子から転げ落ちた。しかしすぐさま座り直し、受付の女性に食い気味に尋ねた。


「ほ、ほんとうですか!? わ、私なんぞに本当に融資が!?」


「はい、もちろんです。ただし、条件があります」


「条件?」


 首をかしげたエドワースに、受付の女性は一枚の紙切れを見せた。それを見るなりすぐ、エドワースはそれが、最近ちまたで話題の紙幣である事に気がついた。


「今回の融資は、金貨ではなくこの紙幣によって行います」


「……え?」


「つまり、ご希望されていた金貨と同額の紙幣を、ご融資させてもらいます」


「え? え?」


「何かご不明な点でも?」


「いや、あの……どういうことですか?」


 訳がわからず疑問をぶつけたエドワースに、受付の女性は資料を取り出した。


「今回エドワースさんが提出なさった計画書では、経営拡大のための設備をいくつか購入するので、そのための資金を貸して欲しいとありました。確認したのですが、その製品はどれも我々ミカエル商会傘下の商会が扱っている物でした」


「はぁ……」


「そこで今回は、ミカエル商会傘下で使用できる紙幣をお貸しすることで、融資の形を取ることになりました」


「……つまりあなた方の傘下から、設備を購入しろと? この紙幣で?」


「その通りです」


「……」


「……? どうかなさいましたか?」


「いや……その……金貨で融資してもらうことは出来ないだろうか? 言いにくいのだが……こんな紙切れを渡されたところで……」


「申し訳ありませんが、それは出来かねます。と言うのも、我々が融資できる金貨の備蓄には限りがあり、そしてそうなると、エドワースさんの提示なされた利子の額では、優先度が低いんです。どうしても、もっと利子額が高く、返済の信頼度も高い他の融資が優先されてしまいます。しかし紙幣ならば話は別です。紙幣なら、実質無限に貸すことが出来ますからね。エドワースさんの利子額でも問題ありません。そして、返済の信頼性も十分です」


「……」


「どうなされますか? もしご不満ならば、この話はなかったことに出来ますが……」


「……いや、受けさせてください。確かに少し不安ではあるが、それでも……融資を受けられないよりはいい」


 エドワースの言葉を聞くと、受付の女性はすぐに債務書を取り出した。


「それでは、これが契約になります。内容に問題が無ければ、サインと血判をお願いします」


 エドワースは契約書の内容を確認すると、それにサインした。


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